裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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導きは突然に

 魔の入り口と呼ばれることもあるシウゼヴァクに点在する町々。そのどれもに越境組織の施設は存在する。

 何故か。ラーマイマ山脈から流れてきた獣は、並みの人間の手に負えるレベルではないからだ。どんなに小さな町であっても、異相付きの討伐依頼は舞い込んでくるのである。

 また越境組織の本部があるシウゼヴァクは、大陸各地で名の知れた冒険者たちが目指す場所と言える。

 血気盛んな荒くれ者は、現状の地位に満足しない。更なる名誉のため、雪に隠れた都で活動することを望むのだ。

 

 平原に、裂け目が生じる少し前のことだ。その内の一施設に、人影がある。

 冒険者ミナは、カウンター席にてもやもやとした感情をため込んでいた。何も手をつける気になれずに、彼女はテーブルに頬をつけて嘆いていた。

 

 

「はあ…何も私だけ置いていくことないじゃん。そんなに私って…。」

 

 

 頼りないのか。ミナは独り言であっても最後まで発することは出来ず、もごもごと閉じた口を動かしてまた溜め息を吐く。エドはミナに対し、町で待機していてほしいと伝えたのだ。

 

 ミナは夕暮れ時、エドが言い残したことを思い起こす。そのときの騎士は心を殺したような様相であり、説明が足りず誠実さに欠けていた。エドを知る者から見ても、彼の言動は不自然だった。

 

 

『――すまない、ミウ君。君はここに残ってくれ。』

『いいやそうじゃない。ミウ君は、命のやり取りをするには優しすぎる。本当はケル君も残そうと思っていたんだが…奴らの力を見誤るわけにはいかないんだ。…もしかしたら、裂け目なんて出ないかもしれないが。』

『ケル君…俺を恨んでくれ。戦場に子どもを連れていくようなろくでなしを。』

 

 

 エドの肉体を狙った悪夢は、考えの軸がぶれるほどに彼を追いつめていた。

 疲れを取るため眠っても、翼の生えた尖兵と戦い続ける。そしてエドと同じく悪夢に魂を囚われ苦痛に喘ぐ女神教徒を解放するために、目覚めるまでの間、道なき道を歩き続けているのだ。心を休められる時間は、一時としてなかった。

 この世界における様々な悪意を全面に浴び、元より壊れかけの精神を軋ませている。

 

 故に判断力が落ちる。ケルを安全に成長させることと、戦場を経験させることの優先順位がつけられない。

 「主人公の勇者」という偶像に多くを求め、覚悟を決めたケルが頷くから、戦の道へ連れて行く。それでいて才能があれどケルはまだ十にも満たないということに、罪悪感を抱く。

 

 ラディアたち矛神の戦士は、エドが下した決断を止めず。ミナも言葉を尽くせなかった。エドを一時でも立ち止まらせることが出来る者は、今傍にいない。

 それに対しミナは後悔に苛まれている。戦いでは力不足であっても、喋りと処世術こそが自分の武器だったはずだと。彼女はまとまらない思考をぐるぐると回していた。

 

 

 

 鬱屈とした感情に沈んでいたミナだったが、施設内にある声が響いた瞬間飛び起きた。

 こつこつと床を叩く足音は間隔が狭く、ミナの背後に迫ってくる。背中越しに感じるプレッシャーに、ミナは振り返りたくない気持ちでいっぱいだった。

 

 

『ふむ…女子一人残していくとは…。共有しないにしては、甘いのう。』

「…盟主様…。ご機嫌麗しゅう…」

『楽にして良い。ここは、冒険者の憩いの場なのじゃから。座るぞ。』

「は、はい…。」

 

 

 ぽすと音を立てて、モユヌエが椅子に腰を下ろす。ミナはぎくしゃくとした様子でそれを見届け、胃をきりきりと痛ませた。自らが所属する組織のトップ相手に会話ができるわけもない。

 ミナは目を伏せ、何故ここにもいるのかや何を問おうとしているのか等の疑問を飲み込む。ルヴネトでモユヌエについて知ったときから、目を付けられて良い事はないとミナは思っていた。

 

 

