裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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 矛神の教義において、武の素質を見出された者は、例え幼子であっても過酷な訓練を課される。それに耐えられず、潰れてしまった人間は神官、つまり術師としての道へ転向することになるのだ。

 夢破れた者の感情は淀み、燻る。人間には向き不向きがある。神官になることは騎士よりも死が遠ざけられるのだから、寧ろ良いことだと大部分は捉える。しかし真摯であるほどに、実力主義とはかくも残酷な様相を見せるのだ。

 

 ミストヴィルで生まれ育った四名の内、既に一人の少女は、騎士としての道が閉ざされている。初め、心が壊れかけているが故に、騎士の素質を錯覚されていた。

 しかし生活が恵まれれば、心は癒える。平常に戻った子どもが、厳しい鍛錬をこなせるわけもない。騎士になれるのは、魔力を持つ以外に、市井の人間とは違った素質が求められるのだ。少女は寧ろ、幸運だった。

 

 

「…でも私たちの希望は、大丈夫…。ケル…。」

 

 

 緑の祭服に身を包んだ少女は、訓練場にて模擬戦を行う同郷の少年少女を見る。幼き故に前線で戦うことにのみ価値があると思いこむ少女は、術師としての才を確かに持っている。矛神の騎士は、そのことを見抜いているのである。

 

 騎士見習いは、鉄製の鈍らの得物をそれぞれ振り、各々が辿り着かんとする騎士の姿を幻視している。

 矛神騎士は、豪快に巨大な武具で圧殺するのが基本だ。そのため肩に担がないと運べないような大剣や、全体重を乗せて振り下ろす大斧などが選ばれる傾向にある。

 ミストヴィルの少年少女も例に漏れず、身の丈ほどある大剣を、振り下ろしては持ち上げる訓練に集中していた。武器を振るう訓練が終われば、基礎体力をつけるための走り込みや対人戦が待っている。

 

 腹がいっぱいになるまで三食摂り、疲れ果てて眠るのが騎士見習いたちの日課であった。王都の料理は美味く、それでいて強くなることに明確な標を持つミストヴィルの子どもたちは、環境に満足していた。

 

 そして神官でも騎士でもない、第三の道を進む幼子は。見習いとは思えないほどに、熾烈な模擬戦に励んでいた。

 模擬戦の相手は、ルヴネトを任された総司令官であるのだ。勇者となれる人材は貴重で、確実に育て上げなくてはならないと矛神教では決められている。例え矛神とは別の所属になっても、「縫合」を扱い、民を守れるようにと。

 酸欠と、喉の渇きにより気分を悪くしたケルが顔をしかめる。情け容赦なく、戦装束を着こんだ男性はケルへ、両腕に握った巨大な双剣を向けた。

 

 

「はあっ…はあ…うええ…。」

「立つのだ、未来の勇者。足を止めれば、奴らは真っ先に貴殿を狙うだろう。我々を甚振ることに執心する化物は、帰路を塞ぐ勇者を憎むのだから。」

「それは、何回も、聞きました…!続きを!」

「うむ、素晴らしい志だ。水で咽ないよう、舌の動きは無意識下でも制御できるようにな。…では行くぞ!」

 

 

 総司令官は、魔力量と筋力を抑えなければならないために、若き頃の実力には程遠い。しかし来るべき日のため、腹が出てしまっても継戦能力は維持されていた。

 訓練用の双剣がぶんと空を切り、ケルはそれを地面を這うように避ける。ぶつかれば大怪我は免れない。そのため、剣速は気を抜けば当たるほどに遅くされていた。

 

 

「糸…伸びて!」

 

 

 ケルは、総司令官デリクの攻撃を避けながら、虚空へ魔力の糸を放つ。回避することは主目的ではない。裂け目を閉じることが勇者の役目だからだ。

 魔法「縫合」の原点ともいえる糸状の魔力を、どれだけ放出できるか。世の理を知ることや、魔法の理論を習得することは関係ない。魔力量と、魔力を練るための集中力こそが必要とされるのである。

 無慈悲なまでに、デリクの双剣がケルの魔力を切り裂く。途切れた糸は力なく垂れ、ケルは激しく咳き込んだ。

 

