裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
荒い鼻息と共に突っ込んでくる「脚付き」を、右に足を運ぶことで避ける。この「脚付き」はアナグマのような動物だが、胴体の側面に信じられないくらい巨大な黒い脚が一対付いている。
不気味なそれは、元々のアナグマの体よりも大きく、何かしらに寄生されているような見た目に仕上がっている。
黒い脚を後ろ脚と見立て四足歩行をするため、だらりと体が前に流れている。その様により、ますますそう見えてくるのだ。実際は、生えてきた器官に順応しているのだが。
野生の適応力はすさまじい。共食いや意味もない殺戮などに目覚めてしまわなければ。
「大物だな。やらせてもらう…『月融け』。」
体勢を整えてから、右手に握った直剣へ魔力を流し込む。俺の全身を巡る血管から掌にかけて、血がどくどくと流れていくイメージだ。
「
魔力は血潮に混じっている。魔力の放射と漏出は、血をイメージすればいい。
それを真の意味で理解できたのは、俺が旅する中で話してきた知人たちのおかげだ。
月融けが完了し、青い靄が直剣を包み込んだ。俺はナイフを投げて「脚付き」の注意を削いだ後、再び突進してくるその獣を、正面から迎え撃つ。
ぞわりと背筋が寒くなった瞬間。大きく踏み込んで、刃を左に薙いだ。
獣の黒い脚の片方と胴体に、深く傷を残す。そのまま支えとなる器官を切断したことで、「脚付き」は湿った地面を勢いよく転がっていった。獣は、キャンと一瞬鋭く鳴き、動きを止める。
俺は「脚付き」の目から、凶暴性と覇気の両方が抜けていくのを見た。死す前、異相付きは元の獣へと戻るのだ。
野生に敬意を払うため頭を下げ、しばらくしてから死した獣を担ぐ。丸々と太っていることから、生えた脚はこの獣へある意味恵みを与えたのだろう。
俺は袋に入れた獣の亡骸を見てから、そちらも背負った。
「よし…これで、村の人間も納得するな。トリネ君の分も考えるか…。」
裂け目が発生するのは、この村近くにある森である。村に出るのは最悪だが、隠れやすく獣が多くいる森に出るのも、非常に厄介だ。
自然豊かな場所に出てきた上位種は、満足するわけがないのに獣肉を喰らいまくる。そして、万全を期して人前に現れるのである。
ゲーム中戦うことになる、トリネの成れの果て「膨張する血塊」から読み取れるのは、彼女の虐げられてきた記憶ばかりだった。
そのためトリネをクリーチャーにした上位種が、どういった特徴を持っていたのか不明瞭である。村壊滅後、すぐ王都に被害がなかったため、満足するのが早かったのだろう。しかし全く油断はできない。
対策を取れずとも、臨機応変に対応しなければいけない。だからこそ俺は、どの魔法よりも「月」の魔法を磨くことにしたのである。
「すまないねえ、旅の騎士様。来るたび、もらうばかりでさ。この村も昔よりは良くなってきてるんだけど、まだ時間がかかりそうだ。」
そうして狩りを終えた翌朝。俺は小さく古びた宿の主である、痩せぎすの女性から話を聞いていた。
この村も個人を見れば他者を慮れる人はいるのだが、日々を生き抜くことに必死で、気を回す事は最低限なのだ。トリネのような貧しい村に生まれるには過ぎた少女を、彼らは庇えない。
俺は女性と雑談をしながら、少しだけ今回村に来た事情を話す。森が危険であるため、これから数日間、夜は気を付けるようにと。
すると女性は、俺の忠告に対してやけに素直な返答をした。
「――部外者の言葉だ、話半分くらいに覚えておいてくれ。」
「…騎士様が言うんだったら、そうなんだろうね。旦那にも、森に近づかないように言っとくよ。…これから、あの子のところに行くのかい?」
「ああ、そうなる。眠るときはここを使わせてもらうよ。」
俺の言葉を聞いた後神妙な顔を作り、ゆっくりと揺れながら女性は話す。
「そうかい…。ねえあんた。あの子に、王都で住まうよう話してやってよ。そうすればここの奴らも、あの子も腐りゃしないんだから。」
「…善処しているつもりなんだがな。何度も話してみるしかないか。」
