裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
ラーマイマへ出立する前夜。リィートイが所有する鍛冶工房には、勇者と騎士の二名のみ。
いつもよりしんとしたルヴネトにて、勇者ケルは思いふけっていた。
少女はこの町に来てから沢山の人と出会った。年の近い友達も二人出来て、鍛錬が無い日は一緒に遊ぶ。ずっとこんな平和が続くと、ケルは思っていた。
「デリクさん…。」
ケルは虚空を見て呟く。脳裏に浮かぶのは、雄々しい矛神の総司令官の顔だった。
勇者として、ケルはルヴネトで起こったことを事細やかに伝えられた。第一王子の裏切りやデリクが何者であったかも。
一時、師としての役割を担っていた人物が尖兵であった事実は、幼子が知るにはあまりに酷だった。それに尖兵に堕ちた矛神騎士たちも、ケルを可愛がってくれていた人々であり。その感情が模倣されたものだとは思えなかった。
聡明なケルは、それを知った瞬間から、心に雨を降らせ続けている。厳しくもケルのためを想って鍛えてくれていたと思っていたのに、それはまやかしであった。日々交わした和やかな雑談も、空虚な洞に独り言ちていたのと同じ。
足元が抜け落ちるような寂寥感を、ケルは隠し続けた。
悲しみを堪えるのは得意だ。両親から向けられる冷たさから、ケルはずっと目を逸らし生きてきたのだから。
しかしケルは、悲しみと同時に奇妙な視野に戸惑っていた。
強大なオビシオンを総勢で討ってから、ケルの感覚はただの魔力持ちとは一線を画した。今まで目に入ってこなかったものと囁きが、夜になると浮かび上がる。
(クシアお姉さんが教えてくれたのは、この景色なのかな…。)
ケルは夜空を見上げながら、勇者として先輩である女性、クシアの言葉を思い起こす。リシディア騎士団の遊撃部隊として、彼女は戦いの後すぐにルヴネトを去ったが、ケルに沢山の知識を授けた。
その中でもケルの記憶に残った文言があった。雲や星々の他に、空には煌めく流れがある。白き糸の魔力が繋ぐ、「魂の運河」だと。
ケルはそれを視認したのである。
半透明だが、星々の光を閉じ込め波打っている。ケルは世界の裏側を覗いた思いになり、気分を持ち直した。
鬱屈とした悲しみは心の奥にしまい込み、旅立ちには晴れやかな気持ちで。ケルは、同じ年の友達と約束したのだ。すぐに戻ってきて、一緒に裁縫したり遊んだり、日常に戻るのだと。
眠気からか、それとも心の寒さからか。目尻に滲んだ雫をごしごしと擦り、ケルはリィートイの私室に戻ろうとした。
丁度、振り返ったときだった。鍛冶工房のドアが開き、全身鎧の男がのっと出てきた。すらりとした長身だからこそ、暗闇から突如姿を現すと驚きを増させる。
「わわっ!びっくりしたよ、エドさん…!」
「驚かせてすまない。やはり不安だろうと思って、見に来てしまった。眠くなるまで話を聞こうか。」
「ありがとう…大丈夫だよ!でも、ぼくが寝るまで、一緒にいてほしいな…。」
「そうか…分かった。もし辛くなったら、すぐに言ってほしい。リィートイの元を離れる間、俺が少しでも代わりになれるように頑張ろう。」
騎士エドは声音を柔らかく、それでいて憂いを帯びた調子でケルの傷心を気遣った。ケルは小さく微笑むと、エドに彼女なりの我儘を言う。
年上の想い人に対する重い感情を、今だけは忘れ。ケルは孤独を埋めるために、差し伸べられた大きな掌を握りしめた。
そのとき、ケルはぶわりと風を感じた。体に一瞬だけ寒気が走った後、エドの背面に半透明の粒子が舞ったのを見た。はっきりと形をとったヒトガタも。
エドに物理的に近づいたからこそ、勇者である彼女には感じられる。「魂の運河」に乗らず、いや乗れずにいる亡霊たち。
彼らはずっと青白い騎士の傍にいて、集っている。安心し、何者になるか分からない次の旅へと向かうまで。
その人影の一つに目を合わせ、ケルは視界がぶれたような心地がする。エドと背格好のよく似た男性がにこやかに、彼の背後をついてきている。それは、他の亡霊たちと楽しげに話しこんでいるようだった。
(……エドさんみたいな…でも全然違う人。あなたは誰なの?)