 

「まだだ。糸を切られてしまえば、上位種に追いつめられる!もっと強度と速度を究めるのだ!」

「ううあっ!ごほ、ごほっ…!」

「…朝はここまでとするか。貴殿の成長は、今まで見てきた勇者の中でも著しい。故に、戦いに出るのが早まってしまうやもしれん。…死なぬよう、私も全力を尽くす。ケル殿も頼んだぞ。」

「…はい!ちょっと、休みます…。」

 

 

 デリクが深く頷くのを確認した後、ケルはぐったりとした様子で訓練所の脇へと歩いていく。朝食の黒パンと野菜が胃の中で暴れ回っているようで、早く座りたいとケルは思っていた。ケルの視界に、心を許した二人が入り込むまでは。

 

 全身鎧の男性エドと、ケルの保護者のような役割を担っているリィートイがケルに手を振る。体の怠さが吹き飛んだケルは満面の笑みを浮かべ、二人の下に駆けた。

 

 

「ケルちゃん、お疲れー!ほれ、水飲んで体を休めてな。」

「ありがとう、リィートイお姉ちゃん!うく、うく…。」

 

 

 そして三名は、長椅子に腰かける。リィートイから差し出された水を、ケルは美味しそうに飲み、大きく息をつく。

 

 

「ケル君、まずは賞賛させてくれ。あれだけ動けるとは…素晴らしい才覚だ。努力もよく伝わってくる。」

「あ…ありがとう、エドさん…!ミストヴィルの子たちも、すごく頑張っているので、見てあげてください!」

「ああ、見させてもらっている。矛神の訓練は厳しいな。生半可な教導では、戦地で死者を増やすのは分かっているが…。」

「そうなのかな…。他の騎士団だと違うんですか?」

 

 

 ケルは首を傾げ、エドの視線の先を見る。騎士見習いには、成人して間もない少年も含まれている。へばって地面に手をつく一部の見習いを騎士が立たせ、筋肉量を上げるためのトレーニングを開始させていた。

 ケルの中の常識は矛神で築かれているため、鍛錬が苦しそうだという淡白な感想しか出てこないのだ。

 

 

「傍から見れば、苛烈さは矛神が一番だと思う。隊列を組んでの戦闘を、主としないからだろうな。個の強さに重きを置いている。」

「へええ…。ぼく、まだ分からないことが多くて…エドさんに色々聞きたいです!」

「分かった。基本的なことなら、教えられるだろう。後で昼食を摂るとき、話そうか。リィートイ、俺が滞在しているときは、遠慮なく店を選んでくれ。豪勢に行こう。」

「はは!分かったよ。わたしが出すつもりだったが、折半しようか。」

「やった!あはっ…エドさんと久しぶりにご飯食べられるんだ。楽しみだな…。」

 

 

 ケルはふにゃりとした表情で、昼が早く来ないかと望む。エドとリィートイが近くにいることに、ケルは非常に安心感を覚えていた。ミナがいれば完璧だとも少女は思う。

 血の繋がった親は冷たく、過去として追いやった。ケルにとっては、温かさをくれる人々こそが大事なのだ。

 

 ケルは無意識に思っている。リィートイは見た目こそ自分の齢に近いが、エドを想う時、ケルに接する時の彼女は巨大な母性を携えている。その大樹の如き安心に寄りかかるのも、自然な事であった。

 

 

(リィートイお姉ちゃんとぼくで…ミナお姉ちゃんも一緒に、エドさんをルヴネトの人に出来たら…。皆、家族になれて…。そうしたら、リィートイお姉ちゃんがお母さんになるのかな…?)

