裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
しばらく交流兼情報交換の場を楽しんだ後。俺たちは煌びやかな宿泊施設に通された。さながら宮殿のごとき内装であり、浄血騎士の一人に聞いてみれば王城とほぼ同時期に建てられた神殿なのだという。故に俺のようなただの旅人が泊まれるような場所ではない。
モユヌエと、何とシウゼヴァクの女王が取り計らってくれた結果だ。
俺がスクリーン越しに見たとき、この施設は完膚なきまでに倒壊していた。そのため、健在で人の手が入っていればここまで神秘的だったのかと、別の意味の感動も湧き上がってきた。
シウゼヴァクに来てから落ち着かない気持ちではあったが、高揚に変わっていく。想像するしかなかった「バックスタブレイブ」の本来の世界を、次々に分かっていくというのは面白い。策謀や戦に関わる情報でなければ安心して楽しむことが出来る。
そして気づけば、体を刺すような視線はいつの間にか消えていた。
俺は、同じように気配を感じ取っていたラディアと認識を合わせ、必ず正体不明の気配についてモユヌエから聞きだすことを伝えてから、再び王城に戻った。モユヌエの要望通り、ケルも連れて。
ミウ、ロオファ、アルビンの三名のことは、その師匠であるラディアに任せていく。彼は仲間想いの良い人間だ。それでいて己が立場を投げ出さない。
離れる前、俺はラディアの肩をぐっと手甲で握り、思いも預けた。ラディアは意外なことに、俺の手を払いのけることはしなかった。
そして今、俺はケルと共に、モユヌエの案内を受けている。ミウと一緒にいたときは、にこにこと笑みを絶やさなかった幼子が、しかめ面で鼻から息を通している。
しかしケルは怒っているわけではないようである。今正に降りている螺旋階段が、王城の透明感とは打って変わって重苦しいからだろうか。
「なんだか、もそもそする…。」
「埃っぽくてすまぬな。この路も長い事閉ざしておったからのう。」
「…そういうことか。ケル君、この布を使うといい。よく洗ってはいる。それと、山越えの前に一つ有用な魔法を教えておこう。空気が悪いところにも使える優れた術だ。」
「えへへ、ありがとう!そんな魔法もあるんだね…!」
俺は懐から、煙や悪臭を吸い込まないために持ち歩いていた布を取り出し、ケルに差し出す。夜に咲く花の香りを溶かしこんだ品だ。
言ってしまえばハンカチ代わりの布だが、この世界に生きる人々の大半は、こういったものを持ち歩かない。騎士団の人間は傷を一時的に塞ぐため、貴族たちは優雅さを演出するために身に着けていると聞く。
清潔な布は様々な場面で役に立つと俺は思っている。ファンタジーらしく、都市の衛生面は高い水準で保たれてはいるが、やはり病の発生源になりそうな場所は多い。魔法で代用しきれない場面もあるのだ。
蠟燭の灯が揺らぎ、モユヌエが振り返る。眼帯で隠されていない左目が、俺のつま先から頭頂まで舐めるように動いた。
「生身だとよく見える。その術とやらは、お主が今使っておる魔法じゃろう。確かに有用じゃ。それにしてもお主、森の子らとも親交を持っておったとはな…。」
「その通りです。彼らと出会ったのは偶然で、交流も殆どありませんが…。あの時彼らのルーツについて、もっと詳しく聞きたかったと思っています。…貴女なら、こちらについてもお詳しいでしょう。」
俺が何気なく探りを入れると、モユヌエはゆっくりと首を横に振る。片目をぎゅっと瞑った後、彼女は重い息を吐いてまた前を向き、階段を降りていく。
「お主は知りたがりじゃな。話してやるのも良いが…しかし上辺をなぞるだけよ。あの時、戦場を眺めるだけしかできなかった小娘が、偉大なる英雄たちのどれだけを語れるか――」
蝋燭を無くせば、たちまち方向感覚を失いそうな暗闇に、モユヌエの疲れ切った声が沈んでいく。統治者の冷たさとも、一時演じられた幼さとも違っている。だが俺は、この瞬間にこそ、モユヌエの本心が曝け出されているように思えた。
