裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
俺たちの前に躍り出たのは、想像だにしていなかった人物だった。
丸々とした緑色、守護ヴァルミの鎧騎士だ。兜と背中には鳥の眼と翼が模られているが、その意匠は小さく控えめで、かつ摩耗している。冬毛に覆われた鳥をイメージしているかのようである。
その騎士は、首と鎧の繋ぎ目が存在しない兜を揺すり、平坦な声音で言う。道化を演じているわけではなく自然体で、それでも戦場だとは思えない内容であった。
「――師匠との時間を所望します。いつまで経っても、誕生日を祝いに来てくれなかったので。」
びしりと俺に向けて指さし、ヴァルミ騎士、いや俺がよく知る子は非難してきた。声の出し方が平坦であっても、口を尖らせて拗ねている顔がありありと浮かんでくる。
俺は気持ちの整理をつけるためにも、軽く頭を下げた。
戦闘中、ケルが扱った魔法に仰天したり、ラディアの戦闘能力へ舌を巻いたりと感情は忙しかったが、重苦しい空気を破壊するこの子にはかなわない。
「やはり君か。…中々時間が取れずにすまなかった。」
「いいえ、ダメです。十日はわたしのものになってもらいます。」
その子トスカは、通称を付けられるほどに大成しながら、まだ俺のことを慕ってくれているように思える。俺はザアカアから目を離さず、少しの高揚と後ろめたさに浸かった。
戦士としての才能が伸びるように手助けすること。数年前は最善だと思っていたそれも、ぐずぐずとした思考が己の中で正邪を問うている。危険な状態だ。
ザアカアは頭骨を被っているため表情の動きは見えないが、プレッシャーが徐々に高まってきている。
怒りによって攻撃は激しくなるかもしれないが、単調になるだろう。
「…考えておかなければな。トスカ君、助力に感謝する。」
「ええ。後で沢山褒めてもらうといたしましょう。そこのラディア…先輩。へばらず、戦い抜いてください。」
「…はっ、横槍を入れやがった奴がほざきやがる。なんでお前がいるのか…こいつを潰してから聞かせてもらおうか。」
ザアカアが武装する際の衝撃によって、雪に体をうずめていたラディアはむくりと立ち上がった。トスカとラディアは知り合ってから長い。
同じ双子神教であるため、トスカが守護ヴァルミ騎士へ正式に叙任してからも、顔を合わせる機会はあったかもしれない。
ラディアは鎧の表面を手で払い、魔法「灼熱」を行使したであろう大剣を突きの姿勢で構える。手を開いたり握ったりを繰り返すトスカからは、冷たい殺気が漏れ出ていた。
『一匹増えた程度で、勝ったつもりか?私はあれら能無しとは違う…どう足掻こうと、差は埋められ――ごっ…!』
怒気混じりで自身の優位を語った上位種に返されたのは、トスカの拳だった。鳥が飛翔する時のごとく軽やかな踏み込みは、ザアカアの首元を一点に狙い、強打を見舞ったのだ。
「――『噴出口』最大出力。今日のわたしは一味違いますので、覚悟してください。」
『…貴様ぁ…四肢を捥いで、なぶり殺しにしてやる!』
たたらを踏んだ上位種は、わなわなと指を震わせ叫んだ。長く生きた個体ほど、傲慢は天井知らずに伸びていく。自身に酔った英雄気取りの屑野郎の怒りに、俺は昏い歓びを感じる。
奴は散々人狩りを愉しんできたのだ。その報いを今夜死を以て受けるのだと思えば。
ザアカアは左腕に張り付いた弓、いやクロスボウ状に変形した武具から矢を放った。
至近距離で放たれる光弾は、牽制にもかかわらず、ラディアたちが討った「魔弓の尖耳」の技よりも速く、それでいて威力が高い。あの二体が持っていた武器の全ては、ザアカアが略奪した物だからだ。
それを俺は強く弾き、その勢いのまま剣を、奴の金色の鎧に叩きつけた。
ゲーム中盤、「ザアカアの宝物庫」に侵入するイベントがあったが、有機的でグロテスクな内壁とは裏腹に、陳列ケースは整然としていた。モノに執着する点では、「魔工職人」ディアンと同族と言えるだろう。
しかし往々にして、物に頼る上位種は装備を剥がせば然程強くない。完膚なきまでに武具と鎧を叩き潰せば、奴の悪趣味な蒐集も終わりだ。
ケルとアルビンが俺を挟むように。ロオファはラディアの横に立つ。
俺は再びケルの横顔を見た。きりりと引き締まった表情は命のやり取りを恐れる幼子のものではなく、肩の力が抜けているのに諦観も抱いていないようであった。
「――皆。ぼくも行くよ。」
ケルの突き出した左腕から白糸が飛び出て、剣に纏わりつく。ここから仕切り直しだ。
◆
上位種二体が死に、一体五。数的有利は人類の戦士側に元よりあったが、白緑の騎士が黒血に湿った壇上に現れてからは、有利という言葉で言い表せないくらいの圧倒であった。
虹色の宝剣*1を上位種が振れば、その軸を的確に叩き反撃の余地を許さない。左腕から引き絞られる「半日暈の弓*2」についても、盾も持たずに拳で軌道をずらすのだ。
悉くを無力化し詰め寄るような戦法は、長身であることとずんぐりとした鎧の形も相まって、凄まじい圧力を放つ。
ヴァルミ騎士はその身一つで、上位種の脅威を演出していた。
この場で三名。エドとラディア、そしてアルビンがこの騎士の正体を知っている。
「高速要塞」と称される少女、トスカは持ち前の独特の雰囲気により、守護ヴァルミ教の結束から一歩離れながら実力によって地位を築いた。熟練の騎士を追い越すほどの新進気鋭なのだと。
矛神騎士として幾度も死線を潜り抜けてきたアルビンでも、トスカのプレッシャーに気圧される。
今現在は味方であろうと、矛神と守護ヴァルミは対を為す教団である。アルビン自身の出自を考えれば、対立関係は些事ではない。
(親父…堪忍してくれや…。いや、今は生き残ることだけ考えんと!それしかない!)