『お主の事は知っておる。「張り付く影」のミナ。…これまでの経歴もじゃ。堅実に「功績」を積み上げてくれたようじゃの。』

「…ありがとうございます…。」

『うむ。此度の依頼も達成してくれて嬉しいぞ。…もっと褒めてやりたいのじゃが、その話は一旦置くとしよう。ミナ…エドワルドたちが向かった場所を教えておくれ。この人形は施設内でしか使えんのじゃよ。』

「…それをお話しして、盟主様はどうされるの…でしょうか。」

 

 

 ミナは不穏な空気を感じ取り、おそるおそる発言する。モユヌエは能面のような顔で返した。

 

 

『無論…魔兵と越境の者を呼び寄せる。あやつが言わなかったことを考えるに…五十…いやそれ以上は使うことになるじゃろう。』

「――…それはだめです!エドは…数を増やしても犠牲が増えるって…!あ…。」

 

 

 幼き老女の言葉には、人命を数で扱う冷たさが含まれていた。「シウ・ゼヴァクの魔兵」は、国のために命を捧げている故に、「心臓の王」の命を受ければ喜んで盾となるだろう。

 シウゼヴァクにいる古い人たちは、どんなに心が痛もうと必要な犠牲を出せる。エドとの作戦は上手くいっていたからこそほぼ異論を挟まなかったが、本来の考え方はこうなのだ。モユヌエは個人ではなく、もっと大きな単位で物を見ている。

 

 その老女の冷たい調子にミナは声を大きく返し、直後自身が言ったことへ顔を青くする。モユヌエは少し目を丸くした後、微かに笑った。

 

 

『ふふ、恐れずよく応えた。しかしミナ…全てあやつの考えに従うつもりはあるまい?うちは知っておるぞ。お主は隷属を望んでおらぬ。まこと冒険者らしい。』

「……。」

『分かるはずじゃ。危うきは避けねばならぬ。付きモノ狩りに、絶対がないように――』

 

 

 モユヌエはゆっくりとミナへ語り掛ける。越境職員である傀儡人形は姿を消し、二人は静寂の中目を合わせた。

 

 そのときだった。施設近くに、ざざと雪路を踏む音が聞こえてきたのだ。

 異形の獣から身を守るため、闇夜に町を歩く民はいない。つまり外からやってきた人間だということ。

 

 モユヌエは何者なのか判断しようと、窓から魔力の糸を伸ばした。

 そして正体を見破った後ぴくぴくと作り物の眉を動かし、浮かせた腰を再度椅子に預ける。モユヌエの表情からは、動揺が隠せていなかった。

 ミナも気になり、立ち上がってから窓の外を見た。雪に紛れるような白装束が、規則正しく整列し街路の向こうを歩いていく様を。

 

 その先頭にいる特徴的な鎧に、ミナは覚えがあった。何故なら彼女は、数月前ラディアと共に同じような鎧騎士を捕縛したからだ。

 守護ヴァルミ教徒、ドラクシエルと対を為すヴァルミラの信奉者たちであった。

 

 

 次の瞬間ミナは、ぞくりと肌を震わせる。丸々とした鎧で分かりづらいが、そのヴァルミ騎士の視線はミナにずっと当てられていたのだ。恐ろしいほど鋭い殺気が、ミナを貫いたのである。

 

 

『考えが変わった…。うちの「腕」を偵察させるのじゃ。』

「…あの騎士サマが理由ですか?」

『そうじゃな…。数で囲むのは悪手になったということよ。』

 

 

 守護ヴァルミ教徒たちの足音は遠ざかっていく。モユヌエは目尻を鋭く、エドワルドの動きを「束ねられた腕」を通して探ろうとしていた。

 闇夜かつ何もない平原。それでいて雪の中に身を潜められれば、青白い騎士の行方をモユヌエは追いきれない。人形を侍らせてもいないのだから、忠臣頼りになるのは仕方のないことだった。

 

 しばらく時が経ち、「束ねられた腕」との連携が済んだ後、ついに空間が歪んだ。現れた上位種を人形越しに見て、幼き老女はエドワルドが共有しなかったわけに納得する。確かに有象無象では犠牲だけ積み上がると。

 モユヌエが戦局を注視する中。ミナは彼女の横にて、そわそわと落ち着かない様子のまま次を考えた。

 

