裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
水が弾けるような鳥の鳴き声が、窓の外から聞こえてくる。同時に射しこんできた陽光が、幼子の瞼を擽った。
眠りから覚めた瞬間、飛び起きそうになったケルはそのまま体を硬直させる。少女からはルヴネトで王から賜った鎧が外されており、代わりに分厚い毛皮のコートが巻かれていたのだ。
そして目と鼻の先に、ケルが姉のように慕っているミナの顔があった。ミナはケルを抱きかかえたまま眠っており、目元は炎症をおこしたように赤く腫れている。ミナの頬に残る涙の跡が、目元の理由をケルに教えていた。
恥ずかしさからケルがもぞもぞと体を捻っていると、唐突に大きな鎧が視界を塞ぐ。鎧の隙間から漏れてくるのは涼し気で、平静を体現したような抑揚の少ない声だった。
「起きましたか。」
「わっ!あ、あなたは…。えっと、ヴァルミ教?の…。」
「その通り。わたしは、守護ヴァルミ騎士のトスカです。矛神に属する貴女なら、宿敵とも言えるでしょう。」
心臓がばくばくと音を鳴らすが、よく見れば昨晩共に戦った謎の騎士だと気づき、一旦は落ちつきを取り戻す。代わりに困惑という感情が浮かびはしたが、鎧の圧から恐怖を感じることはない。
ケルはあの戦で、背後からこの戦士の魂を視た。邪念で濁っていない、純粋な輝きを知ったのだから。
「そんなこと!もしそうなら…トスカさんと一緒に戦えてなかったと思います。エドさんが理由でも…ありがとうございました!」
「む、確かにそうとも取れますね。昨夜は例外と考えてください。この場では、そうしておく方が無難です。」
トスカが親指を向ける方向には、重たい木製の扉があった。ケルは抽象的な言葉を受けて考え、周囲にトスカとミナ以外がいないことに気がつく。察しよく、口を真一文字にして少女は頷く。
「いい子ですね。勇者ケル、貴女については師匠から聞いています。少しだけ話をしましょう。そこの冒険者の方は寝かせたまま、は難しそうですね。」
「ミナお姉ちゃん…!」
「ううん…?あ…ケルちゃんおはよう…。…げっ。」
こそこそと声をおさえて会話していても、至近距離で人が話していれば、更には冒険者という立場であれば目覚めるのは早い。
ミナは寝ぼけ眼で、ケルの頭を柔らかく撫でた後、もう一つの人影に気がつき嫌そうな顔を浮かべる。昨晩の戦を間接的に、この施設にエドたちが戻った後の顛末を見聞きした彼女は、トスカが色々な意味でただ者でないことを理解していたからだ。
ミナの表情の変化も気にしていない様子で、トスカは越境の施設外を示し開ける。入り込んできた冷たい外気も、陽射しによって耐えられる程度になっていた。
「一度外に出ましょう。早朝の散歩は心地よいものですから。」
「は、はい!お姉ちゃんもお願い…!」
「…分かった。ちゃんと着こんでからね!」
ケルの心からの願いに、複雑な感情が渦巻きながらもミナは了承する。自分が止めても、一人でトスカについていってしまうと思ったからだ。ケルはただ聞き分けの良い子どもではないと、ミナには分かっていた。
その後、ミナはケルへ毛皮を何枚も着せ、トスカの鎧とフォルムが同じになった幼子へ満足気に笑う。動きづらそうにしながらも、ケルは美しい雪景色へ一歩踏みだした。
◆
白が眩しい町並みを三名で歩きながら、トスカが話し始める。しかしそれは、人との距離感を掴むための会話にしては些か固すぎていた。
「――まず、同じく師匠の弟子として簡単に自己紹介をしましょう。わたしはトスカ。年齢は丁度二十で、好きな食べ物は竜肉をつけ込んだ鍋です。どうぞ。」
「ええと…ぼくはケルっていいます。年は多分八くらいで…。…リュウ肉って、どんな食べ物なんですか?」
「竜、翼の生えた巨大な蜥蜴のような生物の肉です。獣臭さは少なく、流れる血と共に食せば、魔力も増強できます。」
「へええ!…本当にいるんですね!」
「ええ、この世界には不思議がたくさんあるのです。例えばこの鎧。カチカチですが、古代の技術を流用しているので――」
