裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
緊迫した空気が過ぎ去るまで、少女ケルは姉分と同様、体を硬直させていた。例え共闘した者が集う場であろうと、武器を振るいさえすればそこは戦場になるのだ。
ケルはミナに撫でられながらも、モヤモヤとした気持ちが抜けずにいた。
「はあ~、やっぱりあの人怖いわ…。ケルちゃんびっくりしたよね。よしよし。」
「ありがとうお姉ちゃん。…あのモユヌエさん、人形じゃないんだ。」
「え? 確かに、腕のところとか自然な感じだね。」
緊張から固定された視界は、ケルに多くの情報を与えた。ケルの知るモユヌエの姿は、自身と同じくらいの背丈をした童の如き器であった。だが少し離れた位置に腰かける彼女は、その器を成長させたかのような見た目である。
場にいる戦士たちは特段気になっていない様子ではあるが、ケルには明確に違って見えていた。
ケルの近く、厳密にはエドの背後から声が聞こえてくる。姿は陽光で遮られていても確かに存在するそれは、意思を残した人の残滓であった。
『白糸の娘、油断するな。――この年月を経ても、完全に混ざりきっていないようだ。』
『…本当に危険なのか?君の話なら、かの偉人の施しで狂った者はいないそうじゃないか。それに、これまでの実績がある。魔力は歪だけれど、僕には安定しているように見えるよ。』
『見聞きした範囲ならば、問題はなかったが…。しかし、その施した者が正常でなかったなら、どうだ?あれは戦によって狂ってしまっていた。一介の小娘に何を仕込んだか判断できまい。…白糸の娘よ、くれぐれもこの騎士から離れないようにな。』
『まあ、そうだね。用心深く行こうじゃないか、お嬢さん。』
ケルは二名の会話を聞いた後、こくりと頷く。その二名の疑念で眉を歪めた表情が、ケルの頭に浮かんでくるようだった。
少女は彼らについて知っている。片方は、ケルが想像できないほどの過去を生き、責務を全うした戦士であり。もう片方は、今エドワルドと名乗る騎士に深く関係している人物であると。
(うん、確かに…モユヌエさんから感じる魔力、すごい変だけど…。嫌な感じじゃない。混ざってないってどういうことなんだろう?「施した者」って?…ロイスさんなら、聞いたら教えてくれるよね。)
ケルは魔力の流れを意識するのをやめ、部屋をぐるりと見渡す。仕掛けの類は見当たらず、どうやらこれ以上部屋が拡張されることはないようだ。
そして、不安げなミナに笑いかけると、率先して椅子に座り直す。まるで威圧の応酬などなかったように。短期間で多くの死地を潜り抜けてきた経験と、勇者としての霊を視れる力が、奇妙なまでにケルを落ち着かせていた。
しばらくして、部屋のドアが再び開く。集団の先頭にあったヨヌアは、室内の変わりようと、乱れた魔力の名残、奥部に座り肩を落としているモユヌエの姿に、口をあんぐりと開く。
情報が整理しきれないまま彼女は、物音を立てず部屋に足を踏み入れ、最も近くにいたケルに話しかけた。
「…ケルちゃん、色々聞きたいことはあるんだけど…。あの方って、モユヌエ様であってる?」
「うん、そうみたい。ヨヌアお姉さんも知らないんだ?」
「ああーっと…ちょっと行ってくるわね。…おばあちゃん!これはどういうこと!?」
「む…もう戻ってきおったか…。」
「城中聞き回ったのに…!それより、説明して!それにその姿は何?見たことないわ!」
大股で直進しヨヌアは、エドとモユヌエの傍まで歩きながら言い放つ。
元「束ねられた腕」の面々もざわめく。モユヌエ本来の姿は、この時代を生きる誰にも知らされてはいなかった。どれだけ近しい立場であろうと、煙に巻かれ続けていたのだ。
その秘密が、こうもあっさりと露見している。それも最初に見るべき忠臣ではなく、部外者と各地を放浪する帰属意識の薄い冒険者の前で。
困惑と、一時的な憤りが場に広がる。しかしそれを浴びる当人は、堂々とした様子でヨヌアを迎えた。
「お主らが離れている間に、事を済ませようと思っていただけじゃ。まあ、こやつにしてやられたんじゃがの。…この体こそ、うちの本来の姿。あれら人形は過去を形にしただけに過ぎん。」
「そうなのね…。…まったく、私たちがいない時に変な事しないでよね。何のための部隊なの…!」