 

 

 

 激情に塗れた様子で、尖耳の弓手が弦を引く。少し離れ、中距離から放たれる光矢は、その一本一本が嫌な気配を纏っており、そのため避けるのは然程難しくない。

 

 ゲーム内テキストによれば、この矢の正体は刻んだ人間の魂から魔力だけ抽出したものらしい。尖耳の種族は、奪えるものは根こそぎ奪う性質を持っているのだ。

 この気分の悪くなる設定は、この世界でも変わっていないようだ。

 

 幾ら魔力だけとは言えど、矢を消滅させることには抵抗感がある。俺は心の中で謝罪しながら、魔法「月融け」を纏わせた直剣で矢を斬っていく。

 

 

『この…このっ!』

『へえ、ファーワの矢をね…!中々…当たりを引いたな!』

 

 

 そして弓手の相手だけをしているわけにはいかない。横から尖耳の剣士が、煌めく大剣を上位種のフィジカル任せで振ってくるからだ。

 だが速くとも剣筋は読みやすく、猛禽の上位種が徒党と組んできたときよりかは楽だ。何とか対処できる。

 やはり異相付きを討伐しておいたことは、上策であったのだと俺は思う。こいつらは、「バックスタブレイブ」作中何と第三フェーズまであった。メタ的に言ってしまえば、第二フェーズから始められているようなものだからだ。

 俺は避けられても、ミウを連れてこないで良かったと心から思う。常に人員の無事を気にかけるミウの性根は本当に美しく、俺はとても好ましく思っている。しかし、逡巡が命取りになる過酷な戦場では死んでしまうのだ。

 

 問題は術師だ。奴は、如何にも「魔法使い」といった風貌で、丸太のような杖を振るいラディアたちへ魔法を飛ばしている。

 弾ける赤色の光線のようなものに、雪を毒々しい色に変える波等、拡散系の魔法ばかりだ。奴が行使するどれもが人類に扱える魔法ではない。俺たちプレイヤーが読み取れたのは、架空の言語で構成された名称だけだった。

 

 そして俺は知っている。三体は同じく、人狩りをスポーツハンティング感覚で愉しむ屑どもであっても、最も脅威なのがこの術師だということを。

 「屍蒐集」ザアカア。宝剣の尖耳だの魔弓の尖耳だのと、他二名は名前を省かれていたのに、奴だけが猛き戦士がつけた通称まで表示される。そして通称に違わぬ性質を奴は持っているのだ。

 

 

『幼体まで混ざっているのか。わざわざ死にに来るとは、人間というのは頭が悪い。』

「ちっ…!よく分からねえ魔法ばかり使いやがって!」

「ひょえ…今髪を持っていかれましたよ…!」

「…奴は遊んでやがるんだ、てめえも素面に戻りやがれ。」

 

 

 俺は戦闘中、ラディアへ小さく手を動かす。ラディアは明らかに俺の掌を視認して、向こうからも手合図が返ってくる。

 偶然手の形が合図に見えたわけではない。俺からは尖耳の弓手をラディアに任せる旨を伝え、彼から了承とアルビンを俺につける旨が返ってきたのだ。

 

 これはラディアと共闘したとき、双方で決めたものである。

 騎士団のように、型が決まった合図では上位種に悟られやすくなる。知る者が少ない独自の取り決めというのは便利だ。付き合いが長いことは、こういうときにも役立つ。

 

 

『もう限界なの人間?もっと甚振らせなさいよ!』

「――てめえの相手は、このおれだ…!来いロオファ!」

「…はいっ!」

『くそっ!邪魔するなよ、臭っせえ丸耳い!』

 

 

 尖耳の術師からの魔法を悉く避け、ラディアが弓手に斬りかかる。ロオファも加勢したことで、尖耳の弓手を完全に分断することに成功した。

 尖耳の弓手の恨み言は、女性の個体だと思えないほどに低く、しかし恐ろしさは感じられなかった。ラディアの実力であれば倒しきれると確信しているからだろうか。

 

 

(ラディア…よく気付いてくれた!ロオファ殿も任せたぞ!)

