裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
連なる峰々を臨む戦士一行は、強い影響力を持つ越境の主に招待され、王城へとやってきた。
城門だけでなく、徒歩門さえも巨大で静謐な城前には、一般兵とは意匠の異なった鎧の親衛隊がいる。更には魔兵ではないとはっきり分かるが、統一された青いコートを着込んだ集団が橋の脇に寄っていた。
彼らのコートには、写実的な心臓とその周囲をぐるりと囲む輪が描かれている。心臓の王を強く意識したそれはつまり、魔兵と別だが、シウゼヴァクが抱え込んだ戦力であることを示していた。
その集団の内一人、背の低い人影が横に逸れ、右腕を挙げて振る。ふわりとした金髪を高い位置で二つ結びにした少女であり、彼女はエドたちのことを知っていた。
「きたきた…おーい!こっちよー!」
「彼らが…。それにこの魔力量、ランカーなだけはある。」
「…案内には失敗したようだな。期待はしていなかったが。」
「鉄剝」の通称を持っていた少女、ヨヌアだけがエドたちに近づき、その他の人員は遠巻きに様子を見て話す。
オビシオン討伐にて共闘したが、彼女と言葉を交わしていなかったラディアやアルビンは一歩下がり。ロオファも矛神騎士の二人に倣い、ラディアの後方で待機した。
またミナは顔を引き気味にエドの背中を押し、盾代わりにしていた。つまり、この場で対応できる者はエドとケルだけであった。
ケルは嬉しそうにしてヨヌアの手を握り、エドの声音も和らぐ。組織への帰属意識が薄く、立場を必要以上に恐れない者だからこそ、純粋に再会を喜んでいた。
「久しぶり、ヨヌアお姉さん!そのコートかっこいいね!」
「お元気そうで何よりだ。色々気になるところはあるが、そちらのリボンも新調したのだろうか?良く似合っていらっしゃる。」
「うん、久しぶり二人とも!ケルちゃんは、ルヴネトで見たときより大きくなったわね…!何年かしたら抜かされそう。そう、このリボンはオズが繕ってくれたのよ。もう刻印付きのは要らなくなったからね。」
ヨヌアは髪の結び目を愛おしそうに触る。注視すればその緑色をしたリボンは無地であり、特別な意味を持たないことが分かるだろう。
栄華を誇るシウゼヴァクの姿を表面しか知らないエドは、ヨヌアの言葉の意図を完全に読み取ることはできなかった。
それもそのはずだ。群青色のコートは、作られてから然程月日が経っていない。殆どが「束ねられた腕」の構成員であれど、新設された組織の証なのだから。
「詳しく聞かせていただきたい。オズ殿のことについても。」
「もちろん!女王陛下から…本当はおばあちゃんからだけど、客間にエドワルドさんたちを招待するように言われているわ。部屋で色々お話ししましょう。…そこの子も、怖がらなくて大丈夫よ。」
「あ、はは…。すみません、緊張しちゃってて。」
エドの後ろを覗き込んで言うヨヌアに、ミナが愛想笑いを返す。ミナの内心は、焦りで台風のごとく荒れ狂っており、エドの大きな背中こそが頼りだった。
「…緊張するのも仕方ない。落ち着くまで何か俺に出来ることはあるか?」
「エド…!なら手、握ってほしいかも…。」
「ふふっ、じゃあぼくもお姉ちゃんと手繋いであげるね。」
差し伸べられた大小の掌へ向けて、ミナは両手を出し一旦の落ち着きを見せる。ヨヌアもそれを見届けた後、群青色のコートを着た集団へ合図をした。フルフェイスの兜を被った屈強な者、反対に術師らしい細身を長袖で覆った者など、多種多様な集団は背筋を伸ばし頷いた。
エドはラディアたちを残していこうと思っていたが、シウゼヴァクに入ってからどんどんと強まる、刺すような視線のために断念する。町内のどこに行こうと、得体の知れない存在から身を守るのは難しいと判断したのだ。
エドとラディアは兜越しに視線をかわし、ラディアが一歩前に出たことを以て結論とした。
口では「モユヌエに文句を言ってやる」と豪語したラディアも、その場だけの憤りであった。前に踏み出した理由は二つ。出自など気にせず弟子を想う心と、異様な気配の真実を知らなければという思いが強くあったために。
彼らの後に続き、エドたちは王城の中へ入っていく。荘厳な内装よりも目を見張る驚愕があることも知らず。
◆
