裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
構えるヨヌアからは、研ぎ澄まされた殺意が感じられる。快活な様子はなりを潜め、戦う者としての面を俺に向けているのだ。
手合わせを全力で行うためとはいえ、人によっては雰囲気の変わりように恐怖を覚えるかもしれない。しかし彼女の金の瞳からなる眼光は、寧ろ俺にとって懐かしさを覚えるものだ。
俺たちプレイヤーは、大なり小なり「犬面」のヨヌアの加勢によって、精神的に支えられた。どんな手を使ってでも、泥臭く勝利をもぎ取る姿に憧れたのだ。その分、ヨヌアの残酷な死にダメージを負うことになるが、共闘した思い出は色褪せない。
俺は思う。作中のような、感情を失った戦士にしてはならないと。
オズという弟がいたこと、これほどまでにゲーム開始前は快活だったことなど、驚くべき新事実が明らかになった。だからこそだ。クールな戦士も好きだが、絶望に堕ちた姿より今の方が美しい。
「最初から、全力で行くわ。恨みっこなしだからね!『暴れ狂う嵐鎧*1』」
(…この時点で完成されているというのか!)
ヨヌアは、グロテスクな槍の穂先を俺に向け、びしりと言い放った。そして彼女の口から唱えられた詞により、辺りの空気が集まっていく。ただの風魔法ではありえない暴風。
あの時、画面の中で俺たちを助けた高位の風魔法。ヨヌアを「神速」とも言わしめる切り札だ。
兜の外側を靡く風に、心が熱くなっていく。俺は今になって、思い入れのある戦士と相対していることを実感したのだ。
「俺も全力で応えよう。『月融け』」
俺は直剣に融かした月を流し、続いて突風を纏わせる。青色に染まった風を収縮させ、剣先をヨヌアに向けた。いつまでたっても「月」由来以外の魔法は穴抜けかつ付け焼刃だが、俺も鍛えている。度重なる死闘を経て、魔力の通り道はどんどん太くなっているはずだ。
理論や練度で負けていても、今までの積み重ねで覆す。総合力こそが化物を殺すのに有用なのだ。
「うぇえ…!そ、そんなの知らない!」
「俺の扱う風は初歩だ。練度では、貴女に適わない。」
「そんなわけないでしょ…!変なこと言わないで!」
ヨヌアは狼狽えた様子で言った後、更に魔力の風を吹き荒らす。奇をてらった風は、ヨヌアにとって真新しく見えるようだ。
俺の「月」の魔力が混じった風と、ヨヌアの練られた暴風。二つの流れがぶつかった後、俺とヨヌアは得物の柄を激しく叩きつけていた。
◆
風属性魔法に秀でた者は、分かりやすく戦場で華やぐ。追い風によって素早く、風の刃で鋭く刻むことができるからだ。攻守は両立し、風の刃は敵の攻撃を防ぐ鎧にもなる。これで槍の扱いも上手ければ、戦士として最良だ。
つまりどちらの才も抜き出ているヨヌアは、時代と生まれさえ違えば英雄になれる逸材であった。
しかしヨヌアはその才を上手く振るうことが出来ない。いつでも雪深いシウゼヴァクで、悴もうと主の敵を討ってきた腕は、悉く空を切っていた。
(この人、速いだけじゃないわ…。動きが独特すぎる…!)