 

 

 俺は一瞬だけ背後に視線をやる。ケルと彼を守るように剣を構えるアルビンが、頷きを返してくれる。

 頼もしく思いながらも、ケルの表情に俺は悪人であることを自覚させられる。子供らしさが全くない戦士の顔を貼り付けるようになってしまったのは、俺のせいなのだから。

 悪魔に魂を売らなくては、命のやり取りを経験させなければ、ケルを五体満足で生き残らせられない。上位種に対抗できなかったら全滅なのだから。戦うほど生きる確率が上がるなんて、本当にくそみたいな世界だ。

 

 もしもを考えてしまう。この世界が「バックスタブレイブ」でないなら、こんな世界でなければ、荒事の作法や戦場での生き残り方など見せずともよかった。算術や料理など平和的なことを教える立場でありたかった。

 今度こそ、子どもを正しく導ける大人になりたかった。あの時だってそうだ。旅の途中、俺を慕ってくれた子らにもっと戦い以外を教えてあげられれば。

 

 そこまで妄想して頭から締め出す。これはただの逃避だ。

 言い訳を考えるな。責任から逃げようとするな。生きるか死ぬかの世界へ引きずり込んだのは俺だ。これまで同行した子らもケルも全員、俺が唆したのだ。

 

 せめて俺は、小さくケルへ伝える。これは修練であり、必ずケルを守り抜くことを。 

 

 

「勇者ケル――俺が、君を生かす。いくらろくでなしであっても、責任だけは必ず取ろう。」

「…そんなこと言わないで、エドさん。ぼくが決めたんだから。エドさんの負担にならないから。」

「…君は強い子だ。…アルビン君、俺が奴らを引き付ける。ケル君と二人でまず剣士を。」

「分かってますって。あっちは見るからに魔力量がどきついですし。…本当にケル君って、八歳なんか? いや、そんなこと言うてる場合やない…。」

 

 

 アルビンの呟きを聞きながらも、俺は尖り耳どもの動きを観察する。奴ら二体はぶらぶらと得物を遊ばせており、剣士の方が狂気的な笑みを浮かべた。

 

 

『おいザアカア。首はくれてやるから、俺に殺させろ。久しぶりに愉しめる奴がいるんだ…つまらないことはするなよ?』

『…良いだろう。さっさと狩れ。』

『はっ…だってよ人間ども。俺が直々にぶっ殺してやる…!おら、死ねええ!』

 

 

 三下のような口調で「宝剣の尖耳」は距離を詰めてくる。武器に振り回されるような戦い方は、よく観察すれば隙だらけであることが分かるだろう。

 ケルとアルビンがそれに気づいた瞬間、奴はお陀仏だ。俺は剣筋を見切って避け、時に剣をぶつけて応戦しながら時を待つ。

 悠々と俺たちの戦いを眺める尖耳の術師から奇襲を受けないよう、神経を張り詰めながら。

 

 

 

 

 裂け目から現れた尖耳の種族を見た瞬間、ケルは悪寒が止まらなかった。

 夜の寒さで震えていたのが気にならなくなるほど、上位種たちの体に人間の残滓がこびりついていたからだ。

 もう時が経ったために、亡霊ですらない意思無き怨念。しかし魂や記憶は掻き消えても、生前の憎悪だけは残り。自らや血縁、大切な人の命までを奪った上位種へ、惨たらしい死を望んでいる。

 

 ケルはルヴネトでの戦闘で、「白糸の魔法」を扱えるまで才能を開花させた。故に、怨念の厚さを無視できない。人の遺した負の感情を処理しきれないまま、諸に受けてしまうのだ。

 勇者としての資質に振り回される形で、ケルの思考にノイズが走る。

 

 

 数十、数百万、落ちたものを数えればそれ以上。これほどの憎悪を一身に受ける存在が、果たして人類に似ていると言えるだろうか。

 ケルは義憤に駆られる段階を通り越し、悍ましい存在にただ圧倒されていた。上位種とは肉体の強靭さだけを言うのではなく、真に人類の理解が及ばない化物なのだと。

 

 心臓が鐘を打つように早くなりながら、尖耳剣士の連撃と、尖耳の術者から放たれる魔法を必死で見極める。

 ケルの前には、エドとアルビンが庇うように立って、それらの攻撃を逸らしていた。

 