俺は美しさを保ったシウゼヴァクの王城に心揺さぶられた。床も壁も鏡面のように反射している。城下町も圧巻であったが、城前は別格だ。幻想的な別世界に迷い込んだかのようだった。
ケルとミウの気の抜けるような声を耳にしばらく歩いていると、とあるドアの前で止まる。
ヨヌアがその扉をノックすると、ドアノブが回っていないというのに開く。ヨヌアは一人部屋の中を見た後首を傾げる。てっきり既にモユヌエが待っていると思っていたのだが、違ったらしい。ヨヌアは左掌を部屋の中へ伸ばし、俺たちに告げる。
「…いないみたい。探してくるから、どの椅子でもいいから座って待っててね。置いてあるお菓子は、好きなだけ食べていいわよ!」
「ありがたい。少しばかり休ませて頂こう。」
ヨヌアは微笑んだ後、去っていく。そして彼女に群青色のコートを着た集団がついていき、真っ白な空間に俺たちだけが残った。
部屋の中は、豪華絢爛という表現にぴたりと当てはまる応接間であった。六人いても窮屈に感じないような空間だ。
机には包装が輝く菓子が山積みにされており、ケルがおそるおそる手に取っている。ミウはケルの近くに座り、ラディアもまた窓際の椅子に腰かけた。
来客のためか、椅子は多くある。俺も端の方に座り、時間が経つのを待つことにした。
それからしばらく。談笑するケルとミウを眺めていると、横から蚊の鳴くような声が聞こえた。向けば、城に入る前のミウよりも顔を青く染めたロオファがいた。
手足が震えているが、寒さのせいではない。自信に満ちた演技が剥がれたロオファは、俺にさん付けをするほど弱っていた。
「あ、青月…さん。わたしは…。」
「大丈夫だ。いざとなれば、俺やラディアが皆を守ろう。」
「わ、わたしは、どうなってもいいんです…。しかしラディア様が…どうでられるか。わたしのせいで、大事になれば…。」
「…ようやく仮面を剥がしてくれたか。大母とも呼ばれる人が、軽率なことはしないはずだ。ラディアとモユヌエ殿を信じるんだ。」
「……ええ。」
声を小さく伝えると、ロオファは浅くなっていた呼吸を少しだけ戻した。
俺はラディアから、ロオファの出自の推測を聞いている。
ただの孤児にしては考え方に貧しさがなく、親が貴族から転落したとも思えない。出会って間もなく、擦り寄るように懐いたことも相まって、ラディアは彼女について別の巨大組織を居場所とする人間だとあたりをつけた。それも中途半端に身分を与えられた者だとも。
そしてラディアはロオファの演技の裏側を探り、ついには暗部として教育された人間だという確信に至ったのだ。
しかし、しずしずとラディアの横に戻っていくロオファの姿は、本来の性質を露にしているようにしか考えられない。なりふり構わず自身の怪しさを表に出すことは、策だとは思えないこともある。
デリクが生ける屍と化していたことに気づけなかった、過去の俺とは違う。俺はこの旅の最中でも、魔法「感知」を継続的に使い、白き炎を併用することで、魔力の流れをより確かに感じてきたのだ。
ロオファは人間であり、他者の魔力によって縛られているわけでもない。外面を取り繕えないほどに、彼女は己の死によって引き起こされる事を恐れているのだ。
ロオファの様子のおかしさに、船を漕いでいたアルビンも気づいたようで、心配の言葉をかけている。ラディアはじっと部屋の入口を睨みつけていた。
程なくして再びドアが開かれる。注視していると、一瞬心臓が跳ね上がるような気分を味わう。
開いたドアの向こうには誰もおらず。代わりに俺が座っていた椅子近くの壁が、幻であったかのように掻き消えた。そして鏡合わせになった部屋が現れたのである。
奥の部屋には、一人足を組んで座る女性がいた。服装は城の色調と真反対の黒で統一されており、右目には眼帯がつけられている。長い金髪をそのまま腰付近まで伸ばした、怜悧な雰囲気の女性だ。
声は幾分低く、等身が違っていても俺には分かった。彼女こそが越境組織の主そのものなのだと。
「――早かったのう。…狭苦しいじゃろう。ばらけると良い。」
女性は指の一本一本から魔力の糸を放ち、物理的に椅子や机を動かそうとする。その中には、確かに殺気が籠っていた。
俺は咄嗟に直剣を抜いて、手元に風を呼ぶ。空気を巻き上げる、魔力でできた盾によって伸びる糸を弾いた。
しかし俺が突き出した左腕と剣には、魔力の糸が絡みつく。
