裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

73 / 114
皆様いつもありがとうございます。今年の投稿は今話で最後になります。よいお年をお迎えください。来年もよろしくお願いいたします。


パイロキネシス

 辿り着いた越境組織の施設内は、がらんとして人の気配が殆どない。先に向かっていたオズとヨヌアだけが席に座っていて、越境の職員は相も変わらず無機質に直立している。

 しかし越境の職員はお決まりの文言を話すことは無く、俺たちの先頭にいるモユヌエの顔を一斉に見た。そうして無言のまま、受付から一人残らず姿を消した。

 

 俺の横を歩いていたアイナが、身を縮ませて俺に感想を伝える。彼らの中には人も混じっていることはある。だがルヴネト王都には割かれていないということだろう。

 

 

「エド先輩、何だか不気味っすね…。人じゃないっていうか…。」

「確かに。人である演技を止めると、外見と違いすぎて不自然だ。」

「…え、もしかしてあの人たち全員傀儡人形とか…そういう感じですか?希少な物っすよね?」

「この越境の主にとっては、些末な物なんだろう。ここだけじゃなく、越境組織の施設はほぼ全てが人形で構成されているからな。」

「うえっ…!…知っちゃいけない事、聞いちゃったみたいっす…。」

 

 

 いつも人の良い笑顔を浮かべているアイナでも、越境組織の状態には表情を崩さざるをえないようだ。アイナは大陸各地を回っており、知識が豊富だ。司令官の立ち場である以上、越境組織との交渉も行ってきただろう。それでも違和感を覚えないほどなのだから、越境の職員は、不気味の谷現象を乗り越えた凄まじい出来である。

 ケルは声を潜めた俺たちの会話に首を傾げ、モユヌエは俺を見上げてじとりとした視線を向ける。

 モユヌエから俺に伝った魔力の糸が、きつく締められたように思えた。

 

 オズに支えられたヨヌアは、憔悴しきった表情で目を固く瞑っている。モユヌエはヨヌアの身を案じた後、俺たちを手招く。人の出入りが少ないだろうに、かび臭さを感じない部屋の中で、モユヌエが話し始める。

 

 

『これで人ははけたのじゃ。では楽しい魔法見学の前に…改めて話そうかの。…本当にいいんじゃな、リィートイ。』

「ああ、知らない方が後で困るだろうからな。…エド、モユヌエが二人に話すのは――大陸外のことだ。」

 

 

 隣に座ったリィートイが、俺の兜の側面に顔を近づけて言った。大陸外について知る者は、上位種を知る者よりも少ない。現状を正しく認識するのは重要だ。

 ケルに関しては予定よりあまりにも早くなってしまったが、これも彼の身を守るため。幼子には酷だが、この世界のひどさを思えば。俺はリィートイへ頷いた。

 

 そして俺は考える。この話し合いを以て、モユヌエに信用してもらうため取れる行動を。元々、俺は信頼されるはずのない出で立ちだ。エドムンドと俺とでは違いすぎる。

 だが信頼と信用は別だ。俺はこれまで、自身の中にある知識を使って裂け目に対処してきた。魔法の習得場所や魔力の総量を上げる方法だって、何も知らなければ辿り着けなかっただろう。

 それをそのまま、モユヌエにぶつける。感情など抜きに、利害が一致する人間であると思わせればいいのだから。

 

 冒険者二人は黙り、モユヌエの言葉に耳を傾けている。「束ねられた腕」の真の役割を知ったからこそ、彼らの態度は理解できた。

 

 

『…始めるとしよう。かつて、この大陸以外に人類が生ける土地は、十数にも及んでおった――』

 

 

 モユヌエは、アイナとケル、最後に俺を見てから語り始める。彼女の作り物の手から、めしりと軋む音がした。古くから煮詰められてきた憎悪が、人形を通して漏れ出る。同じように寂寥も。

 証明しよう。俺はただのハッピーエンド中毒者でしかないと。俺は知識と照らし合わせながら、モユヌエの語りを聞く。

 

