裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
ザルディの王都を目指した旅路は、直線的であれば六日もかからなかった。俺はその間に、沿岸部での「裂け目」の対処を予定していたが、戦闘すらなく終わった。
ゲーム内で犠牲者であった漁師の娘は健康で、操られていたり、悪しき気配が近くに潜んでいたりといった悲劇の起点は存在しなかったのである。
記憶にある上位種の姿は、ベルーガナスと同じく海豚のような種族である。大陸近辺を牛耳っていた奴を倒したからこそ、被害がおさえられたのかと合点したのだが、そうではなかったようだ。
その娘に尋ねてみたところ、震えながら答えた。俺と同じように全身鎧を纏った人物が、白いヒトガタを爪で引き裂き続けていたと。遠目から見ていたため詳しくは分からないが、それは赤茶けた装甲だったそうだ。
サングと、ウルサの他にも、健在な人獣の一族がいる。俺は一人で上位種を討てる実力者の影を見て、武者震いした。化物を屠れる戦力は、どれだけいても良い。
その話を聞いたサングは猪のごとく鼻息を荒くして、まだ見ぬ同胞との出会いに期待していた。
同行しているトリネやサング、取引した商人たちと雑談することで護衛と心の休息を両立し、今後のことを考えていればすぐに王都へたどり着く。
出会って間もないサングとも、荷馬車内で共にいれば、仲を深められた。元より彼女は、共闘してくれた戦友だ。出会ってすぐ戦闘するという刺激的な体験をしたが、話せばサングの性根は純粋なのだと分かってくる。幼い時に群れを無くしたために、精神的にはトリネよりも幼いほどに無垢なのだと。
だからこそ王都に着いてから、ぐずるのも予想できることだった。長旅と久方ぶりの人との交流により、すっかりトリネに心を許していたサングも、俺から離れようとしない。
サングのトリネへの信頼は、強さにもあるようだった。幼く筋力が年相応であっても、魔力量と行使できる魔法をサングは重視している。
「主、どこへいく!トリネと、共にいるのではなかったのか!」
「俺は各地を転々としているからな…次の目的地はルヴネトだ。また会いに来る。それまでに貴女が人獣として活動しているなら、旅路の中で会えるだろう。無論、貴女との約束は果たし続けるつもりだ。」
「ウ、ウウウ…!ひどいぞ!」
「サングさん…大丈夫だよぅ。研究が終わって…鎧も直せたら、ね。」
往来で声を大きく俺を非難するサングへ、トリネが背伸びして彼女に言葉を伝える。ぴくりと目を震わせ、サングはトリネと視線を合わせた。茶色の瞳は、捨てられた子犬のような様相を浮かばせていた。
「トリネ…そうしたら、ウマいものは食えなくなるか?トリネとも、離れたくない…。」
「エドさんは、ちゃんと来てくれるよ。その間わたしが、色んなこと教えてあげる…。」
「…グウ、分かった。主!われは群れの再興のため、待っているぞ!いきちがいになりたくない!」
「ああ、すぐに再訪しよう。トリネ君、また研究の進捗を聞かせてくれ。それと人獣の業を解析するのは、非常に難しいだろうが…ずっと応援している。君の才覚なら必ずできる。」
「えへへ…。うん、頑張るね…!でも…エドさん、絶対元気でいてね…。」
俺が一時の別れを告げると、トリネは花が開いたような笑みを見せた後、眉を歪ませる。何日経っても、トリネには心配の念が残っているようだった。やはりトリネは善性の塊と呼べる少女だ。
魔力の枯渇やそれによる疲労は、この八年間を通して何十回も経験してきたこと。体を鍛えるだけでは、強くなれない。魔力の総量を高めるには、魔力循環の限界以上を目指し続けなければならないと俺は知っている。
体感で十分に力を得られたと思っていても、最初裂け目から出てくる上位種を相手取るには、長期戦からの粘り勝ちを狙わなければならなかった。それに、格上を相手にするなら裂傷を受けることや、魔力を溜めるための器官が傷つくことは当たり前なのだ。
騎士も術師も、また冒険者も、皆目的のため傷を負っても尚戦っている。痛みを伴わない戦いなど、存在しない。トリネもそれを理解している。
俺はこの世界に身を置き、覚悟せざるを得なかった。少しでも油断すれば、策謀や純粋な暴力によって命を取られる。ケルが作るハッピーエンドを見届けるまで生き残るには、結論戦い続けるしかないのだと。あちらの世界での平穏な生活は、もう夢でしかない。