『――直に分かる。真に勇ましいお嬢さん。』
「えっ…!」
「ケル君、どうしたんだ。」
「う、ううん…!何でもない!」
もう一度見上げれば、亡霊の姿は消えていた。ケルは胸に両手を当てて、口から心臓が飛び出しそうな気分を味わう。エドに今起こった出来事を話せるほど、ケルは落ち着いていなかった。
少女の耳に届いた囁きは堂々としていて、声までエドに似ていた。それから少女はまごまごとしながら部屋に戻り、かけられた毛布の中でエドのことを想った。
もっと深いところまで、知りたい。出立前は静かなようで、ケルの心を大きく揺れ動かした。
エドがケルを寝かしつけている頃。
穏やかさとは真逆な訓練を、ラディアとリィートイは繰り広げていた。攻防を重ねるごとに、ごうと灼熱の炎がラディアの腕から勢いよく上がり。灰色の鎧を着こんだリィートイは、凄まじい重量の鉄塊を更に素早く振る。
そうして、ぼごりと体の芯に響く打撃音が鳴り、ラディアは砕けた剣の刀身を地面に突き立てて後退した。
使い物にならなくなった剣を放り投げ、替えの大剣を掴む。獰猛に兜の中で歯をむき出したラディアは、はらはらとした様子で観戦するミナに吠える。
「おいミナ!いつでも補充できるように剣持ってこい!今日は夜通し、地獄を見せてやる…!」
「はいはい、ケガしないでよ!矛神の騎士サマ…そういうことなので、まだ在庫ありますか――」
ミナが矛神騎士相手に交渉している間も、剣はぶつけられる。リィートイの振るう黒く巨大な槌は、特殊な金属で作られているために固い。攻守一体を得意とした小人の隊列の得物は、この時代になっても錆びついていないのである。
得物をぶつけ合いながら、双方は言葉を交わす。ラディアの炎には、少しずつ白が混ざっていた。彼女が望み、リィートイが危険を承知で伝えた魔法の産物である。
ラディアは天性の才能を、死闘にて伸ばしてきた戦士だ。しかし「皚炎」を習得するには足りない。心臓に白い炎を宿すには、魔法を武器として扱い過ぎていた。
「この肉体を見ろ…!内側から焼かれようが、おれには効かねえ。」
「…お前はすごいよラディア。だが…事を焦るな。皚炎は、ただの魔力でできた炎じゃない。まずは魔力制御を――」
「ぐうう…今焦らず、いつ動く…!時間はない。指咥えて、奴が解決するのを見てろってのか?舐めるなよ、ババア!」
「ああっ!荒っぽい使い方をし過ぎるんじゃない!お前の綺麗な顔が焼けちまったら…!」
ラディアの炎から白が消え、彼女は苦し気に呻きながら膝をつく。リィートイが声を震わせて近づくと、兜を投げ出したラディアは荒っぽく彼女を遠ざけた。
ラディアは鎧を外して、冷や汗を地面に垂らした。戦により古傷が無数についた筋肉質な肉体から煙が上がる。左掌から腕が焦げかけていて、歪められた美麗な顔は尋常でない痛みを表していた。
「もう一度だ、リィートイ。てめえの火種が合わねえなら、おれが火を点ける。…そして奴に、エドワルドに追いつく…!」
「お前って、結構熱血だよなー…。嬉しいよ、お前みたいな子がいてくれて。お陰で元気が貰える。」
「…ふん。すぐ、上から物を言えなくしてやるよ。若作りなババアが。」
「ふふっ…それはそうと、お姉さんって呼んでもらおうか。休憩したら再開だ!」
柔らかな布をミナから受け取り、拭った後に二人は夜通し腕を磨く。一方は思わぬ刺激を楽しみ、もう一方はかつての戦場へ一時心を戻していく。
その傍ら。ミナは、出立前なのに元気すぎると、呆れた目でラディアの嬉しそうな横顔を眺めていた。
朝焼けが街々を照らし、戦士たちを乗せる荷馬車が並んだ。そして準備をした者から順に、北へと向かっていく。矛神の荷馬車近くには、騎士エドの姿もあった。
◆
ついに、ルヴネトを離れなければならない日がやってきた。矛神教の戦士たちの準備が整ったのだ。