「無論、来るべき大戦のためよ。…エドワルド、それに招いた子らに教えておこう。――こやつらは、『腕』でも魔兵でもなくなった…大陸のための騎士。浄血騎士団じゃ。この城の主と、こやつら全員で考えた。」
モユヌエの言葉に反応し、ドアの前に立つ群青色のコートを着た集団は、拳を胸部に当てて頭を下げる。黒い血を浄化するという意を冠する「浄血騎士団」は、名前のルーツが「黒血絶ち」と似通っていた。
彼らは全て、常人には理解しえない精神性を持つ。何故ならば、彼らには絶対的な支えがないのだから。
女神教ならばリシディア、ヴァルミラ等を、学院ならば積み重ねられてきた知恵こそを標としている。
同じように冒険者は、上層に至れば大母の存在や力を、シウ・ゼヴァクの魔兵は聞こえる「囁き」を絶対視してきた。
だが彼らは、大母の判断の不確かさを理解しており、存在の定かでない心臓の王を仮初としている。その二つは噛み合わず、一員として目指すべき到達点も定まっていないようだった。
その答え合わせをするように、モユヌエが続ける。
本来自身が、越境組織に描いていた理想はこのようなものだと。組織や国の制約、信仰等に縛られず、ゼシニス大陸の治安維持を担う。他組織を繋ぐ架け橋を形にしたものである。
エドはこのモユヌエの話に、首を傾げる。少数精鋭を作り上げたところで、「束ねられた腕」の役割とそう変わらないと思ったのである。
それに、治安維持はリシディア騎士団等、国教に指定された集団が執り行っている。安易な施策ではないかと、エドは思考を巡らせた。
その後エドはヨヌアたちの方を見るも、彼女らは納得している旨を無言で返す。酔狂で団員になるほど、考えなしではないと彼らの瞳が伝えていた。
「…まあ、動きやすい部隊を作ったということよ。機動力こそ、上位種に対抗するために必要じゃ。何が為云々はうちの望み。欲に溺れる者、他に全て委ねる者は除いて再編したのじゃ。数が少なくもなろう。」
「つまり、モユヌエ殿が信頼できる人員を選抜したのですね。しかしこうも露骨では…反感も買いましょう。」
「その面は確かにあるがのう。…信頼できる者は越境に残しているし、舵取りは完全に任せるつもりじゃ。うちが座にいようがいまいが、何も変わらぬ。」
どの組織であっても立場はつき纏うものと、老女は言う。しかしその構造に囚われていられるほど、人類側に猶予はない。だからこそ軛から解き放ち、その上で戦える勇猛な戦士にのみ心を注ぐのだと。
それは巨大組織の動向は、自身の力ではどうにもならないという諦観を含んでいた。
エドはモユヌエが奮い立てる言葉を探したが、飲み込んだ。モユヌエは暗中模索の末、辿り着いたのだ。統治者から戦士に戻ることこそが最適だと。
「人形についても大丈夫。人形師になれそうな童はもう当たりをつけ、学ばせている最中じゃ。…もっと早く動くべきじゃったな。」
「…何事も遅すぎるということはありません。それでヨヌア殿たちは今後どのように動くつもりなのか、お聞きしてもよろしいですか。」
「うむ…。初仕事は、このシウゼヴァクにて任せるつもりじゃ。…上位種に直接関わる事なら、お主も興味が湧くじゃろう?」
「ええ…人間を相手にしないならば。」
「安心せい、化物を狩るだけじゃ。それで――」
「おい、待てよ。」
モユヌエは話を進めようとし、腕を組み聞いていたラディアに止められる。エドによって一度は冷まされた怒りの火種が、鎧の中で燻っていた。
「青月は知らねえみたいだな。…そのよく分からない化物を、何故今倒す?放置していた理由を言ってみろ。お前に預言じみた力があるとは思えないからな。」
「…矛神、喧嘩腰はやめてもらおう。」
「あ? てめえらも、あのクズどもと変わらねえのか。青月は、おれたちと来たんだよ!婆の企みに良いように使われてたまるか!」
「…モユヌエ様。彼らに何かしましたね?」
浄血騎士の一人、フルフェイスの兜を黒く染めた男性がはあと大きく息を吐いた。ラディアは怒りをぶつける先を失い、振り上げた拳をゆっくりと下ろす。
エドが宥めるようにラディアへ言い、彼女は面白くなさそうにそっぽを向く。
「ラディア…君の気持ちはよく分かる。だが聞いておこう。化物を相手するなら、君たちがいてほしいんだ。モユヌエ殿、詳しく聞かせてください。」
「ちっ…この婆の何処が良いんだか…。」
ぼそりと呟かれたのは、この旅路でラディアが感じてきたことだ。ラディアはモユヌエのことを、組織の長に足らない人間であると初めて見たときから思っていた。
