裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
店を出て、ケルを送り届けた後。俺たちはアイナに連れられ、リシディア教の小隊が休息を取っている宿へと向かった。リィートイも来たのは、隊の様子を見に行きたいと彼女自身が言ったからだ。見ず知らずの戦士にも、リィートイは心を痛められる、美しい性根だ。
戦いに出るリシディア教徒たちの、決意は固い。どれだけ深手を負おうと、民のために立ち上がることのできる博愛主義者ばかりなのである。到底俺には真似できない気高さだ。
しかしそんな彼らでも、竜の上位種から受けた心的外傷は根深く、まともに食事を摂れない者までいるという。
アイナは振り返り、彼女の右後ろを歩く俺へ話題を振ってくれる。騎士団の同志が失われたというのに切り替え、気丈に振る舞える。この振る舞いも、今自分だけしか司令官が小隊にいないためだろう。司令官が崩れれば、どんなに死線を潜り抜けてきたリシディア騎士も、結束の強さを活かせず敗れるのだから。
長く生きているだけの俺とは大違いの、できた子だ。
「へえ…メアルさんだけじゃなく、セオドアさんともご知り合いだったんですね。そうなると、やっぱりエド先輩と話せれば、皆元に戻ってこられるはずっす…!」
「彼女らと話したのは戦場のみだ。俺が話して再起の一助になれるなら、喜んで手を貸したいが…。」
「…エドワルド様、ご心配には及びません。セオドア・ティテア様の隊も、わたくしたちも『青月』の由来を覚えております。忘れたことはございませんとも。」
「そうでしょうか…。」
アイナと別の部隊は、セオドア・ティテアと、メアル・テタムの小隊である。どちらも「バックスタブレイブ」作中には登場しなかった司令官であったが、兜を外した美貌は騎士らしくきりりとしていたのを覚えている。
前者は、騎士の割合が高く。反対に後者は神官が集められていた。
俺は、メアル・テタムと洗礼名を受けた司令官のことを、覚えている。男性のように雄々しい女騎士。一度きりの共闘だったが、彼女の大盾は鉄壁で、後方に位置取る神官に傷一つ負わせなかった。
まるで守護ヴァルミ騎士のような戦闘手法を取る、一騎当千の強者であった。
しかし彼女らとの共闘は数年も前のこと。二つの小隊にとって俺は、顔すら定かでない、一度共闘しただけの冒険者だ。そんな人間が果たして、廃人同然まで精神を壊した人たちへ影響を及ぼせるだろうか。
段々と調子が戻ってきた神官の女性、ミレイユに力強く言われたため、生返事を返す他なかった。
アイナたちリシディア教の部隊に話を聞いてからずっと、俺の心は暴風のごとく怒りと不甲斐なさで荒れている。
俺がどれだけ裂け目の発生時期を知っていても、全てを阻むことはできない。作中で描写された箇所以外は、知りようがないからだ。
ゼシニス大陸において、円を描くように裂け目は現れる。作中一番とも呼べる賢者が、主人公の勇者に話した法則である。
そして、その法則から外れた裂け目は小さく、散逸しやすい。本来なら騎士の小隊によって対処できるものであったはずなのだ。出てきたのが竜擬きでなければ。
奴らは執念深い。満足するまで、何度でも大陸を襲うだろう。竜が起こした惨劇は、ゲーム内では描写されていなかった。何らかの方法で痕跡を消していたのだとすれば、追い返したとして、問題の先送りにしかならないのだ。
俺は自身のことを、ただの一人間でしかないと、頭の中では分かっている。知っているだけしか命を掬い取れないと。だがこの空虚は、言い訳で埋められはしない。動き続け、次へ繋げることで償うしかない。
口数を減らしていたためか、隣を歩くリィートイが指摘する。
「…エド、あんまり思いつめるなよ。奴らはどこにでも現れる。エドがいないところで、奴らはずっと狙ってやがるんだ。特に竜の上位種なんてのを相手にしたら、数万が命を落としてもおかしくない。リシディア教の勇士は、よくやった。そうだろ?」