ラディアの後ろではロオファが蹲り、アルビンが呆気に取られた表情をしている。モユヌエのように見える彼女が何をしようとしたのかは明白だった。
「ふふっ…直接見ると、反応の良さがよく分かる。」
「…ご説明願います。」
「ちっ、やっぱり信用できねえな。リィートイとは大違いだ。」
「ほう…随分と懐いているのじゃな。これもあやつの人徳かのう。…過ぎた寛容が身を滅ぼすのは、分かっていように。」
ラディアが大きく舌打ちをした。俺とラディアで考えていた「最悪」は、予想だけで済まなかったのだ。
俺は「感知」を用い、ヨヌアたちの魔力を追おうとするが、目の前のモユヌエの異様さに感覚が引っ張られてしまう。モユヌエから感じられる魔力は、人ではない。それでいて、上位種とも尖兵とも違っていた。ならばこの不気味さは何なのか。
警戒を強めていると、モユヌエは手繰り寄せるような仕草をして俺に話す。
「ようやく会えたのう、エドワルド。近う寄れ。」
「モユヌエ殿…説明願います。」
「む…怖い顔をやめておくれ。これも必要なことなのじゃ。」
俺は兜を触り、失われていないことを確認する。モユヌエは、他者を魔力の糸で害そうとしたにもかかわらず、声音が穏やかなままだった。
向けられれば震えあがるような視線を、アルビンとロオファに突き刺しながら、彼女は続ける。
「――これは好機よ。上位種の繋がりを叩くための一歩になろう。奴らにはまず、そこの童らを贄として捧げてもらう。」
俺は、モユヌエの一挙一動を観察しながら近づく。
心が軋む感覚がしても諦めない。まだ可能性があるなら人を切り捨てたりはしない。俺はモユヌエが至った結論に己の意見をぶつけるため、ない頭を捻って考えを巡らせた。
◆
老女は、濁りを許容してきた。生まれ出る強者には相応の地位を与え、再び人類に自由を与えたいがために、組織を育んできた。
しかし彼女は、自身が思い違いをしていたと気づいた。武を至上とした考え方と長い年月は腐敗を生み、やがては抗う力ですら無くなってしまう。また与えてきた地位や報酬は、適切だと今まで考えてきたが、人間には過ぎたものなのだということも。
腐敗した組織構造が上位種に利するなら、その過ちを償うため、己には根本を絶つ責任がある。そして学院も、守護ヴァルミ教も、人類の再起のため腐った部分を除かなくてはならない。
才を経験によって埋めたモユヌエは、天才的な閃きを持つわけではない。人々を統治することはできず、それをするには狂気が足らなかった。
だが歴史に埋もれ、自身の作る傀儡のように影響力を無くしかけていても。まだ力がある内に、少しでも贖罪を済ませるのだと。
(エドワルド…お主も除きたいじゃろう?上位種を何より憎む其方なら。…奴らが撒いた種は幾らでもある。出来る限り、道を作ってやりたいのじゃ。お主の枷にならんように…。)
モユヌエはじっと、エドワルドの兜を見つめて話す。人形では伝えきれなかった気持ちを、目で訴えかける。これは必要な事なのだと。
「うちはよく知っておる…教えてやろう。そこのロオファという童は、学院の『脚』。厳密にはアザレアに飼われた術師。そしてそち――アルビンという童は、守護ヴァルミ教の最高司祭サイラスの息子。よくもまあ、抱えたものじゃのう。」
「…あの町で顔を見られたときから、観念しとりましたよ。」
「はあっ、はっ…ラディア様…!どうか…お許しください…。」
アルビンは肩を落として諦めたように言い、ロオファは顔を歪めて苦しそうに許しを乞う。特にロオファは、ラディアを欺いていたという事実を、明かされたくなかった。曖昧なままであれば、学院に不信を抱くことさえ許される気がしていたのだ。
彼らの出自がいとも簡単に明かされ、エドは動揺したように剣を震わせたが、数舜後ぴたりと止まる。ラディアの言葉が、平常に戻ることを後押ししていた。
「…ふん、なるほど。ロオファは学院の間者だったか。それで? それが、おれの弟子をふざけた事に使う正当な理由にでもなるのか?」
「言ったじゃろう。学院も守護ヴァルミも、上位種の影が見える。事を大きくすれば、後ろに潜んだ怪物が尻尾を出す。…純然たるシウゼヴァクの戦力なら、それが出来るのじゃ。」
「バカな婆だ。そんなことをしてみろ…おれがてめえとその部下全員、ぶっ殺してやる…!」
