裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
月の魔法を知っている。即ちそれは、旧い上位種の中でも、かつての戦争へ積極的に参加した奴であるということ。
身体能力と魔力は元より上位種側に分があるが、そこに技術まで積み重なってしまえば、どれだけ頭数を揃えようと全滅させられる。特に肉弾戦を主とする、こいつのような化物だと尚更攻撃が当たらない。
主人公の勇者や、人類の上澄みである戦士たちはどうやって切り抜けていたのか、疑問を持つほどだった。二、三年前までは。
どす黒い気配は、上位種の魔力と同化している。だからどれだけ速くとも、一撃を振り被るとき魔力の乱れが発生するのだ。それを「感知」したら、その瞬間に避ければいい。
育ち切った異相付きが噛みついてきたときと同じように。剣で守ったりはせず、死角に入り込むようにして足を動かすのだ。「霊月の後脚」をルリベナから学んだことで、その回避行動はより素早く、正確に行える。
俺は雑念を捨てて、回り込んだ勢いを利用し、旧い上位種の飛膜を断ち切る。剣が通りきらないように思えたが、魔力を注ぎ「月融け」の威力を高めることで、最後まで振り下ろす。
絶叫と共に黒血が、翼が生えていた場所から吹き出し、それを浴びぬように距離を取った。
『ぐ、ぐぎ――!ふ、ふ…昔の人間どもに似てるわ…ちょこまか動いて。』
「……。」
『なら…殺さないと!手足をもいだら…干からびるまで、血を吸ってあげるわ!』
奴らは、自らに絶対の自信を持っている。それを崩されれば、忽ち正確さを欠き弱体化する。命を遊びで奪ってくるような化物が、戦いを軽んじないわけがない。
上位種は醜悪な笑みを浮かべ、パチンと指を鳴らす。後方から風を切る音がし、奇襲をかけられる。再び尖兵を制御化に置いたようである。
人獣の尖兵は「バックスタブレイブ」作中においても、何故か魔法を使わないが、素早い。複数を相手すれば、集中力が持たない。
だが助け舟は出された。先ほどまで尖兵相手に戦っていた二人が合流し、俺への攻撃を防いでくれたのだ。そして続けざまに反撃が為され、ナタリーの得物である妖刀で首が飛び、サングの拳で胴がへしゃげる。湿った音を立てて、その「猛進の鎧」は奇怪なオブジェと化した。
暗闇に紛れるとき、本来「黒血絶ち」の人員は鼬面を被る。しかし統一された装束の中でも、俺の目には一際目立って見える友がいる。人の群れに隠れる者たちであるため、そう話したら気分を害するだろうが思う。
「屍脈裂き」ナタリー。黒血絶ちの中でも古株で、俺が心を許した一人である。
「一匹じゃ勝てなくなって、また操り始めたのかい。隙がありすぎだよ…化物。」
『後、三つ…怒りを、われらの憤怒を思い知れ…!』
『あらあら、やんちゃねえ…。玩具をこんなに壊しちゃったの?』
素早く状況確認すると、六体残っていた人獣の鎧は、もう三体まで減っている。即興で組んだのにも拘わらず、凄まじい殲滅力だ。尖兵狩りを専門とする手練れと、獣血から力を得て、おそらく人獣の中でも高みにいる戦士。上位種を屠るには申し分ないメンバーである。
じんわりと上位種の翼が再生していくのを見ながら、打つ手を考える。
空に逃がす前に、仕留める必要がある。ここで畳みかけるのだ。俺は背中と足に魔力を流し込み、再び名を呼ぶ。淡い牡鹿の半身が、光り輝く。
「…『霊月の後脚』」
『な、鬱陶しいのよ…!ゥ、ギイイ…!?』
質量とは、それだけで武器となる。上位種は得意とする体術で避けようとするが、俺が裏で潜ませた月の魔力混じりの暴風が足を取る。
全身に「月融け」を付与して体当たりし、苦悶の鳴き声を上げる化物との距離を無くす。こうすれば、俺の業が使える。
