裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
突然、奇妙な悪夢に囚われた日。俺は同行している戦士たちと共に、夜ソヘネーの町を出立した。孤児院のことや町の近況を話したいと思っていたのに、神父やシスターたちには迷惑ばかりかけて終わった。
手紙を出しはしたが、ふらっと寄った結果がこれだ。余計な気を回してもらったことも、申し訳ない思いでしかない。これまで以上に孤児院へ還元することで、感謝と謝りにしようと思う。
だがジゼラと孤児院の子どもに別状はないと分かったため、補給地点に選んだのは間違っていなかったと言える。
魔力を持たない無辜の民は、「バックスタブレイブ」において吹けば飛ぶ命だ。上位種が介入せずとも、異相付きの脅威に対抗する手段を持たず、世情に流されるしかない。
なんちゃって中世ファンタジー世界であるから、衛生面が直接命にかかわることはないが、世界観を見ればあまりにも人類は生きづらい。
俺はずっと、彼女らのような争いに縁のない人の無事を願い、守りたいと思っている。
場所は変わり、今は再び馬車の中だ。それもソヘネーより北の、規模感の大きな街に着いたばかり。山脈からの冷たい風が届いているが、温かな陽も感じられる。シウゼヴァクと他国の境目にある旅人の街である。
「…皆お疲れ様。ここで食料を補充しよう。長居は出来ないかもしれないが、ケル君もミウ君も旅の疲れを癒やしてくれ。」
「ぇ…その言い方、一緒に来ないつもり…?」
「エドさん、一人は危ないよ…。」
「気遣わせてしまって、本当にすまない。だが大丈夫だ。ラディア…少しいいか。」
「……アルビン、ロオファ。おれは用があるから、勝手に時間を潰していろ。」
「承知しました。」
俺は、あの一件から会話がぎくしゃくとしてしまったミウとケルを見て全体に声をかけると、足を組んで荷台に座るラディアの方へ視線をやる。ラディアは少しだけ頭を動かすと、馬車の外を小さく右親指で示した。
ミウは片頬に息を溜めた後、大きく吐き出してケルを連れて行った。矛神の二人も必要最低限に言葉を済ませ、外へ出ていく。
そうして荷馬車の中には、俺とラディアだけが残る。平時の粗暴さに隠されているが、今ラディアは冷静沈着な本質を露にしていた。
「この街で話させてくれ。うってつけの場所がある。」
「…まあ、大した事でもないが。狂った奴は、どこにでもいやがるからな。」
馬を預け、俺とラディアは街を歩く。その間、俺たちは会話を挟まなかった。戦や手合わせの時以外、ラディアとの関わりはいつもこんな感じだ。
ラディアへ相談した後、彼はこう言った。俺が体験した悪夢の正体について話すのならば、全員がいる場ではいけないという旨を。つまりラディアは、俺の話を戯言だと思わず向き合ってくれているということだ。
彼の真摯さを裏切ってはならない。俺は、補給地点の町について知っている。そういった、秘密を話すには最適な場所を最近使えるようになったのだ。
それは、「越境」の施設の奥部屋である。俺はモユヌエと定期的に情報共有をしている。大きな町には、彼女を模しただけの傀儡人形が保管されているのだ。
そうして俺は、越境組織の施設内に入った。装飾に特徴はないが、とても活気がある。
メタ的に考えれば、北へ行けば行くほど、強い異相付きが出現しやすくなるからだろうか。
仕事合間で、思い思いに過ごしている様子の冒険者たちから視線が突き刺さる。矛神騎士を連れてきた旅人というのは、悪目立ちするだろう。俺は早々に部屋へ逃げ込むことに決めた。
「…おい、さっさとしろ。人様を見世物みたいに…イライラするんだよ。」
「受付の方…これを。」
「お預かりします…鑑定完了しました。どうぞこちらの部屋へ。」
カウンターに立つ無機質な職員へ、俺は首元からあるものを取り出す。紐を通したそれは透き通るような深紅の宝石である。ただの宝石ではなく、結晶の中に眼球のような印が浮かんでいた。