トスカと同じ形式で自己紹介をしようとしたケルだったが、途中で気になった単語を尋ね返した。それにトスカは間髪を入れず説明し、ケルの瞳が好奇心で輝く。ルヴネトの空を覆った偽物の竜も思い起こしかけたが、ぶんと首を振った。
ケルとトスカの話は最初ぎこちなかったが、幼子が歩み寄ることで自然になっていく。
付き添いとしてケルの手を繋ぎながら隣を歩くミナは、極力静かにしていようと考えていたが、内心ケルの話術に舌を巻いていた。
察しが良く、よく分からない初対面の人間にも数年来の知人かのように親密に接する。トスカとどちらが年上か分からないほど、精神が成熟しているように思えたのだ。
(でもエドが関わらなければ、この騎士サマもおかしくは…ないのかも。)
ミナは昨晩のことを思い返す。突然現れたトスカは、文字通り大暴れだった。口調は丁寧だが、越境の主相手に物怖じせず、シウゼヴァクに入り込んでいる正当性を主張したり、息をするように笑えない冗談を言ったりする。
極めつけにはモユヌエとエドが話し合っている中、鎧を脱ぎだし膝元に座ったり等をしはじめたのだ。まるで落ち着きのない子どものようだったと、その時ミナは思った。
そして絹のような長い金髪に、切れ長の透き通るような青い瞳。鼻筋の通った顔立ちに、きめ細かな肌。鍛え上げられ、腹筋の浮かぶ騎士としての肉体。総じて珍妙な鎧からは想像できない、洗練された美だ。
破天荒な振る舞いと、聡明に見える容姿は、トスカの印象が一つで定められない要因になったのである。
平時は声を荒げることが多いラディアも、トスカに関しては何も言わず片手で頭を押さえるだけだった。エドの弟子を名乗り、ラディアの事実上の友人は、ミナの頭を混乱させるだけさせたのだった。
(エドと全然結びつかないけど…ちょっと似てるところあるんだよね。にじみ出る雰囲気…?)
ミナは、今は兜で隠されたトスカの素顔を重ね合わせる。同じように頭から鎧に身を包み、戦場にて青白い炎を噴きだす騎士。
ミナがモユヌエの水晶越しに見たトスカの背中は、人々の期待を背負えるほどに分厚く、逞しかったのだ。
町はあまり大きくなく、道をぐるりと一周するのに一刻も経たなかった。ミナも途中から会話に参加し、相互理解を深めていた。
しかし、それぞれには立場がある。トスカは自身の兜をこつこつと叩いた後、少しだけ黙り込み。先ほどまで和やかに会話していたケルに向かって掌を突きつけた。
「時間も頃合いですので、当初の目的を果たしましょう。貴女へ宣戦布告をします、勇者ケル。」
「えっ…。」
「師匠に目をかけられる理由は分かりました。その年では考えられないほど、素晴らしい実力と利発さを持っています。ですが――」
トスカは語りながらも、右掌を差し伸べるような形からギリギリと握りしめる。ケルは息を浅く、続く彼女からの言葉に耳を傾けた。
「貴女が師匠の探し求めた英雄ならば、ただのお子様と見ることは出来ません。弟子としての立場、単体戦力としての価値…どちらも脅かされることになりますので。」
「…英雄?ぼくが…?」
「ちょっと!そんな張り合うことないでしょ!何歳離れてると思って――」
「この世界は弱肉強食。わたしたちが肉で、大陸外の化物が喰らう側。そう教えてくださったのは、師匠です。年齢など些末な基準に過ぎません。強くあらなければ、死ぬだけです。」
ミナへ反論しながら、トスカは背中の武装を触る。鉄塊のごとき大盾は、ヴァルミ騎士の鎧に推進力を与える着火剤の役割も果たすのである。
トスカは鎧に組み込まれた魔術回路へ魔力を注ぎ込みながら、自身の信奉者たる技術神官たちからの通信を一度遮断した。
表情や声の調子が平坦でも、この女騎士は冷血ではない。凍り付いたような表情は後天的で、本来の性質は何もかもが違っているのだから。
「つまりは弟子同士切磋琢磨しましょう、という意味です。ラーマイマでは全力で潰し合いましょう。双子神教はそれを望んでいます。」
「…良かった…!トスカさん、次会ったときには戦うことになるかもしれないけど、でも…もっと分かり合えたら。」