「頼んだよ。そうすればあんたも、私らに構わないで済むさ。」
話は以上とばかりに、痩せた女性は背を向けた。もうこの宿も、俺以外の宿泊者は来ない。先ほど話した彼女の亭主も、そろそろ店を畳むかと笑っていた。
俺は椅子から立ち上がって、その場を離れた。
トリネは俺が戻るのを、少しだけ開いた戸から覗いていた。声をかけたら、へなりと気の抜けた笑いが少女から漏れる。
「待たせてしまったな。もう話はしてきた。」
「えへ、全然大丈夫…準備できたよぅ。一緒に、地下に行こっか…。」
「よろしく頼む。」
トリネは昨日と同じように、がっと俺の腕を掴み先導する。少女が研究の一環で使っているのは、昔貯蔵庫であった地下室だ。村のはずれの貯蔵庫など、不便かつ盗まれる可能性が高いため、次第に使われなくなったのを、トリネが再利用しているのである。
土や苔だらけの階段を降りてくると、トリネの住まう家屋で嗅いだそれよりも強烈な生臭さが鼻腔に入ってくる。これはだいぶきつい。
俺は魔力で兜を防護する*1と、トリネの作業場を確認する。
大小様々な器が並べられており、そこにはこれまた状態の様々な獣血が容れられている。蓋が開けられているものが今回使うもののようだ。
腐ってからしか実験できない魔法もあったはずなので、この臭気は納得である。
「それじゃ、最近覚えたのを…。見せてあげるね…。」
「…おお、この波紋は…。」
早速トリネが研究の成果を見せてくれるようだ。俺は彼女の一挙一動を観察することにした。
獣血の入った器を小さな手で持ち上げ、ちゃぷりと中を揺らす。そして綺麗な小刀で指の腹を切り、器の中へ落とす。
今は夜ではないが、暗がりであれば流血魔法は効果を発揮できる。
器が赤黒く輝き、空気中に撒いた瞬間、どろどろとした固体に変化する。それは、淡く光りながら地面を伝い、しばらくして消滅した。
「これが『流れる血泥』だよ…。夜ならもっと長く残って、足止めもできる…獣相手だと、もう食べれなくなっちゃうけど…。」
「この腐った血液からして、毒性も持つということだろうか。」
「うん、そう…。酷い臭いでごめんね…。」
トリネの説明を聞きながら、俺自身が知識として持っている情報を脳内で照らし合わせる。
「流れる血泥」はバックスタブレイブの作中において、一度準備してしまえば、使用する魔力が少なく拘束効果も高い撃ち得な魔法であった。
逆に言うと、準備は面倒だった。大量に獣血を確保するところから始まり、一時的な精神ダメージへの抵抗力を上げ、必要能力値を満たすまで成長させる。
流血魔法自体、中盤に入りかけのタイミングで習得するものなので、最後の準備については一部のプレイングがおかしい人間*2以外、問題なかったりする。
よくよく考えてみれば、演出の格好良さで許されているだけだ。だいぶ習得難易度が高いし、流血魔法を教えてくれるキャラクターもその後すぐ無惨に殺される。
その苦痛に見合った効果ではある。敵の行動を高確率で永続的に遅くしたり、毒によって次の魔法に繋げやすくなったりするからだ。
だが俺は、このリアルよりの世界において流血魔法を習得するつもりはない。ゲーム内の勇者のように道具を大量に持つことはできないし、基礎からとなると「月」の魔法が疎かになる。
考えていたよりも魔法の鍛錬はシビアであったのだ。
「――体外に魔力を浮かべ、器に落とすイメージか。浮かべるのではなく、放射では上手くいかないのか?」
「だめなの…それだと『血脈の滝』っていう魔法に近くなるから…。」
「そうか。何かを媒介する魔法は難しいな…。」
「ううん…いいんだよ。エドさんは使わないもん…体験だと思ってね…。」
トリネが長い黒髪を振り、慰めるように言う。俺は肩を落とし、情けない言葉を発してしまったことを反省した。
その後俺は、数日にわたって更にトリネが新しく習得した流血魔法二つを見せてもらった。俺は今習得しようとしている魔法を思い浮かべ、感覚を手繰り寄せる。
俺がイメージを掴みたいのは、液状化した「月」の魔力を、体から切り離す手段だ。
「月融け」のような武器に付与するものは、あくまで体の延長線上である。投げものに付与することで体感できるかと、初めは思ったのだが無理だった。
