裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
咄嗟に「翼騎士」の攻撃を防ぎ、更に違和感が増す。これがただの悪夢で、明晰夢の類であるならば、刃を受けても目覚めるだけだ。
しかし、俺の感覚は煩いくらいに警鐘を鳴らしている。この翼の生えたリシディア騎士に斬られれば、俺は二度と戻ってくることは出来ないだろうと。
(まさか…こんな芸当も、奴らは出来るというのか?羽虫どもの策…?)
『背信者に、死を!主女神へその首を捧げ、贖罪を為せ…!』
「ちいっ!」
翼騎士の兜から漏れる声はおどろおどろしく、それでいて自我があるように流暢だった。今まで相対してきた尖兵が、生前の姿を模倣しているときのような歪さ。そして偽女神どもへの狂信を混ぜ込まれ、元の人格とは別物になっているだろう。
俺は剣の軌道を予測し、満足に動かない体を捻って避け、後退する。胴鎧のすぐ横を剣が通りすぎていく。間一髪だった。
空いた左手で顔を触ろうとすれば、視界はいつものように限定された。
気がついていなかったが、俺は今兜を被っているようだ。それもリシディア騎士のものじゃない。青白い光沢のある、俺だけの「顔」だ。
ならこれは、エドムンドが見せられた光景の再現ではない。それでいて、俺が自責するためだけの夢でもないように思える。
こんな実体を伴う悪夢は、普通ではない。俺の調子を加味しても、この世界には上位種という邪悪がいるのだ。実際に、胞子や魔法等で悪夢を見せてくる個体だっている。
気が抜けていて、何者かに要因となるものを植え付けられたのか?
しかし夢の中で、ここまでの息苦しさを感じるものだろうか。腐臭と尖兵から突きつけられる殺意、鎧の裏側をなぞる冷や汗までを。
だが下手に動けば、どうなるか。実はこの体の動きは現実にリンクしていて、俺の傍にいるはずのジゼラやミウ、ケルたち、そして町民に危害を加えてしまっているかもしれない。
そうでなくても、この翼騎士の動きは今の俺より速い。冷静になろうとすればするほどに、八方塞がりに陥る。
歪められて聞こえる凛々しい男性の声が、俺を糾弾する。高速で振られ刺し貫こうとする剣を弾き、俺は何とか足を動かす。空の色は、昼夜どちらとも表現できない黒赤だ。月も星々も姿はない。
『抵抗するとは…愚か!主女神の騎士を騙る盗人如きが…骸をリシディア様に捧げよ!』
「盗人…その通りだ。だがその罪は、咎は最期に受ける!…光れ!『象牙の光』」
『何…!』
俺は左掌を前に突き出し、魔法の論理を唱える。瞬間、眩い象牙色の閃光が、翼騎士の兜を焼く。それは生きているかのように顔を押さえ、大きくのけ反った。
これはリシディア教徒が用いることのできる魔法だが、雑然としていて攻撃性はほとんどない。もはや、実際に戦場へ出る騎士たちにも使われない教養としての技だ。
エドムンドは、この魔法の理論をしっかりと記憶していた。そのため俺も過去、直接的な攻撃ではなく目くらましに使っていた。
上位種に敵わず、あらゆる手を模索して生き残ろうとしていた頃。早くこの地獄から逃げたいという思いが混在しながらも、死にたくないと必死になっていた時の話だ。あらゆる事象が知識通りであるか分からず、俺がこの世界に来てしまった事へ大層な意味があると思い込んでいたからこそ、独りよがりな熱量があった。
だが、この世界に俺がいる意味はない。だからこそ、意味を自分で見出したのだ。
部外者の俺だから出来ることがある。そう、こんな悪夢に振り回されている暇などない。こんなつまらない死線で倒れては、ハッピーエンドに貢献できたことにはならないのだ。
俺は剣を鞘に戻し、左掌を勢いよく突き出した。この夢から覚めるまで、俺は耐え凌いでみせる。これが精神的なものであろうと、知らない上位種の策であろうと、乗り越えてやる。
特別な尖兵である翼騎士が構え直し、鋭利な長剣を振るったその時だった。