彼は苦虫を嚙み潰したような表情を一瞬作ったが、太く鋭い刺突剣で上位種の急所を狙っていく。
矛神らしい豪快な技とは違って、アルビンの貫く剣技は繊細だ。経歴を考えれば当たり前のことである。
彼が敵としてきたのは、尖兵や人類に仇なす裏切り者に、賊の類。つまりは人であったのだから。
騎士たちに押されていても、ザアカアは完封されたわけではない。武具と防具によって底上げされた力は、魔法の威力さえも上げる。
『棒切れ如きで、私を下せると思ったか!つくづく愚かしいものだ、ニンゲンとは…!』
「へ…僕は、本命やない…!邪魔できれば十分や!」
『ならば死ね!』
アルビンに目を付けた「屍蒐集」ザアカアが、左手に持った杖から雷の如き魔法を放った。それに対処するため、くるりと巻き取るように刺突剣を動かし、青年は汗まみれの顔を歪ませる。
彼に対し、颯爽と助力をしたのはエドだった。凄まじい威力により逸らしきれなかった雷を、エドが武器ごと払いのける。飛んでいった雷は、ぼんと空を一瞬だけ赤く染めた。
「た、助かりました…大先生…!」
「気にしないでくれ。今のはいい守りだったよ、アルビン君。」
(やっぱり…えらい、どっしりしてんねんなあ…。そうでないと、バケモンを殺して回るなんてできへんもんな…。)
さらりとアルビンを褒めてから、エドは上位種へ一気に距離を詰める。先ほどまでの戦では消耗を押さえていたのかと思うほどに素早く、「月」の魔力で作られた後脚を含めて踏み込んだ。
地面からは雪が舞い散り、枯れた草が剥きだす。
それに呆けてしまったアルビンは、思い出したかのように襲い来る激痛に苦しむ。連戦で体のあちこちに切り傷と打撲傷を作っていたためだ。アルビンは剣を持ち直した後、自身と同じ状況である同僚の姿を視界におさめる。
神官であるロオファは、本来支援をする役回りであるはずが、近接もこなせるほど良く動く。しかし上位種を休みなく相手できるほど超人でないのも確かだ。
嵐のような激闘によって弾かれた彼女は、ナイフ片手に構えだけ取っていた。
「ロオファさん。散々やられたみたいやね…。」
「やはり、彼は――あえ、どうされたんですアルビン!?」
「…この戦い、もう僕らいらなそうやない?って思いまして。頼れるんが先生だけやったら死にかけ覚悟でしたけど…あの人らを見てくださいよ。」
「……。」
ロオファの呟きは聞かなかったふりをして、アルビンは戦況の感想を述べる。四名が群がるように上位種の攻撃を止め、それぞれの魔法をぶつけ続けている光景は、第三者から見ても勝利は確信できるものだった。
特にアルビンは、四名の内最も背丈の低い幼き少女に着目していた。
上位種との剣戟を、エドとアルビンが盾となったからとはいえほぼ無傷で潜り抜け。更には虚空から大量の獣のようなナニカを呼び出したのだから。
アルビンが今まで出会ってきた「勇者」はこんな奇想天外な存在ではなかった。寧ろ理解しやすかった。誰も彼も未来を諦め、人への情欲や酒薬に依存する退廃的な人種なのだから。
(…あんなちっさいのに、何で喰らいつけるんや。人間も出来てるし…ああいう子が天才言うんやろうな。黙れ…お子さんに任せてはいけん!)
