裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
偽物の竜、通称を古き時代に付けられた上位種オビシオン。禍々しい魔力を受けて、相対する戦士たちは出来る限りの防御態勢を取り。その中に、人一倍の恐怖と憎悪を向ける者たちがいた。
異形の腕を武器とした冒険者の姉弟と、その親代わりを担った幼き老女である。
どれだけ強がろうと、オビシオンは脅威とみなされ未だ健在な化物なのだ。支援するのが主で、前線で戦をしていなかったモユヌエでも、いやだからこそ楽観視できない。
かつてのゼシニス大陸防衛戦では、モユヌエより強く、負け戦でも生きて帰ってきた生命力ある戦士たちが、次々と死んだ。いくらモユヌエが時間をかけて魔力を鍛えたからと言って、過去のトラウマが払拭できるわけもない。時を経るごとに上位種から与えられた絶望が、心を蝕む。
しかし芯から冷えるような恐怖を抱えながら、モユヌエは気丈に振舞わなければならない。何故なら彼女には守るべき民が多くいて、人類の年長者であるからだ。ただ前線の戦士相手に憧れるだけで良かった時代とは違って、上澄みの上位種相手に逃げることはできず、逃げる場所もどこにもない。
またヨヌアとオズは、モユヌエの情感よりももっと根深いものを味わった。二人は、オビシオンから直接的な支配を受け、来るべき“余興”のため養殖されていた人間。忌まわしき、影のような巨体を見れば、脳の血管が切れるほどの激情が襲う。
恐怖で踏みしめる足は重くなるが、それを振り切れるほどに、オビシオンは屠るべき仇であった。
(ああ…でも、思ったよりも怖くない。ふ…いい気味ね、オビシオンッ!)
同じ国に所属する魔兵たちを置いて、ヨヌアとオズは戦線に復帰する。そしてその直後、ヨヌアは長年の胸のつかえが減ったような気分になれた。押さえつけられるような支配の重さが、この場において、たった一人に向けられていたから。
『おのれ…得た血肉が…!鉄屑ごときが、許さぬぞおおっ!』
「……効いたか。モユヌエ殿、俺の考えを指揮系統へ繋げていただきたい。お願いできますか。」
『あ……うむ、いいじゃろう!「伝達の白糸」』
オビシオンが怒り狂うのと対照的に、その憎しみの矛先にある騎士は、口端が上がっていた。強烈な一撃を与えたことにより、オビシオンの体力を著しく奪ったことを感じ取ったからだ。
騎士エドは、近くに立つモユヌエの人形へ頼み、呆けかけていた彼女は白糸を戦士たちへ結ぶ。
アイナやメアル・テタム等リシディア騎士長へ。ラディアと、ルヴネト国を巡り守っている矛神騎士長、そして現ルヴネト王。モユヌエの腕である二人や魔兵の隊長は勿論の事、リィートイやケルにも白糸は絡まった。
モユヌエの技を知らない数名は、幼子に見える人形から伸びる魔力に驚く。ラディアに至っては己の大剣で切り裂こうとしたが、「エドワルド」の名前が出た瞬間、動きを止めた。
エドからモユヌエへ念話がいき。そして幼子のような舌足らずな声で、即興での認識合わせが行われる。
時に騎士の口調を真似、モユヌエは明るい調子で、戦士たちの作戦の成功を祈った。
(エドワルドは、こう言っておる。単独で放つ魔法では、形状変化により簡単に避けられる。鋲で留めるように輪郭の外側を狙って追いつめる作戦で行きたい――じゃと。「陽炎模し」は幻のように掴めぬ相手じゃ。皆の結束力にかかっておるぞ!)
