裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
相対する戦士、オズの動きが更に速くなる。牡鹿の脚を作り出しているのに、瞬発力では追いつかれるほどだ。元々オズの身体能力は魔法により強化されていたが、まさかもう一段階上があるとは。
小手調べでセーブしていたのかと思ったが、オズの兜越しに見える光から違うと分かる。人の目は自然に発光することはなく、ゼシニス大陸においてこのような限定的な魔法が存在するわけでもない。
これは、人由来のものとは違う力だ。
(まさか――彼は養殖された人間か。ならば、彼を連れるヨヌアも…!)
俺は激しい攻防の中、やっとのことで思考を巡らせる。養殖された人間、即ちゼシニス大陸の外にいる人類。彼らは上位種の思うとおりに「養殖」される。性根や上位種に対する役割さえも。
そして皆一様に、上位種に逆らわない。崇拝していようと怯えていようと、ゼシニス大陸からやってきた遠征隊を悉く化物どもに売るのだ。何も知らない主人公から見た、ストーリー中盤の裏切り行為の半数を、彼らが担っているといっても良い。
ゼシニス大陸の外は、完全なる敵地である。人が人として生きているという、偽りの認識を剥がせるのは、重要アイテムを取得してからなのだ。
また養殖された人間には、共通点がある。上位種に与えられた役割を全うしようとするとき、目から異常なまでに光を放つのだ。おぞましい人体改造の結果であり、彼らは脊髄に上位種の魔力が注ぎ込まれている。
作中における「犬面」のヨヌアには、この特徴はなかった。いやオズの血縁なのだとすれば、出さなかったといった方が正しいのだろうか。
彼女は総力戦の始まりにおいて、上位種の群れに兜の前面を剥がされ、ぐちゃぐちゃに脳天を潰される。ストーリー序盤終わりの目覚ましい活躍を、悉く踏みにじるように。
俺たちプレイヤーと主人公の勇者は、今までで最も頼りになった冒険者の呆気ない死に様と、グロテスクなイラストに濃密な悪意を感じていた。無口よりでクールなヨヌアのファンになったプレイヤーは、話が進んで間もなく彼女を失ったことで、凄まじい精神的ダメージを受けたのだ。
それでも最期まで屈しなかったのは、ヨヌアの精神の強さが理由だったのか。
「おれが、こうもいなされる…!大母の望む戦士に、ふさわしい!」
「……。」
俺は、オズから突き出される斧を左に受け流して後退する。攻撃の手は緩まず、激しさを増していた。しかし理性を失ったようには見えない。
料理店で聞いた言葉からも上位種に隷属しておらず、力を自在に扱えているのが分かる。
出自については、想像するよりも二人に聞く方が早い。今は手合わせに集中することにして、気を引き締めた。
◆
異形の大槍を携えた小柄な少女、ヨヌアは、遠隔で手合わせを観戦するモユヌエと共に驚きを共有していた。水晶越しに見るのとはわけが違う。
汗ばんだ掌を何度も握り直し、実の弟を圧倒するエドワルドに目が釘付けになる。
それは、弟への信頼あっての驚愕。オズの戦いを傍で見届けてきたヨヌアは、彼が全力を出せば敵う者などいないとまで思っていたのである。
「うそ…攻撃を全部見切ってるの。あの子、人相手なら負け知らずなのに…!」
『すごいのじゃ!人形に繋げてみる試合は、臨場感があっていいのう!』
「おばあちゃん、はしゃいでる場合!? 私、後でエドワルドさんと戦うことになるのよ!」
『ようく見てみよ、ヨヌア。あやつは、オズの体を傷つけておらぬ。戦に寄せても、あくまで手合わせだと区別しておるのじゃ。』
オズとの手合わせが終われば、次は自分の番なのだと。ヨヌアの心には不安と高揚が入り混じる。
その不安を和らげるように、モユヌエを精工に模した人形はヨヌアの頭を優しくなでた。ぎゅっと口を結び、ヨヌアは人形の腕を除く。
(それって、あの速さでも手加減されてるってことじゃない…!オズも…元に戻るような真似して!)