鍛錬や実戦で血反吐を吐き、死闘を制し続けてこそ、勇者となるケルの助けになれる。歩みを止めれば、世界に弄ばれるのだから。
「心遣いありがとうトリネ君。善処する。」
「仕方ないよね…。でもせめて、楽をしてほしいの…。だから魔法の理論が作れたら、すぐ教える…!それとこの鎧…エドさんからもお話聞きたいな。」
「楽しみにしているよ。こちらも共有しよう。」
俺はザルディに戻る途中、トリネとサングから提案された事象について返答する。俺の荷物には、「母熊」ウルサが身に着けていた手甲と、同じく手甲である「流刃」の隊列が着ていたものが含まれていた。
鎧の使い方は、ジェロムたちに一任されている。最終的にトリネは、鎧を有効的に使えるのは俺だと結論付けたのである。
「トリネ君、サング。元気でまた会おう。」
俺は二人に手を振り見送ったあと、考えを整理する。少し前ザルディの王都にてヴァルミ騎士ガルフと交わした言葉や、ジェロムからの助言、そしてしばらく会っていないミウとラディアについてを。
ルヴネトに行けば、ケルやリィートイを経由して矛神教の動向も聞けるだろう。場合によっては、ルートを若干修正する必要が出てくる。矛神の騎士でいる限り、ラディアの運命は不明瞭なままだ。
(当面は、牡鹿の脚を鍛えよう。いざという時、行使できないのは大きな隙になってしまう。)
俺は自己鍛錬についても考え、体内魔力の操作を更に高めようと計画する。荷馬車は極力使わず、ルヴネトまでは俺が生成した「霊月の後脚」で向かう。魔法を使うのが特別な状況ではないように、慣らしていく。これこそが、より命を繋ぐ確率を上げるのである。
◆
全身鎧の男性エドは、夜間休みなく走り、日中は途中の町の宿か野宿をすることで体を休める。
商人の護衛という手段を取ることもあったが僅かで、魔力循環を高める丸薬を、強敵との戦闘以外に消費しないようにするための措置であった。
しかしエドを追う者にとっては、不利に働く。「越境」のモユヌエから直接命じられ、ある国から出立した冒険者の姉弟、その内姉であるヨヌアは、凄まじいペースで動き回っている彼にげんなりとしていた。足跡を辿ろうとしても、越境の施設内で目撃情報がなく、傀儡人形を使った捕捉に頼るしかなかったからだ。
突風で声を殆どかき消されながらも、ヨヌアは馬上にて不満を叫ぶ。頬を膨らませる少女に対し、ハウンスカルと呼ばれる形状の兜を被った男が宥める。
「うう、もうっ!この『青月』って人、せっかちすぎるわ。気ままに旅してるってあいつら言ってたけど、嘘じゃない!」
「進行方向は、大陸中心。到着地を予測して動けばいい。」
「分かってる。ルヴネトに着いたら、たっくさんご飯食べるんだから。オズ、ふんばるわよ!」
「承知。大母のため、必ず接触を成功させる。」
二頭の馬は、平原を走り続ける。彼らはエドがどのように移動しているかを知らないまま、予測地点であるルヴネトへ急ぎ向かった。
「狂狼」オズと、「鉄剥」のヨヌア。彼らの馬には、モユヌエに施しを受けた証と言える、奇妙な得物が固定されている。その忠誠は、数少なくも真なるものであった。
そして二人の冒険者が目的のため走っている最中。リシディア騎士団のある部隊も、動く。今、どの騎士団による守りも余裕を無くしていた。
司令官である少女は、上位種を討つために奔走しながらも、マークしていた遠方の魔力が激しく乱れることに焦りを覚えていた。だが私情によって、目の前の脅威を放り出すことはできない。
近年落ち着いているように思われていた裂け目の発生は、確実に頻度を増している。少女アイナは部下たちと共に辛勝をもぎ取った後、部隊を率いて西へ向かう。
遊撃部隊に属する騎士、神官、少数の勇者は、いつ死地に赴いてもおかしくない。アイナは「月」を標とし、その下に着くものたちは女神リシディアと、部隊の司令塔である騎士長こそが、標であった。
◆
時間を切り詰め、ようやくルヴネトの王都が見えてくる。期間を考えれば、なんと十日しかかかっていない。
荷馬車に乗せてもらい、ルヴネトからザルディに行くのには約半月かかる。馬だと休憩の時間を挟んだり、夜は基本止まるからだ。俺一人ならその必要がない。
人と接する時間が減って、喋りが下手になるのは問題だが、そこは日中補うとしよう。また頻度は減るが、護衛を止めるつもりもない。
俺は疲労によってずっしりと下腹部に重さを感じながらも、達成感を覚えていた。
(ルリベナ師匠には、感謝しかないな…。これで、移動時間が随分と短縮できる。戦いに間に合う…!)