「ええ。…では師匠にハグをしていただき、用事も済みましたので、失礼いたします。貴女方の旅路に、幸と『治癒』の手があらんことを。」
トスカは特定の単語を強調して言ってから、地面を滑るように移動し去っていく。丸々とした鎧姿しか知らないケルは呆け、ミナはうんざりした表情を作った後違和感に眉をしかめる。守護ヴァルミ教にこのような祈願があったかと。
答えを知る者はいても、質問するほどのことではない。ミナはそう考えた。そして頭が混乱したままのケルを連れて、越境の施設へと戻った。
明らかにまいった様子のエドに会うのは、こじんまりとした屋内に入ってすぐのことだった。
◆
『――これで一先ず、お説教は終わりにしてやるのじゃ。じゃが…都に来たら覚悟しておくがよい。お主が軽んじた『腕』の力を、思い知らせてやるわ。』
「ですが…軽んじてなどいません。」
『なにい!? 口答えはやめる!…これからも協力者であるなら、隠し事は無しじゃ!よいな!』
「はい、肝に銘じます。」
『ふうう…頑固な奴じゃよ…。よし…本当の本当にこれで終わりじゃ。物資が尽きぬ内に、早う都に来るがよい。またすぐに会おうぞ。』
比喩ではなく、頭部から蒸気を発したモユヌエの人形は、息を大きく吐いた後、俺に念押しし施設の奥部へ歩いていく。机の前には、モユヌエが出した食物と皿が置かれていたが、傀儡人形によって除かれていった。彼女の叱りは優しく、雑談と差し入れ、ねぎらいも含めたものであった。
ラディアたちも含めた皆は、いつの間にか室内から出ていた。俺の周りを好き勝手にしていたトスカもだ。時間の間隔的には、数時間前か。また会おうとトスカが挨拶をしてくれた。
彼女としても予想外だっただろう。越境組織の長たる存在が、小さな町に現れるとは思えない。
モユヌエ曰く、シウゼヴァクの町であれば全てに人形を配置しているそうだ。連絡は取りやすくていいが、ここに戻ってきたときは流石に度肝を抜かれた。
疲れた様子のモユヌエを見届けた後、しばらくしてから俺は、誰もいない室内でぐいと伸びをする。彼女には非常に失礼だが、俺は全く落ち込んでおらず、寧ろ今清々しい気分だった。
この世界に来てから、ルリベナからの感情的な怒りは受けてきたが、モユヌエのように最もな言葉を以て叱られるのは久しぶりだったからだ。年の功を強く感じ、まるであちらの世界で悪ガキだった頃に戻った気分だった。
「やはり…シウゼヴァクの戦力を上手く動かしてもらえれば、勝機はある。」
俺はモユヌエからの言葉の端々に、もどかしさがあることも感じとった。モユヌエが本拠地とするこの国は、過剰なまでに戦力を溜め込もうとしている。上澄みの冒険者、魔兵、そしてまだ隠し持っている戦力。
そして強大な力は、王都周辺を守るためだけに使われており、言うなれば腐っているのだ。ここだけは死守せねばならないという意思が見え隠れしている。それはモユヌエの意思ではなく、恐らくは彼女が言った、もう一人いる戦士のものだ。
しかし、この守りは永遠に続かないことを俺は知っている。「バックスタブレイブ」のゲーム開始時点で、北は死の大地と化しているのだから。
ラーマイマ山脈にある建造物は廃墟になり、シウゼヴァクに至っては、ゲーム開始時から遺体の山や、骨になった魔兵の遺体が転がっている。
もはや王都での生存圏は縮小し、魔兵たちは虚ろな幽霊のごとく。王と繁栄への妄執に満ちた忠誠を、総力戦にて全滅するまで捧げていたのである。
北では特定の上位種、つまりは尖耳と羽虫どもが狩りを行った形跡が多々存在した。詳しくは語られなかったが、明らかに別地域に比べて狙われていたのは間違いない。
だが名前が付けられた強敵以外は、今のシウゼヴァクの戦力を腐らせなければ対処できる奴らだ。
この雪国には、可能性がある。俺は過ちをこれ以上犯さないよう、まずは一点に集中することに決めた。シウゼヴァクの古い猛き戦士と会い、知らないことを知らないままにせず、世界の実情を掴むのだ。
プレイヤーから、肝心な部分を隠し続けた制作陣へ今こそ抗う。戦うだけの真っ向ではなく、どんな手を使ってでも。