裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
家屋の中は薄暗いだけでなく、異質な臭いも漂っている。鉄臭さと甘い果実を腐らせたような感じだ。
俺は家屋の窓が開いていることを確認し、それが家自体に染みついているのだと理解する。
前訪れたときはかび臭いだけだった。ということは魔法の研究に熱が入っているのかもしれない。流血を介する魔法とは、その性質上生臭さが付きまとうものだからだ。
家の主である黒髪黒目の少女、トリネは臭気に慣れているのか、自然な様子で椅子を引いた。
「えへへ…。どうぞ、座って…。」
「失礼する。」
「いいの…自分の家だと思って、体の力を抜いても…。」
少女は、つぶらだが光の射しこまない瞳を細め言う。小柄なのにトリネからは何故かプレッシャーを感じる。今リラックスできるわけがない。
「…俺にとって、魔法と戦闘は切り離せないものでな。警戒を完全には解けないんだ。気にしないでくれ。」
「そうだよね…じゃあ、そのままお話ししよう…。エドさんが離れてから…百七十九回も、月が回ったんだからね…。」
愛らしい幼げな顔立ちが、途端に恐ろしさを帯びる。やはり少女は、この半年で鬱憤が溜まりに溜まっているようだ。俺は息をつくと深く頷いておく。年頃の少女に、話し相手は必要だろう。
家屋に入ってからずっと掴まれている腕甲が、みしりと音を鳴らした気がした。
昼になれば、村の陰にある家にも光は入ってくる。影になっていた少女の顔ははっきりと見えて、怪しい雰囲気はなりを潜めた。
髪の乱れは寝起きであったからのようだ。くしゃとしていた部分が徐々に戻り、長い黒髪の柔らかさが分かる。
ゆったりとして偶に途切れる少女の話は、声質故か聞きやすく、内容は半年を圧縮しているために濃密であった。
ひたすらに自身の才能を伸ばし続ける毎日。初めて出会ったときのトリネが、こんなにもストイックになるとは思わなかった。精神的にタフという長所がある、内気な少女であったのに。
俺は魔法の研究がどれだけ進展しているかを聞いて、彼女を称える。
「――やはり君はすごいな。王都で他の術者と協力しているとはいえ、ほぼ独力じゃないか。」
「ふへへ…もっと褒めてもいいんだよ…。」
「すごいぞ、トリネ君!」
「えへ…えへへ…。」
ふにゃりとした声になって、少女は照れたように笑う。俺の、人を褒めるためのボキャブラリーが貧しすぎる。
その後俺は、彼女の村での近況を言葉に気を付けながら聞いてみた。トリネと会ったときには、既に両親に虐げられ始めていたため、まだしつこく危害を加えてきているか心配であったのだ。
トリネの声は冷え、ぎゅっと目を瞑る。
「もう、話してないよ…。リシェも見ないようにしてる…。」
「…そうか。もう王都に移ってもいいんじゃないか。」
「ううん、まだいいの…。それより、月の魔法の話をしたいな…。」
親子であっても、悪縁ならば断ち切る。立ち直り、トリネがそう選択した道は、彼女自身にとって最善であったように俺は思う。
調子が戻って、陽が射しこむ部屋で掌を合わせて笑う少女は、とても幸せそうだからだ。
多少研究でストレスは溜まっても、彼女は強い。齢は俺からしたら子どもだが、この世界ではもう大人扱いである。
だからだろう。トリネは子どもにはない貫禄を持ち、真の意味で自立している。
ゲーム中彼女は、逆ご都合主義を押し付けられていた。術師として大成した話を聞くと、報われてよかったと心から思うのだ。
しかし王都に家を持つほどまで大成したのに、何故未だこの村にいるか疑問でしかない。会ったときや手紙でトリネに聞いてもはぐらかされるため、真意は掴めていない。
世界の強制力のようなものが働いているならば、即刻引っ越すべきだ。
いくらトリネに流血魔法の才能があっても、個人では上位種を倒しきることは難しい。それにこの村の人間は、トリネ以上に無力だ。
彼女が絶望しないよう俺なりに工夫し、根回しもしたため、この村において「裏切り」は起こらないだろう。それと、裂け目の発生は別の話だ。
折角トリネが健やかに育っているのに、平和を乱されてたまるか。
魔法の談義中なのに、つい感情を込めてしまう。トリネはゆったりと俺の様子に言及した。
「…エドさん、真剣な声してるよぅ…。月を融かす魔法*1は、どう…?」
「だいぶものに出来てきたよ。トリネ君の協力もあって、イメージを掴めた。魔力の放射とは違って、完全に制御するには、まだ時間がかかりそうだ。」
「えへ、良かった…。エドさんの役に立てたか分からなくて…さっきはちょっと、焦ってた…。」
トリネは、もじもじと腕を動かしながら言葉を出す。家族から酷い仕打ちを受けてきたのに、彼女は善性を失っていない。なんと光に満ちた少女なのだろうか。
考えてみれば、勇者の境遇と在り方に重なっている部分がある。トリネもまた、もっと報われるべき人だ。
