裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
ザアカアの死を確認した後、ほどなくしてケルが足元をふらつかせる。ルヴネトでの戦闘と同じように、緊張の糸が切れたのだろう。俺が彼の背を支えると、ふにゃりと相貌を崩して寝息を立て始めた。
ラディアが肩で息をしながら近づいてきて、呆れたように笑った。
「戦が終わってすぐ寝るなんて、胆が据わりすぎだろ。…悪くねえ。こいつは全てを出し切りやがった。」
「ああ、ケル君はそれが出来る子だ。自ら進んで、だが復讐で理性をなくしているわけでもない。他者のために戦う…この子は真に勇者なんだ。」
「そんな綺麗事で動けるものかよ。このガキの実力は認めるがな。」
ラディアは、俺の考えと違うようだったが、人物評というのは左右するものだ。俺は他者がケルをどう思おうと、彼の勇猛さに希望を見ている。
俺はケルが聞いていなくても、語りかけた。起きてからも何度でも伝えよう。この子は戦場を生き抜き、悪名高い上澄みの上位種を退けた。既に人類の救世主となっているのだから。
「――よくやってくれた、ケル君。君は人類の誇りだ。」
ケルの小さな体は、勇者の鎧を着こんでいるためか少し重い。何となく、彼の寝息が一層穏やかになった気がした。
しばらくすると、ざっざと遠くから雪を踏みしめる複数の足音が聞こえてきた。俺はそれが何者なのかを視認した後、特異な全身鎧に身を包んだトスカと向かい合う。
トスカは装甲の関節部分や背中から魔力の炎を吹き出し、地面に火を放っていた。いち早く戦場の掃除を行ってくれていたのだ。
彼女は、俺の視線を受けて小刻みに手を動かす。トスカは両人差し指で彼女自身を指し、俺からの言葉を待っていた。
「トスカ君…改めて助力に感謝する。君のおかげで楽が出来た。腕も上がっているのを見れて嬉しいよ。」
「はい、もっと褒めてください。…それと、師匠が抱いている子のことも説明願います。」
「彼らが許してくれれば幾らでも。ケル君についても話そう。君からも事情を聞かせてくれ。」
「なるほど、承知しました。堅苦しい話は手早く済ませましょう。」
トスカはそう平坦な調子で言うと、近付く人影の元へ地面を滑るように移動していった。この先にいる、雪と見間違えるほどに真白な彼らは、守護ヴァルミ教の技術者たちだ。
確実に十以上はいる集団へ、何やらトスカが伝えているのが見える。技術者たちは傅くようにしていて、トスカとの関係性がうかがえる。
一人の騎士を、多くの技術者で支える。それはヴァルミラを信奉しているというよりは、騎士個人を神格化しているようだった。
守護ヴァルミ教の集団は、徐々にこちらへ近づいてくる。ラディアは苦々しく、彼らについて酷評する。
「…気を付けろ。媚びへつらうだけのくせして、教団以外は考えてねえ奴らだ。」
「そう悪く言うものじゃない。排他的であっても、人の守りであることに変わりないんだからな。」
「それは良く言い過ぎだろうが。はあ…あの白布、見てるだけでイラつくぜ…。」
ラディアが苛立ったように雪を踏み荒らす。守護ヴァルミ教にいると彼にとっては不都合があった。悪夢が無かったとして、ラディアと相性が悪いのは明白だ。宗旨替えは自然なことと言える。
ロオファとアルビンは二人で話し込んでいる。ここにいる誰もが、鎧の上に外套を着込んでも尚寒さを感じていた。この気温の中じっとしてはいられない。
人型の上位種であったため、周辺の浄化も早く済んだ。俺は矛神の三名と抱えたケルと共に、守護ヴァルミ教徒を迎えることにした。
そして数分後。迎えた守護ヴァルミ教徒から受けたのは、明らかに友好的とは言えない鋭い視線だった。この白装束の技術者たちにとっては、上位種を退けた戦士であることは信頼できる要素にならないようだ。
そこにトスカから助け舟があった。
「皆、この方はわたしの師匠です。警戒を解いてください。」
「…この人が、お嬢がいつも言ってる冒険者の…。」
「はい。エドワルド師匠…大事な方です。」
