裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
馬車が走る道に舗装された石畳が無くなって、十日。矛神の緑布がなびく綱を引けば、軍馬二頭は休みなく走る。
天蓋に入っているのは、俺の友人だけではない。もう二名戦士がいて、かなりの大所帯になっているのだ。
俺とラディアは、彼ら三人を含めローテーションで手綱を握り、休憩地点を順々に回っている。ミウは専ら、ケルの面倒を見る役割だ。彼女は、矛神の馬を操るなんて畏れ多いと遠ざけていた。
ミウが本心をそのまま言ったかは別として、御者としての心得を習得しているのは、商人でなければ馬を所有している集団くらいだろう。それか農作業をする村民か。俺も普段、直接触れる機会はない。
それでも、馬が暴れず思ったように動いてくれるのは、この体が扱いを覚えている事に他ならない。リシディア騎士団は、荷馬車も騎馬も移動手段に入れるのだ。
穴抜けの記憶を思い起こせば、エドムンドが徐々に馬に慣れていく様子が瞼の裏に浮かぶ。こんなにも鮮明なのに、彼はもういない。
近頃見る悪夢もあって、無意識に自責の念が湧き上がってくる。この悲しみは、いつでもついて回ってくる。だからこそ向き合い、受け止めたはずなのに。
俺の陰気とは真逆の元気な声が、吹く風に通る。俺の横には念のための補佐役として、髪を後ろで束ねた青年が座っていた。
「――馬の扱いにも長けてらっしゃるとは!流石はルヴネトの英雄様ですね。」
「…そんな呼び名が広まってしまっているのか、アルビン君?」
「ええ!お嫌いですか?あれだけでかい化物を魔法で圧倒してしまえば、そうも呼ばれますよね。」
元々細い目を更に細くして、アルビンという名の彼は涼し気な声で返す。あちらの世界のどれとも違う言語であるのに、訛りが入っているのが分かる。
彼は矛神騎士の一人だ。飄々としていて、彼らの暑苦しいイメージとはだいぶ違っている。
「僕も思います。この隊に入れたこと、ラディア先生に感謝しないとですねえ。あの人が来てくれたから、貴方の力を間近で見られるんや。」
「…確かに、訓練相手にはなれるからな。君との手合わせも鍛え上げられる感じがするよ。」
「う~ん…これは手強いですわ…。」
英雄などと呼ばれることはむず痒いし、そう呼ばれる資格もない。
何とか俺は話を逸らし、青年に頷きを返す。アルビンの隣でうずうずしている姿は、彼が戦士であることを感じさせた。戦いを生業にする者というのは、常人とは離れた価値観を持つものだ。
あちらの世界において、一部の集団の中で、「糸目の輩は裏切る」とステレオな価値観を共有していたが、彼は好青年とはっきり言える。
にかりと笑った顔に裏表はなく、それでいて体にも異常は見当たらない。
皚炎は魔力量を底上げするよりも、ずっと有用な力を備えていた。魔力の流れの、違和を感じ取る力だ。
魔法「感知」を使った時のような、体が大気に溶ける感覚とは違って、違和感があれば常時五感に訴えかけてくる。
体内にハドリグの肉塊のようなものがあれば、絶対に魔力循環が停滞する。それは掌かもしれないし、背中かもしれない。どの部位にしろ、潜伏している異形があれば感じるのである。
体系立てられた法則というより、摩訶不思議な力。俺のイメージしている魔法に近い、超常の力だ。
俺はこの短い旅路において、「皚炎」の真価をつかみかけている。
その後も小話を偶にしていると、時間は過ぎていく。俺とアルビンが黙っている間も、馬車の中からは楽しそうな声が聞こえてきていた。
アルビンは彼自らの膝を打ち、手綱を持つ。そしてアルビンはにこやかに、掌を後方に向けた。
「――では、そろそろ交代しましょうか。次の休憩地点で、いっぺん稽古願います…エド大先生!」
「ああ、そうしよう。…そう呼ばれるのも、慣れないな…。」
「後は僕が綱握るんで、お休みください!」
アルビンは、出会って間もない俺のことを「大先生」と呼ぶ。何故かは、彼の言ったとおりだ。
矛神騎士アルビンは、ラディアの直弟子である。