モユヌエからの伝達に、リシディア騎士長たちは間髪入れずに頷く。皆を集めての作戦会議で既に考えていたことで、より狙いが定まったからである。
彼女らにとっては、実際に一度戦った相手だ。生き残ってしまえば、幾らでも対策を取れる。上位種や尖兵を倒し続けてきた経験は、常に弱点を見抜く観察眼を養っているのだ。
リシディア騎士長たちの反応を見て、その他モユヌエに伝達された面々も作戦を同じにする。
『この養人場の家畜は皆殺しだ!吾が怒りを呼び寄せたことを、後悔しながら死ね…!』
オビシオンは己の領分である乗っ取りを用いようと、影を飛ばし空にて動き回る。しかし、舐めた態度でなくなっても人類側には有利となる。
エドワルドへの怒りで思考を放棄しているが故に、まさか自分が狩られる側だとは思えもしないのだから。
オビシオンの醜態を見れば見るほど、ヨヌアとオズは曇った心を晴らしていく。いざ対面してみれば、澄み渡った空のように穏やかで、怨嗟だけをぶつける気にはならなかった。
仇敵を討ち、心に巣食う偽竜の支配から抜け出す。彼女らは復讐よりも、モユヌエのもとで生きる未来を想っている。
「オズ…絶対に、ここで恨み晴らしてやるわよ!」
「そして大母に、青月殿にも、お見せしよう。おれたちがどれだけ化物どもへ弓引けるか…!」
「ええ。この日のために、私たちは腕を磨いた。嵐が霧を払うから!」
オズはぐぐと前傾姿勢を取って、大斧を担ぎ上げ。ヨヌアは暴風の鎧を纏って、踏み込んだ。オズの赤く光る目が暴風を染め上げる。必ずや、化物が己たちを憎しみとして刻むように。
本命が姿を現し、戦士たちは空に飛ぶ異形へ魔力を飛ばす。ルヴネト王の号令により、本来竜を狩るために生まれた集団は猛った。オビシオンはヒトガタを数十もぶら下げながら、影で出来た鱗と顔の輪郭は、正しく「竜」を模していた。
生ける者だけでなく、意思を再び取り戻した名残たちも熱狂の渦となる。それらは殆どの人間に見えずとも、一部には竦み上がるほどのエネルギーの塊と化していた。
渦の前には、青白い騎士が立っている。彼は「皚炎」を燃やし、左腕だけでなく背中からも白い火種を飛ばしていた。
偽竜狩りが始まる。
◆
影や靄のような上位種が爪を鋭く、引き裂こうと襲い掛かる。空を覆うように巨体を浮かばせた半透明の化物は、俺の記憶通りの外見をしていた。
オビシオン本体ではなく眷属であればと直前まで願っていたが、願いが届かないのがこの世界だ。厄介な上澄みを、王都民を守りながら何とか倒しきらなくてはならない。
『死ね…死ね!吾の体に、矮小な人間如きが傷を…!』
「……『霊月の太刀』」
地を這いずっていた蜥蜴の上位種と違い、攻撃の軌道が嫌になるほど読みづらいが、戦闘が長引けば俺も慣れてくる。普段上位種の行動を観察しているときより、早く順応できているような感覚がある。未だ疲労感がないことも関係しているのだろうか。魔法「皚炎」はあまりにも利便性がありすぎる。体が羽毛のようだ。
俺は霊月の魔法を扱ってカウンター気味に立ち回り、オビシオンの体を切り落とさないよう傷をつけていく。
幸運なことに、オビシオンは俺を執拗に狙ってきている。
上位種は蹂躙するばかりで痛みを知らない奴が多く、一定ダメージを与えると激昂する個体も多い。「バックスタブレイブ」作中のオビシオンは余裕綽々といった様相で、様々なデバフを主人公パーティに押し付けてきた覚えがある。舐め腐った態度は取れないほど、俺の奇襲が効いたということか。
撒き散らされる奴の一部は、リシディア教、矛神教の神官たちに冷静に対処され、害を及ぼすことなく消滅していく。
騎士団に所属する面々の連携は手堅く、人員が多いほど戦場を安定させる。それにリシディア騎士団の司令官が二人もいて、ルヴネト国の司令官たちや王まで戦闘に参加しているのだ。
オビシオンの厄介な部分である、一時的な乗っ取りや洗脳は受けないと見積もっていいだろう。
俺が囮の役割を果たすことで、集った騎士たちはオビシオンへ少しずつダメージを蓄積できているようだ。周囲の戦士の戦いぶりを見ながら、オビシオンを人がいない方、外壁付近へと誘導していく。
俺はオビシオンに果敢に挑んでいる者の中でも、参入した戦士に心引き付けられる。
まずルヴネト王に指揮されて動く矛神騎士たち、いやルヴネト騎士と呼ぶべきか。彼らは深緑の鎧の他に、金色で縁どられたマントと小盾*1とを左腕に留めている。そこにはルヴネトの国章が描かれているのだ。