「――でも、バケモンの隙を作ることくらいはできるはずや。ロオファさん、怠けてたら先生にどやされてまいますよ。」
「ええ、しかしこの体では足を引っ張るでしょう。つまり遠距離からの撹乱こそ最善!アルビン、わたしに続きなさい!」
「言われんでも!」
アルビンは口だけでなく心でも、この戦場で自身は必要ないと思いながら、突貫する。この先己が生き残るため、加えて幼子の戦いを見ているだけでありたくないために。
今ケルは、超集中状態にある。意図してその状態を引き寄せたのではない。魔法「影通し」*3を行使してからというもの、一時的に感覚が敏感になっているのだ。
魂の流れはより濃く視えており、エドの背中に集う魂がどれだけ凝集しているのかも、肉体に宿る個々の魂も感覚的に分かっていた。
この集中が解けた瞬間殆ど忘れてしまっても、目の前の戦士たちの魂は己が心に焼きつくだろうということも。
ラディアの魂は大火のように激しく、乱入してきた騎士のものは反対に涼やかであった。そして「青月」エドワルドの魂は、違和を覚えるほどに動かず静謐に輝いていた。
(…生きているんだ。皆違う形をしていて…輝いてる。それを…あの人は、いくつ奪ったの!)
ケルはきっと目を吊り上げ、今正に斬りかかっている敵、尖耳の上位種を睨みつける。常人は視れない美しい世界を知覚できたからこそ、それを壊し穢す上位種が理解できないのだ。
「屍蒐集」ザアカアは、死した二体の尖り耳よりも、知覚した者が喉を掻きむしって狂ってしまうほどに多くの怨念を纏わせている。
しかもこの上位種は、そのこびりついた残滓を誇ってさえいた。人狩りと略奪こそを至上の悦楽とする尖耳の種族にとっては、死人がいくら嘆こうと心地よい音にしかならないのだから。
ケルは腹の底から上ってくる殺意に心を染めようとして、留まる。エドの「月」の魔法を受けてザアカアがよろめき、致命的な隙を晒したからだ。
立て直そうとしても、遅い。その隙を長引かせるように、ロオファとアルビンの魔法が飛び、ザアカアの足を掬ったからだ。
大剣でぶんと鈍い音を鳴らし、ラディアは斬り上げる。炎の橙に白が混ざった一刀は、ザアカアの鎧の一部分をついに剥がした。
『何…!ばかな…あの能無し、私の鎧に傷をつけていたのか…!?』
「寝言は死んでから言うんだな――『劫炎斧*4』!」
『ぐうう…まだだ、まだ私は…遊びたらぬのだ!』
間髪入れずにラディアが、上位種を屠るためにだけ用いる渾身の魔法を放ち。融けた金色鎧の隙間から、強い魔力が肌を焼く。
ザアカアは火を消すために掌で傷口を抉るが、攻撃の手を完全に止めることは、そのまま死に繋がる。ケルに並んだ二名、エドと騎士トスカはそれぞれ魔法を行使する。
エドは自らで見出し究めてきた「穿つ業」を、トスカは背中に取り付けていた武具へ魔力を注ぎ込んで。
「悪趣味な遊びはもう終わりだ…。――穿つ!」
「『破邪の巨盾*5』使用――破壊します。」
「……そこ!」
エドの魔法が、避けようとしたザアカアの腹を貫き、トスカの魔力密度の高い武装が乾燥した粘土細工のごとく上位種の両腕を消し炭にする。最後にケルが力任せに突きあげた拳から、白い閃光が吹き出し、被った頭骨の割れたザアカアの首へ命中する。
『なんだこれは…!なんなんだ、貴様ら――』
ザアカアの銀色の瞳は、最期まで驚愕で見開いたままだった。人狩りを愉しむため、軽い気持ちで踏み入れたゼシニス大陸に、自身の命を脅かすほどの人間がいるとは思わなかったために。
本能に従い、下らない理由で数多の世界を滅ぼしてきた者たちの一体は、劇的な終わりも得られず。その生涯に相応しい、呆気ない死を迎えたのである。
ザアカアの邪悪な魔力が掻き消えたのを感じ取った途端に、集中がきれたケルはぐったりと座り込む。着こんだ勇者のための鎧の重さも、気が抜けた瞬間に感じ始める。
激戦によって、美しい銀世界に一部窪みが出来上がっていた。
上位種やそれらに纏わりつく人の憎悪を知って、それでもケルは、静寂を取り戻したこの世界を美しいと思った。生命の源が流れる運河は、そんな醜ささえも許容し安息を与えるのだと思えたために。
そのまま微睡みかけたケルを、そっとがっしりとした腕が抱き上げる。少女が信じるエドの腕だ。
ケルは今度こそ安心して、ラディアたちの会話を子守歌代わりに意識を手放した。