尖兵の死角から、白く半透明な刃が伸びた。形は俺が普段から扱っているような、厚みのある直剣だ。翼騎士はそれに反応して、翼を盾のように動かし。広げ直した翼から羽を高速の矢として放った。
矢は、直剣の主である何者かに叩き斬られる。俺は目を素早く動かし、正体を判別しようとした。
その直後、俺の体が強張る。覚えのありすぎる立ち姿であったために。
「…君は。」
『何…魂が二つ、いや三つ…!』
刃だけでなく体まで半透明の彼は、俺とは違って瞳に輝きを灯していた。左腕はだらりと脱力しており、しかし剣を握る右手は、翼騎士の首元を狙っている。
彼の姿がぶれる。次の瞬間、同じように突きの構えを取る騎士の姿が、彼の隣に現れた。それは黒い鎧を身に纏っていて、これもまた見覚えのある姿だ。
何が起こっているのか分からないが、攻撃態勢のみは維持する。
俺の知識では、半透明な人型は己の不幸を嘆くだけの残留思念だったはずだ。俺に亡霊を視る資質はないはずだし、こんなにも生き生きしているはずもない。
色々と考えたが、眼前の光景は願望なのだと思ってしまう。自責の念と逃避から、潜在的に死を望み。こうであってほしかったと、ありもしない希望に縋る俺の妄想だと。
「先達は偉大だが、邪魔はしないでもらおう。貴殿の不自由な翼、この『盾狩り』が刈り取る!」
「…相変わらず気取る。だが乗った――『流刃』の一刀で、運河へ還さん。」
「ははっ、柔軟で嬉しいよ。では参ろう!花がらでも、彩りは与えられるということを見せようか。」
翼騎士は俺から目を離し、二名の亡霊の方へ飛翔する。鋭い尖兵からの攻撃は、しかし黒い流線形の鎧を着た騎士によって跳ね返され、激しい攻防は亡霊側が優勢で開始される。
何やら翼騎士は戸惑ったような様子だ。俺に向けて繰り出していた剣技よりもキレがない。
『何だ…これらは!『聖光撃ち』』
「……!速い…。」
黒い鎧の亡霊が呟き、翼騎士の魔法の軌道を大刀で弾く。刀に魔力を付与しているのか。その戦闘技術は、長らく戦場で研ぎ澄まされてきたのだろうと思えるほどだった。一度近いものを間近で見たから、脳内で再現できるのか。
しかし、この落ち着いた男性の声は。俺は惑いながら、一歩踏み出した。
俺の聴覚に、鋭い呼びかけが入ってくる。彼の、俺が肉体を奪ったも同然のエドムンドの声が。
「――君、何も気にせず動いてみるんだ!この景色は、君が背負うものじゃない!」
俺は、鞘にしまった剣の柄を触る。第三者からは何の変哲もない直剣に見えても、俺には思い入れがある。幼き勇者から受け取った剣だ。
エドムンドは、半透明だが目の前にいる。苦痛の果てに亡くなったのだから、休んでいるべきなのに、死しても戦っている。
傍観している場合じゃない。俺の心境を代理させて、エドムンドを酷使してはならない。
なるべく影響が少ないように。俺は左腕から心臓にかけて、白い炎を解き放った。「皚炎」が拳に宿る。
◆
ソヘネーの町に根差した、石造りの教会の内部にて。焦燥を顔に出した三名が、全身鎧の男の肩を揺する。
その男「青月」のエドワルドが、教会内で祈りを捧げた数舜後、不自然なまでに意識を失ったからだ。エドの背中は動かず、呼吸をしているかも定かではない。
彼を知る三名はその異常に気付き、前傾姿勢になっているエドを支え起こした。そして何とか意識を戻させようとしている最中であった。
その内の一人、冒険者ミナは、自身の汗で額に張り付いた髪を流しひそひそと話す。女神リシディアに向かって祈っている町民の邪魔にならないように、エドを外へ出そうという旨を。
勇者ケルはミナの意見に頷きを以て同意し、この町の修道女であるジゼラは、返事する前にエドの胸へ掌と耳を当てた。
ぴくりとミナの眉が動くが、ジゼラから出た言葉に胸を撫でおろす。
「…息はあるみたいですね。ですが、危険に思えます。」
「――良かったー。ね、シスターさん。人を呼んでくれない?この人見ての通り重いから、三人じゃ無理だと思うし。」
「承知しました。騎士様を、どうかお願いしますね。」