ラディアはまだ若いのに、多くの弟子を取り鍛え上げてきた。彼基準で才能があろうと無かろうと、騎士に至れるほどの人材を見つけ出し、大成させているのだ。
そして今も、矛神教徒ではないミウを鍛えている。言葉で悪ぶろうと、行動は誤魔化せない。ラディアは師としても戦士としても高みにいるのだ。
流石は、作中総司令官に任命される実力の持ち主である。強いだけでは、候補に挙がることもないのだから。
アルビンはラディアが取った四人目の弟子だという。また、もう一人搭乗している矛神の神官も、ラディアが育てた人間だ。
ラディアは馬車の人員を選ぶ立場にあり、ルヴネト王都にいたアルビンと、国内を哨戒していた一人に同行を命じたらしい。
彼曰く、二人は「やる方」らしい。素直でないラディアが、ここまで褒めるのは珍しく、数日前の俺は驚かされたものだ。
実際に手合わせをしてみれば、納得の実力を持っていた。騎士や神官になれる時点で成熟しているのだが、技の磨きが違う。師と弟子は似るようで、戦法や体捌きにラディアの面影を感じた。
ミウも、ラディアの勇猛さを真似るのだろうか。ぼんやりと考えながら俺は、荷台の方を振り向く。
すると、緑の布で覆われた荷台から、少女が頭だけを覗かせていた。先ほどまでトランプ擬きに興じていた、ミウの悪戯げな顔だった。
「エード!お疲れさまです!交代するなら、一緒にワンゲームどう?」
「やろうか。ミウ君は強いからな…卓上での駆け引きは苦手だ。」
「ふふんっ。でも大丈夫、今回は協力する遊び方にするからさ。エドに色々教えてあげる!」
緑の布から、ミウの手がぬっと出てきて俺の腕をつかんだ。
中に戻れば、頭を抱えた女性と、首をひねって考え事をしているケル、そして変わらず端の方で腕を組み俯くラディアがいる。
ラディアは決まって遊びに参加しない。しかし、騒ぎ過ぎたとしても機嫌を損ねることはない。これは師としての寛容だろうか。
ラディアを知れば知るほどに、情に厚い戦士だと分かる。俺は随分前に、彼がただの戦狂いではないと気づいていた。
「くうう…ラディア様!弟子の仇を取ってくださいよ…!もう四も敗北しているのです!これは恥でしょう!」
「てめえの恥だろうが。…たかが遊びで、ケツを拭いてもらいたいのかよ。無様に連敗してろ。」
「お、おおっ…。師のお言葉、身に染み渡ります…。」
「はああ。個性的っていうか、何ていうか…。」
作りは凛々しい顔をだらしなく緩めた神官は、ラディアに構い始める。その異様な有様に、ケルの傍で座るミウは頭を押さえた。
厚手の神官服を着こんだ彼女は、ロオファという。彼女もまた個性的で、かつ風貌は美麗だ。アルビンと同じく暗めの茶髪で、くるりとした癖毛を髪留めでまとめている。
俺がゲームで知っている矛神教徒は数少ない。一度ルヴネトが陥落した後、双子神教は急速に人員を減らしていったからだ。ネームドはほとんどおらず、亡霊ばかりだった。
輝くものを持っている人間には、「バックスタブレイブ」制作陣が悲劇を詰め込む。
彼女も作中では災いに巻き込まれてしまっただろう。ルヴネトの防衛の際に命を散らしてしまっていた可能性もある。
そう考えると、俺は幸運だったと思う。偶然にも深いところまで上位種の悪しき膿を出し、ルヴネトでの戦いで多くの人命を掬い取ることができたのだから。
ケルはロオファの態度を気にすることなく、遊びで勝つための戦略を練っているようだ。彼の横に座ると、俺が戻ってきたことに気づいたらしく、不敵な笑みを浮かべた。悪い顔だが、愛らしさがより強調される。
「――それじゃあ配るよ。エドが来たから、二対二ね。」
「え!やった!ぼく、エドさんと一緒のチームがいい!」
「いいでしょう…小さな勇者。だが、わたしは勿論勝ちにいく!ミナ、姉弟子を立てるのです!」
「はいはい。…エド、このルール覚えてる?」
「ありがとう、何度かやったから分かるよ。ケル君、二人で頑張ろう。」
「うん!今度は負けないよー!」
俺は手元にある札を出しながら、思い出す。「バックスタブレイブ」には鬱展開の盛り合わせだけでなく、導入した意図が不明なミニゲームもあった。いまやろうとしているのは、正にそのミニゲームの一つだった。