「ああ。だからこそ…彼らの守りを、無駄にはしない。この状況で、奴らを討てる手段を必ず整えなければ。」
俺は拳を固く握り、その痛みで感情を無理矢理にでも落ち着かせる。怒りの感情を数日引きずれば、いざ戦うときに全力を出せなくなる。それにこの集まりの中で、俺以外は感情に折り合いをつけられているのだ。
リィートイは俺が言葉を返した後、少しだけ黙り込んでから同意してくれた。興味がそそられる話と共に。
「…そうだな。今夜やる手合わせは手を抜かないんだろ?わたしに策があるんだ。本当は切羽詰まっていないところで教えてやりたかったが…。手合わせをしっかり見せてもらってから、考える。」
「策…後で詳しく聞かせてくれ。」
「ああ、わたしに任せておけ。多分エドは、下地が出来てるだろうしな。」
リィートイの頼もしい頷きに少しだけ心を和らげると、先を歩いていたアイナたちが止まった。王都に訪れる旅人用の宿である。
「エド先輩、ここっす。特にメアルさんの隊にいた、縫合持ちの方がひどい状態で。私の部下が介抱してるんですが、ルヴネトに来るまでも話すらできない状態だったんです。」
「…心の支えを奪われれば、縫合持ちは脆くなる。隊の皆を慕っていたんだな。」
「事が済んだら彼女には、本部で療養していただくつもりっす。こんなぼろぼろの隊では、満足に戦えません。何とか、増援を貰いたいところっすけど…。」
願望を口に出したアイナは、すぐ肩を落とし首を横に振る。遊撃部隊や国を守る戦士たちは気高くも、上層部には欲で腐った者が紛れ込んでいる。その者たちは、上位種の信奉者まではいかないが、人情を捨てあくまで冷静に決定を下すだろう。各教団の中で、最も人数がいるのがリシディア教なのだ。
年を経るごとに、抱える魔力持ちは少しずつ増える。戦で減る人数よりも多いならばと、犠牲を払って大陸を守ることに慣れてしまっているのである。
「それもリシディア教の本部が、まともに作戦を立てられるかで左右される。他教の守る国にかけあってくれるだろうか。」
「…正直、期待はできないです。だからこそ、エド先輩がいてくれて本当に良かったっすよ…。」
「俺もだ。今回アイナがいてくれて助かった。竜擬き相手に無策では、死んでいた。無念も晴らせずに…。」
「え…。そ、そんなこと…言わないでください…!私、頑張るっすから…!」
「エド、縁起でもないことは言わない方がいいぜ。まあアイナちゃんたちがいて気が楽になったのは、わたしも同じだけどな!」
「…すまなかった。」
アイナが表情を強張らせたのを見て、俺はすぐに頭を下げる。少しの安堵からでも、漏らしてはいけない文言はあるのだ。彼らは、死に近づいた者たちを抱えている小隊であるのに。
貸切られた宿は、受付でさえ重苦しい空気が漂ってくるようだった。宿屋の支配人であるように見える男性は、アイナを見ると大きく息を吐く。その後飛び出してくる言葉の調子と目の下の隈からは、気苦労が絶えないと言外に抗議していた。
「お戻りですか、リシディア騎士の皆さま。そちらのお二人様、宿泊するならば別の宿をお探しいただけますか。空き部屋がなく…関係者の方なら問題ございません。多めにお支払いいただいているのでね。」
「ええ、二人は関係者です。…宿泊はしませんが、少しだけ部屋に通させていただきます。」
「すまない、邪魔するよ。この宿も結構長いな。…ここに前寄ったときは、確か…タペストリーがあそこにかかってたんだよな。」
「失礼する、支配人殿。リィートイ…前というのは、どのくらいだ?」
「あー…それは秘密で。…でも、何となく分かるだろ?」
アイナが宿の支配人に説明してくれたため、スムーズに事が進む。俺とリィートイは彼に向けて一言かけ、階段を上るアイナたちに続く。リィートイの内装談義は面白く、今まで気が沈み込んでいた騎士や神官たちも、会話に加わる。
宿全体が美術品とも呼べるほど、雰囲気がある。この世界における娯楽はそれほど多くないため、芸術鑑賞は贅沢なのだ。
「リィートイ殿、お詳しいのですね。ルヴネトの始まりは、数ある国の中でも古いと聞き及んでいます。任が終われば、機の赴くままに歴史を感じたいものです。」