知人友人へ手紙を出したり、魔法の修練をリィートイやラディアとこなしたりしていたら、時間はあっという間に過ぎてしまった。
手紙に関してだが、北へ行くことになるから道中寄るだろうと、ルート上にいる知人へその旨を記した。シスター・ジゼラのいるソヘネーの孤児院と、ラーマイマの村々へ。シウゼヴァクには確実に寄るが、知り合えた三名以外知人はいないため除外した。
また施設でなく個人に送った手紙もある。とあるヴァルミ騎士に対してだ。何年か俺が教導の真似事をし、勝手に関係性が深いと思っている子である。
この世界に来て、ルリベナに月の魔法を教えてもらってすぐだった。リフォニアで、感情を押し殺したあの子と出会ったのだ。
あの頃は覚えた魔法しか扱えなかったため、他者へ説明するなど今以上に出来ず。子ども相手に情けない姿を沢山見せ、教導にすらなっていなかったと記憶している。
騎士になるまで大成できたのは、あの子の才能だ。双子神教の大聖堂へ行けば、更に成長した姿を見せてくれるだろう。
予測していなかった傑物。ラディアに匹敵するほどの強者として。
俺たちの出立を見送ってくれる者は、リィートイだけでなかった。朝になるや否や、王都民がぞろぞろと外へ出てきたのだ。矛神教を国教としていたためか、騎士たちの遠征も王都民にとっては一大イベント足りえるのだろう。
俺の視界の隅で、ケルが同じくらいの背丈の子どもと話している。丸眼鏡をかけた、大人しそうな茶髪の少女だ。リアルに寄ってはいるが、少女の容姿には覚えがある。
シーユ・バストル。チュートリアル的な役割を持つ道具屋の一人娘だ。彼女は、ケルと既に気心知れた仲になっているようだった。
リィートイから聞いてはいたが、実際に見られると感動も一入だ。
少女は紐でまとめられた編み物をケルに渡し、掌をしばらく握り合っていた。
「ケル……絶対戻ってきてね。ケガしないようにね。…きっと寒いだろうから、君のために編んだの。エヴからも貰ってて…これも持っていってほしいな。」
「ありがとうシーユ!この服、すごいもこもこしてる…!…それにこれ…ふふ、エヴも心配性だね――」
ケルは兎のお守りを触りながら笑っている。彼の言葉からして、既に幼馴染となる子とも親交を深めているらしい。襲撃さえなければ、彼女らの友情に邪魔が入ることもなかっただろうに。
時間が空いてもケルの交友関係が上手くいくよう、俺は願った。
「…またしばらく離れることになるな。リィートイ、無事でいてくれ。」
「お前こそ。…しんみりするのは無しだ。ケルちゃんをよろしくな!」
「ああ、何としてでも守ろう。…関係ないが、その服似合っているな。」
「あ……ははっ!まあ…出かける時もあるしな。」
手を振ってくれるリィートイへ、軽く言葉をかける。今日彼女が着こなしているのは、鍛冶屋としての作業着でなかった。洒落ていながら落ち着いた色合いの、パンツルックと呼べる格好だ。大きめの帽子が尚、リィートイの愛らしさを際立たせている。私服姿とは新鮮だ。
俺は褒める言葉すらうまく出せない。その後も賛辞を思いつく限り沢山伝えると、リィートイは少しだけ微笑んでくれた。世辞ではないと伝わってくれただろうか。
「…おい、何やってやがる。早くしやがれ、ガキとミナだけ連れてくぞ!」
「それは困るな。ではまた。手土産は持ってくるよ。」
「へ…。は、はは…!うんうん…もしシウゼヴァクに寄ったら、甘味をよろしく!」
ラディアに小突かれたため、今度こそ荷馬車に乗りこむ。馬車の中は意外に広く、俺を含め四名いても窮屈に感じないほどだ。ラディアは舌打ちした後腕を組んですぐさま眠り。目を細めたミウが俺の方を見ながら、ケルの耳元へこそこそと話していた。
