裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
冒険者に助けられ、リューンの町に入ってから騒がしくなった。イワン達のパーティ含め、あの戦闘に居合わせた人間が、次々に話しかけてきたからだ。喋りが下手になった俺が、大勢を捌けるわけもない。
俺と伴ってきたサングは、そのまま流れで越境組織の施設へと向かうことになった。俺としても、重傷を負った冒険者について、命に別状はないかこの目で確かめておきたい気持ちがあったためだ。
トリネに悪いため、出来る限り早めに話を切り上げて、集合場所へ向かうとする。町のどこかに宿を取っているのは知っているが、場所までは把握していないのだ。
研究の邪魔をしてはならないし、俺も夜は偵察がある。そのためリューンに滞在中、トリネと会うのは資料館前、昼食を共にするときのみにしていた。
イワンは、リューンの冒険者の中でも古株のようだ。彼の言葉によって、石造りの施設が見えてきた頃には冒険者ははけた。聞いたところ、十五で成人して間もなく、越境組織に自身を登録したという。
冒険者になって数年は別の町を拠点にしていたらしいのだが、リューンに特別思い入れがあるそうで、現在までここで活動しているとのことだ。
「――ザルディからここまで来たのかよ!何か目的があってのことか?オレもイワンと同じで、この町には長いこといるが、名物も何もないぞ?」
「友人がこの町に用があってな。それと、もう一人の友人がこの町に住んでいるから、顔を見せに来た。」
「へえ。あんた、他にも連れがいるのか。」
「…ああ。一人でザルディから来るのは危険だから、護衛の側面が強い。友人と言えどまだ幼いんだ。」
サングについては極力情報を出さないようにし、イワンたちと会話しながら進む。
今でさえイワンには、こいつはどういう存在なのだと、訝し気な顔を向けられているのだ。これ以上、人獣の特異性を怪しまれるのはまずい。
イワンはまた、サングへちらと視線をやってから俺へ返す。イワンの後ろを歩く禿頭の男性が、冒険者らしい粗野な笑みを浮かべて話した。
「なるほど、最近は特に物騒になってきたからな。気持ちは分かるぜ。」
「ああ、満足な護衛を雇えなけりゃ、喰われて終いだ!最近じゃあ、『多き死牙の群れ』ってのも出てきて、海沿いにはバカでかい蟹の『腕付き』も出やがった――」
俺はリューン近辺の情報を聞きながら、周囲を確認する。
市井の人間に、サングはそこまで注目されていないようだ。獲物に気取られないようにするための、気配を潜める術を使っているのだろうか。
俺とイワンが情報交換をしている中、偶に元気の良い声が挟まれる。イワンのパーティーメンバーである年若い女性だ。装備を取っており、日焼けしたような肌と短く切った髪、野性味のある美貌がよく見えていた。
イワンは耳元を押さえ顔をしかめて、ミーシュカという名をした女性の方を振り返る。
「なあ、青月のエドワルド!あの青い奴、また見せてくれよ!スパッて斬れて、すごかったやつだ!」
「お前、耳元で叫ぶなよ…。潰れそうだったぜ。」
「あんたには言ってねえだろうが。それでエドワルド、どうだ?礼はアタイができることなら、たっぷりするからよ!」
「……。」
「馬鹿お前…!エドワルド、こいつが言ったことは忘れてくれ!」
「この、くそ…!勝手にさせろよ…!」
俺が閉口していると、イワンがミーシュカの首元を脇で締め付けた。ヘッドロックされた女性は、イワンを睨みつけ筋肉の付いた腕で鉄兜に掌を叩きつける。
イワンとミーシュカは仲が良いようで、俺たちそっちのけで頭を押さえつけあっている。同じパーティーだからか、それとも親族であるのか。おそらく、その両方だろう。
夜かつ戦闘中であったため分からなかったが、鉄兜から少しはみ出たイワンの髪色は緑がかった黒色で、ミーシュカもまた似た髪色をしている。また顔立ちは違っても、性根に近しい部分がある。繋がりを感じさせてくるのだ。