「十分すぎるほど助けてくれたよ。しかしトリネ君。今日…いやこの数日中に、またきっかけを掴みたい。急に来てする話でもないが、お願いだ。」
「うん…いいよぅ。他にも…繋がれる魔法を探そうね…。」
トリネはへなと笑い、俺の左手を握った。俺は少女と握手し、気持ちを引き締めた。
魔法とはそれぞれ体系が違うが、共通する部分もある。
トリネが扱う流血魔法と、月由来の魔法に焦点を当ててみる。どちらも夜にこそ真価を発揮する魔法であり、敵へ与えた傷にデバフをかけられる。
特に前者が肝心だ。昼か夜どちらが主になるかによって、相性の良し悪しが決まると言ってもいい。
魔法の相性が良ければ、自身の分野にて直感的に学びを得られるタイミングが多くなる。術師は複数人で技を高め合うのが基本なのだが、俺は常時共闘できる相手を、連れて回ることはできない。
戦闘中の「裏切り」で命を落とすわけにはいかないからだ。
こういった機会を設けなければ、成長速度が著しく下がってしまう。「月」を知る者は気軽に会えるような善人ではないから、トリネや他知人たちのような縁は貴重なのである。
まずは上位種をぶち殺すための準備に注力し、技を磨くのは合間にして、目標を達成した後はじっくりとやろう。
俺はトリネと雑談しながら、夜を待つことにした。
村の人間が開いてくれた宿には、獣を狩った後話す。生活を潤せるような手土産が無ければ、彼らからの対応は芳しくない。路銀程度では、貴重な食料は割けないということだろう。
◆
ある一人の来客を迎えた小さな農村は、静まり返っている。夜になれば眠り、陽が昇れば痩せた土地を耕す。そのサイクルが変わることはないのだ。
しかしそこに安心は無かった。眠るときでさえ、村人が休まることはない。何故ならば、村に潜む唯一の術師がどう自分たちに報復するか分からないからである。
村人は怯えながら、まだ幼い少女へ
魔法の才があることはそれだけで価値となるが、環境によっては害で劇毒となる。混乱を作り出す火種を、力無き者が有効活用することはできない。排除するしかないのだ。
しかしそれは、失敗した。ふらりと村に訪れただけの部外者、鎧の男によって。鎧の男は、幼い少女をすぐさま篭絡し、知恵を与えてしまったのだ。
少女の力は、村を掌握できるほどであり、寧ろ自身が村人を追いつめられることを。
男は村へ、冬を越せるだけの貢献をした。そして来るたびに村を助ける。
だから責められない。鎧の男も少女同様強い力を持っており、恩を仇で返す愚行などできるわけがなかった。
術師となった少女が去るまで、村で生きる民は怯え続けるだろう。その状態こそ、彼らが望んだことであるのだから。
月下にて、少女トリネは長い黒髪を整える。幼さが残る顔にはらしからぬ、蠱惑的な笑みをたたえて。
王都の術師、村の人間、そして彼女の恩人にも見せることのない表情であった。トリネは恩人との久方ぶりの会合に、気分が高揚していたのである。
出会いは突然だった。彼はどこからか村へやってきて、宿に滞在し始めた。そしてトリネが虐げられるのを見るや、こそりと彼女を手招いたのだ。
外の人間だからこそ話せることもあるだろうと、彼は言った。
トリネはその言葉だけで、感情の波に呑まれた。
もう限界だったのだ。本来信頼できるはずの血の縁は、呪いと同じであり。村の人間は全て敵。姉として愛していた実の妹も、ただ怯えているだけで助けてはくれなかった。
泣きわめき、悔しがり、それを鎧の騎士は黙って聞いた。そうして、彼女自身が選んだ道を肯定したのだ。騎士はその道を舗装するため、王都へ話をつけにも向かった。
トリネはこの騎士との出会いを、運命だと思った。そして、騎士が自身と同じく魔法に長けていると知ったときにはもう確信していた。恩人は想い人へと変わっていたのである。
王都で実力を伸ばしながら、トリネは良いことを聞いた。「魔力の繋がりは、血の繋がりよりも濃い*2」。
王都のある術師がトリネに語ったことだ。魔力の繋がりを濃密にすれば、騎士は自分と結ばれたも同然である。
少女は早速それを実行に移した。どれだけ離れていようと、騎士の月と少女の血が繋がれば解けることはない。寧ろ融け合い、共に魔法の道を行けるのだ。
「ふふ、ふふふ…。いいな、月が融けたら…。もっと、わたしたちが近くなれる魔法…考えないと…。」
少女は指先から、一滴血を垂らした。そうして騎士から学んだ、なりかけの「月」*3を映す。
両親への嫌悪はあるが、もはや才能を開花させた少女にとって脅威でも何でもない。妹に対する愛は微かに残っているが、もう他人である。
村のボロ屋には、騎士との思い出が詰まっている。離れるつもりは未だ無い。
愛おしい騎士に血の魔法を教え、彼の一部にする。そうすれば、魔法だけでなく血の繋がりも出来たようなものだ。
少女は究極的に、彼のため魔法を探究し。暗がりにて彼を望み続ける。