 

「……『皚炎』」

「くっ…!『炎渦』」

『敏捷い人間だなあ…!いつまで持つ…もっと愉しませろ!』

『これは…まだ生き残っていたのか。ディアンに取られずに済んだのは僥倖。』

 

 

 無言で敵の攻撃をいなし、隙を見て刃を返すエドと。苦し気な顔のまま、重く太い刺突剣や空いた左手から連撃を繰り出すアルビン。

 体力に差はあれど、共通して隙の大きい魔法が使えない状況であることを理解していた。

 

 ケルは激しい攻撃に焦りながらも、鋭くした白糸を放出する。槍のごとく伸びて威力も高い。ルヴネトで戦った黒笠の尖兵たちや、異相付きには通用した直感的な魔法だ。

 しかし「宝剣の尖耳」は、同種族間で英雄と呼ばれるほどの個体だ。アルビンが苦し紛れに放つ連撃も、ケルの白糸も遊戯と変わらない。

 虹色に煌めく宝剣を振るだけで、行使されたそれらは掻き消え、上位種の視線はエドへと向かう。この上位種が獲物だと定めているのは、一人だけであった。

 

 

(エドさん、アルビンさんごめんなさい…!ぼく、嫌な感じが邪魔して…!)

 

 

 ケルは怨念と上位種の殺意に思考を乱され、それを無視しようともがく。そして、この藻掻きは致命的な隙であり、「宝剣の尖耳」に気づかれれば終わりだとケルは感じ取っていた。

 

 そのときだ。ケルの耳元に、歌うような調子で声が囁いたのは。ケルは驚きで口を少しだけ開き、すぐに聴覚をその囁きに集中させた。

 それらは、憎しみを浄化させた亡霊たちの励まし。あるいは、助力を訴える切なる願いだった。

 

 

『ケルちゃん…わたしたちが傍にいるよ!』

『――ようやく、力になれる。ケル、お願いね。』

『教えた通りにやってみるんだ。初歩――「影通し」を。』

 

(…そうだね。やってみるよ…!)

 

 

 ケルはつい最近の夜を思い起こす。エドの背中に靄がかった亡霊たちの塊に触れ、対話を果たしたときのことを。

 

 本来亡霊とは、意思無き憎悪に塗れた残留思念である。完全に地上から消失するまで、死の瞬間を繰り返すはずなのだ。

 その定めが、ある個人と出会ったことで変わった。上位種への絶望や、卑劣な人間の策略に苦しみ続けていたそれらは、眩い光を見てしまった。身を粉にして労苦を厭わず、人類の黎明のため奔走する騎士の姿に、希望を抱いてしまったのだ。

 「青月」エドワルドは、当人の意識や心情はどう在れ、死した者が最期に集う場所になっていたのである。

 

 だからこそ亡霊たちは無力を嘆いていた。魂の残滓に魔力は残っておらず、生前蓄えた知恵も時が経つにつれて薄れていく。

 それは上位種の所業に関係なく、此の世界において当然の摂理なのだ。人類だけでなく、生きとし生けるものの魂はやがて、魂の運河に還るのだから。

 

 だが、後世の子孫のために戦った戦士や、愛する者を今も想う亡霊はその定めを良しとしなかった。何か自分たちが残せるものはないのかと、必死に考え続けていたのだ。

 ケルが視たのは、その亡霊たちにとってはありふれた話し合いの一部分であった。

 

 

 亡霊たちはケルにも希望を見た。少女は直接声を聞ける存在であり、人を真に思いやれる「勇者」である。大成を約束された成長速度であるために。

 今はまだ小さくても、この少女ならばやがて人類の自由を勝ち取れる。

 ならば自分たちがすべきことは一つだと、亡霊たちは考えを同じにした。自らの中に残った記憶を全てかき集めて、次の糧とする。失われる前に、それでいて重荷にはならないように、託しきるのだと。

 

 

 ケルは距離間隔がずれることを覚悟して、右目を閉じる。そうして伝えられた理論を正確に呟いた。風属性の魔法から分化した、霊魂に関わる魔法の一つを。

 

 

「……『影通し』」

 

 

