裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
焚火を囲う人影が三名。薄緑の鎧を少しだけ緩ませた騎士に、太腿へ肘をついて炎を眺める冒険者、そして火傷痕が痛々しい白銀の騎士。
所属は全て違い、まるで統一感がないが、彼女らの間には少しばかりの縁が出来上がっていた。数日ではあるが、三名の間に共通点があると分かったことも、打ち解けた理由であった。
身の上話に、しおれた花を咲かせ、彼女らは話し込む。
「――へ~、メアリーも西の出なんだ。ベウヒの町かあ…あそこも魔力持ちに風当たり強かったなー。」
「大戦の爪痕は根深い。無理やり兵として、大陸外へ向かわされた者もいたという。魔力持ちへは複雑な感情を抱いているのだろう。…ミナ殿は心が強いな。私も精進せねば。」
「ぜんっぜん!騎士サマたちに比べたらね。人のために頑張る!って、そんな良い子になれないし。」
「いいや、立派だよ。私など、騎士長としての面を見せているだけさ。心から子らを助けているミナ殿には及ばない。」
リシディア騎士、メアル・テタム。つまりメアリーは女性にしては低めの声で穏やかに言い、ミナは顔を赤らめて否定する。二人の和やかな会話に、ラディアは鼻で笑ってから割り込む。ぎらぎらとした瞳で、メアリーを睨みつける。
「ふはっ…おれには分かる。外面の良い奴は、大抵腹の中がいかれてやがるんだ。大方てめえは、死を望みながら騎士をやってるんだろ?前に出る戦術が物語っているぜ。英雄気取りがな。」
「…ああ、当たり前のことだろう。自分に酔わなければ、騎士長などやっていられない。貴殿は違うのか?」
「まあ、てめえと大差ない。おれが望むのは、『青月』――奴の全力を浴びることだからな。」
「『青月』エドワルド殿か…。ふっ、やはり違うな。私にもそういった確固たる標が欲しかった。彼を標にするのは恐ろしい…腑抜けてしまう。そうすれば、すぐに命を落とすだろう。」
メアリーは語る。彼女が生き長らえているのは、同じ隊の女性たち、特に勇者の女性へ依存しているからだと。相互に依存しあうことで、暗き結束を固める。メアリーが倒れれば、自刃するほどに。
ミナはその語りを聞きながら、考えを巡らせる。もしミナにとっての「月」がいなくなれば、自分はどうなってしまうのか。結論を出せば、エドワルドと自分、メアリーと彼女の隊はそう変わらないと思えた。
「――話が過ぎたな。しかし、彼女らと離れると…どうも心細い。クシアは…大丈夫だろうか…。」
メアリーは空を見て、愛を注ぎあった女性を思い浮かべる。
その静けさの中に、ラディアが鋭い言葉を投じる。プレッシャーが混ざった、戦う者としての声だ。
「…その通り、くっちゃべってる場合じゃなさそうだな。おいミナ、準備しろ。」
「えっ――うわ、何こいつら…!」
焚火の近く、暗闇からぐにゃりとした動きでヒトガタが現れる。一つ、二つ、合計して五つ。
それらは黒い円形の笠を被り、脊髄から赤い樹を生やしていた。
からんと鈴が揺れたような音がして、一斉にそれらの顔が上がる。その顔は黒い靄のようなものに覆われ、今正に喰われていた。
「くっ魔の者どもか…!しかも多勢だと!『聖光宿し』」
「もうっ、せっかくゆっくりできてたのに!『疾爪』」
異様な存在へすぐに戦闘態勢を取り、メアリーは己の剣に黄色がかった光を用いる。魔法「聖光宿し」。リシディア騎士が習得している、上位種への切り札だ。
ミナが前傾姿勢を取った後、緩めた鎧を元に戻し悠々とラディアは構えを取る。ラディアが振り回す大剣には既に、灼熱と赫光が激しい熱を灯っている。