バックスタブレイブ作中、越境組織内での評価が上がると、このような宝石を得られることがあった。ファンタジーにありがちな等級を示すタグではなく、たんに持っているほど冒険者のネームドと親密になりやすかったり、イベントを進めるためのアイテムであったのだが、俺が考えていた以上に大きな意味を持つらしい。
越境職員が決められた受け答え以外をするのは珍しく、後方に散らばって座る冒険者たちからどよめく声が聞こえてくる。
俺は人形の案内に従い、ラディアも静かについてくる。開かれた部屋は人が立ち入った気配がなくとも、埃一つなく清掃されていた。
用意された柔らかなソファに腰を下ろすと、向かい合って座ったラディアへ促す。彼は兜を押さえた後、ぎりりと歯を鳴らした。
「それでは、ごゆっくりお寛ぎください。大母のお客人様。」
「ありがとう。よし…ここなら誰からも邪魔されない。話を聞かせてくれ。」
「外で話すよりはマシか。だが、聞き耳を立ててやがる奴がどれだけ女神狂いかによる。出てきやがれ!」
どんと床に両足を叩きつけるラディア。俺は彼の感知能力に舌を巻き、魔法「感知」を使用した。白き炎をリィートイに貰ってから、より鋭くなった感覚で探せば、ぐるぐると人型に渦巻く魔力が隣部屋から感じ取れる。
越境組織には、主である幼き老女の糸が張り巡らされている。既に彼女は傀儡を起動させていたのだ。
ドアが開き、幼子そっくりに作られた顔が覗く。ホラーじみた演出だが、モユヌエの愛らしい顔にそんな感想は抱けない。
ラディアが拳を弛緩させる。出てきた存在が想像と違っていたからか、彼は息をはっと止めた。
「ふふっ、お主中々に用心深いのう。良いことじゃ。この世の中、簡単に謀られれば命は短い。」
「黙れよ、リィートイ擬きが。揃ってガキみたいな見た目の婆が、全てを知っているようにすましやがる。」
「え…ここまで言われるの新鮮かも…。まあ、よい。てっきりうちと話したいから入ってきたのかと思ったが、別件じゃったか。」
口調を崩し、しゅんとした表情を作ったモユヌエは、俺の方に首を傾ける。ラディアは軽口を放っているというよりは、怒気を孕ませていた。
空気が悪くなるのはいけない。俺はモユヌエに失礼がないよう返した。
「…失礼しました、モユヌエ殿。しかしラディアとの話が済んだら、共有したいと思っています。」
「そうかそうか!ならうちは、しばらく離れておこうかの。」
「…おい、待てよ『越境』。おれは芝居をうつ奴が嫌いだ。盗み聞きするつもりなら、堂々と近くで聞きやがれ。」
苛立ちを隠せない様子でありながら、ラディアは人形と目を合わせ、椅子を指さす。
ラディアは短絡的ではない。俺の考えも分かって、モユヌエを場に残そうとしてくれているのだろう。相性が悪い人間には、どうしても態度に出てしまうのは仕方ない。
「ラディア…感謝する。君の機嫌は、後で取れるようにする。」
「その言葉、忘れるなよ。」
「ふふ…なるほど。お主はつくづく悪い男じゃな…。」
「…っ!てめえ、分かった気になってんじゃねえ!」
ラディアがすごむが、外見からは考えられない蠱惑的な笑みを浮かべたモユヌエにあしらわれた。
優美にモユヌエはソファに腰かけ、俺が話し始めるのを待つ。ラディアも首元の布をぎりと引っ張った後、兜越しの視線で俺を促した。
ただの悪夢であったとして、些事だと放っておけば、どちらにせよ上位種の思うツボだ。だから今の状況から脱却できる最善手を打つ。例えそれが、俺にとっての明確な弱みでも。
古くから生きる知恵者と、付き合いの長い騎士。二人から有用な策を引き出せればと思いながら、俺は口を開いた。
◆
対人に難があると自らを評する男は、しかし滔々と語る。黒赤の景色と、人の中にある罪悪によって狂わせる悪夢についてを。その語り口は他人事のようでありながら、すぐ近くに狂気が迫っているような危険さを秘めていた。
対面する女戦士は、情景を思い浮かべ過去を想った。彼女にとっての地獄は、現世そのものだった。彼女は何者でもなく、人でさえない野良犬で。一人飢えに苦しみながら各地を彷徨う人生を送ってきた。幼い頃まともに口をきいたのは、野盗や荒くれたちと潰し合ったときくらいだった。
