裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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波は大きくうねる

 絵描きは寒色の空を臨み、筆を走らせていた。岩場に叩きつける荒波は自然の厳しさと、老爺の中に残る死の冷たさを映し出す。

 ジェロム、辺境に残りその才を公にしなかったその術師は、枯れ枝のように細くなっても己の無力を悔やみ、諦観という名前の底なし沼で藻掻き続けていた。

 

 

「今日は、海が荒れているね。こういうとき…いつも間に合わないんだ。親も友も、妻も…あの子もそうだ。手から零して、何も残らない。」

「主様のご心労のほど 拝察申し上げます」

「…君たち、あの方に伝えておいてほしい。僕は逃げない。だが古い血が途絶えても、あの子には手を出さないでくれと。」

「承知いたしました そのように創造主様へお伝えいたします」

 

 

 筆を置き、ジェロムは無機質な美貌たちを見据える。そしてそれらの傀儡人形に、感情の揺らぎのようなものが一片も見当たらないと分かると、再びキャンバスへ向かう。ジェロムは長く、孤独であった。

 だが、口では己を貶めながらも、彼は納得した生を見つけている。年の離れた友人からくる便りを待ち、町のどこかにいる一人息子の生活を想う。顔を見れなかったとしても、健やかであればいいと。

 

 がらんとしたジェロムの家に、叩き金が来訪者を知らせる。町の隅にいる彼を呼ぶのは、越境組織からの使者か、友人のみだ。

 傀儡人形の言葉を聞き、来訪者が後者であることをジェロムは理解する。

 

 

「『青月』のエドワルド様が、今度は大人数でいらっしゃいました 五名です」

「短い間に、ここまで人が来るのは何年ぶりだろう。僕が出るから、待っていてもらって。」

「承知しました」

 

 

 静々と立ち去る人形を横目に、ジェロムは木製の椅子から立ち上がり、立てかけていた杖を左手で握る。

 彼の震える腕は、階段を降りるまでは喜びを、開かれた扉の先に立つ面々を見てからは茫然自失を表していた。

 鉄兜に大部分髪が隠されていても、分かる。時は姿形を変化させて、変わらないものをくっきりと映し出しているからである。

 

 越境に所属していた時も、組織を離れてからも、ジェロムは得られる情報を最小限に留められていた。

 いわば籠に入れられた小鳥のごとく。越境を立ち上げた者は、古き血が失われることを過度に恐れていたからである。

 故に、知る術がなかった。子が自らと同じ道を辿っていること、そして魔力が受け継がれずとも武の才を開花させていたことを。

 絵画に描かれた細身の少年は、今その面影を目元だけに残している。

 

 ジェロムは背の高い全身鎧の友人エドを見上げ、静かに言う。複雑な情感を声音で表現するには、ジェロムは老い過ぎていた。

 

 

「…エドくんにトリネさん。沢山人を連れてきたね。」

「ああ、俺も大人数を連れるのは珍しい体験だ。――中で話したい。貴方に価値ある話を二つ持って来た。彼らのことだ。」

「…分かった。どうぞ上がって。二階では手狭になるから、一階の奥の部屋で話そう。」

 

 

 エドの低く遊びの無い調子を聞けば、真剣な議題となることが老人には分かった。鼻孔を擽る鉄臭さを、獣を模った鎧の戦士に感じながら、その二つについてジェロムは考えを巡らせる。

 その後奇妙な集団について、エドの口から正体が明かされる。ジェロムの心臓は、体に悪いほど早鐘を打った。

 

 

 

 

 ジェロムに通され、俺を先頭に家の中へと入る。五名が一気に押しかけると、ジェロムの言ったように手狭だ。特にトリネ以外の戦士たちは、縦にも横にも大きいため、余計にそう見える。

 俺が訪問した時、まず入ることのない一階の大部屋を、傀儡人形が開いた。人形が掃除しているためか埃っぽさはないが、食事用の長机は淋しく佇んでおり、停滞した空気を感じさせる。

 

 ジェロムはその大部屋をゆっくりと歩み、長机とぴたり角度があっている椅子へ座り込んだ。俺は近くの椅子を引き、トリネが座りやすいようにする。

 にこりと微笑むトリネに心をほぐしながら、俺は三名の様子を見る。

 

 まずサングについてだが、椅子には目もくれず俺の傍でしゃがんだ。そして俺をじっと見てから、次に無言でジェロムの方へ視線を向ける。殺気はなく、サングはただ、俺がジェロムと話を進めることを待っているようだ。

 次にミーシュカである。彼女はジェロムの顔を見るなり、借りてきた猫のごとく大人しくなっている。ちらと視線をやっては口をすぼめ、ひゅうと口笛にならない、か細い息を吹いていた。