ラディアとミナは、これらの存在に見覚えがあった。だからこそ分かる。上位種ほどの脅威ではなく、それでいて絶対に葬らなければならない骸であることも。
「尖兵ごときが、おれに敵うと思うか?生憎ザコに構ってられねえんだ――消してやるよ!」
深緑の騎士が、黒笠の集団相手に剣を薙ぐ。その一撃で、一つ黒笠の頭が消し飛び、黒い靄は行き場を無くして消滅する。
こうして奇妙な化物と、三名の戦闘が静かな森にて始まった。
◆
限られた者、信頼された者だけが玉座を守る。陽が沈みかけ、時が来て、矛神の総司令官デリクはルヴネト王へ頭を下げてから城外に出た。
夜は王の護衛を任され、昼はルヴネトにおける矛神教徒を鍛え上げる壮年の戦士。裏表などなく、愚直なまでに「騎士らしさ」を貫いている。
人々はデリクに裏の顔があるのではと考えてしまう。目立った戦乱がなく、王都近くでは栄華が続くルヴネト国においては、闘技さえも娯楽としては生温い。
流れ着く者から人の闇を噂することこそ、刺激になり得るのだ。
若い頃の総司令官は、粗暴だった。ごろつきのごとく市民に拳を振るっていた。騎士らしさはただの演技だと。
噂とは、ありもしないことを邪推して快感を得るものでもある。しかし残念ながら、人々の噂は当たっていた。
矛神教の成り立ちを知る者は三つに分けられる。真なる竜を信奉する者、反対に挑むべき仇とする者、そしてどちらにも属さず腕だけを磨かんとする者。デリクは三つ目、その内の最もどす黒い派閥であった。彼は強敵たる偽竜との戦いを前に、しかし不快感を抱いていた。
赤褐色の双剣、若き頃からの得物を磨きながらも、戦士は時を待っていた。異形の竜を。人の要素が混じったようなグロテスクな化物に心酔する尊き者と共に。
若く、血気盛んであった頃のデリクは、絶望した。何故力を求めながら、腕を落とさなければならないのか。例え生半可に強さを得て、上位種に殺されると知りながらも、矛盾に耐えきれなかった。
本質的に彼は、才能を持っていたが、精神的には凡人に過ぎなかった。
力を持てばそれを振るいたくなる。享楽的な暴力に溺れていたかったのに、それを取り上げられてしまった。万能感に枷をつけられてしまったのだ。
世の理を知ったことは不幸であり。圧倒的な力によって約束される死は、何よりも恐ろしい。
それ故に、甘い毒に蝕まれることを選んだ。
彼の肉体、脊髄にはどくと肉塊が脈動している。頭の中、しゃらんしゃらんと断続的に鳴り続ける金属音が、デリクの感情を麻痺させる。安堵を感じさせるはずの音色は、人ならざるものによって植え付けられたまやかしだった。
だが彼は、異形に魅入られても尚人間であった。総司令官になってからは弱き者を表立って虐げず、不快を心の奥底に沈ませながら、己を殺せる戦士を待ち望んだ。
悪は報いを受ける。デリクは肉塊を植え付ける前、まだ純粋な人であった頃、そう考えていた。己の所業を神は見ていると、
今も、薄れて偽物が行動を模倣している現在でも、考えている。己の愚かさを、残り滓の命ごと断ち切れる者を望んでいる。
人々にとって幸運であったのは、デリクが醜悪な化物へ魅了され、錫杖の音に心を囚われただけであることだ。
死の恐怖に縛り付けられ、年を取って粗暴が抜けていった者は、操られても腑抜けている。
デリクは、王城の影に隠れた青年に向かい、跪く。仮初の主従関係に、青年は満足げな様子で手を取った。
しかし夕陽の向こう側から、月がきらめく。
◆
皚炎について談義していると、鍛冶工房のドアが叩かれる。気づけばだいぶ時間が経っていて、約束した時間になっていた。
戸の上側に見える影は、高身の人間であることを示していた。時計の針を見て、リィートイは目を丸くする。