しばらく降りていると、ついに底へとたどり着く。空間が広く取られた部屋で、最奥部には扉があった。扉は、長身であるエドムンドの背丈を三倍しても足らないほどの高さで、部屋の天井もそれ以上に高い。俺がゲーム上で見て覚えている通りの、威圧感ある空間だ。
この扉の先に、グロテスクな怪物はいた。茫然と立ち尽くしていたそれは、主人公の勇者が入るなり、緩慢な動きで襲い掛かってきたのだ。
そして、俺たちプレイヤーが求めていた真実が今こそ分かる。扉に手を置いたモユヌエの言葉を、俺はじっと待った。
「…エドワルド、ケル。改めて話そう――」
振り返り紡がれたモユヌエの言葉に、俺は数舜気が遠くなるような感覚を味わった。通り名には全く覚えがなく、テキストでも触れられたことはないはずだ。
そもそもモユヌエの存在自体、明確にしなかった制作陣である。主人公の勇者の希望を潰していくのを愉しんでいた人間達なのだから、肝心な事が隠されるのは当たり前か。
それに気が遠くなったのは、モユヌエの話だけが原因ではない。部屋の中から感じる魔力が、シウゼヴァクでずっと感じてきた不気味な気配に似ていたからだ。
俺が右手に持った燭台で、ケルの顔がぼんやりと照らされる。ケルは布で口元を覆いながらも、扉とモユヌエを交互に見つめている。
「――開くぞ。うちについて来るんじゃ。」
重たい扉が開き、内部が明らかになる。俺とケルはゆっくりとモユヌエの後ろを追った。
まず目に入ってきたのは、大量の石棺のようなものだ。規則正しく並んでいて、最奥には他の棺より二回りは大きい物が安置されている。床下は水色の光の線が巡っていて、暗い部屋をぼんやり照らしていた。
「ここは一体、どのような場所なのですか。」
「…寝室じゃよ。見えるじゃろう、奥にある棺に同胞がおさまっておる。」
「…うう、モユヌエさん。なんでこんなに、沢山いるの…?」
「あの方は、うちとは比べ物にならないほど体に融かしたからじゃ。ここまで才があるとは…やはりお主も連れてきて正解じゃった。」
突如頭を押さえはじめたケルに、モユヌエはそっと手を翳す。するとケルはぱちぱちと目を瞬くと、不思議そうな表情を作った。
俺は、自身の顔が引き攣るのを感じる。今のケルの様子は、ゲーム中盤総力戦の際、人が多く死んだ場所に初めて訪れたときと酷似していたのだ。目を四方八方に動かしている様も同じだ。
つまりは、ここには濃密な死が漂っているということ。巨大な棺の前に椅子を運んでくるモユヌエを注視しつつ、俺は感じ取れない危機に焦る。
「ケルよ。誤魔化しの術は効いておろう?白き糸は魂を繋げる術になるが、編めば感覚を断つことも出来るのじゃ。あくまでも一時的にじゃがな。」
「う、うん…。でも、ロイスさんやクリフさんも見えなくなっちゃった…。お兄ちゃんまで…。」
「ん…?な…エドワルド、お主の…。」
目線を下に落としたケルに首を傾げた後、モユヌエは俺を見てぴしりと固まった。ケルが挙げた名前に、俺も驚きで目を見開く。
「…お主らには、後ほど話を聞かせてもらうぞ。大丈夫じゃ、心配しているようなことはありはせん。…狂気に堕ちても、あの方はこのシウゼヴァクを守ろうとしておるのじゃから。――では二人とも、ここに座るがよい。」
モユヌエは虚空に語り掛けた後、椅子を掌で示す。俺はまず座り、ケルも俺の横の椅子に手をついて乗った。
この部屋での時間は、考えていたより長くなりそうだ。俺はモユヌエの語りに耳を傾けた。
◆
人類が真の意味で自由であった頃。ゼシニス大陸には、一つの巨大な国があった。海を隔てた先にある、数十もの国家と比較しても、最も勢いがあったと言えよう。
栄光を支えていたのは、大陸の名を冠した王の傍に在る武力、知恵、加えて様々な異能であった。
そして特に王に近く、ゼシニスの象徴とされた者は、竜の特徴に例えられた。
星々から先読みの才を与えられた「眼」は、王と共に百年、千年先を見通し。「双翼」は、群れとしての圧倒的な殲滅力と機動性によってゼシニスの守りとなった。
浮つかず民と足を揃えた「四脚」は、戦場の勇だけを取り柄とせず、土を耕し国の土台を作り上げた。