彼らは警戒を解かず、俺を特に睨み付けていたが、トスカの一声でそれを止めた。老人や壮年の技術者は渋々と言った様子だったが、まだ若く見える子らはポーズであったかのように視線を緩める。
やはり若いほど柔軟にものを考えられるということか。それとも守護ヴァルミの教義に染まりやすいのか。前者だと俺は思いたい。
「話し合った結果、皆との意見は一致しました。任務は続いておりますので、師匠との時間はまた後日になってしまうのが悲しいです。」
「忙しい中、ありがとう。話しながら行こうか。…技術神官の皆様方、司令官のお時間を取らせてしまい申し訳ない。」
「トスカ殿の決定ですからな。しかし、評とは消せぬもの。気を付けるべきでしょう。」
「…お聞かせ願えるだろうか。消せなくとも改善はしなければ。」
「…貴方が考える必要はありません。此方には此方の、貴方方冒険者にはそれぞれ道理がありますからな。」
未だ警戒は解かれておらず、老年の男性が髭を触りながら俺に告げた。俺はみぞおちに重しがつけられたような感情を覚えながら、尋ね返す。
いくらトスカとの交流が、守護ヴァルミ教に入る前からあっても、ザルディ国にいるガルフや他のヴァルミ騎士と親交を深めようと、俺が部外者であることは変わらない。彼らの結束に俺は入っていないのだから。
「トスカ殿、私共は戦場を掃除いたしますので、後ほど合流いたしましょう。では失礼。」
壮年の女性が事務的に述べた後、俺たちを一瞥し離れていく。彼らは懐から鏡面のような被り物*1を取り出し、顔を完全に隠した。
矛神と守護ヴァルミが互いに睨みを利かせる中、俺たちは町へと戻る。トスカに対し、手紙では知れないような話もあるはずだと、この不快な状況に感情を割かないよう意識しながら。
◆
集団で雪ばかりの平原を歩く中。ラディアは怒り心頭に発していた。それは、戦の高揚を塗りつぶすほどだった。去り際ラディアや矛神の二名へ、守護ヴァルミ教徒が向けた視線は敵意に満ちており。彼らはぼそぼそと陰口を叩いたのだ。
守護ヴァルミを裏切った騎士。騎士を名乗っているだけの人狩り等と、蔑むように。ラディアは彼らの、結束を掛け違えた陰湿さと、身の丈以上にプライドを持っていることが何より不快だった。
怒気を撒き散らしても、技術神官たちはこの場にいない。何もならないとラディアは気を静め、エドとトスカの会話に耳を傾けた。
「――任務というのは、ここまで君たちが遠征してきた理由と同じか?」
「はい。わたしたちの任務は、シウゼヴァクを通ってくる矛神教徒を迎えることです。雌雄を決する以前に道半ばで倒れてはなりませんので――」
トスカは言う。今回の招集は、双子神教の行く末を大きく左右する。集まってくる矛神騎士たちを迎えるため、ラーマイマから下山してきたのだと。
しかしここはシウゼヴァクであり、女神を信奉する集団が幅を利かせることは禁じられている。心臓の王がそれを許さず、法を制定したからだ。
だがエドは、その背景を知りながらも指摘せず、納得したように頷く。人類同士で戦の火種を作り上げてはならないと考えているために。
「そうか…大変だろう。力ある矛神教徒たちは、大陸各地から集められていると聞いた。時間も惜しいだろうに、すまないな。」
「問題ございません。師匠が望むなら、任を降りても良いです。」
「…まずいだろう。立場というのは、簡単に手放すべきじゃない。俺個人の判断等、あてにならないもので決め手はいけないよ。」
「分かりました。師匠がわたしをヴァルミ騎士としておきたいなら、のしあがってみせましょう。」
「…ああ。心から応援している。」
エドは困ったように掌を動かし、投げやり気味に頷く。抑揚がない口調で素直に好感をぶつけられても、この男にとっては疑念しか抱けないのである。
トスカが、感情を鎮めているラディアの方を向く。その時アルビンとロオファは出来る限り影を薄くし、歩く位置を変えた。
「ところでラディア先輩。それに師匠も。あの白い炎のような魔法は何ですか?お揃いの魔法…ヤキモチを焼いてもよろしいでしょうか。」
「俺も気になっていた。ラディアも『皚炎』を習得出来たのか…!」
「…まだ一時的に使えているだけだ。だがすぐ、てめえに追いついてやる…!」
