裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
木製の練習用剣がぶんと空へ飛ぶ。丈夫故に折れず、落ちたそれは鳴るだけに留まった。
気温の低くなった夜。剣を手から離し、肩で息をしているのはアルビンという名の騎士であった。
彼の前には、同じように練習用の剣を携えた鎧の男が立つ。アルビンに手合わせを願われ、エドは自身の魔力制御を意識しながら剣を振るっていた。魔力は、放出するだけではすぐに枯渇する。抑制し、より持久力を高めなければ己の未来はないとエドは考えていた。
アルビンは細く開かれた目を緩めた。青年は戦意を失い、腕に力が入らない。
彼が扱うのは重い刺突剣であるが、素早さと一撃必殺を売りにしている。しかし鎧の隙間を狙った攻撃は、エドのゆらりとした足運びにかわされ続けた。
アルビンの剣は無防備に、虚空に突き出されることになったのだ。
「加減されてこれ…きついですわ…。」
「素晴らしい。前回よりも反応が良くなっている。ラディアに仕込まれたからではない…戦士の資質か。」
「は、はは…。」
「ちっ…今のこいつ程度じゃ秤にもならねえか。次はお前が行くか?ロオファ!」
力無く笑うアルビンの有り様を見て、後方で見ていたラディアは大きく舌打ちし、彼女の隣でぶるぶると震える女性に命じる。
ラディアを師とする関係において、弟子が反抗することは許されない。だがその女性神官、ロオファは例外だった。小生意気な態度を取りながらも実力を有しているからこそ、ラディアの関心を現在まで損なわずに済んでいる。
「わたしが…!?無理無理です!…いや、しかし…?」
「…ケル、次だ。今回は、おれが教えた炎も使ってみろ。」
「…はい。」
戯言を放とうとするロオファへ、冷静さを取り戻したラディアが呆れた様子で留める。代わりにラディアが呼んだのは、小さな勇者の名前だった。
冒険者ミナの近くで、男二人の修練を見守っていたケルは、練習用剣を掲げてから意気込む。顔からは平時の無邪気さが消え失せて、生き残ることに必死だった半年前までの表情に戻っている。
ミストヴィルにいた人々や両親、ケルを救ったエドたち相手に、彼女は無意識に取り繕っている節があった。そうしなければ、ケルは生きることすらできないと思っていたのだ。
生を繋ぐために覚えた戦略。ルヴネトで生活を送ろうと、染み付いたものは拭い取れなかった。
しかし取り繕ったとして、化物には通用しないことをケルは学んだ。異形の存在は、言葉で和解できない存在なのだと。
それに、心根を隠す事をエドは望まないとケルは思った。
だからケルは、少しずつ性根を曝け出す。餓死を免れるため動物の命を頂いた時、ケルは文化人とは程遠い目をしていた。
そんな、狩りを行う時の自分も、己の「救世主」へ受け止めてほしいと願ったのである。
「エドさん…今日もお願いします。」
「ああ。…さあ来い、勇者ケル。俺が受け止めよう!」
名を呼ばれた瞬間、少女の頭がじんと痺れる。手合わせの際呼び捨てにされることを、ケルはたまらない刺激に思っていた。
ケルが真剣な表情をエドに向ければ、エドは茶化さずに返す。仄かな戦の冷たさとエドからの熱に、少女は早くも病みつきになってしまったのである。
道中エドと手合わせをする度に、ケルの情感は歪められていく。他の戦士とする修練とは、また違う。
(ああ…エドさん…。ぼくの糸が、近づいているのを見て…!もっと…ぼくだけを…!)
しゅるりと、ケルが持つ木製の剣へ糸が絡みつき。青白く光る魔力の糸は、ただの細長い木材をいっぱしの魔剣へと作り変えた。
少女は構え、エドへ剣を振り抜いた。左腕から魔力の炎を放出しながら、踊るように足を操る。伸ばされた糸によって、少女はラディアの剣術さえ取り込み始めていた。
想いは、才覚を加速度的に花開かせていく。情念が深ければ、より早く。
ぼやけた意識で見た巨大な月の杭は、しかし鮮明に少女の脳に刻み込まれている。
ケルとエドが交差させる剣を見ながら、同じ馬車に乗るそれぞれが考えを巡らせる。しかし共通して、純然たる憧れは抱いていなかった。
青年アルビンは、エドへ天上に昇る「月」を幻視する。己よりずっと強い師にも手加減をして、勝利するエドは手が届かない高みにいると。騎士として負け知らずであった青年は、屈折した感情を覚える。
癖のある女性神官は、自身のおどけた性格さえ畏怖を覆い隠すのに使う。圧倒的な力が独立して気ままに動いているから、恐れている。それと同じくらいに、動物的本能が体を震わせるのだ。
ロオファに才能があるからこそ、エドから感じる膨大な魔力量に怯える。
然程知らず、武勇しか伝え聞いていない戦士へ、手放しに憧れられるわけもない。二人の矛神教徒は、武を鍛えることを至上とする価値観にひびを入れられ始めていた。