「知恵」は国家間の繋がりや国の行く末を、並外れた頭脳と発明力で固め。圧倒的な個である「尾剣」は国の象徴として、時には戦に君臨する覇者として、彼を従える王と同様恐れられた。
繁栄は、突如として現れた災いに阻まれる。星に生きる全ての人間と知恵ある生命が、異なる世界からの侵略者によって滅ぼされていった。
ゼシニス王は、怯まず攻勢をかけた。強き兵は必ず勝利を齎し、策を練れば戦況はゼシニスに転んでくる。それが当たり前のことであったからだ。
しかしながら、侵略者たちは鍛え上げてきた兵の先を行った。生半可な魔力では、傷をつけようと瞬く間に再生する。策は上回ることなく拮抗して、圧倒的な物量の差を前に、じりじりと戦力が削られていった。
まず前線を駆けた「双翼」が討たれ、次に「四脚」が兵と共に突貫し一部を崩した後、いなくなった。
ついには、ゼシニス大陸外の国が殆ど陥落した頃。侵略者相手にも無双であった「尾剣」も、連れ添った者を奪われ、不滅を冠する魔物に及ばず、骸の山に沈む。
力の殆どを奪われ絶望的な状況の中、王は尚力を求めた。
傍にいた「眼」と「知恵」は、一人だけで小国を築けるほどの力を持つ。王の側近としての立場から解放し、勝利のためだけに才覚を使わせたのだ。
王の死後も「眼」はまだ数いる部隊を指揮した。長期的な勝利を見ず、勝利を積み重ねていった。彼の優れた眼が先を捉えてしまえば、敗北が確定するも同然であったために。
諦めきれない「眼」とは反対に、「知恵」は既に狂っていた。日に日に悪くなっていく戦況を覆す方法を考え続け、足掻くことこそを目的にし始めていた。
戦場で、彼女の想い人は死んだ。仲間も主も、同じ人を愛した友たちも、物言わぬ骸に成り果てた。彼女に残ったのは、どす黒い復讐心だけだった。
復讐だけが頭に渦巻き、だがその執念こそが秘技を生み出すに至った。何も出来ず死にたくないと懇願する戦士たちと、人類と共生してきた知的種族が、彼女の執念に呼応したのだ。
例え何者になろうと、相討ちになったとしても仇を取る。体と魂双方が、白き炎と糸によって融合した兵士は大戦末期に産声を上げたのである。
侵略者と同じような異形となる業。秘技を作り出した者が最初に、人としての姿を棄てた。髪は内臓色の赤褐色に染まり、体躯は人類の誰よりも高くなった。
まだ知性を持っていた頃の竜と戦い、愛され、血を分け与えられ続けた才女。
「竜血呑み」ハルラン。彼女はゼシニスの要になる以前呼ばれ、王が死した後そう名乗り直した。
そして持てる全てを戦とシウゼヴァクに注いだ後、ハルランは死んだように眠りについた。
シウゼヴァクこそが、かつて大国の首都であり、散っていった戦士たちの帰る場所であったから。
眠りについた後、彼女の気配は漂っている。囁きや視線となって。
◆
モユヌエの語りには深みがあり、情景さえ浮かんできた。それ故に、上位種との戦争は勝ちの目が見えない絶望的な戦だったのだと分かる。
古い時代、上位種の半数を人類が討ったというのは設定として知っていたが、されど半数だ。拮抗していたとは言えない差である。
「――ふう。そしてこの方は、うちを残し眠り続けておる。最後に術を受けただけの、ただの人形師が大事を行うことになってしもうたのじゃよ…。このようにな。」
モユヌエは話の締めに、己の眼帯と背面の布を取り払った。背中から黒い鋭利な棒のようなものが蠢き、右目は鮮血のような一色に染まっている。
モユヌエは異形の器官を露にした後、表情を昏くしていた。ちらと俺の兜を何度も覗き見て、また手元を見る。
拒絶を恐れる、臆病な女性の姿がそこにはあった。
だが俺は、不思議なほどモユヌエの真の姿に感情が波打たなかった。モユヌエを改めてよく見てみると、何とも男心をくすぐられる服装と特徴だ。
この世界に来て戦ってきたヒトガタの異形は全て、胸焼けのする悪意と殺意をぶつけてきた。擬人化したモンスターと称せないほどに、グロテスクな外見の上位種も沢山いた。故に嫌悪と戦意を駆り立てられることしかなかったが、モユヌエはどうだ。