牡鹿の脚を魔力で再現した騎士、「青月」のエドワルドは、ヨヌアの果敢なる攻めを受け流すか、避け続ける。
ヨヌアはエドの避け方へ、落ち着かない感覚を味わう。エドは本来なら転んでいる角度であっても、重心を後ろに移動させることで、瞬時に体勢を戻す。
捉えたと思っても、重心ががくりとずれることで狙いが外れるのだ。
ヨヌアは自身の戦法によって敵を翻弄してきた。それが惑わされる側になるとは、今夜まで思いもしなかった。
魔力で作った嵐の中で、ヨヌアは四方八方から突撃を繰り出す。オズの乱撃と合わせれば避けられる者などおらず、上位種にさえ通じる技だ。それをエドは直剣をくるりと回すことで、槍先をずらし威力を殺す。
愕然としたヨヌアは、エドの両足に込められた風に反応しきれなかった。ヨヌアが足に吹かしていた魔法「迅風足」。達人でなければ活かしきることの難しい、吹き飛ばすだけの魔法をエドも使用した。
技術が足りなくても、青い騎士には後ろ脚がある。「霊月」の真髄を知る者以外には顕現させられない、安定した支えが。
「……『迅風足』」
「くう…きゃっ!」
エドは左足で地面を強く蹴って土埃を起こし、狙いを定めた右足で回り蹴りを放つ。投げだすような蹴撃は、槍で攻撃を防いだヨヌアを大きく後退させた。
たった今、ヨヌアから戦法をひらめいたエドは、自分でも威力に驚いたようだった。足を地面につけてから、声音を上げ呟く。エドはヨヌアを心から敬っていた。
「勉強になる。やはり練度が違うな…。」
(うう…貴族様の子でも、こんなじゃないわよ…!)
エドの熱意のわけを、ヨヌアは知る由もない。
むず痒さを覚えながらも、彼女はエドの背中を見る。戦いの中で視界がぶれていたが、霊魂の形は徐々にはっきりとしてくる。淡い白の残滓たちは、熱狂の渦と化していた。
(…こういう人だから、亡霊が笑えるのね。生きてる人も死人も、これだけ集められるんだから。)
ヨヌアは異形の大槍に魔力を際限なく注ぎ込み、より鋭く太く形を変化させる。槍の側面で蠢く作り物の腕は、穂先を引くときに鉄を千切り取る。
そしてヨヌアは息が切れても、全力で風と一体になった。どんな手を使っても、エドは受け止めることを理解し始めていたために。
大陸外、故郷から逃亡しながらの交戦にて。ヨヌアは共に逃げた同胞や、こちらを追う上位種の骸、誰からも鉄を剥ぎ、盾としてきた。そのときからヨヌアは自身を嘲った。薄汚い追い剥ぎの性質こそが、自身の本性であると。
今は、与えられた槍の性質が「鉄剥」の通称を意味している。ヨヌアは名を誇ることは無く、弟共々救ってくれた主の「腕」であることを誇る。
必ず主モユヌエへ、浮世離れした騎士を納めねば。ヨヌアはこれからを考え、竜の上位種へめらめらと憎しみの炎を、「月」を纏う風に輝きを見る。
偽物の竜と対峙し、その戦いの終わりを見届けたとき。己の感情はどうなるのか。出会ったばかりだというのにエドが剣を掲げる姿を夢想し、ヨヌアは胸の高鳴りが止められなかった。
復讐を望みながらも、上位種の上澄みには敵わない。その心奥に溜まった諦観を、ヨヌアは初めて晴らせたのだ。
激しい手合わせが終わり。亡霊を視ることのできる三名の前で、白い光がぽうっと天へと昇る。それは亡霊の一人だった。
その亡霊は大陸に終ぞ戻ることが出来ず、水底に沈められた術師の影。
丸く小さくなってどんどんと浮かび、やがて星々が見守る中消滅する。青色の騎士に憑く者たちに送られ、未来はそれほど暗くないと希望を見出しながら。
月の明かりがステンドグラスに入り込む。ルヴネトにおける巨城、その王座にどかりと巨体が座り込んでいる。
そして王座の前では、薄緑の鎧騎士が片膝を立てている。矛神の総司令官、双剣使いのデリクは、ルヴネトを統べる老王へ忠義を示していた。
「――この都のため力を尽くしたリシディア騎士が、虚偽を共有するとは思えませぬ。実際、重傷を抱えた司令官もいるとのこと。…再び王都に仇敵が現れるでしょう。」
「そうか。このルヴネトが、またも戦場になるか…。」