「おっと…もうこんな時間か。エドの意欲には驚かされるよ。そんな焦らなくても、お前ならよく炎を育てられるだろうに。」
「活かせるものはすぐに使いたい性分なんだ。だが、日々精進あるのみだな。」
「ふふっ、真面目な奴め!基礎が出来れば、使える魔法も増える。エドが知りたいなら、わたしが先生になってもいい。」
「そのときは是非お願いする。」
話しながら、俺たちは戸の方へ歩いていく。ケルは疲れているため、未だ眠っている。彼も事前に話は聞いているが、念のため外へ出ることとモユヌエと共に食事を摂る旨を紙に記した。
これでケルは、リィートイが戻るまで留守番していてくれるだろう。そもそもルヴネト王都は夜間、外を出歩かないように市民へ向けて取り決めが為されている。戻ってきても、二度寝しているかもしれない。ケルのあどけない寝顔を思い起こしながら、俺はドアを開く。
そこには漢くさい風貌の、歴戦の戦士デリクがきりりと顔を引き締め立っていた。
「青月殿、リィートイ殿。昼ぶりだな。約束通り迎えにまいったよ!」
「おう!わざわざありがとうな、総司令官。」
「陛下から賜った命だ、それに私も早く話を聞きたい!あの時は加勢に向かえなかったからな…。」
「…総司令官は、民や王を守ることに注力すべきだ。寧ろ守りが堅くて助かった。」
「青月殿…。貴殿がいて、本当に助かったよ。改めて感謝させていただきたい。」
目を伏せ、デリクは俺へ礼を述べた。総司令官というのはどの騎士団においても、国を守るための要だ。王と同じく民から頼られる存在で、それも矛神教となれば安心も一入である。
俺たちはデリクについていき、王城を間近で拝む。陽の光は巨大な石煉瓦で隠され、重厚感を更に感じさせる。
俺は思い返す。ルヴネトにおける矛神壊滅は、一人の亡霊が記憶していた。その激戦の中に、デリクらしき姿もあったことを。
ルヴネトの矛神騎士が押し負けたのは、純粋に戦力が足りなかったからだと、俺たちプレイヤーは考えた。時系列からして、この時にはもう騎士団長は死の境を彷徨っていたはずだ。少しずつ戦力が削がれ、ルヴネトを守るほどの勢いがなくなったとき、彼らは命を散らしたのだと。
集った戦力は頼もしい。皆で上位種を討てば、ルヴネトはしばらく安泰だ。リシディア教に宗旨替えしないことでケルの今後に不安定さは出てくるが、健やかに育つことが第一である。
このまま旅立ちまでの数年を、幸せに生きてほしい。そして困難に打ち勝てる絆を育んでほしいと。
考えが甘かった。
◆
がしゃんと音が鳴り、幼き少女のような外見をした鍛冶屋、リィートイは意識をはっきりとさせる。彼女の友人である男、エドワルドと王城に入り、しばらくしてからだ。
デリクに案内されるまま、廊や王族の部屋を守る兵士たちの間を通り、玉座まで来た。王の若き頃も知っているリィートイは、老いても筋肉隆々の外見に戦士としての貫禄を見たりもした。
豪快なルヴネト王は、リィートイたちの戦いぶりをただ聞きたかったようで、会話は弾んだ。王と平民という立場の違いが気にならないほどに。
そしてルヴネト王は、杯を掲げる。夜食を共にと、王城に住まう一族を呼ぶほどに、王は機嫌が良さそうに振舞った。
豪華絢爛な食卓。長机の傍には、王の孫だという二人の兄弟と、長女が座り。彼らの周囲や部屋の外を騎士たちが守る。最大の名誉と言える歓迎ぶりだ。
リィートイはしかし、それがどこか夢のように思えた。人々の輪郭がぼんやりとして、純白のテーブルクロスが眩しい。
何かがおかしいと彼女が思った、そのときだった。隣に座っても尚兜を外さないエドが、酒の入った杯に力を入れた。