「あはは…生きて任を全うできればですが。」
「遊撃を担って生き残れるのは、ほんの一握り。今回を切り抜けて…本部からどの所属を言い渡されるか。」
「うふふ、楽しみですわね。わたくしはまだ各地を回りたいですわ。食事こそが生きる原動力ですもの。リシディア様もこれくらいは赦してくれますでしょう。」
段々とリシディア教徒同士の会話も増えて、和やかな雰囲気が出来上がってきた。明るい話題ではないが、彼らの心の逞しさを感じさせてくれる。
だから、未だこの宿で暗闇に沈んでいる戦士たちも、未来のことを考えられるよう手助けしたい。本来の強さを再び取り戻せるように。
大部屋に繋がるドアを開かれると、リシディア騎士たちの声が聞こえてくる。同行していた者達は分かれ、ベッドの上でぼうっとしている人々のところへ各自向かった。
そしてアイナが掌で示す。奥のベッドで窓の外をずっと眺めている女性について。アイナが伝えた名前には聞き覚えが無かったが、彼女が隊の中でも朗らかだったことは記憶している。抜け落ちた表情は、別人だと思わせるほどである。
改めて見れば、似ている。全体的に色素が薄く、きめ細やかなベージュの髪。血は繋がっていないというのに、ケルの面影を感じさせるのだ。
「エド先輩、あの方がクシアさん…勇者っす。手を尽くしますので、エド先輩もお願いします。」
「クシア殿…か。ああ分かった、意思疎通が取れるか試してみよう。」
俺はリィートイ、アイナと共にクシアという名の勇者へ近づく。
「縫合」を使える者は、作戦の要と言える。ヒビが入った世界を強制的に直せるのは、勇者しかいないのだ。辛くとも、立ち直ってもらうしかない。止まったままでは、更に淀んでしまうから。
◆
その頃、ルヴネト王都における越境組織の施設では、傀儡人形を介した三名の会議が行われていた。直接王都に赴いたオズとヨヌア、彼らの主であるモユヌエによるものだ。
既に冒険者の姉弟は、矛神から情報を得ており、ルヴネトに迫る脅威も理解していた。目的の人物、エドワルドがヨヌアとオズに望む助力についても。
配置された傀儡人形は、越境の職員の役割をこなす個体よりも小さい。モユヌエの美しき黄の長髪が再現された、似姿。絡繰り仕掛けであるため、関節や手足の先端等は生身と違うが、顔の造形は限りなく近づけられている。これは本来、旧友の様子を窺うための特別製であった。
「――こういう感じだったわ。少し見ただけでも、おかしなとこばっかり!なんでおばあちゃん、あの人のこと知らなかったの?」
『ううーむ…聞けば聞くほど面白い男じゃのう!うちも調べたが、各地を転々としているがゆえに、推薦が無かった。功績から判断するしかなかったようじゃ。ここまで越境から情報を引き出せないとなると、登録してからずっと、動き回っているのかもしれぬのう。』
ヨヌアが話を変え、呑気な調子に見えたモユヌエの人形は、真剣な話をするため声を低めていく。モユヌエの力は、越境組織の中にとどまらない。寧ろ今となっては、国を統べる権威の方が大きいほどだ。
越境組織上層部はかつてと違い、一枚岩でない。モユヌエは姿を隠した統治者として、シウゼヴァクの兵とも繋がりを持っている。
「おばあちゃん、エドワルドさんの素性は一旦置いていい?翼の付いた蜥蜴みたいな上位種が、ルヴネトを襲うかもって話!こっちの方が大事よ!」
『そうじゃな。策は考えておる。ルヴネト王都は、死守せねばならぬのじゃ。もうシウゼヴァクの兵を向かわせておるから、少しは支援できるじゃろう。うちの魔力付きじゃからの!』
「雑兵が集まっても、死ぬだけです。」
『無論、避難を呼びかけ、盾になるしかやれることはあるまい。矛神とは、うちの兵が盾を担うと話を通したのじゃ。来ているというリシディア騎士も満足に戦えんじゃろうしの。』
しかし上位種の脅威とはそれだけで覆す事はできないと、ヨヌアとオズは知っている。無論古い時代から生きてきたモユヌエもそうだ。
「おばあちゃん、結構王都に肩入れしてるんだ。」