協力関係を築いたところで、然程価値がない。年を重ねただけの捻くれた老人であり、「月」の動きを阻む厄介者だ。モユヌエの外見が若々しく麗しくあろうと、印象を強めるだけだった。
しかしエドは、実績を評価している。越境組織をここまで存続させてきたのは、先人とモユヌエの技能あってこそだ。人間は完璧ではないのが前提であり、長い年月を他者のために注ぎ生きてきたことだけで素晴らしいことなのだと。
エドは変わらず、削ぎ落された思考の中でものを考える。上位種に連なるものか、そうでないか。裏切る者か、信頼に足る者か。モユヌエは、エドにとってどちらについても後者だった。
モユヌエは四面楚歌の状況で、親身に聞く姿勢を取るエドに目を潤ませながら話し出す。
「うう…すまん…。放置していたわけではないのじゃ。今まで封じていて…言ってしまえば、もう壊れかけておる。厄介な奴での…どれだけ弱められたかは予測出来ているんじゃが、個々の力ではどうしても倒しきれん。」
「…統率が取れている魔兵でも難しいのですか。」
「お主らは魔兵が聞く『囁き』について知っておるか?噂じゃなく本当にあってな…交信が阻まれてしまうのよ。」
「…なるほど。やはり実在するのですね。女王陛下とは別の、姿を隠した王は。」
「そうじゃ。お主らの想像とは幾分違っているじゃろうがな。」
モユヌエの返答に、元魔兵たちが沸き立つ。彼らは、囁きと女王の命令頼りの動きからあぶれた者であり、戦闘の際自我を持ちすぎてしまう異端児である。だからといって忠誠を失ったわけではない。シウゼヴァクの戦力である、浄血騎士団に所属していることが何よりの証だ。
エドは拳を兜の下に持ってきて考え込み、小さく頷く。彼の中では、既に推論が展開されていた。
「ミグゥニ――それが化物の名じゃ。人の中にするりと入り込み、力と命を奪う寄生虫。…山越え前に、お主の力を貸してくれぬか。」
モユヌエは先程の己の早計を恥じながらも、エドに願う。しかしモユヌエがどのような行動を取っていようと、彼の返答は決まっていた。
◆
ようやく話し合いが終わり、体がどっと重くなる。ラディアが賛同してくれたことが、何よりの心の支えだった。モユヌエの話を聞けば聞くほど、封印されていたという上位種を倒すために一戦力では厳しいことが分かってきたからだ。
「不凍の蟲」ミグゥニ。知らない名前だが、分身を人体に寄生させ蛆の苗床にするという気色の悪い特徴には、心当たりがあった。シウゼヴァク王城の地下に、そのような見た目のボスがいたのだ。
その名も「溶解せし巨人の臓物」。赤褐色のグロテスクな塊で、頭部らしき場所には巨大な角が張り付いていた。
ゲーム終盤、総力戦後ゼシニス大陸に戻ってきた主人公の勇者が、単騎で相手することになる敵だ。王城の地下、閉所での戦闘ということで、攻撃が避けにくくなっているのが嫌らしかったのを覚えている。
経験値は多いが、ドロップアイテムはシウゼヴァクで購入できたアイテムしかなく、正体は不明。場所が場所だけあり、プレイヤー間で正体は何なのか考察が活発に行われていた存在である。尖兵の類だと当時俺は考えていたが、主人公の勇者は上位種と位置付けていた。
(地下を見たいと言ったら、モユヌエ殿は随分動揺していた…。やはり、隠すだけある重要な場所なのか。)
取り乱しこそしていたが、モユヌエは俺を案内してくれると言っていた。実際に見れば、この謎も明らかになるだろう。予想はしているが、当たっていれば「バックスタブレイブ」作中がどれだけ絶望的な状況であったかが補強されることになる。
直面した時、俺は何を思うのだろうか。想像は難しい。
「――オズも、この浄血…騎士になったの。名乗るの、ちょっと恥ずかしいわね…。今は王都周辺の哨戒に行ってて、大活躍なのよ!」
「オズ殿の機動力なら、武勇を立てられることは当然だな。」
「あはっ、エドワルドさんなら分かってくれると思ってた!でもこれだけ意欲的なのも、ルヴネトに行ってからよ?目標が出来たみたいで――」
俺は、楽しそうなヨヌアに相槌を打ちながら、交流をしている。結局のところ、ここに集っているのは、上位種殺しを達成するために腕を磨いてきた戦士ばかりだ。少数、魔法の探究や生活のため等、別の目的で戦いを生業にした人間はいるが、意気投合は早かった。