そしてエドを知るもう二人は、普段通りを装いながら焦燥を覚えている。
ラディアとミナは、エドの状態が芳しくないように思っていた。取り繕いのボロが出始めている事に、彼女らは気づいたのだ。
悪夢は、エドの精神を着々と蝕んでいる。エドの体へ、ずっと前に封じ込められていた呪いが溶け滲んでいる。
◆
幾度夜を重ね、俺たちの乗る馬車はソヘネーの町へとたどり着いた。前回の訪問からもう五月経ったことに我ながら驚くが、まだそれだけかという気持ちにもなる。
第二学舎に向かってから今までに、起きたことが多すぎるせいだ。こんな短期間で何度も死にかけたのは、この世界に来てすぐの時くらいだから、体感時間も長くなる。
上位種の影が取り除かれた町は、かくも美しいものなのか。荷台に被さる布の隙間から覗けば、歩く人々の表情に陰りは見えない。俺が望んだ平穏の形が、今のソヘネーにはあった。
各々馬車を降りていき、最後に俺が残る。俺は荷物の中に畳んでいた布を広げた。上質な布で、明け方の空のような青みがかった紺色をしている*1。
これは、ルヴネトから去る前にアイナから渡されたものだ。フードが付いた外套。羽織れば、脚甲の少し上にまで長く、以前身に着けていたマントよりも鎧を隠してくれる。魔力が込められていて、隠密性も上がるというのだから、期待以上の品だ。
厳密にはアイナが持ってきた素材を、リィートイが紹介してくれた道具屋に加工してもらった物になる。この道具屋とは、バストル一家のことだ。
アイナ曰く、この紺色の布は強大な異相付きから取った毛皮へ、夜にしか採取できない花を染料に染め上げたものだという。異相付きの中でも隠密に長ける器官を生やした、蝙蝠の「帳幕付き」由来の毛皮だと。
毛皮が元だというのに、表面はごわごわしておらず、絹で作られたような手触りだ。
異相付きは、特徴が似通った個体が現れようと、種族として存在しない。つまりこれは一点ものの素材である。
アイナは貴重なものをいとも簡単に、俺へ渡した。友人から贈り物を受け取るのはとても嬉しかった。しかし、年下の友人に施されるだけというのは良くない。
「バックスタブレイブ」では主人公を導く頼もしい騎士であったとはいえ、所属が違えど、情けない態度は見せられないのだ。
だから俺は素材の分の金額は渡したし、借りもすぐに返すつもりだ。
俺は外套を羽織り、フードは被らずに馬車から出る。そして俺を待っていてくれた戦士たちへ声をかけた。
「…よし、各自補充を済ませるか。夕方には集合しよう。」
「夕方か…結構長くない?エドは、補充の他に何かあるの?」
「ああ。ソヘネーには、懇意にしてもらっている孤児院があってな。親しい知人もいる。そこに顔を出す予定だ。」
「ふうーん…。ね、私も付いて行っていい?ケルちゃんも行きたそうだし…どう?」
俺が同行している戦士たちへ告げると、ミウが近頃よくするじとりとした目を向けてくる。こういう目を彼女がするときは、決まって俺を非難する前兆だ。
この前ミウに、あまりにもぼんやりしすぎている旨を強く言われた。
確かに俺は戦闘以外で役に立たない。持っているほとんどの知識も、上位種の策を潰し殺すことにしか使えない。ミウは旅の中で、俺の性質を分かってきたみたいだ。
「勿論。町々に知り合いを作るのは良い。流石、ミウ君は世渡り上手だな。ケル君にも教えてあげてくれ。」
「…はあーあ。エド…いつか、戦い以外でどうにかされちゃうよ?」
「何を指しているかは分からないが…俺には戦しかないよ。」
俺は了承の言葉を返したが、ミウの目は益々細められる。年頃の少女の機敏は分からない。ミウは特にそうだ。
次にケルの方を向く。ケルはミウのすぐ隣にいて、心細そうに彼女の手を握っている。あれだけ社交的であっても、知り合いのいない町に来てしまえば、不安も出てくるのだろう。
俺たちがいつまでも馬車の近くで話しているせいか、ラディアの弟子である青年アルビンが咳払いした。流れで解散にはならないようだ。俺は詳細に伝える。
「――了解しました、大先生。お知り合いとの団欒を楽しんでらっしゃってください!」
「…ふん。長旅だ、お前らの装備も見繕ってやるよ。来い、二人とも。」
「…師からの贈り物!わたくし、感涙が止まりません…!」
「てめえは、道化芝居を止めやがれ!」
アルビンが深々と礼をしてくれ、ラディアとロオファは騒がしく去っていく。
矛神の三名も固まって動くようだ。散らばるより安全であるため、俺は安心してソヘネーの端へ向かう。道具の補充は、挨拶をすませてからだ。
「お姉ちゃん――って――」
「もう、今までから予想つくよね――」
「うう…変な気持ちになってきた――」
全体的に活気あふれた町を眺めながら進む。ミウとケルは俺の横で話しており、その親密さはまるで血の繋がった子のようだ。