ラディアの口から本心が放たれる。彼女の本質は生まれてから今まで変わっていない。自身の快不快で物事を判断し、それでいて平時言葉にすることは無いが、身内へ深い親愛を持つ。
人類などラディアにとってはどうでもよく、強き化物を屠り続け、同じ場所、高みを見ている同志さえいれば良いのだ。
ラディアは大剣を抜き、モユヌエの首へ向けた。モユヌエは目前の女戦士と睨み合いながら、事の詳細を話す。
守護ヴァルミ教の成り立ち、学院の総長たるアザレアの動向についてまで。
しかしラディアは納得することはなく、魔力を練り始める。一触即発の雰囲気の中、エドは何と胸を撫でおろすような仕草をしてから剣を鞘に納めた。
何故なら、エドはモユヌエの語った話を全て知っていたからだ。
エドは、自身の想いを高尚ではないと考えている。大陸中を駆け巡るのは、上位種によって命を奪われる人がいることを己が許容できないからであり、どこまでもエゴに満ちている。
だがエドはその考え方を嫌っているわけではなかった。博愛の精神など持ち合わせていない。全て自分のためであるのだと。
だからこそ、合理的に割り切らない人の情に共感する。ラディアの燃えるような思いを、エドは嬉しく思っていた。
「モユヌエ殿。その二つは俺がもっと上手くやりましょう。第一学舎については、ルリベナ師匠にお伝えしていますし…潜んでいる化物は全て殺せばいい。ラーマイマにはそのために行くのですから。」
「…なんじゃあ…。お主はもう、見通しておったのか…。」
「…それにアザレアの魔力がついていない以上、ロオファ殿が上位種に関与している可能性はありません。断言しましょう。そうだろう、ロオファ殿。」
「はい、ええ!……アザレア様が…。」
モユヌエは、エドの言葉と、彼の腕に巻きつけた糸から考えを読み取り、へなへなとした調子で呟く。
そしてエドが問いかけると、ロオファは声を張り上げ、その後にじくりと痛む胸を押さえる。暗部として育てられたとはいえ、自身を貧困から救い出してくれたアザレアは絶対の存在だ。ラディアに出会ってから、愛情という甘露を知ってしまい狂ってしまいはしたが、想いは変わらなかったのである。
ラディアに剣を収めるよう示し、背後にいる四名に大丈夫だと手で合図した後、エドは続ける。
「モユヌエ殿、貴女は独りではありません。俺に包み隠さず話せと言ったなら、貴女もそうしてほしい。…この王城の下に、興味があります。地下に何者がいるのか隠さず教えて頂きたい。」
「え…。ううっ…お主のことを考えると、頭がおかしくなりそう…。…元より案内するつもりじゃった!二人とも、脅してすまなかったのう!うちが謝っても気が済まんじゃろう、何でも欲しいものを言うがよい!」
エドはこの流れならばと、唐突に床下を指して言い、モユヌエは癇癪を起こしたように立ち上がる。勢いよく謝罪されたアルビンとロオファは硬直し、互いに顔を見合わせた。
「…ばらされ損やないですか。ロオファさん。僕、貴女とどうお話していけばええですか…?」
「アザレア様の元へは、もう戻れません…。好きなように話してください。」
「ええ…しおらし…。」
調子が崩された矛神の三名は、しかし心の奥では安堵していた。結果的に、己の命も今後のことも収まったのだから。
エドが、疲れ切った様子のモユヌエに言葉をかける。ヨヌアたちが再び部屋に戻るまで、彼のとりなしは続いた。
その様子を見て、アルビンは思う。「月」は夜闇以外にも光を灯しているのだと。
(…これは、まずいかもしれへんな…。ラディア先生もエド先生も…こんなに胸が詰まりそうなの久しぶりや…。)
アルビンは、そっぽを向いたラディアと、少し離れた場所にいるエドへ感情が滝のように押し寄せる。彼は守護ヴァルミ教の上層部に親を持ちながら、親愛を返されたことは無かった。上辺だけの賞賛の裏側に苦しめられ続け、ある日身分を隠して出奔した。
そして、ラディアに巡り合い、近くも遠い矛神教徒として生きることになったのだ。
ある夜、ラディアから聞かされた言葉を、アルビンは思い出す。「術を磨くのは敵を屠ることではなく、それ以外の全てに意味がある」。
見惚れるほど美麗な顔で、口端を歪めたラディアは、「月」から真の意味でそれを知ったのだと言った。
アルビンは今、ラディアが言った抽象的な文言の意図を理解したのである。