矛神教徒全員が、北の総本山に関わっているわけではない。ルヴネト国で洗礼を受け、そのまま王の忠臣として育った者もいる。ルヴネトの騎士として育った彼らだけが、その証を身に着けるのだ。作中では既に全滅していたためか、実際に身に着けている騎士がいなかったので、俺は今猛烈に感動している。
「我が貫きを、鍛え上げた赫光を受けよ!騎士たちよ、我に続けい!」
「はっ、仰せのままに!『赫光』――刃を放て!」
ルヴネト王は逞しい筋肉を引き絞り、赤い光を纏った剣を投擲した。ルヴネト騎士たちも王に倣い、魔力を込めた剣や槍をオビシオン目がけてぶん投げる。オビシオンにぶら下がったヒトガタにそれらは突き刺さり、奇怪な声を上げさせる。
「赫光」は抽象的な魔法だからこそ、込められる魔力も多い。流石は戦乱を勝ち抜いた人だと、俺はルヴネト王の勇姿を目に焼き付けた。
(それに……束ねられた腕…二人の連携は凄まじいな。姉弟を同時に相手取りでもしたら、速さに追いつけないかもしれない。)
次に俺は、オビシオンの行動の阻害に大きく貢献している二人へ視線を向けた。戦士オズの動きは、ヨヌアの嵐を受けて更に素早く鋭さを増している。身体強化の魔法も相まって、人とは思えない機動力である。
ヨヌアの突進も避けるのに苦労したが、息の合った者同士が共闘すると、これほどまでに相乗効果をもたらすとは。
信頼している友人はいても、常時共闘はできない俺にとって、二人の関係性は羨ましく感じられた。
また俺は、作中でのヨヌアは相当な弱体化が為されていたのだと感じる。所属していたのがシウゼヴァクでなかったことを考えるに、モユヌエの生存も不確かだ。弟が亡く、主もいない。心が擦り切れていてあの強さだったのだから、潜在的なポテンシャルは非常に高い。
このまま彼らが味方であり続ける限り、総力戦は想定よりもずっと楽になるだろう。
『この家畜…!見覚えがあるぞ……吾の養人場を荒らした屑虫ども…!』
「覚えているようで――ここで死んでいけ――」
「もっと速く――ついてきなさい!」
「無論。まだまだ――!」
俺は、飛び飛びで聞こえてくる二人の声を耳に入れながら、機を待ち続ける。
オビシオンを消滅させるための魔力を一気に溜めようとすれば、「霊月の後脚」が使えず、機動性が格段に落ちるためだ。また「魔力の薄膜」も展開し続けられずに、オビシオンの黒靄を吸い込む可能性もある。
(ケル君――俺に見せてくれ。主人公としての才覚を…!)
最後に俺は、近くで戦っている主人公を見る。幼子の貌は、もう勇者と呼ぶに相応しい凛々しさを備えていた。彼の足運びは、先ほどよりも良くなっている。もはや騎士並みという言葉では収まらないほどには。
主人公は天性の才能を持っている。猛き戦士を優に超える、ただ一人の戦士になるのだ。
俺は今回の襲撃で、自分自身の甘さを思い知った。幼子が死地にて剣を振るうなど、本来あってはならないことだ。しかしそうでもしなければ、この世界を生き残ることはできない。ケルに生きて世界を救ってもらうには、実戦を経験するしかない。
俺が考えている以上に、ゼシニス大陸には安全な場所はなく。育ち切るまでケルに平穏無事に暮らしてもらうという理想は砕け散った。どう転ぶにしても、ケルから目を離してはならない。例えリィートイがいても、他者に甘えて任せていてはいけないのだ。
「月」と風、そして「皚炎」を合わせた穿つ業は思いついた技として上出来だったが、上澄み相手に再び使うとしても練度不足。収縮させるというよりも、弾けさせる方向になるだろう。
少しずつ、体内の魔力循環は戻ってきているが、無から魔力が生まれるわけでもない。一発を正確にぶつける。
ここからは化物との根競べだ。俺は、魔力で出来た牡鹿の脚を動かして避け切り、着実に影を貫いていく。
段々と月は傾いていき、オビシオンの隙間を光が射す。霊月が本領を発揮するのは、もうすぐだ。
◆
蜥蜴の上位種を屠った一撃を、勇者見習いの少女は、目に脳に焼き付けていた。綺麗という言葉だけでは言い表せない荒ぶりと、調和の取れた三種の魔力。幻想的な美しさに付け加えられた要素は、ケルが絡みつかせた「月」へ更なる糸を吐き出す。
何かに執着することで、「勇者」は戦場で命を繋ぐ。ケルは彼女が大切に想う人々への執念を強めることで、じわじわと魔力を伸ばしていた。
「ケルちゃん!飛んでいる奴には、下から突き上げるんだ。横からじゃ避けられる!」
「……!」
(…このままじゃ、縫い合わせることも出来ない!ぼくはどう動けば…!)