ジゼラはぱたぱたと修道服をはためかせて、教会の外へ出ていく。残ったケルとミナは、出来る限り呼吸しやすいようにエドの体を横向きに動かす。そして顔を紅潮させながら、ケルは膝でエドの頭部を支えた。
その際に、ケルはミナへ耳打ちをした。二人の間には、場にあっていないと思いながらも、好奇心が共有されていた。
病的なまでに、エドは兜を外そうとしない。アーメット式のヘルムこそが自身の顔とまで豪語していても、彼女らは隠そうとする本当の理由が知りたかったのだ。
「お姉ちゃん、兜を上げた方がいいかな…?息しづらいと思うし…。」
「確かに。ごめんエド、目が覚めた後怒らないでよー…?」
そうして、ミナの手によってゆっくりとバイザーが開かれる。暗がりに、ステンドグラスから光が射しこみ、エドの顔が輪郭を帯びる。だが、教会内の明るさに目が慣れた二人は、エドの素顔を視認できていた。
眉間に皺が寄っている、鼻筋が通った青年の顔だ。目元には力が入っていて、時折苦し気に痙攣する。ミナとケルは息を呑み、顔を見合わせた。
二人は別の考えを抱く。ミナはエドの苦悩を、ケルはよく似た顔立ちの亡霊に思考を飛ばした。同じようにエドを想う立場でありながら、今はエドの素顔そのものに感想を漏らすことは無かった。
ミナはバイザーを少し閉じる。その時、エドの口元が歪んだ。
「う、ううっ…。」
「あ、エド…!しっかり…!」
エドが苦し気に呻き、ミナは小声で聞こえていなくても励ましの言葉を放つ。ケルもミナと同じようにエドの意識を戻すために尽力した。
そうしながら、ケルは思う。エドと同じ顔をした亡霊は何者か、疑問を募らせる。
(エドさんに…いつか教えてもらわないと。それか、ぼくが勇者として成長したら…あの人に聞けるかな?)
二人が介抱していると、しばらくして修道服を着たリシディア教徒たちが教会の中へ入ってくる。なんだなんだとざわめく町民は、落ち着かない様子で背後を気にしていた。運び出された人物を見れば尚更に。
エドは担ぎだされ、数時間後に咳き込みながら孤児院内で目を覚ます。そして、どろりとした重い情感を持つリシディア教徒や自身の知人友人から見つめられ。彼は、兜の裏で眉をハの字に歪めた。
ソヘネーのリシディア教徒たちは、エドの功績を知っている。戦いの後、言葉を残さず去っていったことへ悲しみを覚えながら、放浪の騎士としてその在り方を認めている。
そして一部はこう思う。祈っても象徴でしかなく救いを齎さない女神と、脅威を退けた英雄とを天秤にかける。エドはソヘネーの町民にとっても、もはや一個人ではなかった。
◆
女神を騙る侵略者たちは、幾つも仕組みを作り悦楽に浸った。
黒赤の空と、惨い心象風景を作り出す空間は、翼を持つ強大な上位種の領域であった。かつて刻み込んだ呪いによって、有望な女神のための騎士を閉じ込め、翼の生えた従順な骸へ仕立て上げる仕組み。
それは滞りなく、今回も果たされるはずであった。
命を受けたかつての高潔な騎士は、任を果たせずに翼を折られる。魂を切り離し、殺し穢すだけで完了する手筈であったのにも拘わらず、幾多の剣によって貫かれている。
そして活動を停止した骸には、白い炎が立ち昇っていた。剣を突き立てた状態で、翼騎士は操る糸を失っている。
歯噛みし、整った相貌を醜く歪めるのは、仕組みの大部分を作り上げた上位種であった。己を守り進化させるための堅牢な盾から触手を伸ばし、使い物にならなくなった「翼騎士」をべきべきと喰らう。
呪いは刻まれたままで、過去も現在も未来も、青白い騎士は狙われている。エドワルドが夢を見ずにいたのは、疲労の蓄積だけでなく、死人が災いを払っていたからだ。背負うべきでない業を、無関係な者に押し付けてはならないと。
しかしその均衡は徐々に崩れ、エドワルドの表層に姿を現してしまった。
剣と盾の名を称する化物が、主女神だと嘯く邪悪が、ゼシニス大陸の北へと呼び寄せる。既にその化物らは身を乗り出し、玩具とすることを待ち望んでいた。
だが星々は、化物の企みを許さない。魂の運河がうねり、人類が自由に生きる最後の場所を守っている。