 

 

 ケルは何れ勇者になるとしても、支えを親しき人にするつもりであった。もし、その支えとした内の誰かが欠けたとすれば揺らぐほど、ルヴネトでの暮らしに幸せを感じているのだ。

 ケルは英雄としての欠落を抱えていない。エドが考える主人公像と、実際の少女は更にかけ離れていく。エドの標は本人が知らずの内に、虚像になりかけていた。

 

 

 

 

 しばらくしてケルは短い休憩の後、昼の訓練へと向かった。俺も見習いたちの休憩が終わる前に、ミストヴィルの子どもたちへ、応援の言葉を伝えに行った。今はケルたちの訓練姿を観察中だ。

 

 ルヴネトに来てから、目的が複数に増えたことで惑っている。ハウンスカルの青年の正体を通して、探ろうとしていた当人、ヨヌアが姿を現したからだ。しかも、バックスタブレイブ作中では考えられないほどの快活さで、俺とリィートイに話しかけてきたのである。

 その時点で察しがついた。オズと名乗った青年が、ヨヌア本来の快活さを閉ざした理由なのだろうと。おそらく、彼の生死が深く関わっている。

 制作陣は、「残虐な死こそが悲劇を美しく演出する」とインタビューに答えていた。経緯がどう在るかは分からずとも、オズの身を守ることこそが悲劇を回避するために最も有効的だ。

 

 

 ルヴネトの王都に寄った主目的に戻る。ケルを除く四人の子は健やかに育ってくれれば良いが、ケルはどんどん育成していかねばならない。見守るだけでは、何のために俺が存在しているのか。

 二年分のアドバンテージがあるとはいえ、時が経つのはあっという間で、大陸全体を巻き込む絶望は刻一刻と迫っている。より早い段階で、ゲーム開始時点での実力を上回っているのが理想である。

 

 

「魔力の糸が出せるなら、もう少しで…。ケル君の成長の速さには驚かされるな。」

「そうだろー?矛神のやつらも、よくわたしに聞かせてくるんだ。ケルちゃんは、ただの『縫合』持ちで終わらない。」

 

(…この調子なら、一年後には見習いを卒業しているかもしれない。流石主人公…努力と才能の塊だ。)

 

 

 滑るように総司令官からの攻撃を避けるケルの姿に、感服する。手加減されているとはいえ、総司令官が振るう双剣は、並みの異相付き相手なら両断している速さだ。やがて誰よりも強くなる主人公の強さの片鱗を、ケルは既に発揮している。

 そして俺は、ケルの掌から放出される魔力へ、偶に青色が混ざるのに気づく。本来糸状の魔力は純白であるはずだ。ゲーム内資料には情報はなく、縫合が扱える条件も考察止まりであったため、俺の頭では隠し条件のようなものを達成したのかと考える他ない。

 何にせよ、ケルの実力は飛躍的に伸びている。今のところは、補強するくらいでも問題ないだろう。応用をつぎ込み過ぎると、成長が伸び悩んでしまうかもしれない。慎重に事を進めなくては。

 

 

「――おおっ。見ろエド!昼の鍛錬も終わったみたいだぞ。ケルちゃんの体を拭いたら、食事に行こうか。もう場所は決めてあるんだ。」

「そうしよう。準備が良いな。」

「いつもケルちゃんの面倒を見てるからな。布は欠かさず持ってくるようにしてる。」

「…信頼できる友人がいて助かったよ。貴女は鍛冶だけでなく、気配りにも長けている。頼もしい限りだ。」

「ふふっ、わたしがいて良かったろ?」

 

 

 リィートイの紅葉のような手が、ぐっと隣に座る俺の手を握ってくる。これは言外に、立ち上がるように伝えているのだ。猛き戦士の掌は、小さくとも握力の強さを感じさせる。

 汗を滝のように流したケルが合流し、リィートイにされるがまま、濡れた布で顔や手足を拭かれていく。多少荒い拭き方でも、ケルは目を細めて気持ちよさそうにしていた。

 並んだ俺たちはリィートイの案内の下、店へと向かった。

 

 

 

 そして、その店内にて思いがけず再会する。ヨヌアとオズ、冒険者の二人組と。白銀鎧の集団、リシディア騎士の小隊とその指揮を執る少女に。

 

 俺を見つけた少女は、平時は整えられている紺色の髪を振り乱し、目には疲弊の色が浮かんでいた。それでも人のできた年若き司令官は取り繕って笑う。

 裂け目の大量発生。俺は激化する未来を見据え、立ち込める暗雲を払う術に思考を巡らせる。

 

 奇しくもケルと、アイン・エルディア司令官の出会いが早まった。この出会いが吉と出ることを祈りながら、俺はリィートイと共に双方へ言葉をかけた。

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