「む。二人だけの世界に入るのはやめてください。そのガイエンという魔法、わたしも覚えたいです。」
ぐいぐいと丸々した鎧を、エドとラディアに寄せてトスカが願う。ラディアは彼女の鎧を鬱陶しがりながら手で押し退けた。
「おれから教えるつもりはねえ。青月、お前が何とかしろ!」
「元からラディアに訊くつもりはありません。師匠、わたしにもお願いします。」
「てめえ…。」
「…俺も使い方を覚えたばかりだからな…。そうだ。事が済んだら、リィートイから聞いてみよう。君以外に誰も読めないよう、手紙に細工をして送るよ。」
先輩という敬称を抜き、平然と小生意気な返答をするトスカにラディアは青筋を立てたが、その後のトスカの調子に陰りを見て、改める。
ラディアにとってトスカは、双子神教としての生意気な後輩であり、しかし考え方が似通った友であるとも思っていた。何故ならトスカもまた、エドと旅していた頃世界を呪っていたから。
「ありがとうございます。直接教えて頂きたかったのですが、それほど扱いが難しいのですね。」
「ああ。だがトスカ君ならすぐに覚えられるだろう。ラディアも…魔力量だけじゃなく魔力制御に秀でているからな。」
「ふふん。魔法の習得においても、わたしの実力の高さをお見せしましょう。では次に、そちらの小さな子についてご説明願います――」
トスカは自信満々に胸を反らした後、エドへの質問攻めを始めた。彼女の質問は鋭く、エドは時々言葉を詰まらせながら応対する。ケルについてや近況をエドが話せば話すほどに、トスカからの圧力は強くなる。
ラディアはその様に、自業自得だと笑った後、真顔になる。この男は放浪し、人へ強烈な印象を植え付ける。加えて自身の実力は理解していながら、それ以外の自意識はすこぶる低い。その「被害」を受けた者たちを数えれば、一体何人になるのかと考えたからだ。
(…知らねえ名前ばかり。あんた、どこまで根を伸ばしてやがるんだ。)
次にラディアは、越境の主の相貌を思い浮かべる。あの幼き老女と更に密接な関わりを持てば、それはもはや旅人の域におさまらない。エドが圧倒的な力を得る姿を想像し、ラディアは快感でぶるりと体を震わせた。
◆
トスカに言葉を返しながら歩いていれば、もう町まで戻ってきた。ケルをようやく暖かい室内に連れていけることに、俺は安堵した。
矛神の皆に魔力の炎を出してもらったり、俺の分の外套も重ねたりして防寒対策は行っていたが、風邪を引いてしまうのはまずい。ケルには元気であってもらわなくては。
ほっとしたのを見透かされたのか、ぶすりとしたトスカが言う。両腕を広げながら、まるで幼子のような我儘を。
「本当に勇者ケルへ熱を入れているのですね。わたしも抱き上げてほしいです。」
「…その鎧の重量は、俺も知っている。抱えるのは…。」
「鎧を脱ぐので。後で抱っこを所望します。」
「あの『高速要塞』が…なんてしょうもない…。」
「そこの騎士の方。喧嘩なら買いますよ。」
トスカの話には、いつも調子を乱されている気がしてならない。俺は兜を押さえたくなったがこらえ、越境組織の施設へ足を運んだ。
町を出る前、ミウにはひどいことをしてしまった。ろくに説明をせず置いてきてしまったのだから。友人に対して不誠実だった。
無事を伝え、謝罪と説明を徹底しなければ、彼女の悲し気な表情は頭から消えないだろう。
俺は、心の中で言葉をまとめながら施設の扉を押した。次の瞬間、ばっと人影が飛び出してきた。
「…エド!ケルちゃんも、怪我はしてない!?」
その人影、ミウはぺたぺたと俺の鎧やケルの額などに手を当てる。そうして大きく息を吐き、俺に向かって倒れ込むように彼女は体重を預けた。
暗くとも、仄かな施設内の灯りがミウの顔を照らす。大粒の涙を目に溜めた彼女は、いつも通り優しさに満ちていた。
『――ヴァルミ騎士も連れてきおったか。エドワルド…此度の件について、じっくりと話そうではないか。のう?』
施設の奥には、もう一つ人影がある。威厳ある幼き少女の声は、数月前のように低く。そうありながら、俺を試すような軽さが含まれていた。