右に持った直剣を突き刺したまま、左掌から練り上げた「月」の魔力を胸部目がけ、解き放つ。上位種特有の作り物めいた美貌は、ただ焦りで歪んでいた。
「さあ、これを喰らって…消え失せろ。」
『グウウウ…!!痛いいい!やめろおお!』
「――穿つ!」
旧い上位種相手なら、全てを叩きこむ勢いで穿つ。俺がぶつけた月の魔力は、放射状に広がりかけ、凹んでいく胴体をついに突き破る。
俺を止めようともがく上位種の腕ごと消し飛ばし、残ったのは両足と頭部だけだった。散らばるそれらは、各部位ごとに蠢き、まだ口を動かす。
『うあ…こんな奴がいるなんて…。ラフイニ様に…お教えし――』
「…これで終いだ。『腐蝕の灰*1』」
『あ…あ…』
俺の傍にまで走ってきたナタリーが、懐から白い粉のようなものを地面に撒き散らし、魔法を使用する。すると、上位種の足はどんどんと原型を失っていく。加えて俺が念入りに「霊月の太刀」を押し付けることで、頭部も完全に消失し、討伐は完了した。
静まり返る森に、乱れた息が混じる。連戦続きだったであろうナタリーは、飛び散った黒血を魔法で浄化しながらも樹木に背中を預け。サングもまた、絶えず魔法を使いながら動き回っていたために、肩で息をしている。
「…はあ、はあ…。アンタには、今回も助けられたね…。さっき使っていた魔法、また新しいのを修めたのかい?」
「ああ。しかし、もう少し早めに合流できれば…。」
「…ふっ、相変わらずだね。これは、あたしらの仕事だ。変に気にするんじゃない。」
「すまないナタリー。互いに生き残れて、嬉しいよ。」
ナタリーは大きく息を吐くと、刀についた黒い血を浄化した後、納刀する。俺はサングに労いの言葉をかけた。彼女は猪を模した兜を脱ぎ、汗で蒸れた頭部を露出させて、にかりと笑う。
切れ長の瞳の凛々しい顔立ちであるのに、純粋無垢な笑顔を作る。小奇麗にして町を歩けば、そのギャップから人が寄ってくるに違いないと、妙なことを考えてしまった。
「サング、ありがとう。飛び込むまで、これほどの規模だとは分からなかった。貴女の助力のおかげで、安定して戦えた。」
「ふふ、けんそんするな!やはりオマエは強い!ますますわれは、主が欲しくなったぞ!」
「…それは保留で頼む。」
「…で、この人獣の生き残りについて、聞かせておくれよ。歩きながらで良い。『母熊』の様子も見にいかないといけないからね。」
「そうだ、尖兵が向かっていると言っていたな。『母熊』とはどれだけ強いんだ?すぐに向かう必要は――」
俺はサングの言葉を掌で止めると、ナタリーの発した言葉から考えを巡らせる。サングがリューン近辺までやってきた理由そのものが、尖兵に襲われているとナタリーは言ったのだ。それも一小隊分だと。
しかし彼女の歩みはゆっくりで、焦りは全く見られない。俺は疑問をナタリーに伝えた。ナタリーは横に頭を振って、感情の読み取れない鼬面の裏側から、驚くべき文言を発した。
「いいや、あの人獣については問題ないさ。リューンに近づく骸を討ち続けてきた…あたしたちの同志なんだからね。」
「な…それは…。」
「どこにでも潜む…それは獣のような人間の中であっても、例外じゃない。もはや、潜めるほど残ってはいないけれどね。」
「グル…主、どういうことだ?」
「…それも話しながら行こう。同胞の弔いは、尖兵を討ち終えたらとしよう。」
「分かった!」
俺はサングと共に、ナタリーの後ろをついていく。旧い上位種を討ったというのに、嫌な感覚はまだ残っている。
消耗した分の魔力を戻すため循環させることと、魔法「感知」の行使を徹底しながら、何が起こっても対応できるように警戒を強めた。
◆
ジェロムの家における地下室にて、予期せぬ戦闘が勃発していた。ジェロムの掌から、魔力で生成された水流が飛び出し、その刺客を石壁に叩きつける。
トリネは肩を上げたまま硬直し、傀儡人形が無機質に攻撃してくる様へ恐怖していた。