 最後にイワンを見た。彼は、ジェロムが座った場所から最も遠い場所に腰かけ、思いつめたような表情で長机の木目を眺めている。

 

 重苦しい空気へなりきる前に、話を進める必要がある。俺は、緊張からかきゅっと身を縮ませるトリネを安心させるため、切りだした。三人の軽い紹介から入る。

 

 

「…ジェロム。こちらは近くから順に、ミーシュカ殿、サング、イワン殿だ。皆知り合って一日もないが、奇妙な縁を感じて貴方のもとに連れてきた。」

「そうなのかい…!?そこのサングという方なんて、随分君に近いじゃないか!エドくんはやっぱり、人を引き付ける力があるね。」

「旅をしていれば、こういった不思議な事も起こり得る。本題に入ろう。まずは、イワン殿とミーシュカ殿についてだ。」

「『不思議な事』で片付けられるのが、君のすごいところだよ…。…話してくれるかい。」

 

 

 ジェロムは手を組み、俺の言葉を待つ。俺はイワンと目配せをした後、単刀直入に言う。イワンはジェロムの一人息子であり、ミーシュカはイワンの娘である。そして二人ともが冒険者で、リューンに根差し異相付きを討ち続けていることを。

 どんどんとジェロムは目を見開いていき、イワンが咳き込んだ。だがこれくらいの刺激があった方が、後の話は滑らかに進むのだ。

 

 

「――イワン殿は素晴らしい男だ。この町で活動するわけは、侶伴だけでなく郷土愛にまで至っている。異相付きに襲われる他者のために、体を張れる人間は多くいない。そう、正しくイワン殿は冒険者としてリューンの守りとなって――」

「おい…!やめろ、変に誇張しないでくれ!」

「誇張はないだろう。己のためにだけ生きる荒くれとは、一線を画している。」

 

 

 慌てた様子で立ち上がったイワンの顔には、張りつめたものが無くなっていた。

 目を強く瞑ったジェロムは、長く掠れたような息を吐く。再び開けられた瞼には、無色透明の一滴が付いていた。

 

 

「ありがとうエドくん…そうか。イヴァン、お前なのか。よくまた顔を見せてくれた。」

「お、親父…。」

「お前がどう生きているか、分からなかったけれど…。まさか越境の人間になっていたとは、思いもしなかった。あの細かったイヴァンが冒険者に…孫まで連れてきてくれるなんてね…。」

「…なあ。やっぱり、あの『濁流』が、アタイの爺さんだったとか信じられないぜ!記録に残ってる通称持ちだぞ、オヤジ!もっと言って回れよ!」

「…ようやく飲み込んだのかよ…。」

 

 

 ミーシュカは、ばっと勢いよく立ち、ジェロムに向かってずんずんと大股で歩いていく。イワンもミーシュカの後を追うように移動し、ジェロムの前に立った。

 ジェロムは皺だらけの顔を綻ばせ、イワンとミーシュカの顔を交互に見る。彼の視線はやはり髪の毛に集中していた。ジェロムの自画像はないが、彼の髪もかつては、黒に緑が混じる様であったのだろう。

 

 

「ミーシュカというんだね。今年で何歳になるんだい?」

「十五だ!もうすぐ成人だから、酒場に入り浸ってやる予定なんだ!うるさいオヤジにも文句は言わせねえぜ!」

「おやおや、元気だね!こんなに立派に子を育てて…母さんに似て、お前はしっかりしていたから、そっちは心配していなかったけれどね。」

「そういう親父は…変わったな。昔はもっと話しづらかったのに…よ…――」

 

 

 俺はトリネとサングと共に、血の繋がる三名の団欒を見守る。

 トリネは寂しげだが嬉しそうに笑顔を浮かべている。サングも時折唸って、感情を発露させていた。

 拗れた関係性は無理やりほぐせばいい。俺は、縁あった善良な人たちが不和を起こすのを望まない。皆、幸せであるのが一番である。

 

 

「えへ…みんな、良かったねぇ…。」

『まだか…腹が減ってきた…。』

「そうだな、話も弾むだろう。…サング、これで一旦凌いでくれ。」

「これは…。グル…うまいぞ!」

 

 

 俺はトリネに頷いた後、サングへ干し肉の残りを全て渡した。兜を脱いだ彼女は、人より尖った犬歯を剥き出して笑い、香辛料の刺激を楽しんでいるようだ。トリネはサングの素顔に目を丸くした後、何か思いついたように掌を合わせて、ローブの裏側をごそごそと探った。

 出てきたのは、包装されたドライフルーツであった。前にトリネが言っていたことだが、こういった物持ちする甘味を、研究の途中でつまんでいるらしい。

 

 

「サングさん…これ、食べる…?干し肉が好きだったら、これも好きかも…。」

「もらう…うまい!」

「えへへ…可愛いねぇ…。いっぱい食べてね…。」

 