ほどよい異形具合で、善性の人間であることが分かっている。こういった存在を俺は「バックスタブレイブ」をプレイしていたとき、望んでいたのだ。
「ありがとうございます、モユヌエ殿。戦士たちの献身のおかげで、今まで人類は生き延びられた。そして貴女が今まで大陸を見守ってくださったことにも。…貴女は体を気にされていますが、少なくとも俺は、奴らと同一視などしませんし、出来ません。」
「モユヌエさんが感じてた魔力って、そういうことだったんだね!ぼくも、エドさんと同じだよ。上位種を知っている人はいやがるかもしれないけど、モユヌエさんはすごい人だもん。」
「う…。そ、そうか…。もっと言葉が出てこないものだと思ってた…。…ありがとう。エドワルド、ケル。」
モユヌエは肩の力を抜き、声を震わせながら俺たちに返す。彼女の両目からぽとぽとと水滴が零れた。
俺はモユヌエへ、もう一枚持っていた清潔な布を手渡し、頭の隅で棺の中に眠る人物について考える。
「竜血吞み」ハルラン。彼女が為した偉業について。
ハルランの生み出した技は、確かに魔力量が増し、このファンタジー世界にいたという知的種族の力を受け継げはしたようだ。モユヌエの話のみが判断材料だが、彼女が後方支援の部隊だったことを強調しているため、確実と言っていいだろう。戦況を覆すには、完成するのが遅かったのだ。
魂を皚炎と白糸で融かし繋ぐという技が、この時代で戦術に組み込めるわけではない。
つまり、ハルランを再び目覚めさせた後は、彼女の秘技ではなく知恵を頼ることになるだろう。しかし頼るにしても、彼女の深い絶望をどのように解消すればいいのか。
モユヌエとケルが話している間、しばらく考えていると、瞼を少し腫らしたモユヌエが声をかけてくる。
「エドワルド…ハルランを呼び戻せるのは、お主しかいないと思っておる。お主は、古い時代を生きた戦士によく似ているのじゃ。ハルランが大切に想っていた戦士にのう。…しかもお主は皚炎を宿しているじゃろう。」
「そうなのですか。…残酷なことだ。しかし、少しでも可能性があるなら…試すしかありません。」
「うむ。エドワルド、その横にある棺に入るのじゃ。」
モユヌエは巨大な棺の右を示す。俺がすっぽり入る大きさであり、蓋が少しだけ開いている。俺が棺に近づくと、モユヌエは詳細を説明してくれた。
「これらは『微睡みの棺』と言ってな、外部からの干渉を受けないようにできるのじゃ。棺の間は繋がっておるのじゃがな。…つまりは、お主を苦しめている悪夢も切り離すことが出来るというわけじゃよ。」
「なるほど…!モユヌエ殿が話されていたのは、この棺を使うことだったのですか。」
俺の頭の中で、モユヌエの言葉一つ一つが繋がる。モユヌエはずっと解決策を考えてくれていたのだと思うと、じんと心に染みた。
「そうじゃな。じゃが、これはあくまでもその場しのぎ。もしハルランが戻らずとも、うちが術を考えるから安心せい。」
「…感謝してもしきれません。この恩は必ず…ハルラン殿を連れ戻すことで返しましょう。」
「気負うでない。様子を見るくらいでいいんじゃからな。」
その後、俺はモユヌエの指示通り棺に入り、目を閉じる。ゲーム中では、ただの瓦礫と化していた棺は、随分とファンタジーらしい代物のようだ。
今日はパンクしそうなほど情報を頭に詰め込んだ。だが疲れてはおらず、高揚が止まらない。もう一仕事くらいは出来るはずだ。
戻ってきたら、ケルが言った名前について聞くとしよう。俺は徐々にやってくる眠気に身を任せた。
◆
微睡みの棺に閉じこもる者は、幸せな時間を再現し続ける。研究と、国の発展のための会議に追われつつも充実した日々。そして幸福の大半は、想い人からの便りと、顔を合わせたときの他愛もない談話だった。
かつて雪国ですらなかったシウゼヴァク。その幻影に、招かれざる客人が訪れた。
青白い全身鎧を着こんだ騎士は、兜の奥の瞳を好奇心で輝かせながら歩いていく。顔も知らぬ迷い人を、冷たい現実へ連れ戻すために。