ケルの表情も苦笑いといった様相であり、早くも共同での移動について、先行きが不安になってくる。長期間複数人で移動するというのは、俺にとっては珍しいことであることも拍車をかけている。
だが俺はケルを、主人公を守らねばならない。そしてケルの才覚を伸ばしてみせる。
もはや俺に教導の才能がないことも、ケルがオールラウンダーになるように育てている時間も、気にしてはいられない。上位種の魔の手は、既にゼシニス大陸に広げられていると分かってしまったから。
それにケルの才能は主人公としての頭角を露にした。
オビシオンとの戦いで魅せてくれた可能性は、俺たちプレイヤーの知り得ない場所にまで届きかけている。教えてもいない俺の「穿つ業」に似た技を使用するなんて、想像の埒外だ。再現性がないというところが、白糸の魔力の秘密を物語っている。
柔軟な思考力も併せて、スポンジのように体系立てられた魔法を習得できるだろう。主人公に不可能はないのだから。
ルヴネトにいる間、この穏やかな時は、協力してくれる越境と「黒血絶ち」によって成り立っているのを感じ続けていた。
これまで以上に目を光らせ、上位種の企みを暴き潰す。休息はもう十分取れた。
◆
吹雪く大地に、同じような白装束たちと一点の薄緑がある。その一点は丸々としていて、しかし凄まじい速度で動いていた。
激しい風の向こうには、目を血走らせた白い獣がいる。大量の尾が背中から縦一列に生えた、「多尾付き」と呼べる狐である。名を付けられても不思議ではない脅威と相対していながら、驚くべきことに騎士は無手であった。
しかしヴァルミ騎士の本領は武器の有無ではない。ヴァルミ騎士は鎧の可動部分や背部に、使用者の魔力を放出する術式が取り付けられている。それによって魔力の流れは爆薬のごとく作用し、鈍重そうな見た目と相反する機動力を得るのだ。
「…グルウ…!」
「……。」
獲物を喰らうことに脳が支配された異相付きは、唾液を撒き散らしながら吠え。丸々とした騎士はぐいと放出する魔力の軌道を変えて、撹乱する。
闇雲に振るわれる野生の武器は、悉く空を切る。的が大きいはずなのに捉えられず、「多尾付き」は苛立ちを露にする。
しかし、より速さを増す異相付きの動きには、粗さも増える。騎士は澄んだ声で、宣言した。
「――チェック。これで終わらせましょう。」
左人差し指を向けて言葉を紡ぐなり、騎士は凄まじい速度で突進する。薄緑の鎧から炎が次々と飛び出して、鉄鎧の推進力を増す。神速とも呼べる加速は止まらず、「多尾付き」の腹部を、重い音と共に手刀が貫いた。
声はなく、異相付きはぴくぴくと痙攣する。凍える大気が、傷口からすぐさま入り込んだからである。
鎧に、凍り付いた赤が張りつく。右腕はそのままに、振りかぶった左拳で、異相付きの頭部を木っ端微塵に吹き飛ばした。
騎士のどっしりとした構えは解かれず、白装束たちの間に沈黙が流れる。そしてしばらくして、集団はわっと興奮した様子で騎士へ駆け寄った。
「流石です、お嬢!これで本日、三体目の単独討伐ですよ!」
「ふ…トスカ殿がいれば、守護ヴァルミは安泰ですな…!」
白装束たちは老若男女問わず混合であり、騎士の武勲を褒めたたえる。彼らに向かって、彼女は表情をほとんど動かさずとも、サムズアップを作って感情を示した。
すぐに、騎士の着こむ鎧の手入れが始まる。術式が多重にかけられた鎧は繊細で、メンテナンスのために技術者がつく。それは矛神教で言う、騎士と神官の関係性に似ている。
守護ヴァルミ教の騎士、「高速要塞」の名を冠する個人。選ばれし騎士の名は、トスカといった。
「…師匠。約束は絶対ですよ。」
誰にも聞かれないほど小さく、トスカは呟く。寂し気に吐かれた白い息が、鎧の中に籠る。
トスカと技術者たちは、山を下っていった。守護ヴァルミ教の活動は、シウゼヴァクにまで及んでいる。