内緒話をよくするために、あちらの世界にいた姪や甥を思い出してしまう。せっかく二人の様子に穏やかな気持ちになっていたのに、邪魔をされる。
最近、戦以外の過去が脳裏によぎることが多くなっている。嫌な気分だ。争いとは無縁の過去を思い出していては、郷愁にかられてしまう。どうやっても戻れないと分かっているのに。
俺は戦いが好きじゃない。体を動かすことは好きだし、ファンタジーも格好の良い鎧も好きだ。創作物だったなら、活劇も面白く思う。だが実際に剣を振るい、命を奪う行為に悦楽を覚えることなどない。血に塗れない生活ができるならその方が良いに決まっている。
いや、くよくよしている場合ではない。ネガティブな私情で立ち止まってはならないのだ。俺はこの絶望的な世界で、人々が平穏に生きていける結末を目指しているのだから。
そう頭の中で感情を整理していると、往来を抜けて孤児院が見えてきた。上位種との戦いでの被害はなかったため、教会が倒壊している等はない。中身の装飾は、もしかしたら壊れてしまっているかもしれないが。
ここは初めて来たときから変わらず、穏やかに時が流れている。そしてこの教会で祈りを捧げる、修道女の様子も。
「二人とも、ここがそうだよ。…丁度知人も外に出ているみたいだ。」
「いいなーここの雰囲気。がやがやしてないけど、寂しくない感じ。それで…エドのお友達は、どこかなー?」
「そうだろう。俺と感性があって嬉しいよ。…シスターならあそこにいる。子どもたちの世話をしているみたいだな。」
「ちょ……ふう。なるほどねー…あの人が。」
ミウと話しながら歩き、人見知りをしているケルの背中をそっと押す。そして俺は、さらりとした金髪を靡かせる修道女と、彼女に見守られじゃれ合う子どもたちへ声をかけた。
シスター・ジゼラは俺に気づいていたようで、ゆったりとこちらを振り返る。そうして、少しだけ目を震わせると微笑んだ。
「騎士様…また来てくださったのですね。鎧を新調なされていて、少し驚いてしまいました。ふふっ。」
「久しぶりだ、シスター・ジゼラ。今回は長居できないが、貴女や子どもたちの顔を見に来た。それと友人も一緒に。」
「騎士様のご友人様も…!お忙しいでしょうに、こうして皆様とお会いできて嬉しいですわ。本日もお祈りなさいますか?」
「ああ、そのつもりだよ。」
ジゼラは俺の後方を覗いて、掌を合わせながら嬉しそうに言う。ジゼラの調子には裏表はなく、人々への平等な愛があった。ミウは眩しそうに掌で顔を押さえている。
ジゼラの可憐な花のような雰囲気は、俺と同じく荒事をしてきたミウの感情を動かしたようだ。ミウとケルはジゼラに挨拶をした後、孤児院の子どもたちにも話しかけていた。
目の前でケルと孤児院の子らが打ち解けていく様を見ていると、ミウが寄ってくる。
この孤児院で俺が、おじさん呼びをされているからだろうか。ミウは意外そうな顔を向けてきた。その後、こそりと俺の耳元で囁いてくる。俺もジゼラに聞こえない程度に小さく返す。
幾ら実態が邪悪であったとして、上位種リシディアは信仰対象だ。信心深いシスターに聞かれてはならない。
「ここの子、エドにすごい懐いてるじゃん。…それはそうと、エドもお祈りとかするんだね。」
「そうだな。神へというより…願掛けのようなものだ。」
「へえ、そういうこと。なら、私もお祈りしよっかな。俗っぽい英雄サマが一緒なら、もし怒られても怖くないし。」
「一緒に来てくれるのか…ありがとう。だがその呼び方はやめてくれ。そんな偉いものじゃない。」
「はーい、分かりました。――シスターさん、私もお祈りしていい?」
ミウが俺から離れ、元気な声でジゼラに聞く。ジゼラは更に嬉しそうな顔をして、深く頷いた。
「勿論ですわミナ様。教会は迷える人々のためにございますから。」
「ならぼくも!ジゼラお姉さん、どうやってお祈りするのが良いか教えてほしいな。」
「ええ。中でご説明しましょうか。」
こうして俺たち三名は、シスター・ジゼラに先導され、装飾の新調された教会内へ足を踏み入れる。
その後のことについて、俺は予想だにもしなかった。
目を閉じた後、暗闇ではなく赤が広がる光景に。
燃え広がる炎。死肉と化して、俺へ憎しみをぶつける子供たち。もはや何十回も見て、慣れ親しんだこの悪夢に一点だけ違和感があった。
教会の前に、巨大な翼が生えた異形が立っている。それはリシディア騎士の鎧を身に纏っていて、相貌は兜で分からない。ねじ切れた首を幾つも腰に括り付けた、悍ましい姿だ。
俺は明晰夢の中で、疑問を呈する。これは本当に悪夢なのか?
満足に動かない体で、俺はもがく。「翼騎士」が、胴体をこちら側へ向けたからだ。
忌まわしい羽虫どもに弄ばれた、崇高な騎士の骸。それはこちらへ飛翔し、ぶんと剣を振った。
刃が噛み合う。俺は水に浸かったような鈍い感覚のまま、構えを取った。