その拍子に杯は倒れ、転がり、大きな音を地面で立てる。エドはゆらりと立ち上がり、左手を垂れ下げる。部屋に入る前、渡していた得物とは別の、隠し持っていた一振りがリィートイの視界に入ってきた。
エドの視線は、次代の王になるはずの青年に向けられている。場違いなほどの殺意。ルヴネト王が困惑した表情を作りながらも、その一声は矛神の騎士によって遮られる。
「お…おい!エド!何してるんだ…よ…」
「やはり、相容れない…いや、話すことさえ無意味か。」
「捕らえよ!ヘンドリック様をお守りするのだ!」
「…陛下。これを見ても、矛神をお止めにならないのですか。」
一部の矛神の騎士がエドを包囲し、刃を向ける。ルヴネト王は唸り、しかしエドを拘束させようとはしなかった。
エドが落とした杯から、毒が零れ落ちる。それをエドが賜ることは無い。
リィートイたちと対面し驚いたふりをする青年の姿が、より鋭く、より奇怪な姿へ変わっていく。
首元から背面は、魚の鰭のように。虚空から取り出すようにして、黒い円盤を手に取る。それを被った、青年だったものは、大きく手を叩く。エドを褒めたたえるように。
『素晴らしき反応だ。そこの、我が
「……なんなんだ。なんでこうなるんだよ。」
「リィートイ、しっかりするんだ!ここは俺が!」
エドは声を荒げてリィートイの肩を揺すり、狼狽える矛神の騎士たち、ルヴネト王とその孫である二人に合図をする。しかし矛神の騎士については、動かない者がいた。
それは朗らかな平時の様子から一変した、デリクと数名。彼らが顔を上げたとき、エドは息を飲む。エドからは明らかな動揺が表れていた。
放心していたリィートイは顔をくしゃりと歪め、泣きそうな声で叫んだ。幸せは長く続かなくても、一歩踏み出す。その勇気を彼女は、隣にいる騎士から受け取ったのだ。
リィートイは拳を突き出し、黒笠の化物へ肉薄する。その化物の意匠と歪んだ顔は、古き時代、慈愛を以て戦場を駆けまわった僧侶の面影が、確かにあった。
ぼこりと黒笠の化物の背中が盛り上がる。グロテスクな肉塊からは、同じ男性の顔がついていた。
「わたしも…やってやる!この外道どもめ…!」
『こちらも闘気を出してきたか。まとめて、治療をしてやらねば。』
「――なめるなあっ!」
リィートイと黒笠の化物「命の錫杖」が取っ組み合い、外界とを分けるガラスがけたたましい音を鳴らして割れる。部屋に充満していた「幻惑の煙」は抜けていき、視界は澄み渡る。
リィートイは、エドから離れていきながらも口だけを動かした。子の無事はわたしに任せろと。エドはそれに気がつき、回らない頭で何とか理解する。
そしてエドはリィートイの激情によって動揺から立ち直り、抜いた直剣をデリクたちに向けた。戦闘と救助、どちらを取るか。
頭の片隅で冷静に整理しながらも、彼の掌は震えている。この世界の映しにて、何故ルヴネトの矛神教徒が瓦解したか。エドは情報を繋ぎ合わせ、納得してしまったのだ。
「……例え貴方たち相手でも、討たせてもらう。」
「ああ!存分に斬り合おう、青月殿!』
エドは魔法「感知」を使用し、デリクがもう隠すつもりがないと理解する。デリクともう三人の騎士の背中から、ぼこりと肉塊が浮き上がる。「命の錫杖」と同じ、人間を模した血肉*1を。
だがこの月夜、騎士は孤独ではない。彼の傍に、今の今まで安置されていたヒトガタがどかりとドアを蹴破り、やってくる。
ルヴネト王と、シウゼヴァクの絆。さらりとした金髪の傀儡人形が。
『お主の度胸、うちの心にくりーんひっとじゃ…!よくぞ、剣を取った!』
「…モユヌエ殿。やはり貴女は、越境の主に相応しい。行くぞ…!」
ルヴネトの王都に、再び動乱がやってくる。
錫杖の音が絶え間なくとも、青白く「月」が燃え上がる。