一挙一動が死へとつながる可能性を秘める戦場においては、注意散漫になっても、視野狭窄になってもいけない。ケルは小さな体を活かして、オビシオンの周囲に飛ぶ斬撃を避けると、フロー状態に入った頭で考える。
この強い没頭が途切れたとき、ケルは戦士ではなくなる。大人びた少女から、少し腕の立つ幼子へ戻る。命がけの攻防によりケルは危うい均衡を渡っていた。
ケルは脳裏に浮かばせる。矛神教徒からの学び、訓練と、僅かながら行った勇者クシアとの会話を。
勇者は白き糸を以て、裂け目を縫い合わせる役割を主とする。現に勇者クシアは、オビシオンが通り抜けてきた巨大な裂け目を少しずつ小さくしている。決して上位種に勘繰られないように調節し、やがては逃げることができないように。
しかしケルの見立てでは、どれだけ裂け目を小さくしても逃走を図られれば通り抜けられてしまうと予感していた。オビシオンは不定形の化物。靄の体であれば、小さな隙間にも体を切り離して入ってしまうだろう。
(エドさんなら、どう動くんだろう…?引き付けて、逃がさないように…。)
ケルはちらりと、彼女にとっての救世主を見て、その動きとぐるぐるに糸で巻いた「月」を重ね合わせる。そうすることで、一瞬だけ理解できた。戦闘が終われば忘れてしまうだろう直感。ケルはそれを手繰り寄せ、最後にぐいと引っ張った。
そうすると、ケルの左掌から放出される魔力が、更に青みがかる。数舜だけでなく、飛び出る魔力は青白く。
結びつける白糸は、魔法を繋げ体系立てる円網。ケルは何も分からないまま、己が知らない理論を口走る。己とエドの「月」の間に繋げた体系が、極限状態であるからこそ読み解かれたのである。
「これ…『月糸、月の杭*2』」
くるりくるりとケルの左掌に糸が集まり、形作る。エドが放った「月」の魔法が、一時的にケルの糸に繋がり暴発気味にそれは放たれた。
『ぐぼ――!何、何だ…青白い鉄屑以外にも…!』
「それは…はは、希望ばっかり見えてくるじゃないか。隙有りだ、化物!『石筍*3』」
『ぐああっ…これは…!バカな…まだ、生きていやがったのか…!』
「お前ら全員潰すまで、わたし達は死ねないさ!」
リィートイは、兜の奥でケルの技に目を丸くした後、追撃を放つ。オビシオンは下で攻撃を行っていた二人に意識を向けていなかったため、もろに魔力の毒を受け、竜を模した口からびしゃりと血を吐き出した。それは外壁を黒く汚し、リシディア教の神官たちによって消散させられる。
放った魔力は多く、ケルの体を急速に虚脱感が襲う。足から完全に力が抜けて倒れそうになったケルは、しかし戦況を見ていた少女によって助け出される。リィートイとエドはケルを庇おうと動き、救出した少女へ向けたオビシオンの魔法を弾いた。
「ケルちゃん、本当によく頑張ったね!うんうん、ミナお姉ちゃんが安全なところまで連れてくから!」
「ミナ、お姉ちゃん…。えへへ…。」
「わっ…すごい消耗してるじゃん…!ええっと、魔力を譲渡するには――」
ミナに抱きかかえられ、その温かさを感じながらケルは眠気に身を委ねた。常在戦場は幼子には難しく、激しく肉体も魔力もいじめ抜いたこと、安心できる姉のような存在に再び会えたことが決め手となった。
泥のようにケルは眠り、戦線から離脱する。初陣で諦めず戦い抜き、更に莫大な貢献を残した彼女は、真に勇ましき者だった。
オビシオンの怒りの矛先は、一名から冒険者である二名を加えて三名に、更には矛神教徒を加え五名、猛き戦士と幼き勇者により七名と散漫していく。
しかしどれだけ全力で暴れても、オビシオン視点での戦況は一向に優位に傾かず、徐々に死が近づく。
当然のことである。オビシオンの不定形の肉体は既に深手を負っており、先立って送り込んでいた尖兵も滅せられているのだから。