奴らは、上位種と一括りにされてはいるが、それぞれ厄介さの方向が違う。増殖したり、人間に紛れたり、外見の特徴に沿った独自の武器を持っている。
工夫を重ね続けなければ、いつか死ぬ。どいつもこいつも、最初から本気を出されたら無事では済まないほどの脅威なのだから。
そして何とか俺の習得したかった魔法は、形にできるくらいには目途が立った。習得したとして、使うのは限定的な場面にはなるが、ただ愚直に斬りかかるよりは手段があっていい。
協力してくれたトリネに礼を言い、俺は少女と話しながら時を待った。戦いの後、本格的な修行を再開するとしよう。
雑談の合間、再び王都に移住する気がないかを聞いたりもしたが、考えが数日で変わるわけもない。
トリネは、この家屋に個人的な思い入れがあるという。俺は、少女が王都でもかけがえのないものを見つけられるように願った。
◆
村に鎧姿の男が滞在して、四回陽が隠れた。
鎧の男の忠告は、宿を経営していた女性から次第に広まり、村全体が周知する事実となった。村の人間は心が落ち着かないのが常として、今は気絶し無理矢理に眠っている。
鎧の男が危険だというなら、逃げることのできない自分たちはどうすればいいのか。力無き者は災いが去るまで目を背け、耐えるしかない。過去も今も、そしてこれからも。
夜も更けた頃。鎧の騎士は村から離れていく。そうして自らが気を付けるように語った森の中へと、深く潜っていった。
その足取りに迷いはなく、周囲を観察する兜の内からの視線は鋭い。既に鞘からは刃を抜いており、徐々に威圧感が男の体から漏れ出す。
夜行性の獣もいるはずなのに、森の中は異様なまでに静かだ。
そのとき男の背後から、みしと樹の根を踏むような音が聞こえた。騎士はさっと素早く振り向く。
そこにいたのは、騎士がこの村で最も気にかけている少女であった。
「えへ…ついてきちゃった。びっくりさせちゃってごめんなさい…。でもこんな時間に…もっと獣を狩らなくちゃいけないの…?」
「……。」
「ごめんなさい…怒らないでえ…。わたし、エドさんに嫌われちゃったら…もう…。」
騎士は泣きかけている少女をじっと見た後、一言吐き捨てた。日中の穏やかな人間性とは思えないほどに、それは荒々しかった。
「…思っていた以上に、愚かだな。」
「え…。」
「醜悪な化物が…消えろ。」
「や、やめて…。そんなこと言わないで――」
騎士は二言目を発するなり、少女に斬りかかった。少女は黒い瞳を大きく開き、体をぶるぶると震わせながら叫んだ。
瞬間、騎士の剣に粘体が付着する。騎士の剣が止められたのだ。
その少女、いや全身に粘性を帯びた化物。粘体の上位種の体に。
『――アハハ!すごいねえ、人間のくせに。…それとも気でも狂っているのかなあ?そういう人間って見たことあるよ。手足をバタバタして、変な動きするんだ。可愛いよねえ。』
「……。」
『どうしたの?さっきはいっぱい鳴いてくれたのに…。もっとやってよお…。』
騎士は直剣を手放し、後退する。上位種の、様々な人間が混ざったような不快な声に、顔をしかめる。
彼は森に入る前、少女に話していた。魔法を扱う者として組織内で立場が上がったならば、知らされること。裂け目と上位種の関係性だ。
村に来た理由を知り、少女トリネは様々な感情が渦巻いたが、続く彼の一言で全てどうでも良くなった。トリネが心配で、守るために来たという言葉に。大切に思われていることに、トリネは舞い上がったのだ。
何故裂け目の発生を知っているのかについてだが、騎士なら何かしらの伝手があると考えて、不信感を持つこともなかった。
何故なら少女は、騎士の行動力によって広い世界を見ることができたから。
騎士は無手にて、粘体の上位種を見定める。上位種は、ごぼごぼと体内から音を鳴らしながら話し続けるが、騎士は集中を乱さない。
知らない上位種相手でも、騎士は逃げない。例えどれだけ悪辣な性質を持っていても。
森の中で、ぬとりとした粘体が蠢く。
同時に木々の隙間から、月光が差し込んだ。騎士の知る黒髪と共に。