双子神教に入り騎士となった後も、ラディアは過去を忌まわしいものとしてきた。流離う生き方は変わらなくても、ようやく人として生きられるようになったのだ。
その感慨を嘲笑うように一時期見せられたのが、妙に現実味のある悪夢だった。夢の中でラディアは、生きるために生傷の絶えない暮らしを送ってきた幼き頃へ戻っていて。叩きのめしてきたごろつきたちの影が、彼女を襲い続けた。
「――というわけだ。明らかにこれは、疲労だけが原因ではないと思っている。リィートイに皚炎を受け取ってから、体の疲れはないしな。」
「断言してやるよ。それは、化物どもの仕業だ。羽の生えた蛆虫のな。」
「…!ラディアまさか、君も知っているのか!いや…確かに先ほど君は『女神』と口にしていたな…。」
「だからおれは、矛神に乗り換えたんだよ。いつかぶち殺せるなら、入らない手はないだろうが。」
ソファに鎧を着こんだ背中をぐいと押し付け、彼女は言った。ラディアが見てきた悪夢の詳細を話せば、エドとモユヌエの様子は驚愕に染まる。エドはあまりにも景色が似ていることに、モユヌエは旧い上位種の介在を新たに知った故に。
モユヌエは腹に抱えていた黒さを一旦除き、うんうんと大きく頷く。
ラディアの悪夢がぴたりと止んだのは、
異相付きを倒せば、力を持たない技術者たちに褒めちぎられる日々。強くなっている実感はあっても、境遇が変わるだけで媚びへつらわれるのが、どうしようもなく気持ち悪く感じられたのだ。
加えて、いけ好かない同輩がいたことも原因の一つにあった。そのときからもう、ラディアは何者かであろうとしていたのだ。
「自力で理に辿り着くとは…お主、うちの腕にならんか?」
「『越境』の私兵になんぞなってたまるかよ。おれは誰にも縛られず、『盾』を殺す。エドワルド…お前も同じだろ?」
「…ああ。全て殺し尽くすつもりだ。」
「ううむ、惜しいのう…。」
「ふははっ!相変わらず執念で生きてやがるな、青月ぃ!それでこそお前だ…!」
ぎらぎらとしていながら熱を帯びた瞳で、ラディアはエドを見る。彼女はいつでもエドに戦いを望んでいる。いや戦わずとも良く、執念と呼べるほどの意志の籠った体に焦がれていた。
モユヌエはニコニコと目を細めながら横で揺れ、唐突に背筋を伸ばして言った。そしてどこからともなく羊皮紙を取り出す。
「若いのの熱は良いな。…そこでじゃ!少し早いが、お主らに依頼を出したい。――シウゼヴァクの国境に、大角付きが出おった。元が馬とは思えぬ巨体じゃ。山越え前に、腕ならしするには丁度良いじゃろう。」
「その依頼の報酬額…相当に手強いのですね。」
「ふふ…エドワルド、お主の選択に任せるぞ?そこの騎士ラディアに聞くでも良い。」
エドは羊皮紙に書かれた報酬額から、富よりも脅威を見た。
ラディアはその様子に至極満足した。旅人から金を奪い取ろうとしていた荒くれと、清貧を無自覚に行うエドは真逆であり。それでいて、死を上位種に与える。騎士の形をした偶像のようだと。
「受けるぞエドワルド。おれと、おれが鍛えたあいつらで勝負だ!てめえの出番はないかもな!」
「乗ろう。こうして競うのも久しぶりだ。」
そして女戦士は、モユヌエの掌から依頼書をひったくり宣言する。依頼を受け、強きを屠ることでラディアはまた強くなれる。弱肉強食と狩りの精神に則ることを、ラディアは心地よく感じていた。
少し言葉にとげが混じれど、和やかに会話は進んでいく。
しかし、エドには異相付きを狩る以外に狙いがあった。この騎士の男が考えることは単純である。
裂け目から現れる上位種を屠る。エドはモユヌエに共有していない脅威へ、心と刃を研ぎ澄ませていた。
また、モユヌエはようやく見つけた「希望」を失わないため、笑顔の奥で思考を巡らせる。長らく経験と知識、縁を繋げてきた老女は、上位種の企みを的確に崩せるものを知っていた。
それは、雪深い地の底で静かに脈打っている。裏返った内臓の色が垂れ下がり、死ねず、今は狂乱の果てにある。