「…なるほど、こんな前触れもなく襲ってくるとは。エドくんが忠告した通りだったね…。」
「創造主様のご命令です 首を切断します」
「あの方が、人を傷つけるわけがない。ごめんね…破壊するよ。『潮の沈*2』」
ジェロムは平時の穏やかさとは真逆の、恐ろしい形相を浮かべ魔法を繰り出す。それはジェロムが生涯をかけて練ってきた攻撃のための魔法、その一つであり、学院の外にいる術師の極みと呼べるものだった。
老爺のもとに置かれた傀儡人形は、監視用である。故に装甲は脆く、腕に作り出した刃もまた物理的な要素しか含んでいない。
鋭い水流によって、傀儡人形の内一体はべきべきと潰れていき、無機質な表情のまま動きを止めた。トリネは、人に似せられたそれの有り様に吐き気を催したが、青い顔のまま気持ちを切り替える。
足を止めれば危険では済まないと、幼いながらに死地を経験した少女は、理解しているからである。
背負ってきた鞄へ手甲とスクロールを入れてから、代わりに瓶を取り出し、小さな両掌に一つずつ持つ。内部の獣血は、研究に使えるよう鮮度が保たれていた。
「わ、わたしが…先に出るから…。ジェロムさんは、援護を…!」
「うん。…逃げてほしいと思っていたけど、だめみたいだ。何とか切り抜けよう…!」
地下室からの階段を二人で上がり、空が見えようとしたところで、二体目の傀儡人形と接敵する。長身のそれは、腕を鋸のごとく変形させており、その顔には一切の熱が籠っていない。突き出される人形の腕で、トリネの重量のある黒髪が一束切断される。
トリネは再び身が竦みそうになったが、獣血入りの瓶を二つ地面に落として割り、目標を見定める。つぶらな瞳の深奥には、敵を害するという意思が宿っていた。
「だめだよ…そんな怖いこと、しないで…。…『血脈の滝』」
「切断します 切だ――」
トリネは手首をくるりと回し、媒介とした獣血を変換する。大量の血液の重みで、傀儡人形を叩き潰した。
単純だが、それは同量の水流よりも重く、対象を掴んで離さない。作り物の腕を伸ばし二人を殺そうとした人形は、その一本の棒さえ折れて、使い物にならなくなった。
ぬるりとした血液が散る場は凄惨だが、ジェロムはトリネの才能を間近で見て、感嘆していた。自分と同じように水を介する魔法を学んだとしても、先を行くだろうと。ジェロムは、少女に手甲を託したことを良き選択だったと改めて思う。
(…この子は、ザルディに生きて帰さないといけない。僕のような老人じゃなく、未来を作れる子が必要なんだ…!)
そして残る人形一体について。それは、二人に襲いかかる前に自壊していた。
ジェロム以外に操られている事を理解した傀儡人形の作成者が、主導権を一時的に乗っ取り。人形へ壊れるように命令したのだ。
その人物は遠くの地で焦りながらも、その者なりの最善を尽くした。リューンの町にある傀儡人形を通し、依頼という形で冒険者たちに知らせたのである。
上位種を見れば、すぐさま逃げるように取り決めを為しているのにも拘わらず、二重基準を持ち出す。だが町全体が危機に陥るならば、逃げたとしても多くの被害が出る。被害を減らせるのは、力ある者が守りとなる手段だけだ。
映された世界においては、骸と化した母が、子と伴侶を殺し。その二人、老爺における一人息子と孫の骸が、彼のもとに届けられ。守るべき者も、一族の血脈も完全に断たれた術師は、海に誘われるまま溺死する。
しかし、それは描写されない。何故なら、美麗な容姿によって映えないからだ。悲劇は隠蔽され明るみに出ることなく、ただ越境組織の頂の心を絶望に落とす。
末端の愚かな裏切りと上位種の卑劣が、人類の破滅へと一歩導いたのだ。
リューンは幸いである。人擬きの化物における企みは半ば阻止され、黒血絶ちの術師も、人獣の『母熊』も生き、そして老いた術師を自死に至らせる絶望も、そこにはない。
