裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
戦いから二日が経った。今日になるまで俺は、何とかコツを掴んだ「銀の泥沼」を安定して出現させる鍛錬を行っていた。短いが有意義に時間を使えたと思う。
次の街のタイムリミットに間に合うよう、俺はトリネと早めに村を出る。トリネも俺がすぐ出立することは理解していたためか、今日の朝には荷物をまとめ終わっていた。
村の人間は、数年前までの扱いとは打って変わり、快くトリネを送り出した。虫の良い話ではあるが彼らにも人生がある。大部分は極悪人ではない。
本来「バックスタブレイブ」では、粘体の上位種によって全滅するはずだったのだから、救出できて良かった。それだけを考えて去ることにした。
「――エドさん、旅…気を付けてねぇ…。わたしの家ここだから…手紙、たまに送ってほしいな…。」
「近況も送るし、会いに来るよ。そのときはまた、トリネ君の魔法を見せてくれると嬉しい。」
「えへ…。うん…いっぱいがんばるよぅ。」
そうして俺は、トリネをザルディの王都まで送り届けて別れた。
王都に災いがやってくるのはゲーム本編が開始する一年と二月前であったため、だいぶ安泰だ。そのためトリネには、ザルディ国の裂け目を潰すついでに会おうと俺は考えた。
戦闘はないが、また半年後に向かうのも良い。
今回で少女は、尖兵となる可能性の呪縛から解き放たれた。トリネがどこまで才を発揮するかは未知数であり、俺が良く思っている知人たち同様、頼もしい。
出発する前に軽く準備をしておく。王都の鍛冶屋へと向かい、粘体に絡めとられ溶けた剣の代わりを購入したのだ。
俺が使っていた直剣は、リシディア騎士団に配備されているものではなく、大きめの都で八月前くらいに新調したものだ。上位種を倒す際、運が悪いと折れたり溶かされたりするため、この世界に来てから何本も交換している。
エドムンドが最初に所持していた剣は折れ、あの街の教会に彼自身の手で捨て置かれていた。
リシディアに連なる組織には、「騎士ならば剣が折れるまで民を守り抜き、祈る者なら最後の瞬間まで民の無事を願わなければならない」とある。
精神が死す前のエドムンドは、その方便を使ったのだ。
だから俺は、彼の意思を汲み、騎士団の剣は持たないと決めている。それに騎士団は脱退したため、持つ機会は訪れないはずだ。
直剣は特別なものでなくていい。取り回しが良く、折れにくい丈夫なものであることが条件だ。
変に装飾が凝っていたりすると、一瞬手放すのが惜しいと感じてしまう。そのような隙を見せれば、器官が生えて間もない異相付き相手でも傷を負うことだろう。
吟味し、鍛冶師へ手渡す。王都であるため値は張るが、品質の良い得物が購入できた。
他の準備を手早く済ませ、ここに来る前紹介してもらった商人の元へ向かった。俺が護衛した、丸眼鏡をかけた商人の男性の知人である。
その商人は恰幅が良く、黒いバンダナを頭に巻いている男性だ。丸眼鏡の商人の知り合いなだけあって、商売にひた向きな御仁だと、俺は認識している。
バンダナは獣にやられた額の大きな傷跡を隠すためだと、初めて顔を合わせたときに教えてもらった。そして断片的な話を聞けば、彼は現在商人であるが、過去には荒事にも繋がっていたようだ。
腕っぷしが強いことは魔力を貯蓄できずとも、獣相手なら十分に立ち回れる。護衛を取るのも、もしものときの保険だろう。
約束していた場所に荷馬車がある。その近くにいるバンダナの商人に声をかけ、彼の野太い声を聞いた。
「…用は済んだのか、旅の傭兵。」
「無事終えられた。予定通り間に合ったのが証拠だ。」
「ふ…そうか。今日来なかったら別の護衛を探していたところだ。…もう出発する。乗りな。」
俺は頭を下げると、大きめの荷馬車に乗り込む。すぐ二頭の馬が嘶き、馬車は門に向かって進んでいく。
寡黙だが人情深い、俺を護衛に雇ってくれた商人に心から感謝し、平野を眺める。次の目的地は大陸の西沿岸に近い、「コルバの街」。
主人公の勇者たちが、最初の装備を整えて間もない時に訪れる、潮の香りなど吹き飛ぶような重苦しい街である。
突然だが、猫は穀物を守るために重宝されていた。害獣から食料を守る役割を持っていたためだ。だから、食料が集まる街に猫が集まりやすかった。
つまり貿易が盛んな港湾の街にも、多く見られたりするということ。「バックスタブレイブ」制作陣は、これをゲームに盛り込んだ。
いたるところで猫が見られるのが、コルバの街なのである。
大抵の層がまだ鬱要素が少ない時に訪れるため、動物好きなプレイヤーは警戒しながらも沿岸の綺麗さと動物の愛らしさに癒される。女性主人公を選んだ場合は、彼女の感情や行動にもほっこりしていたと聞く。