『うむ、そうじゃな…。苦労を掛けるのう二人とも。』
「私は、戦えればそれで問題ありません。久しぶりに、これを使える。」
オズはがらんとした施設内で、白布から得物の形を少しだけ見せる。それは正に異形と呼べる武器であった。複数の作り物の腕が、箒のように広がって刃となった大斧。「五本腕の箒斧*1」という名の、オズだけが持つ武装だ。
ヨヌアは頬を膨らませたが、オズの本質に対し叱りはしなかった。彼とヨヌアは、その本質を持っていたからこそ、今生きている。モユヌエの庇護下に辿り着くまで、彼らは死ななかった。
しかし逃れられたわけではない。定められた役割は、双方が生き続けている限り続くのである。
『手合わせか…うちも観戦するのじゃ!二人がどれだけ、うちがやった「腕」を扱えているかも見たいしの!』
「分かったわ、おばあちゃん。エドワルドさんも手合わせを通して、実力を見たいとかそんな感じでしょうし。」
「凄まじく、昂る。姉上も同じだろう。」
「まあ、そうね。エドワルドさんは刃を交えても大丈夫かしら。やるなら本気で、練習用の槍じゃ足りないわ。」
ヨヌアも小さな肩に背負った白布に愛おしげに触れ、異形の槍を取り出す。「貫手の大槍*2」。複数の手が穂先のように伸びた状態で取り付けられ、柄には禍々しい意匠と刻印付きの黒き旗がつけられていた。
古い魔力が宿った人形の残骸は大陸外から集められ、一つの目的を得た。もう二度と主を裏切らぬように、鋭き武器となって化物を屠る。先人の遺恨は未来を守るため、モユヌエが信頼する若人へ受け継がれている。
◆
森の中で、焚火が揺らめいている。火を囲むのは、薄緑色の全身鎧を着こんだ騎士と、黒茶色の皮鎧で急所を守る冒険者。そして深い裂傷を全身に受け、布の隙間から覗く火傷痕が生々しい白銀の騎士と神官たちであった。
荒々しい口調で、薄緑色の鎧騎士は暴言を言い放つ。
「…てめえら、そんな状態で王都に行って何ができんだよ。おれが焼いてやらなきゃ死んでたグズが。大人しく、司教やら団長やらに泣きついてやがれ!」
「忠言感謝する、他教の騎士。しかし私は…私だけでも、命を使わなければならん。おめおめと取り逃がし、同輩や他教の騎士に始末を任せてもらうなど…!恥でしかない!」
白銀の女騎士は拳を震わせて言い、涙を流してまでいた。受けた裂傷は魔力の炎で閉じられたとはいえ、化膿し常に激痛が走っている。それでも信念だけで、彼女は痛みを無視できていた。
銀髪の冒険者は宥めるが、緑鎧の騎士はくつくつと笑って威圧的に言う。
「いや…そんな強い敵相手なら、仕方ないと思います。騎士サマたちは、次に備えて療養した方がいいですよ。」
「ふははっ…騎士長になるだけはあるじゃねえか。いいぜ、お前は連れて行ってやる。だが神官どもはだめだ、使い物にならねえ。」
「え…ちょっとラディア!」
「…皆は、近くの町に置いていく。連絡を取り、少しずつ本部へ戻ってくれ。」
「はい、承知…しました。どうかご無事で…。」
満身創痍の白装束の神官たちは一同頷き、祈りを捧げる。白銀の女騎士メアリーは、無理やり緑鎧の騎士ラディアの手を取り、ぐっと握った。
「拾った命と、恩…必ずや貴殿のためになろう。そして次こそは、かの黒き化物を…打ち倒す。」
「はっ、気色わりい。そんなもん要らねえよ。おれは…化物をぶっ殺したいだけだ。それに、でかい裂け目があれば、あいつが必ず居合わせる。いなけりゃ、ガキみてえなババアが何とかするだろ。」
「そっか…久しぶりに会えるかも。よし、私もがんばろっかな!」
「…貴殿らの言う方がどなたかは存じないが、助力があるならば嬉しいことだ。メアル・テタム、賜った名にもう恥のないように…全力を尽くす。」
関節をぽきぽきと鳴らし、戦士ラディアは心を燃やす。人助けも弟子を取るのも、最初は真似事だった。しかし彼女には既に根付き、本質の一部にまでなっている。悪ぶろうと、善性は隠せない。
彼女らは、リシディア騎士長の案内の元、王都を目指して進む。残る路は、もう三日分もない。