 ケルの右目が、瞼を貫通して白く燃え始める。しかし決して熱くなく、よく見ればそれは焔を模した白糸であった。

 きおんと、ケルの傍で獣のような鳴き声が響いた。狼のような幻影も現れ、鼻上に皺を作って唸る。霊術師がその光景を見れば、泡を吹いて卒倒するだろう。

 半透明の獣は全て、無念の内に死した人類なのだから。

 

 

「皆――ぼくが、魔力を出すよ!行って…糸!」

 

 

 呼応するように獣は啼く。記憶の殆どを無くし、魂の運河に還りかけている者たちは最後の一仕事だと、軽やかに走り抜けた。

 

 弱者かつ子供だと油断し、意表を突かれた上位種たちは焦りを露にする。突如出現した半透明の獣に剣や光矢をぶつけるがそれらはすり抜け、全身全霊を込めた突進をもろに食らう。

 魔力の砲弾をノーガードで十数回受けるのと同義であり、幾ら人類より肉体的に優れた尖り耳であろうと、激痛で体を折る。

 

 

 力関係は崩れ、まず三体の中で一番華奢な弓手が追いつめられる。

 照準を定められないままラディアに腕を掴まれ、背中を大剣で串刺しにされたのである。黒い血を吐き出しながら、弓手は己の死期を考えられていなかった。

 この個体は、百年以上も人狩りを行ってきて、この世界以外も自慢の弓の腕で滅亡させてきた。戦いにおいて血を流すのは獲物だけであって、死の苦しみを感じることなどなかったからだ。

 

 

『ごぼ…人間如きに、手を噛まれるなんて…!』

「ほざけ。…リィートイ、これで一回分だ。」

 

 

 ラディアが白い炎が入った瓶を地面へ叩きつけ、割る。そのまま左腕に白き炎を宿した女戦士は、押さえつけた「魔弓の尖耳」の頭部を掴み、勢いよく燃やした。

 ごうごうと本能的恐怖を感じさせる音が鳴る。赤と白の混ざった炎は余裕ぶった上位種へ、今際の際に死を体感させた。

 

 

『ぎゃああああ!あついいいい!こ、こんなところで…「魔弓」たるわた――』

「これで一つ…。」

 

 

 炭化した頭部を潰し、ラディアは冷静にカウントする。ゆらりと立ち上がり、残る二体へ向けた眼光は、長らく標としてきたエドのものによく似ていた。

 尖り耳の剣士はようやく事態を把握して戦慄し、術師はほうと喜色混じりの息を漏らす。

 

 ケルは戦闘中であれど見送る。仕事を終えた魂たちが空へ還っていく様と、「魔弓の尖耳」から剥がれて満足そうに消滅する怨念を。まだ空に昇る時でない亡霊たちと共に。

 

 

 

 

 戦況は人間に傾いていく。ラディアとロオファは標的を変更し、術者相手に刃を振る。エドたちは動揺した様子の「宝剣の尖耳」へ攻めの姿勢を取っていた。

 

 

『くそ、傷が…どうなってやがる!』

「…得意の治癒力も、意味がないようだな。」

「『帯焔』!大先生、今です!」

「ああ。――穿つ!」

 

 

 アルビンとケルの支援により、エドは「穿つ業」を上位種の脇腹目がけてぶち当てた。出力を意図的に絞り、代わりに出が速くなった魔法は、避けようとしても別の部位を持っていく。

 右腕を抉られ、「月」の魔力によって傷口を再生するもかなわない。それでも人狩りに狂ったその個体は、まだまだこれからだと狂気的な笑みを浮かべる。

 

 しかし、エドは追撃せず構えるだけにとどまった。何故なら、これで「宝剣の尖耳」は終わりだと、彼は知っていたからである。

 

 次の瞬間、「宝剣の尖耳」の胴体から勢いよく刃が飛び出た。それは夜闇に紛れるような、光を通さない黒い魔力の刃だった。

 剣士の口から、ごぽりと腐った黒い血が零れた。血走った眼で背後を睨みつけ、濁った喉で恨み言を放つ。

 

 

『ご…ザアカア…。余計なこと…。』

『潔く死ね…能無しが。私に恥をかかせるな。』

『……!』

 