昼の間は活気があるのだ。それにすっかり騙され、滞在する。だが、夜になると雰囲気はがらりと変わり、昼に話しかけた人たちが本性を剥き出しにするのである。
コルバの街は、悪辣な三人の人間が取り締まっていた。街の住民も搾取する者か怯える者のどちらかであった。
主人公たちは、優しくしてくれたおじさんや、気が良く爽やかなイケメン剣士、ドギマギさせられるような美女の正体も知ることになる。身ぐるみを剥がされるため、武器防具の回収に行かなくてはならない。つまり、無手での戦闘になるのだ。
動物の愛らしさはただの餌に思いきや、だいぶ重要である。もう二度と入らないと怒り、ただ去ったプレイヤーはその事実を放置していくことになってしまう。
街の真実は、今の俺にとっても重要な情報だ。出来る限り油断させ、俺は奴を潰す。そのための準備は整っており、問題を片付ければコルバの街周辺に脅威は発生しない。
部分的な片づけでも、気分が爽やかになる現象である。街の治安がどうであれ、化物の脅威が除かれるのは達成感を覚える。これこそIF展開。俺の望んでいた、最悪からの脱却の一歩だ。
(それと…奴を見つける前に、見極めなくては。…彼らの態度が偽りなのか。)
バンダナの商人が駆る荷馬車は、異相付きとの遭遇はあれど、俺の対処によって問題なく目的地へと進んでいく。
三日ほど経ち、水色の街にたどり着く。幾度も立ち寄ったが、今回の訪問こそが最後になるはずだ。
商人に礼を言い、報酬の路銀を受け取った俺は、警戒を解かずに歩く。そして、いつの間にか家屋の陰からついてくる人間の方へ振り向いた。
その人物の特徴である、首元くらいまでに揃えられた灰色の髪が、潮風でなびく。俺が黙っていると、色素の薄い赤目と視線が合った。
「もしかして…。さっきから気づいてた?」
「ああ。分かりやすかったよ、ミナ殿。」
「はぁーあ…結構上手くなってきたはずなのにな。エドにはばればれか――って、そんなに貶さなくてもいいでしょ!」
わざとらしい溜め息をついて、要所要所を皮鎧で包んだ少女が出てきた。そしてすぐに頬を膨らませて、腕を組む。少女の名前と通称*1は、「張り付く影のミナ」という。
役割のままで安直だが、誇大そうな通称が名前負けしていない実力者である。あえてぼろを出している。俺が警戒を解いていない理由だ。
彼女こそが、この街で警戒すべき人間。主人公と敵対し、この街の裏側を仕切っていた三人の内の一人。
現時点ではこの街を拠点に活動している、斥候の冒険者である。
ミナは、ショートボブの髪を掌で整えてから笑顔を作る。陽だまりのような愛らしい笑みだ。まるであのゲーム中での悪辣さは嘘であるかのように。
「久しぶりだね、エド。それじゃあ、埋め合わせしてもらおうかな。」
「…埋め合わせとは、何のことだろうか?」
「決まってるじゃん。勝手にどこかに行ったこと、許してないからね。その、鎧に付いてる変な臭いも説明して。そうしたら、一日付き合うだけで不問にしてあげる!」
「…ああ。分かった。」
「はい、お店に行こうね。エドは何の魚食べる?」
ミナが、信じられないくらいの速さ*2で回り込んできた。市井であるため咄嗟に反応できない。体を強張らせるが、背中を押されるだけであった。
俺は緊張を緩めそうになるが、気持ちを入れ替える。この少女はまだ成長しきっていない頃から、人を惑わせるのに長けているのだと。
この街に来て、近辺の裂け目の対処をした後くらいからだろうか。ミナは酒場にて俺に話しかけ、街に滞在している間つき纏うようになった。
ゲーム中の行いを知っているが故に、何が目的か判断が難しく、俺は神経をすり減らしている。見覚えがあるがまだ若い人物たちにも。
俺は、もしかしたらと考えてしまう。ゲーム開始から七、八年前にあたる今ならば、彼らは悪人に堕ちていないのではないかと。
バックスタブレイブでは、制作陣が明確に「悪人」としたキャラクターの過去は、基本的にフォーカスされない。過去の悲劇は大抵、被害者側の記憶だけでしか推測できないのだ。
「――ねえ、聞いてる?」
「…どうしたんだ?」
「もうさ…今日の私はどうって聞いたの。…はい、それはもういいですよーだ。エドの弁明を聞かせて。」
ミナの細められた瞳が、俺の兜を射抜く。魚料理を中心とした店にて、俺たちは向かい合っているのだ。
少女は料理を食べながらも、視線を外さない。やはり俺はまだ、彼女の意図を理解できないままだ。
俺は少女を見定めながら、情報を出し過ぎないよう話しはじめることにした。
緊張が背筋を伝い続ける。