今、研ぎ澄まされた魔法が、リューンに潜む裏切り者を消す。赤くとも腐った血が、越境の所有する施設の床を汚した。
◆
イワンとミーシュカ、そして彼らのパーティメンバーである男たちは、その他冒険者たちと協力し、町の人間へ呼びかけてまわっていた。町民たちは半信半疑であったが、筋肉隆々の冒険者の圧にはかなわない。びくつきながらも、その通りにすると言葉を返して、各々対策を取り始める。
そんな中、イワン達へ向けて、越境の職員が呼びかけに来た。正装のまま、カウンターから出てくるのはほとんど見たことが無い冒険者たちは、ぎょっとして彼らの言葉に耳を傾ける。その内容も、精神的な衝撃を受けるものだった。
「『流麗槍』イワン様、至急施設へお戻りください。契約を破った登録者の処理をお手伝い願います。」
「け、契約…?なんだそりゃあ?」
「…それって、最初にサインした書類のことか?」
「その通りでございます。対処は済んでおりますので、"掃除"をしていただくだけで問題ございません。それではよろしくお願いいたします。」
イワンの返した質問は正解であり、職員は深々とお辞儀し、施設のある場所へ戻っていく。イワンは他の職員の様子をじっくり観察し、それに規則性があると気づいた。声をかけているのは、通称持ちがいるパーティーのみだと。
既に物騒なことが起こっているのに、更にきな臭さが高まっているとイワンは顔を歪める。彼は、ミーシュカたちへ引き続き避難誘導をするように言い、越境の施設へと走った。
そうして施設に入りすぐに見たのは、白目を剥き息絶えていた知人、男女二人だった。その男女はそれぞれヨーナスとレイという名前であり。どちらも、もう少しで通称持ちになれる実力者と、イワンは記憶していた。
その傍には、精神的な損傷を受けて呆然としたり、口元をおさえている冒険者の姿がある。その集団には、不気味なほど存在感がなく、無感動に骸を見下ろす女性も含まれていた。
「これは…どういうことだよ!誰がこんなことを…!」
「…私がやった。契約に則った結果だ。」
「契約って…なんだよおい!なんでお前らは、こいつを拘束しねえんだ!」
「見るがいい、『流麗槍』。この者たちが握りしめている物を。」
イワンはその女性の顔を知っていたが、名前だけが抜けている。直後、イワンはその冒険者が自身に向かって名乗ったことがないと気づいた。
女性の声には不思議と説得力があり、イワンはおそるおそる骸に握られた物を見る。それは白く、何かの尾びれのようだった。
ぬるりとして新鮮に見えるのに、切断面はない。ぞっと背筋を凍らせて、イワンは再び女性の顔を見る。
「通称持ちならば分かるだろう。…これは挑発的に掲げられた、裏切りの証だ。化物に擦り寄る、愚かな人でなしのな。」
「…なんだよ。エドワルドが戦いに行ったやつと、違うってのか?」
「なんと。知っているならば話が早いな。流石、リューンの町に根差した古株といったところか。」
女性の目は冷たく凍っていて、しかし口元は吊り上げられていた。
イワンはその目の意味を思い出す。かつて父を恐ろしいと思っていた理由、感情が凍てつくほどの昏い復讐心であると。
その他、通称持ちの冒険者にイワンは尋ね、冒険者二人が骸になったわけは理解していることを返される。彼ら通称持ちの冒険者は、凄惨な現場に気分を悪くしていただけであり、義憤にかられてなどいないと話す。
「…だってよイワン!こんな死に方、ごめんだと思わないか?」
「こいつら、ワタシらを売ろうとしてやがったんだ。悔しくてよ…こんな奴らに、騙されそうになってたなんて。」
「は、ははっ…相変わらずで安心したぜ。お前らがそう簡単に涙を流すわけないよな。」
「まあイワンが死んだら、泣くと思うぜ。だいぶ顔馴染みだしな。」