トランプのようで一枚ずつ柄の違う札を用い、賭け事を楽しむ仕組み。歓楽街のある国で遊べたが、「バックスタブレイブ」で金策は殆ど価値を持たないため、何れ俺は手をつけなくなっていった。
結局、中盤以降で貨幣を使う場面がめっきり減るため、どれだけ持ち金を増やしても意味がないのだ。野盗や悪徳な商人などに狙われやすくなるデメリットもあったから猶更だった。
しかし、俺は元々ゲームを好んでプレイしていた身だ。友人たちと円を作って遊ぶのは、勝とうが負けようが楽しいものだ。ワンゲームでは終わらず、俺は皆との遊びに夢中になる。
得意げなミウの顔や、ケルの真剣に悩んでいる表情を見ながら、ゲームを進める。今回もギリギリのところで、ミウがいる方が勝った。
勝ち誇った様子で、ロオファは立ち上がる。彼女の顔は緩みっぱなしだ。伸ばされた左人差し指は、俺のほうを向いていた。
「はははっ!あの『青月』も、テーブルでは形無しですか!では、わたしは交代してきますよ…意気揚々とね!」
「もう時間か…助かる。またやろう。」
「はい、また後で!」
ロオファが外に出ると、荷台の中は一段と静けさを取り戻す。ミウはくたりとしていて俺の方に首を傾けてきた。平時快活な彼女でも、元気を使い果たしたようだ。
夜であることも疲労を加速させる原因だろうが、より元気な人がいると気疲れするものだ。長旅を飽きさせないように努めるミウを、もっと労うべきだと俺は思った。
「…ありがとう、ミウ君。疲れているだろう。もう今日は休んで大丈夫だ。」
「うん…エドもケルちゃんもしっかり休んでね。何か出たら起こして…。」
そう言うとミウは毛布を手に取り、くるまって眠り始める。
この旅路は、順風満帆とは言えない。幾度となく休憩地点以外で馬は止まり、その度に異形が襲い掛かってくる。この荷馬車にいる人員は協力して、衝動に任せた異形を倒していた。
今の状況より旅路は過酷さを増すだろう。
北に行けば行くほどに、異相付きは強くなっていく。紛い物の双子神とその眷属どもが干渉し続け、裂け目が多く現れているために。
もう少しで休憩地点として設定した、ソヘネーの町に着く。俺は少なくなった武器を補充するため、計画を練る。偶にする遊びも、鬱屈とした気分を晴らす手段になると思いながら。
◆
雪深いとある土地で、ちぐはぐな男女一組が歩いている。一方は重い防具を着こんだ戦士であり。もう一方は異様なまでに平凡さを演出している男性だった。前者は厚い獣毛で作られた防寒具を纏い、もこと着太りしている。後者はマフラーだけを巻いた、冬の市民そのものの服装だった。
しかし二人には共通する部分があった。戦慣れした冷たい瞳だけが、人の裏側を生きてきたことを示しているのである。
「妙な真似はするなよ…。殺めると、服がだめになるからな。」
「はっ…お前らはいつもいつも殺しばかりだな!それ楽しいのかよ?」
「愉しさを覚えれば、我らが始末をつける。」
「ちっ気狂いが…。早く家でぬくぬくしてえ…。」
彷徨うのは、何もない平原。しかし遭難しているわけではなく、確固たる目的があった。
虚空にひび割れる裂け目。二人はその対処を、それぞれの主に命じられたのである。
気温からではない悪寒が襲う。純白の翼が生えた眉目秀麗な中性。気配を薄めた人ならざる存在が、ぬるりと空から墜ちる。
「……やはり未来視でもできるのか。奴は…。」
「面倒だ…。早く終わらせてえから、しっかり動けよ黒いの。」
『ああ、何という幸運…!主様に感謝をささげます…さあ、汚れた体から魂を掬い取って差し上げましょう…!』
別の世界では神の使いと称されるであろう外見が、変わっていく。両腕がぐちゃりと変形し、何百本もの細い手へと。
悠々としていても、緊張感までは捨てきらない。ある冒険者と黒血絶ちの人員は、魔力を浸した武器を番えた。
豪雪に白染めたちが潜み、一気に駆けた。
裂け目は、今回も予定通りに対処される。「姿を隠した王」の権威。心臓の王が、均衡を保っている。