「それを受け、リシディア騎士団の協力と…シウゼヴァクからも援軍を出すと。」
「…ふむ。姿を隠した王も、重い腰を上げるほどか。」
老いても筋肉ははちきれんばかりに逞しい現ルヴネト王は、皺だらけの掌で口元の白髭を触る。デリクは更に深々と頭を下げ、王の反応を待った。
しかし飛び出てきた言葉は、都の行く末を憂うようなものではなかった。
「…して、その化物は翼の生えた蜥蜴と言ったな。もしそれが真ならば――」
「ええ、我らが真に討つべきもの。これほどの栄誉、団長も悔しがるでしょうな!」
「ふふ…ふはははっ!滾るではないか!迎え討ち、人類の堅牢さを思い知らせてくれる!」
デリクとルヴネト王は顔を見合わせ、野性味のある笑みを浮かべる。彼らは立場は違えど、矛神に属する意味を知る戦士たちである。そして現ルヴネト王は武だけでなく、知識さえも蓄えていた。世の理、ゼシニス大陸がこれまでどのような歴史を辿ったのかを。
老王は、王位継承者である息子二人を失っている。もう何十年も前のことだ。
益荒男であった第二皇子は大陸外へ戦士を率いた。しかし帰ってくることはなく。第一皇子は反対に体が弱かったため、病にて命を落とした。彼ら息子の遺した三人の幼子こそ、老いた王が今まで生き長らえてきた最たる理由である。
しかし近頃ルヴネト王は、新たな活力を得た。年々萎びていた筋肉を鍛え直すほどの刺激。ルヴネトで起こった激戦と、脅威を完膚なきまでに打倒した戦士たちによって。
もはや彼は命を狙われようと、跳ね除けるだろう。綿密な計画を立てていた老王の血縁は、今頃になって慌て始めていた。
「陛下。加えて、良き知らせがございます。あの戦にてルヴネトを守った旅人が、今この王都に滞在しております。」
「…奴がか!これは良い!デリクよ、明日にでもその者をここに連れてまいれ。鍛冶屋を装う戦士もだ。」
「はっ!」
ルヴネト王には考えがある。有事の際には、必ず裏切りが潜む。彼は油断することなく、夜を過ごした。褒賞を受け取らず、闘技で実力を示し去っていった旅の騎士の姿を思い浮かべて。
暗がりで様子を窺う影は、爪を噛む。その者にとって甘美な理想は、老王がいるだけで実現しえない。
悪意は淀み、禁術にまで手を出した。錫杖の音は、頭の中にだけ響く。
◆
ヨヌアの猛攻は、彼女自身が手を前に出したことで止まり、握手で試合は締められる。
得物が大斧でなくとも、記憶の中に有るヨヌアの実力、味方であることの心強さをこの身で感じられた。オズという、想定外の実力者とも手合わせでき、俺は満足感でいっぱいであった。
彼女たちの出生についても、明らかにしたい。そういった思いを抱えながら、俺はヨヌアとオズと共に観戦していた知人たちの元へと向かう。
そして、俺は全く覚えのない幼き少女と対面する。やけにリィートイと仲の良さそうな少女は、気配もリィートイによく似ていた。幼い見た目とちぐはぐな重圧感。俺の予感は、他ならぬその少女に正しいことを示された。
『青月エドワルドよ、ようやく顔を合わせられたのう!うちは「越境」のモユヌエ。うちの友人を快復させてくれたこと、心から感謝するのじゃ。』
「モユヌエ…殿。絡繰り作りの…。」
『え、ええ…!?リィートイ、お主の友…何だか変じゃぞ…!何で、うちの生業をぴたっと言い当てたんじゃ…?』
「ふふっ、そうだろ。もっと驚かせてやろう。あの時な――」
俺の呟きは拾われ、少女はリィートイと共にこそこそと話し始める。
モユヌエ。こんな不思議な響きの名前は唯一無二だ。混乱しながらも、俺は集まってきた人々と言葉を交わす。彼らの感想は様々で、単純に手合わせを楽しんだ騎士もいれば、攻防を細やかに分析する神官などもいた。
姿形の分からなかった、傀儡人形の作り手。リィートイと同じ、古い時代の生き証人が唐突に現れたのだ。気持ちの整理が追い付かない。
体を動かした高揚と少しの疲労感を感じながらも、夜は明けていく。俺は詳しい話を、冒険者たちと少女モユヌエから聞くため、声をかける。
更なる驚きが俺の頭を突き抜けるのは、それからすぐのことだった。