依り代とした蜥蜴擬きの肉体は足枷となって、攻撃される度に崩れていく。しかし己を作り上げた存在と、凝り固まった自尊心が逃走を許さない。猛き戦士の集団でもない、弱弱しい人類ごときに殺されるわけがないと無意識に思い込んでいる。
傲り高ぶりは、必ず身を滅ぼす。オビシオンの前に、ある一体の人形が立った。
この場にはリィートイの他にもう一人、古い猛き戦士がいる。本体でなくとも、彼女は人形師であって、操る傀儡人形に力を注いでいる。何れルヴネトに危機が訪れたときのため、戦えない親友のため残し続けた兵器。
モユヌエを精巧に模した、幼い少女の人形は指を弾く。その直後がくりと人形の体が体勢を崩し、左腕が巨大な銃口となった。背中と両足からは蜘蛛の脚のような、鋭利な黒い棒が突き出す。
『――うちの傑作…この時代を生きる戦士たちへ、御覧に入れよう。』
『ハドリグウウッ!あのぶくぶく太った肉塊が、ふざけやがって!下処理も済ませないで、吾を!』
『放射――撃滅!』
脚が姿勢を固定し、放射状の糸のように魔力を解き放つ。オビシオンは正しく空中に張りつけられたようになり、更なる重い一撃を喰らった。
人形の体と、溜め込まれた制御用の魔力が溶解するほどの威力。夜だというのにルヴネトに数舜だけ、昼が訪れた。
閃光が収まった後。特別なモユヌエの人形は跡形もなくなり。オビシオンは再生が追い付かないほどにぼろぼろの肉体を晒していた。
振り払う爪撃も、洗脳するための濃霧も弱弱しく。オビシオンはリシディア騎士や矛神騎士に、残った肉体を刻まれていく。
ようやくオビシオンは死を直感し、来た道を戻ろうと変形させた首で背後を振り返った。そこには裂け目はなく、己のために作った住処へ戻る手段も消えたことを示していた。
『くそ、くそ…!何故こんな畜生どもに、吾らに食らわれるだけの餌に…!』
「…もう少しです、皆さん。囲みます、五の陣形!」
「こちらも同じく、五の陣形。振り絞ってでも、聖光を魔の者へ当てる!」
アイナとメアル・テタムが号令をかける中、ルヴネト王も一斉攻撃を命じる。オビシオンは作られて初めての感情を味わっていた。それは、全身の力が抜ける感覚。何をしても死が待っていることへの焦燥だった。
死神の鎌首は、人類が持ち上げる。上位種へ恐怖を与える存在が、再び青白い光を腕に集め始めた。騎士エドは、穿つ業を変形させる。貫くのではなく、オビシオンの体全てを飲み込む放射光へ。
メアル・テタムの横にいた勇者クシアの耳に、微かにだが亡霊の声が入り込む。それは誰かに語り聞かせるような、穏やかな声音であり。クシアはそれと同じ声をよく知っていた。
しかと見るがいい、穿つ業を。人類の夜明けを照らす淡い月の光を。
亡霊たちは生きとし生ける誰よりも間近で、化物に放たれる寸前、魔力の濁流を感じる。エドによく似た亡霊は、矛神騎士たちの亡霊へ、集った者たちへと伝える。その内死した後、覇気を取り戻した様子の漢は、もう吐かれない息を呑んだ。例え偽物でも、竜を討つことは力を示す偉業なのだと、ようやく本心から理解したように。
「再び、味わってもらおうか。……この月の光を。」
『何故だ、何故吾が…。人類ごとき、数十万も食らってきた!取るに足らぬ畜生しか残っておらぬはず、何故、貴様のような奴が生まれているのだ――』
「今だ!『石筍』」
「騎士たちよ放て――『赫光』」
『ぐ、邪魔だ…!』
リィートイが大振りな魔法を放って、敢えて避けさせ。オビシオンが飛んだ方向へ、矛神教とリシディア教の戦士たちが矢のごとく、遠距離魔法を放つ。
オビシオンが振り払おうとしても、それを仇とする二人が待ち構える。暴風と、その中を動き回る戦狂いの狼がオビシオンに逃げの選択肢を残さない。
偽竜は再び張りつけられた。騎士エドは「霊月の後脚」を消し、代わりに今までの戦闘でずっと練り上げ続けていた魔力を表に出す。それは蜥蜴の上位種相手に放った魔力とは違って、皚炎を多く含んでいた。