イワンは引きつった笑みを浮かべ、大きなため息を吐く。柔らかな優しさで、冒険者は生き残ることはできない。死と隣り合わせの中、名誉と金のために得物を担ぐのだ。海が近く、異相付きも比較的多く出る場所なら、その傾向は強くなるのである。
掃除をしている間に、越境の職員が、通称持ちたちへ紙を配る。越境組織の上層部から緊急で出された依頼であり、報酬は異相付きを一人で十体以上狩って、ようやく受け取れるほどの大金だ。
受ければ必ず死地へ放り込まれることを、この場にいる誰しもが理解している。しかし、イワンは他の冒険者とは違う理由で、真っ先に依頼を受けた。
「おれ一人でも行く。…お前らが死んだら、目覚めが悪いからな。」
「…ふはは!イワン、オマエって、本当に冒険者向いてねぇよな。やるぜ。化物ぶち殺して、良い酒飲もうや。」
イワンに続き、風属性魔法の初歩を修めた男が、バンとテーブルに依頼書を叩きつける。魔力持ちかつ冒険者として長い面々は、半数ほどが依頼に乗り、もう半分は命を取って町に残ることを表明した。
そして施設を出ていく実力者たちに、越境の職員たちは頭を深く下げる。無機質に見えて、その顔には無事を祈る感情が浮かんでいるようであった。
正体を半ば明かした冷たい瞳の女性、黒血絶ちに所属する一術師は、そのまま姿をくらます。もはや町に残ることはできないと分かっていて、重傷を負っても尚動く。傷口をきつく縛り上げ、悪しき化物からリューンを守るために。
◆
やがてジェロムとトリネの前に、巨大な影が現れる。体系立っていない独自の魔法を用い、音によって脆弱な人間を狂わせる上位種。
古い時代。戦で敗北する前、種族の頂に君臨してもおかしくなかった「純白の巨影」は、疑似餌にて形作る。老爺と少女に所縁ある人々を。
それは在りし日のジェロムの妻と、家族たち。トリネには、ただ一人の妹を模したものがゆらりと揺れる。
『ああ、貴方…。水底はひんやりとしていて、心地いいの。一緒に、今度こそ幸せに暮らしましょう…。』
『お姉ちゃん…ごめんなさい!お父さんとお母さんなんてどうでもいいから、一緒に暮らしたいよ…!』
絶対にありえない状況であるのに、狂った音は視界を歪め、荒波さえも過去の情景に変える。
きっと二人は、何か一つでも違っていれば、足を海に向かわせていただろう。二人並んでいなければ。イワン達と再会していなければ。そして、二人に共通の友人がいなければ。
まやかしは稚拙で、幼い少女の心に宿る情念を軽んじている。トリネは遠慮がちな優しい性根を、今怒りへと振り切った。
「リシェは…そんなこと言ってくれない…。エドさんだけが、わたしを見てくれたの…。」
「上位種は恐ろしいね…こんなに準備しても、まやかされそうになるんだ。」
トリネとジェロムが幻を取り払った瞬間、それはけたけたと嗤う。死を早めるだけだと、嘲るように。
しかし、その嘲りは返される。
巨体に、魔力が込められた蹴りが入った。それだけで傷は広がり、黒い血が海を穢す。
少女は、ほうと息を漏らして青い鎧姿を見つめた。トリネの心は既に奪われており、己の標は「月」だけだと、更に想いが強まっていく。
「…こんな大物が。二人とも、待たせてすまない。」
「えへへ…。ああ、エドさぁん…。」
全身鎧の男性「青月」エドワルドは、「純白の巨影」ベルーガナスへと直剣を向ける。
一人だけでは小さく見えても、彼の後ろから走ってくる獣たちがいる。また、リューンを守るために集まった、危険を冒す者たちも。
ジェロムは集まってきた人々を見て、拳を握りしめ、己の弱さを噛み締めてから立ち上がる。守り人としての役割を、絶対に果たすと決意した。
人型と白海豚が混ざり合ったような化物が、奇妙な叫びを上げる。獣に近く、どの水棲動物よりも高みにいる上位種が、鰭を薙ぎ払った。