ラディアは、彼に突っかかっていた浄血騎士たちに謝られており、アルビンとロオファは人当たりの良さから気難しそうな人員相手とも話が弾んでいるようだ。
ケルとミウに至っては、聞きの姿勢によって浄血騎士たちから話を引き出していた。ケルは、持ち前の人懐っこさに加えて、ミウの魔性を備えようとしている。
ゲーム開始時と同じ年になったら、一体どれだけの人たらしになるのか。彼の魅力は分かっていながらも、今から空恐ろしく思うばかりだ。
「…やっぱり、うちはとっぷの器ではないのじゃな…。うちが話さないだけで、こんなに盛り上がっておるもん…。」
「もうおばあちゃん、落ち込まないで!越境じゃ沢山ちやほやされてたじゃない!」
「それは権力欲しさじゃろう…。うう、エドワルド…うちを助けておくれ…。」
「この人員が集えたのも、貴女のおかげですよ。本来モユヌエ殿は、雲の上にある方だ。軽く扱うことは不敬に当たります。気にしすぎないでください。」
「ううう…。」
モユヌエは小さく唸り悲しみに暮れている。先ほどの威厳が嘘のようだ。人形でない生身だからか、表情が今まで見てきた以上に豊かで、ひょうきんな人なのだと分かる。
きっと越境組織をまとめ上げる立場に無ければ、リィートイと同じように裏表なく人を導ける方なのだ。しかし責任感が強いからこそ、立場を投げ出せなかった。戦士に戻るのは、一世一代の決断だっただろう。
彼女は、重荷を下ろしていきながらも疲れ切っている。ならば、誰もそれが当たり前だと思っているなら俺が労わるべきだ。人類を守ってきた偉大な人は、幸福を享受しなければならない。
しばらくヨヌア、モユヌエと会話し、ヨヌアが別の人と話すため離席した瞬間だった。モユヌエが左手をちょいと動かし、俺に囁いた。
「…エドワルド。この交わりが終わったなら、地下を見せたい。…勇者ケルも連れて行くぞ。白糸の勇者は、知るべきことじゃからな。」
「承知しました。…人が少なければ、詳しく語っていただけますか。古い時代を生きた、もう一人について。」
「ああ、その話がしたかったのじゃ。…お主はよく分からんな。予知の力を持っているなら、地下に何があるのか知っていると思っておったぞ。」
「……。」
その言葉だけで、何となく理解する。関係図が組み上がって、ほぼ確実だろうという段階まで出来上がった。
モユヌエの黒一色でコーディネートされた服装、その背面にある布が少しだけ盛り上がる。仕掛けが動作したわけではないことは、俺にも分かった。
「魔力の探知に優れたお主のことじゃ。気になるじゃろう?うちの体が…。」
「ええ。しかし邪法ではないと分かります。上位種を取り込んだなら、貴女がこの時代まで生きられるはずもない。」
「うふふ…。何じゃ、悍ましいとは思わぬのか?」
「いえ。俺は、異形そのものに嫌悪を抱いたりはしません。貴女の在り方は美しいのですから。」
「…リィートイがぞっこんなのも分かるわい。…後で全て話そう。エドワルド、妾と同胞を受け入れてくれ。」
「はい。」
俺が短く返すと、モユヌエはふっと微笑み肩の力を抜いた。体の一部を意図的に隠していても、純粋な人間とは違う部分は分かるものだ。
しかし、俺はモユヌエに伝えた通りのことを思っている。敵意や悪意こそ憎むべきであり、形にこだわりはしない。驚きはしたがそれだけだ。俺はあちらの世界で、寧ろモンスター好きだった。「バックスタブレイブ」制作陣が、異形を悪し様に描いたから憎まざるを得ないだけだ。
それから俺は、自然な流れでラディアたちが宿泊場所を案内されるまで、モユヌエやヨヌア以外の浄血騎士たちと雑談するのを楽しんだ。
埋没した時代、語り部の残らない古き時代の出来事について想いを馳せながら。
◆
蝋燭を持ち、一段また一段と金髪の美しき女性が降りていく。その後ろを鎧を着こんだ騎士と、彼と手を繋ぎ表情を硬くした少女が続く。石壁にはびっしりと、魔導回路が張り巡らされていた。
そして無限に続くかと思われた螺旋階段を降り切った先に、素朴な扉が見える。女性は振り返ると、冷や汗を一筋垂らし話した。
「…エドワルド、ケル。改めて話そう。この部屋に眠る者こそ、戦況を覆す力がある。かつて王の『知恵』と呼ばれた…天才じゃ。」
女性はぐぐと掌を押し付け、限られた者だけが開ける扉を動かす。長い年月の末、塗装が剥げ黒ずんだ扉には棺に閉じこもる存在も描かれていた。
微睡みの棺の一つは、鼓動している。