それともう一つ、俺は引っかかる要素を二人の冒険者に感じていた。
彼らのような髪色を見た覚えがある。俺は人相を覚えるのが得意なのだ。
(…ジェロムは、頑なに名を出さなかったが…。今回こそが、然るべきタイミングなのかもしれない。)
思考を巡らせる俺の横で、サングが兜を押さえて唸る。昼の町の活気というのは、森の中で生きてきた彼女にとって、雑音が多すぎるのだろうか。
しかし次の瞬間、サングはミーシュカの方へ首を傾ける。続いて飛び出た言葉から、俺の推測通りではないことが示された。俺は少しだけ身を寄せ、サングに小さく問いかける。
『グウ…感じる。何故だ…。』
「それは、貴女が望む人獣の気配に関わるものか?」
『主…そうだ。だが、われの辿ったものとは違う。あまりにも、うすすぎる。』
サングの頷きに、俺は更に二人へ意識を向けた。魔法「感知」を使ってみれば、ミーシュカの方に魔力が蓄えられている。だがその魔力はいわば綿飴のごとく、柔らかな塊になっているのである。
一般的な放出口である腕にも、全身を巡る血潮にも魔力は殆ど流れていない。サングの言う「薄すぎる」とは、魔力量のことか、それとも人獣としての気配か分からないが、ミーシュカの年にしては未発達な循環である。
だがそういった魔力についての話題は、魔力持ちにとって繊細なものだ。昨夜知り合ったばかりの人間に聞くには、無遠慮すぎる。会話もしくは取引の中で、ミーシュカについて聞き出すほかないだろう。
サングとの間にはもう、約束を交わしている。秘伝の業を教えてもらうならば、俺も相応の働きをしなくては。
「サング。機を見て俺が尋ねよう。『母熊』についてイワン達が何か知っていれば、貴女の目標にも近づける。」
『…主!われはオマエを、もっと、頂に立たせたくなった…!その器に、オマエはある…!』
「いや、それは別の戦士が適任だろう。殺気をおさえて、話が終わるまで待っていてくれるか。」
『分かった!』
猛進の鎧ごしのサングの声は不気味に響くが、性根の純粋さがその加工を貫いてくる。俺がもし、この悪逆非道な世界に生まれ、その上で天外孤独の身になれば、人を信じることなどできないだろう。俺は心の中で、サングに敬意を払った。
サングの立ち振る舞いが乱れたからか、市井の人間の幾人かが体を跳ねてから、去っていく。サングは再び、気配を薄くし、俺の横を歩く。
そうして越境組織の施設、騒がしい屋内に入るとき。俺の背筋に何か伝うものがあった。
周囲を見ようと、何者かがいるわけでもない。まさか透明な上位種がいるかと思ったが、感知には何も引っかからなかった。
俺はイワン達に手招かれるまま、一つの戦いを終えた冒険者たちの様子を見に行く。
リューンにおける越境組織の施設は、船の内装を模したような空間である。
この施設には、古い時代に進軍した、猛き戦士たちの乗った軍艦の一部が再利用されている。そう「バックスタブレイブ」内の道具に説明があった。しかし、その事実を知り得る者はもう、リューンにいないだろう。
テーブルに座るのは、筋肉が引き締まった薄着の男女ばかりであった。漁師も船乗りも、深い海にいる異相付きとの戦いは避けられない。そのため冒険者と兼任している者が多いのである。
俺とサングは、空いたテーブル席へと案内された。そしてイワンのパーティーの一人である男から、ずっしりと重い袋を渡される。
その袋の中身を広げられると、金色の硬貨が現れた。
俺はこれを好機と見た。俺が金貨を見ていると、イワンが頭を下げて言う。
「これを詫びにさせてくれ。おれらができるのは、飯を奢るか金を渡すくらいしかねえんだ。」
「…いただいておこう。それで…この金貨を全て使って、情報を買いたい。イワン殿と、ミーシュカ殿にだ。可能だろうか。」
「あ…あんた、随分大胆にカネを使うんだな。商人でも二月は豪遊できる量だぜ。」
「使える時に使うのが、俺の主義だ。依頼を受けてくれるか。」
テーブルへ袋を置いて、イワン達の側に寄せる。袋を俺に渡した冒険者の男は、仲間内で視線を交差させた。