 

 少女がそっと差し出したドライフルーツを、サングは口に入れる。食べる度に俺の方を見るため、トリネが俺の友人であるからこそ受け取っているようだ。

 トリネはにへらと頬を緩ませている。立てば俺より少し背が低いくらいの長身であるサングを、全く恐れていない。これがトリネが才を発揮できている所以なのだと、俺は納得した。

 

 

 

 しばらくして、三人の話は一旦落ち着いた。ジェロムは穏やかな表情をして、深々と俺へ頭を下げてくる。

 俺は掌でジェロムを止め、サングについての話へ向かう。

 

 

「エドくん、ありがとう。君が繋いでくれなければ、こんな奇跡は起こらなかった。心からお礼を言わせてほしい。」

「いや、これは偶然だ。ようやく会えたのだから、三人で沢山話してくれ。…だが一旦、もう一つの話をさせてもらっても良いだろうか。重要な話だ。」

「勿論だとも。それは…サングさんのことかな?」

「そうだ。トリネ君にも通ずること、サングの知る業を共有したい。彼女が覚えている魔法は、非常に有用だ。」

 

 

 ジェロムは再び真剣な表情に戻り、未だ頬を膨らませて、ドライフルーツを食べているサングに視線を合わせる。イワンとミーシュカも、まだ説明だけでしか知らない人獣に興味を示している。

 

 

「なんで、僕にも教えてくれるんだい?戦士と術師では、分野が離れているんじゃないかな。」

「それは、サングが扱う魔法の由来が古く、水に関係するからだ。推測したのだが…ジェロムは『流刃』の隊列に深く関わりがあると思っている。絵画にあった鎧は、古い戦士の装備だ。受け継いでいるなら、何か習得までの糸口が掴めるのではないかと考えたんだ。」

 

 

 俺が話した文言について、首を傾げる中ジェロムだけが反応する。そしてジェロムの驚きに呼応するように、トリネも合点がいったような表情を作った。会談のときだろうか、二人の中で何か共有した事象があったようだ。

 

 

「すごいね…トリネさんにはその名を伝えていない…。何故そんなことも、知っているんだい…?」

「文献を漁っただけだ。…読み解くことは、貴方の価値になるはずだ。習得に至れるまで助力を願いたい。お願いできるか。」

「…喜んで、協力させてもらうよ。流体は僕の得意分野だ。エドくんが考えているように、理論だけ知っている魔法も含めてね。」

 

 

 ジェロムの問いかけに嘘ではない言葉を返し、彼に頼み込む。するとジェロムは温和に微笑み、了承してくれた。

 ジェロムへ礼をすると、今度は俺にイワン達の焦点が当たる。今がその時だと、俺はルヴネトの王都での死闘を話す。流刃の隊列と、その隊長格であったロイスについてを。

 

 談義は次第に熱が入っていき、時間が過ぎていく。イワン達とジェロムの会合は成功したと言えるだろう。

 もう、陽が沈もうとしていた。

 

 

 

 

 夕陽が陰り、リューン近辺の森が不気味にざわめき始める。

 そんな中、悪意の動き出しを待つ者たちがいた。その者たちは、人体に害ある返り血を肌に触れぬよう暗色のマントで覆っている。

 面を被る二名と、黒きヴェールで頭部を飾った術師一名。前者のそれは、黒い血が巡る化物を狩る者たちの長が身に着ける、鼬の貌を模した面であった。

 鼬面の背丈が大きな方が、術師の女性に言う。息は荒く、戦闘の後であることを物語っている。

 

 

「はあ…。アンタ、よく保たせたね。一体狩るのにも一苦労だよ。全く、後何体潜んでいるんだ…。」

「十指に余るだろう。奴らの本命は『母熊』だ。こちらに意識を向けていない間に、我らで数を減らさねば。」

「そうだね。ここで逃がせば、また厄介なのが化物の仲間入りだ。…ハバキ、まだ行けるかい。」

「はっ…はあっ…。はい、やれます…!」

 

 

 彼女らが討ったのは、かつて人獣であったモノ。骸となり、鎧の内側で体が肥大化した尖兵*1である。

 リューン近辺には、魔力を扱わずとも強靭な肉体を持つ、人獣の尖兵たちが集まっている。血のにおいに誘われ、かつての同胞を喰い殺さんと探している。そのように、精強だった戦士たちは作り変えられていた。

 

 

 リューンに元より潜んでいた「黒血絶ち」と、同じく人員であり、各地の汚れた黒い血を狩り続ける二人は、人知れず次の獲物を目標に定める。

 彼女らを嘲るように、森と、荒波が立つ岸辺の向こうにも見える似た気配は、哄笑を上げようとしていた。

 

 しかし月が、陽の向こうから姿を現す。

 

*1
鎧は熊を模している。男性であったようだ

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