 

 

 

 人形を操る幼き老女は、かつて己の信奉者に語り聞かせた話をしながらも、集まった面々の一挙一動を見逃さないようにしていた。

 直接的に上位種の支配を受けていた養殖人間の青年たちは、恐怖と怒りによって震え。勇者見習いの少女は、漠然とした不安を抱え。若きリシディア騎士長は、ゼシニス大陸の未来を見通し、眉をしかめている。

 そして、青白い全身鎧を着こんだ男は。老女の友人と同じく、外面から全く動揺を感じさせなかった。それどころか、リィートイとこそこそ雑談するほどの余裕である。

 

 

(…この男は、何じゃ…?まるで全部知っておるかのようじゃ…。じゃが、内通者がベルーガナスやソレオを討つ等あり得るのか?奴らも長らくの侵略で、仲間割れでもし始めたなら僥倖じゃが…。)

 

 

 上位種が大陸に現れるのは夜のみであり、モユヌエの操れる人形も限りがある以上、エドが上位種と密通している可能性は常に残り続ける。

 しかし執拗とまで称せるエドの攻撃は、正しく上位種にとっての死神であった。モユヌエは、ただエドが知りすぎているという事実だけで、怪しむのにも限界があると思い始めている。

 理解できない存在は、モユヌエの対処できる範囲を越えている。より多くの個を生かそうとするモユヌエにとって、イレギュラーな事態は避けたい。例え現状維持であっても、積み上げてきた戦力を横槍によって喪失するのは、心が完全に折られることだと分かっていた。

 

 

(であったとして…うちが、こやつを下せるか?…単騎では不可能じゃ。腕と兵を集めればあるいは…。)

 

 

 モユヌエは、真剣な表情でエドと言葉を交わすリィートイに視線をうつす。モユヌエ自身は気づいていないことだが、エドを疑う理由は嫉妬の念もあった。

 立ち位置は違っても、古い時代に戦い抜いた親友が、ぽっと出の男に心奪われている。しかもリィートイの鍛冶まで施されている。更には、猛き戦士の象徴とも呼べる「白い炎」を宿させようとしているなど、親友のぞっこん具合に、喪失感を覚えるほどであったのだ。

 リィートイが魔力を帯びた鎧を作るのは、真に信頼できる者のみだと、モユヌエは記憶している。口先ではない事実が、モユヌエの心に冷たい水を浴びせた。

 

 十年に満たない時間というのは、モユヌエの感覚では常人の一年よりも短い。出自は分かれど、経歴の意味不明なエドに対し、モユヌエは偏った見方をしている。親友は騙されているのだとモユヌエは、廃人同然だった時のリィートイを思い起こし考える。長年自分に出来なかった友の再起を成し得るなどと。

 リィートイが評したように、つまりモユヌエはひがんでいた。

 

 しかし、モユヌエは露ほども思っていない。彼女とエドは似た者同士であると。

 なまじ世界を知っているため、猜疑心にかられ心が休まる場は限られている。それでも尚、より良い未来のために自身が出来ることをやっている人間であることを。

 

 あえて女神教の言及は避けて、モユヌエは語る。戦の歴史、大陸外の人間は、人として生きていないことを。そして老女が一息ついた後、エドがおもむろに彼女へ質問を投げかけた。

 

 

「モユヌエ殿。それで、奴らを討つための策はいつ決行されるのでしょう。俺には、奪還を諦めているようにしか思えない。しかし大陸外より、まずウィスプマリナの現状を変えるべきだとは思う。手を出した場合、準備が整わないまま戦争が始まる可能性が高い。『狂い堕とす』メイダの対処は、考えていらっしゃるんでしょう?」

『…メイダじゃと?奴は、カイリ諸島におったはず…。いや、何故その名を知っておるのじゃ!』

 

 

 嘆息した後、エドは続ける。その調子からは、モユヌエに対する圧力が含まれていた。人形越しに感じる威圧に、モユヌエは顔を歪める。

 