イワンが俺へ向ける視線は戸惑いが大きく、疑心の色は驚きで取り払われているように思えた。そして表情をきりりと引き締め、施設の奥部を指し示す。
「…個室へ行くぞ、ミーシュカ。テーブルじゃ話せない事だろうからな。」
「なんか、アタイらにそんな大層な用があるのかよ?ただの冒険者だぞ…?」
「ありがたい。」
俺はイワンとミーシュカの厚意に感謝し、疑問の解消ともう一つの目的のために考えを巡らせる。
◆
猪の人獣であるサングが、全身鎧の男性エドに期待を深めている最中。背丈が小さい、量の多くまとまりにくい黒髪を伸ばした少女が、物陰から覗いていた。
じっとりとした視線をその男性へと向け、自身と接する時とはまた違った様子を、記憶に残し続ける。だが一時大勢に囲まれるエドを見ながらも、少女トリネの心は負の方向に乱れてはいなかった。
(…冒険者のときのエドさんって、あんな感じなんだぁ…。そうだよねぇ、エドさんの魔法はすごいもん…。)
にへらと一人笑みをこぼし、恍惚とした表情をしかけるトリネは、両掌で柔らかな頬をほぐす。
少女は生まれ育った村での扱いと、王都での立場から魔力を持つことの優位性を知っている。それにトリネが抱く、エドへの憧憬もある。
つまりトリネは、越境で名を轟かせる想い人の扱いが、己の望んでいた通りであったことに喜びを隠せなかったのだ。
だがトリネが抱いた感情はそれだけではない。エドの隣に立っていた奇妙な茶色の鎧について、疑問が湧き上がっていた。
鎧にこびりついた血のにおいは、幾ら香料で隠そうと、それを専門とする少女の五感に看破される。エドに信頼を置いているため問題ないとトリネは思っているが、余りにも獣に近いにおいは研究熱心な側面を呼び覚ました。
(越境の人って怖いけど…エドさんがいるなら、大丈夫だよね…。もうお昼だから、呼ばないと…。)
少女は両手を胸の前で組みながら、石造りの建物へ向かって進む。白昼ならば、荒くれ者も闊歩できないだろうと。
トリネは気が弱そうに振舞いながらも、村の仕打ちに耐え抜いて、自ら術師としての地位を掴んだ。寧ろ豪胆であった。
だがトリネは、魔法がなければ不健康な生活を送る幼い少女である。だからこそ、死角から突然感じたプレッシャーに、体を縮ませるしかなかった。
「その娘はただの術師だ。全く…陽が出ている内に、殺気を撒き散らすんじゃないよ。」
「…申し訳ございません。血の臭いが濃く…。」
「ひ、な…なにぃ…?」
トリネは涙で潤んだ瞳を、おそるおそる後ろへと向ける。そこには冷たい瞳をした女性と、深々と頭を下げる少女の姿があった。
トリネは感じ取った。ありふれた町民の格好をしていながら、その冷え切った目が物語っている。市井に紛れ込んだ異物であると。
叫ぼうにも、人混みは何事もない平穏を演出している。凶器も手に持たない人間を、危険だと伝えても意味がないと判断し、トリネは黙り込む。持ち歩く獣血入りの瓶に手を添え、トリネは息を荒くした。
しかしトリネの緊張は、想定外の方向へ転んだ。女性は口端を吊り上げてから、視線を交差させて言ったのである。
「悪かったね。…お嬢さんは『青月』の身内だろう。だったら、伝えておいておくれよ。――リューンには、化物が集まり過ぎている。近い夜、黒い血が街路を穢すってね。」
「え、え…それって…。」
「媒介する血は洗い流しておくんだよ、お嬢さん。…それじゃあ、また会うことが無いといいね。」
女性は屈めていた膝を伸ばし、同じく冷たい雰囲気を残す少女を連れて、人混みに紛れた。トリネは目で追ったが、蜃気楼のごとく気配が掻き消える。
トリネは途端にぶるぶると体を震わせた。彼女の感情は命が助かってから、爆発したのだ。
大粒の涙を流しながら駆け、越境組織のドアを叩く。トリネの様子にぎょっとした荒くれ者が、体躯に似合わず幼子へ親身に接することとなった。
そして、トリネとエドが合流するのは、それから数分も経たない内であった。