嵐は既に作られている。青白い炎を制御しきったエドは接近し、両掌を勢いよく合わせた。
「――呑み込め、月の杭…!」
組まれ、掲げられた両腕からは巨大な剣のように炎が迸り。ぐぐと体を曲げ、左に実体のない魔力を動かす。そして両拳を握ったまま、がっと正面へ突き出した。
竜巻の中央に向かって、霊月と穿つ業を炎で繋いだ「月」の光が伸び、オビシオンを突き抜けた瞬間に拡散する。体の一部を切り離して避けようにも、オビシオンの外側には巨大な風の刃がある。嵐の内側に入ってしまえば、広げられた後押し潰されるしかない。
オビシオンは、最後の最後まで逃げ場を探しながら消え失せた。己のため第二の領土を探していた化物は、裂け目の先に警戒できず、幾十万の屍のもと作られた命を終わらせる。
朝焼けの向こうに、オビシオンを作るもとになった魂の残骸が去っていく。そして誰にも届かない懺悔と祈りの後、幾らかの亡霊も大気と一体になる。
半透明のそれらが陽光で隠れるのを、ヨヌアや勇者クシアは見送る。また、深い眠りから少しだけ意識を戻した幼子も、眩しい橙色の空を見る。そして感じ取ったのだ。白き糸が繋ぐものは、世界の理であると。
老いた王は、崩れた王城と建造物を見ても、晴れやかな気持ちであった。ルヴネトは再び脅威を退け、夜明けを拝んだのだから。
王都民の怪物への恐怖は、青白い光によって塗りつぶされた。冷たいようで仄かに温かい、此地を照らす光に。
戦士がはけた場所に一人、騎士が深く息をつく。災いを退けた戦士たちへ、避難した民から歓声が上がった。
絶望はなく、荒くれ者でも裏切りを働こうとする気力を削がれる。あまりにもその光は眩すぎた。
魔力を持たない多くが上位種を知り、人類は反撃のための一歩をついに踏み出したのだ。
◆
ルヴネトでの戦闘を終えて、しばらく。俺はルヴネト王都の酒場の角の方で、壁に背中を預けていた。目の前には見知った顔が集まっていて、宴会の明るさに癒されている。こういった大人数での食事は気疲れするものだが、戦や交流で気持ちを通じ合わせた人たちと同席するのは別だ。
俺は、木製のテーブルに置かれた料理を一つ取り寄せ、兜の隙間に流し込んだ。やはりこの世界の料理は美味い。
「――エドワルドさん、どうしてそんな隅の方にいるの?いっぱいおいしいのあるのに。」
「姉上、青月殿は疲れがたまっているだろう。」
『ほれ、あっちから料理を取ってきたぞ!たんと食うが良い!』
「賑やかなのを眺めているのも楽しいんだ。モユヌエ殿、ありがとうございます。」
俺がゆったりとしていると、共闘した越境組織の三名がやってきた。先ほどまで俺の横にミウが座っていたのだが、モユヌエの立場を知るや否や、姿を隠すようになった。
ミウの気持ちも分かる。何せ自身の所属する組織のトップだ。俺も、モユヌエがリィートイの友人だと知らなければ、話しかけ辛かっただろう。
だがモユヌエと、彼女の腕である二人は、戦が終わってから急速に砕けた調子になった。特にモユヌエは統治者としての顔を少しも感じさせない朗らかさで、接してくれる。糸を使って伝達される時も同じで、あの恐ろしい一面は嘘であったかのように気さくだ。
モユヌエはどかりと俺の横に腰かけ、リィートイの方を掌で示す。そこには大量の料理を食べさせられているもう一体のモユヌエ人形の姿があった。
『聞いておくれ…リィートイの奴、うちの変換胃袋が無限だと思っておる!お陰で気分は胸焼け寸前…じゃが美味しいのは結構分かってきたぞ。これはエドワルドに薦めたい品じゃ。この揚げ物が若いのには美味に感じるじゃろう。それとこれじゃな――』
「それじゃエドワルドさん、私たちは向こうに座ってるから!いつでも来てね!」