『…ううむ。あの…手合わせとは関係ないんじゃが、聞いてもよいか?あそこに立っておる童は…。』
「茶髪の子?」
『いいや、その童の右横じゃ。白き髪を縛っておる。』
「ああー、エドワルドさんと一緒にいた子ね。リィートイちゃんって言ったかな。おばあちゃん、あの子がどうかしたの?」
ヨヌアは離れたところにいるリィートイを見てからモユヌエに尋ねた。
その後人形の顔を見て、苦し気な表情を作っていることに気がつく。ヨヌアから見ても、リィートイは外見の割に老成しているように思っていたが、モユヌエとの関係性までは考えが及ばなかった。
『む、む…。のーこめんとじゃ。それ以上は知らぬということじゃな?』
「…本当にどうしたの、おばあちゃん?」
『ではな。ちょこっとだけ、あっちに行ってくるからの。ヨヌアの番が来たら、全力で応援するのじゃ!』
「え、ええ。行ってらっしゃい。」
挙動不審な様子を器用に似姿へ適用し、モユヌエの人形は少女の元から去っていく。しばらくして、その先にいたリィートイは口を大きく開けてから、モユヌエに激しく言葉を放つ。しかしその内容を、ヨヌアの耳が捉えることは無かった。
知りたがりは身を滅ぼす。そうやって命を落としてきた者を、ヨヌアは何十人も見てきた。
「…この人さえいれば、もしかしたら。いいえ、もしもじゃないわ…!」
ヨヌアはそれでも、エドワルドについて知りたがる。騎士の鎧と剣を包む「月」は、オズと同じく彼女も望んでいた、武を映し出している。
姉弟は再び、故郷に舞い戻ろうとしている。郷愁に駆られているわけでなく、悪戯に喰い殺された家族たちの仇を討つのだと。
大陸外の村、そこに巣食う巨大な偽物の竜。それを屠る。
ヨヌアは主モユヌエが為す、出陣の一声を待ち望んでいた。
ヨヌアが、エドとオズの試合を熱を帯びた目で観戦しているとき。モユヌエの人形の首は、リィートイの脇におさめられていた。
古い猛き戦士が行うヘッドロックは固く、人形の感覚を一時的に共有しているモユヌエの柔らかな頬は、横に潰れていた。
強制的にすぼめられたモユヌエの人形の口から、抗議の言葉が漏れる。それを聞いたリィートイは更に締め上げた。
「このやろ!久しぶりに顔を見せたと思ったら、これか!相変わらず、強いやつには首ったけみたいだなー?」
『むもも…やろうじゃ、ないのじゃ…!』
「えっと…すごい仲良しっすね。」
「リィートイお姉ちゃんのお友達?」
リシディア騎士団の司令官アイナと、勇者見習いのケルは、共通の知り合いであるリィートイの様子をうかがって、首を傾げる。
普段のリィートイは穏やかかつ朗らかであり、激情を露にすることはなかったからだ。それでも、じゃれ合っているのは間違いなく、アイナとケルは同じ結論に辿り着いたのだった。
「そう、友達さ。何年も顔を見せない、な!」
『ふぐう…。怪力…。』
「ふう…これくらいで許してやる。それで…エドたちの試合が終わったら、観念しろよ。試合相手の冒険者についても、聞かせてもらうからな。」
『…分かっておる。いやしかし、お主がここまで元気になっているとは思わなんだ。本当に、嬉しいのじゃ。』
「ふふっ、お前が見てなかった間に色々あったんだよ。そうだ、二人にこいつのことを話しておこう――」
リィートイはモユヌエの人形と並び、再び荒野を眺める。そして、モユヌエについて気になっている様子の二人に対し、軽く紹介をした。
手合わせとモユヌエを交互に見ていたアイナの表情が変わっていく。どの巨大組織も、細く繋がっており。リシディア教と越境組織もまた、自治の役割を担う者として互いに助け合っている。
その協力関係にある組織の頂が突然現れ、傍に立っているのだ。幼き容姿で、先ほどまでリィートイに首を固められていたのにも拘わらず、ずんと重い存在感がある。緊張するのも当然であった。
「…少し離れた方がいいっすかね…?お邪魔になってしまいますし…。」
『そう畏まらんでよい、若人よ。うちはただ息抜きしに来ただけじゃからな。それにしても、お主の齢で司令官にまで昇りつめるとは…うちの越境にもその才を分けてほしいものじゃのう。』