 

「それは、上位種や狂信者に相対すれば分かることです。簡単に奴らは情報を漏らす。人魚擬きの眷属等、メイダの誘惑に狂っただけの操り人形に過ぎません。」

『…ううむ。実地調査の賜物というわけか…。…お主。一体何匹の化物を…!』

「数えてなどいられません。裂け目は何処かしこに現れ、奴らは人々を残虐に殺す。入り込まれても気づかないままでは、これからも取りこぼし続けるでしょう。」

 

 

 エドは両腕を机の上に置き、人形の瞳を見据える。モユヌエは至近距離で見て、ようやく気がつく。兜の裏側から、青色の血走った眼が、感情を表現している事に。

 この憎しみが籠っていて、研ぎ澄まされた目は、モユヌエにかつてを思わせた。彼女は過去に囚われている。始まりは諦めからであり、考えは幾度もぶれ、いつかはきっと上手くいくと抽象的な願望に縋っている。長く生きたとしても、モユヌエは人間らしさを体現している。

 

 

「モユヌエ殿、貴女への尊敬の念は絶えません。しかし、一人で全てを担うのは無理です。兵も腕も、貴女の延長線上でしかない。別の力ある者を取り立て、協力し合わなければ。」

『……その別の権力者とやら、お主がなるつもりか?』

「貴女の話では、『束ねられた腕』に任せている部分は一部でしかない。実力と人格に見合った、正当な持ち回りを渡せばいいのではないでしょうか。例えばヨヌア殿などは、権を持たせるのに適任でしょう。」

「…ええっ」

『……続けてみい。』

 

 

 エドに急に名を呼ばれたことから、茫然自失であったヨヌアは短く驚きの声を上げる。

 

 

 その後もエドの話は続けられる。モユヌエの能力をどう活かせば、大陸の被害を抑えられるかをエドは語り、気の滅入る話で落ち込んでいたアイナとケルも、プラスな驚きが増えてきた。モユヌエはエドの欲望について、意地悪い質問を繰り返したが、はっきりと彼は否定する。これは全て民を守るために必要なことだと。

 

 

『はああっ…やめじゃ。お主のことがますます分からなくなった。』

 

 

 話の途中でモユヌエは大きく息をつき、エドの狙いを考えることを中断した。

 権力を望んでいるわけでもなく、上位種への復讐心に呑まれているわけでもない。妙に落ち着いている理由が、密通者であるからでもないとなれば、エドが底抜けに都合の良い人間であることになる。

 

 上位種を殺し、組織並びに人類の腐敗を除くことに注力する存在。別の目的を探っても、何も出てこない。エドの話しぶりはまるで、脅威に立ち向かう戦士というよりは、片付け、駆除を行う専門家のように思えた。しかし平時は飄々としているのに、命まで賭ける。名誉や報酬を得ずに。

 その在り方を、モユヌエは理解できない。人間らしくないからだ。

 そして、モユヌエは生涯で一人だけそういった精神性の人間がいたと、思い出す。同じように全身鎧に身を包んだ、猛き戦士の旗印。戦場を駆け、最も多く仇敵を刻んだ男の存在を。

 「朽ちぬ矛」ヴォルグス。他にも様々な通称を名誉とした騎士は、後方支援を主とした若き頃のモユヌエの憧れだった。

 

 

「モユヌエ殿、俺のことは都合よく使ってもらって構いません。他人とは、真に理解できないものです。これまでしてきたことで考えて頂ければ。」

「モユヌエさんが、エド先輩のことを探っていたのは分かったっすけど…。先輩は私やケルちゃん、リィートイさんのことも助けてくれたんです。それだけで答えになりませんか。」

「…おばあちゃん、私見たわ。エドワルドさんには色んな人が憑いてるの。おばあちゃんも直接見たら、分かるはずよ。」

『…他者を見れば分かるか…。すまなかったのう。』

 