ぐいと体を寄せてきて、モユヌエは一品ずつ指し示す。俺は彼女の説明を一つ一つ聞き、去っていくヨヌアとオズへ会釈した。
この宴は現ルヴネト王と次代の王、そして国家を支える大臣たちが催してくれたもの。今すぐにルヴネトを去ろうとしても申し訳が立たないし、ケルの今後や、俺の体のこともある。
少し落ち着かない気分ながら、俺は休養している最中である。
魔法「皚炎」は、万能と呼べるほどではなかった。戦闘中は無尽蔵に魔力を使える気分だったが、いざ終わってみると信じられないくらいの虚脱感を喰らったのだ。
原因はやはり、魔力を放出しすぎたことだ。臓器の損傷などは無かったが、俺の友人たち全員が囲んできて、医療に長けた神官には、しばらくの安静を言い渡された。
知らない魔法であるために、まだまだ未知は多い。古い猛き戦士から「皚炎」の使用方法を学ぶことが重要になるだろう。
俺が意識を別の場所に飛ばしていると、俺の胴鎧をモユヌエが押してきた。俺の腕にはいつの間にか糸が引っかかっていて、モユヌエは胡乱な目を向けている。
『黙っているかと思えば……落ち着きのない子じゃのう。裂け目についてなら、もう決めたじゃろう?うちが傍に置いている腕と、黒血絶ちの頭をやっておる坊にも共有した。』
「しかし…俺は痛感したんです。他者に甘えていては、足元を掬われる。しなければならないことは、自らで遂行しなくてはと。」
『ばか者。お主が言った事じゃぞ。一人では無理があるとな。大陸中を駆けずり回って、どこでお主は休むんじゃ?リィートイを悲しませるでない。それに、お主を慕う子らのことも考えよ。』
モユヌエはこんこんと俺に拳をぶつけて言う。そう。戦の後、俺とモユヌエは協力関係を結んだ。頭を下げて、モユヌエの情報網を借りたいと。
ここから裂け目の発生は増えていく。今回の一連の事件を経て、幾ら「霊月の後脚」があると言えど、一人で休みなく動き回るのは不可能だと思い知ったのだ。
ケルやトリネのような守らなければならない子らがいるのに、小さな裂け目に時間を取られていたら、もっと大きな災いを止められないかもしれない。
だから、人類を今まで守ってきたモユヌエには、今後起こる裂け目の位置を伝えた。作中大量にある、ありふれた悲劇。上澄みの上位種が関わらない事例を、モユヌエの力を借りて効率的に潰そうと考えたのだ。
今まで取ってきた協力関係は、その場その場での共闘くらいだった。裏切りが跋扈する世界で、情報を渡す勇気が湧かなかったのだ。
モユヌエは信頼できる。身を粉にして動いている彼女を信頼しなかったら、俺は手詰まりになってしまう。
彼女は快く引き受け、裂け目の対処に力を入れてくれている。それには感謝の言葉しかないが、落ち着かないのも事実。モユヌエの言葉も正論であり、受け止めなければならない。
結局俺は、そわそわするのを止められず、モユヌエに何度か叱責されることになった。声音が優しいために、申し訳なさが深まる。
『うふふっ…いいのじゃ。旅立つとしても、今はゆっくり休むと良い。』
「――へえ、モユヌエお前、やけにエドと近くなってるじゃないか。エド、この人形にもたらふく食わせてやろう!」
「…ああ、そうしようか。貴女も、気持ちだけは休めてください。」
『え……も、もう満腹じゃよー!』
「エドさん、こっちだよ!フライが美味しいから分けてあげるね!」
「あ、先輩これも食べてほしいっす!元気になるっすよ!」
俺の座っていたテーブルの向かいには、ケルとアイナが立っていて、呼びかけてくれる。難しい話を考えるのは後だ。俺はリィートイに連れられるまま二人と合流し、言葉を交わす。
窓の外を見れば、ルヴネトの復興は着々と進んでいる。裏切りの種が除かれた、主人公の第二の故郷は、普段以上に活気を増していた。
快晴に、薄く二つの月が浮かんでいる。
こちらで三章は終了です。皆様、いつもありがとうございます!