「あはは…恐縮っす…。私が頑張れたのは、エド先輩のおかげなので…大したことじゃないっすよ。」
「そうだったんだ…。アイナお姉さん、そのお話聞きたいです!どうやったらぼくも、お姉さんみたいに気持ちを力に変えられますか…!」
「え…う、うーん。…恥ずかしいけど、お話くらいなら後でできるっす。」
「ありがとう!」
モユヌエへの返しにケルが食い付き、困った顔でアイナは結んだ髪の先をいじる。アイナは、自身の功績を声高に掲げるつもりはなく、常に一点に集中している。
それは幼き頃からの憧れであり、日々心の大部分を埋めていく騎士の姿。エドという標があるからこそ、アイナは道半ばで挫けない。
アイナの瞳が映し、己が技に落とし込んだ「月」は、度重なる戦で徐々に磨かれている。見取り稽古を通してその力は、教会から賜った「聖光*1」さえも青色に染めていく。
今アイナが抱くのは暗い執着ではなく、しかし翳っている。幼く特殊な才は、アイナを焦らせるきっかけとなったのである。
(…私のこともしっかり見てもらわないと。先輩、私…やっと「月」をものに出来たんです。)
大勢の戦士が見届ける中で、エドとオズの手合わせは終わりへと向かっていた。
どちらも叩き上げであり、魔法を使って伸ばした身体能力は五分に見える。しかし身体強化魔法には、弱点がある。どれだけ高位でも、常時展開し続ければ魔力を著しく消耗し、結果的に長く保てないという点だ。
戦いを意図して作られた魔法と、動物の持久力に着想を得た魔法。どちらが先に膝をつくかは明白だった。
狂った狼を冠する戦士は息を荒げ、目から赤き光を失う。そうして低い位置からエドワルドを見上げた。直剣をおさめた後、青白い鎧の騎士はオズへと手を差し伸べる。
「…青月、殿。私は、良き出会いに恵まれた。偽竜を討つなら、共に。」
「俺もです、オズ殿。もう知っていたのなら話は早い。共に上位種から王都の皆を守りましょう。」
オズは深く頷き、エドの右手をぐっと掴む。荒々しい本質はもう引っ込み、冷静沈着な戦士へとオズは戻っていた。
手合わせが終わったのを見計らい、ヨヌアが二人の男へ近づく。吊り目がちの美しい顔へ、屈託のない笑みを浮かばせ、エドの空いた左手を握った。「鉄剥」の由来を感じさせない朗らかさ。これがヨヌアの本質を物語っていた。
「次は私ね。良い試合にしましょ!あ、休憩したらで大丈夫だからね!」
「…いいえ、もう始めましょう。ただの手合わせではなく、出来る限り自然な形で貴女の力を感じ取りたい。」
「ふうん…甘くみられちゃ困るわよ。私の槍捌きもやるほうなんだから!」
「望むところです。『霊月の後脚』」
オズは場を離れ、ヨヌアとエドは距離を取ってから見合う。
ヨヌアの持つ大槍は、オズの得物同様蠢き、持ち主の意思を汲み取った。
鋭く速く、貫けるように。重なる貫手は硬化し、ヨヌアが魔力を流したことで力を増す。
(亡霊も笑えるんだ…。エドワルドさん、本当に不思議な人ね。)
ヨヌアは突撃の構えを取り、エドは剣を前に突き出すようにして備える。少女の瞳には、エドの背中についた霊たちの姿が、くっきりと映し出されていた。
鎧を着こんだ戦士もいれば、明らかに荒事とは無縁の町娘等もいる。そして彼らは己の死に絶望している様子はなく、生ける観客たちと同じように、試合を楽しんでいるようだった。声は聞こえずとも、ヨヌアには分かった。
ヨヌアは、オズの対になるように産まれた。片割れを殺されることで、深い絶望に沈む様を愉しむための贄。
勇者になれる素質を持っていて、それを拒んだ戦士。
魂は水晶には映らず、幼き勇者見習いはまだ術を身に着けていない。この場において、亡霊を実体として見れる三人目は、希望をより感じていく。怨恨の魂に満ちた大陸の外ですら、柔らかな「月」ならば鎮められるのではないか。
夜だというのに、星々の輝きは眩しく。武器を交えることで、志を同じくする冒険者たちは分かり合う。