 

 モユヌエは、アイナとヨヌアの言葉を聞き、しばらく考え込んでから頭を下げる。特にヨヌアの言葉に、モユヌエは着目していた。エドがヨヌアに対し、邪悪な魔法を使ったわけではなく、証言の意味にも理解が及んだからだ。赤子のようにかわいがっている少女が言ったことさえ信じないなら、モユヌエのかけてきた信頼の念は意味を無くす。己が魔力を渡した相手を裏切ることなどできない。

 人形を通すと、人の魂を感じない。モユヌエは越境組織を立ち上げて間もなく、亡霊を見てこなかった。怨嗟の声とは、それだけで見聞きした者の精神を崩壊させる。亡霊が感じた絶望を追体験することに他ならないのだから。モユヌエもまた閉じこもり、耳を塞いでいた。

 

 リィートイは腕を組んだまま、モユヌエに語り掛ける。さらりと言い放ち、施設の奥部を指し示した。

 

 

「――満足したか?それじゃあ、ここを借りるぞ。掃除はしっかりしてるよな?」

『うむ。何せ、施設を建てた意味そのものじゃからな。』

「よし。皆、モユヌエについていこう。ここからは気分の悪くなる話は抜きだ!」

「うん…!リィートイお姉ちゃん、エドさんに教える魔法ってどんな感じなの?」

「ケルちゃんがいつも見てくれてる炉より、ちょっと眩しいかもな!」

 

 

 モユヌエを先頭に、集まっていた面々は越境組織の奥部へと向かう。本来閉ざされている部屋が開かれ、越境の職員しか知り得ない空間へ進んでいく。

 モユヌエと言葉をぶつけ合っていたエドは、疲れた頭で知らない構造に対し、静かに好奇心を燃え上がらせていた。

 

 

 

 

 階段を下り切り、上の雰囲気とは一変した部屋に一同は入り込む。寒色の石壁で覆われ、中心には巨大な銀の盃が安置されている。

 そして部屋の壁に沿って、傀儡人形を保存するための容器が等間隔に並べられていた。

 

 

「早速始めようか、エド。『皚炎』」

 

 

 リィートイの掌から、白き炎が湧きたつ。盃を通して、炎は更に燃え上がった。

 そのままリィートイは語る。これこそが、古い猛き戦士の根源。心臓に火を灯し、魔力を全身で紡ぐ。猛き戦士が守った力無き大勢は使えずに終わった、体系立てられぬ魔法であると。

 魔力循環をより早くしたいと望んでいたエドにとって、有用な技。説明を受けたエドは、躊躇いなくリィートイに手を伸ばした。

 

 

「…この魔法さえ広められれば、奴らを下せる。上位種に勝てる力が…!」

「ふふ、気が早いな。だが…やってみせてくれ。この炎を宿せれば、もしかしたら。」

 

 

 モユヌエ含め、固唾を飲み込み見守られる中、エドは掌に白き炎を受け取った。

 

 それはするりとエドの腕を通り抜け、心臓にまで辿り着く。その瞬間、エドの全身を灼熱感が駆け巡った。

 鎧の隙間から、白き炎が飛び出る。エドの全身は炎で包まれた。しかしその炎に温度はなく、奇妙な光景を作り出すのみだった。

 

 白き炎が抜け落ちるまで、リィートイは待ち続ける。

 しかしリィートイは確信した。エドの体に同じ炎が宿ることを。やがて自分と同じようになることも。

 

 

(…よしよし。これ以上、お前が苦しむのは見たくなかったからな。わたしは我儘だから――お前を逃すつもりは全く無いんだ。)

 

 

 リィートイはエドの手を握りながら思う。その横顔から感じられる真意に、モユヌエは嫉妬の念が吹き飛んだ。情念を実際に感じ取れば、入れ込んでいるという段階ではないと気づいたからだ。

 

 エドの心臓に火種が宿る。その火種は古い月の青色を微かに含んでいた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。