 

 ローブを着た尖耳の術師が、剣士の頭上で左手を翳す。すると剣士は、大きく目を見開いた後、頭部が水風船のようにはじけ飛んだ。胴体はそのまま倒れ込み、雪と尖耳の術者を汚す。

 そしてそれは、飛び散った脳漿を満足げに食らった。

 

 上位種の中では人間に近い姿形故に、凄惨さが際立つ。エドは幼いケルにトラウマを植え付けないよう、咄嗟に左掌で少女の視界を覆ったが、グロテスクな水音までは隠せない。

 少女は顔を青くし、吐き気をこらえた。

 

 

「同士討ち…こんなん、ありえるんか…!」

「…化物に、仲間意識などないということだ。」

 

 

 顔を嫌悪で引き攣らせながら、アルビンは吐き捨てる。彼の言葉へエドは冷静に返した。上位種の、尖耳の種族の歪みに不快を覚えながらも。

 

 

『やはり能無しどもに、このコレクションは過ぎたな――』

 

 

 そう呟きながら尖耳の術者は、剣士が振っていた煌びやかな大剣をもぎ取る。そして尖耳の弓手が燃えた方向へも掌を向けた。

 骸は無くとも、弓手が身に着けていた武具は残っている。弓は術者の手に引き寄せられ収まった後、腕に張り付くように変形した。

 

 続いて剣士の体から鎧が剥がれ、術者の防具へと変わる。一枚の板金で出来ているわけではないその鎧は、術者の女性的な体のラインに沿って再形成された。

 

 最後に顔をすっぽりと覆う仮面を身に着け、ついに術者は真の姿を現す。

 見た目は輝かしく、渦巻く怨念が血生臭さを醸し出す。術者が身に着けている全ては略奪した品であり、かつて別世界で神器や秘宝と称された特別な物ばかりだった。

 

 

 仮面の意匠は人の頭蓋骨のようでありながら、額部分に浮かび上がった赤色の光がそうでないことを物語っている。

 異なる世界において、かつて侵略種族に蹂躙された人間の頭骨。エドを含め、この世界の人間は与り知らぬことである。魔力で角を生やすことのできた彼らは、とうの昔に種族として人間の尊厳を失っている。

 

 

『…群れた人間ども。光栄に思うがいい。首を喰らった後、残さず私の所蔵品にしてくれよう――』

 

 

 魔力を解き放った尖耳の術者は、先ほどとは打って変わって威圧的な雰囲気を醸し出す。ぼんやりとした気配は意図的であり、今擬態を解こうとしていた。

 「屍蒐集」ザアカア。幾つもの世界を、尖耳のための牧場へと作り変えてきた「英雄」は、虹色に燃え上がる剣を掲げ、目にも止まらぬ速度で突きを放った。

 狙いはエドの胴。彼は「月」の魔力を全身に纏い、皚炎で強化された剣で攻撃を逸らそうとした。

 

 

 

 次の瞬間、がきいんと甲高い金属音が鳴り響く。発生源はエドの剣ではなく、刃先の砕けた燃え盛る宝剣の方であった。

 エドの()()()に鎧騎士が立ち塞がる。丸みを帯びた鎧からは炎が吹き出し、ザアカアへ残像が見えるほどの速さで拳をぶつけた。

 その威力は凄まじく。雪を削り、大きく後退したザアカアは鎧へ受けた傷を触ってニヤリと嗤う。

 

 

『増援か…これも所蔵するには価値がある…!』

「……君は…。もしかして…。」

 

 

 エドは呆けたように、その騎士へ震えた声を発する。ラディアは大きく舌打ちし、アルビンは表情が変わらずとも感情を揺さぶられ。ケルは騎士の特異な外見へ、そして鎧騎士が発した言葉へも目を白黒させていた。

 

 

「――こんばんは師匠。寂しくなったので迎えに来ました。」

 

 

 彼女の言葉は無機質なようで、戦場で交わすには似合わない。しかしその台詞はこの場でたった一人、エドだけに向けられていた。

 守護ヴァルミ騎士の装甲に刻まれた術式から、更に勢いよく焔が上がる。

 その青白さは、まるで揺らめく「月」のようであった。

 

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