俺は時間的余裕を心中で喜び、清々しい気分でルヴネトの王都における正門前へ進む。陽が昇り、固形化された青き牡鹿の脚は消失したが、歩みを止めずに辿り着く。
兜を脇に抱えて、正門前で欠伸をかみ殺していた矛神の騎士へ、俺は話しかけた。鎧越しでも鍛え上げられた筋肉を感じさせる騎士の女性は、俺のことを認識してくれているようだった。
「お疲れのところ、失礼する。矛神の騎士殿、これを確認していただいてもいいだろうか。」
「…?おお貴殿、久しいな。この間、貴殿が我らに預けていった幼子たちは、だいぶ様になってきているぞ。見習いを若い内から抜けられるやもしれん。」
「嬉しい限りだ。目をかけてくれて有難い。」
「才ある者は取り立てるべきよ。…成長は実際に見た方が早い。顔を見せてやると、幼子は喜ぶ。青月殿。是非、矛神の拠点に足を運んでほしい。」
騎士の女性は、俺が取り出した通行証を確認してから通してくれる。後押しされたことで、俺の中での期待は大きく高まった。この数月で、どれだけ彼らが成長したか。特に、主人公であるケルの様子を見たい。
俺は朝陽に照らされるルヴネトの王都を歩く。まず立ち寄るのは、友人の鍛冶工房だと決めている。
そして、ものの十数分後。以前とは違って、中が明るくなっている鍛冶工房の前までやってくる。カンテラからの明かりだろうか。
俺の友人は誰かと話しているようで、楽し気な声音が外へ漏れてくる。俺はそっとドアを押し、中を見た。そこには安心できる幼い容姿の友人と。頭にバンダナを巻いている、俺が今求めていた子どもの姿があった。
俺がドアを閉めると、その音で愛らしい顔立ちをしたケルが、目をまん丸にする。続く言葉からは、俺を忘れてはいないことがうかがえた。
「…え、あ!エドさん…!リィートイお姉ちゃん、エドさんが来たよ!」
「おお、エド!最近は連絡も寄越さないで、心配したぞ?…ほれ、こっちに来い。随分とまた、鎧がぼこぼこじゃないか!」
俺はこちらに跳ねるようにして近づいてくるケルと、両掌で柔らかく手招きするリィートイに、深い安らぎを得る。体が疲れているからか、尚更工房の匂いが温かく感じた。
内装は武器や防具が見栄えよく配置されていて、武器屋として本格的に動いているのが分かる。
話したいこと、聞きたいことはたくさんある。だが俺はまず、リィートイたちに一つ言葉を返すことにした。ルヴネトこそが、この不条理な世界を覆す起点となる。主人公のはじまりの町はいわば、俺にとっても拠点と呼ぶべき場所だと。
「二人とも、戻ってきたよ。やはりここは落ち着くな。」
「なんだ、ここをホームにしたいのか!ふふっ、かわいいやつめ。」
「あはは!お帰りなさい!…ずっと、待ってました。」
椅子に座り、深く呼吸する。今までの疲れがどっと押し寄せる感覚を味わいながら、体を休める。
和やかな時間を楽しみながら、俺はタイミングを見計らい、リィートイの小さな掌に二つ手甲を渡す。古い時代を生きた熟練の鍛冶師なら、有効活用ができるはずだと、俺は話を進めることにした。