裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
目覚めたらそこは人波の中だった。いや眠りについたという方が正しいだろう。
がやがやと、何を話しているかは分からずとも、今まで訪れた町の中で最も活気づいている。そして少し上に首を傾ければ、荘厳ながら美麗な城があった。加えて、宮殿のように巨大な宿泊施設も。
造形はシウゼヴァクの王城そのものであるのに、象牙の色が混ざっている。それに現実世界では、城下町にこれでもかと降り積もっていた雪が一山も見当たらなかった。
(…これが夢の中なのか。にわかには信じ難い…。)
確かに俺は、つい最近まで質感のあるグロテスクな空間を夢で見続けていたが、それとこれとは別である。
そこらを歩いている人間には、夢幻だとは思えないほどしっかりとした気配があり、それぞれが自然な表情を作っている。建物も同様だ。
俺の体にも、夢特有の浮遊感はまるでない。眠っている間に別の国へ運び込まれたのではないかと思ってしまうほどに、よくできていた。
だが俺は、ここが夢幻の中だとはっきり認識し直した。何故なら、掻き分けようとした人混みに俺の右手が触れることは無かったからだ。
靄を掴もうとしたように群衆の体から俺の掌がすり抜け、それでいて人々は何事もなかったかのように日常を演出する。つまりは見せかけなのだ。
俺の中で、多少息苦しさが緩和される。人混みはあまり好ましくない。人が多いところが気疲れするのもあるが、いつ凶刃が迫ってくるか警戒しなければならないからだ。このような不思議空間では尚更である。
俺は王城に向けて歩を進めることにした。街路の確かな感触が足を伝う。
歩きながらも俺は、偉大な大母の話を忘れない内に、頭の中で反芻する。「微睡みの棺」という仕組みは随分と複雑で、製造した術師も古い時代にいなくなり、全貌を解明することはただ一人を除きできないと聞いた。
しかし、棺の中で共有される現象については理解していると、彼女は事細かに話してくれたのだ。
モユヌエ曰く、この空間はハルランただ一人が作り上げたのではなく、その女性に融けた幾万もの魂が関係しているのだそうだ。ハルランの傍に最期までいた者たちは、多くがシウゼヴァクの王都民であったらしく、この夢幻の正確さを記憶によって補助していると。
その魂たちは、夢の中でハルランの守りとして機能し、後世の人間、特に「シウ・ゼヴァクの魔兵」たちにまで拡大し、影響を及ぼしているという。
輝かしき時代の残滓を囁き、幻として見せ、シウゼヴァクに忠する同志となるように。
そして、彼らは在りし日のシウゼヴァクを守りたいのだと、モユヌエは話した。上位種が破滅を齎す前の、美しい王国の姿を残すことで、己だけでなく、大戦で死した同胞たちや王への慰めとしているのである。
俺はモユヌエの話を聞き、思考の霧が晴れるようだった。
魔兵たちは異常なまでに「姿を隠した王」を信じている。祖国のために兵に志願するというのはおかしくないが、故も分からない「囁き」とやらを怪しまないのが疑問だったのだ。それが一種の洗脳の類であったと分かれば、なるほど納得もいく。
ゲーム作中では、魔兵たちはもはや「囁き」を妄信する幽鬼のごとき存在だった。女王の命よりも囁きを優先する兵も一部おり、そういった者は同じ魔兵や女王から刑を受ける立場にあった。
総力戦時、人員としては多数だった彼らもまた、戦いどころではない状況に追いやられていたのだろう。
囁きに狂った魔兵が出てきてしまったのは死者の魂の仕業なのか、それとも上位種が原因なのかは分からないが、元々の原因は古い人の魂にある。
死者が今を生きる人間を半強制的に縛るのは、褒められたことではない。自発的に意志を継ぐならばいいかもしれないが、道を狂わせるだけでは害になると俺は思う。
しかし俺は善人ではない。実際に見てみれば、この場所がどれだけの価値を持つのか分かっている。「バックスタブレイブ」を遊んだ一プレイヤーとしても思う。古い時代をそのまま再現した場所など、貴重過ぎて破壊できない。
「…やはり色々取り繕ってみても…俺は良い人間にはなれないよ、エドムンド君。俺は今、楽しくてたまらないんだ。」
兜に触れ、金属の硬さを手甲を通して感じた。体の芯から、ぐつぐつと熱気が押し寄せてくるのも。
俺はこの重大な局面でこの状況を、知り得るはずの無かった時代を見聞きしていることに喜びを感じている。すぐにでも王都内を駆けまわり、脳内の知識と照らし合わせたい気分だ。
歪められた信念をそのままにする罪。大局より俺個人の感情を優先する罪。俺の愚かさは、罪は、俺の「顔」からエドムンドに飛び火せず抱えきれているだろうか。
これを償うには、夢幻の維持と、霊魂からの干渉の遮断どちらも達成する術を探さなければ。
俺は内心、金属の質感まで再現しているのかと驚きながらも、ならばと一時的にしまった物を取り出す。しっかりと感触があり、握ったそれを手に取ればモユヌエに渡された物で間違いない事が分かった。
それは短剣で、柄の端には橙の宝石が、刃をおさめる鞘には彫刻が施されている特別製*1だ。ゼシニス大陸の栄華が古い文字で刻まれているのだという。
柄を握り強く念じるとこの眠りから覚めることが出来る、脱出用の道具である。
そして俺は、この短剣に似た代物を知っている。はめ込まれた宝石が青色であること以外、同じ造形の短剣を。
(…まさか、モユヌエ殿から
この夢幻の中で紛失してはどうなるか分からないため、俺は借りた短剣をしまい直してから考えを巡らせる。
「ギャラリー」というのはそのままの意味で、「バックスタブレイブ」の冒険やイラストを再び見られる場所だ。その鍵となる短剣は冒険の最中に拾えるもので、ゲーム終盤に入手できる。隅の隅まで探索しなければ見つけられないような場所に落ちているのだ。
入手した直後から、「ギャラリーモード」がスタート画面に追加される。その選択肢を押すと、奇妙な空間に飛ばされる。ゲーム本編と独立していることからも分かる通り特殊な位置づけで、制作陣はその空間を精神世界のようなものだと説明していた。
とは言っても見られる絵は、絶望的な描写だけだ。亡霊になった者たちの最期、味方の死や裏切りの場面が並ぶ。
そして嫌らしいことに、この空間は完全に独立しているわけではない。イベントを再体験するほど主人公の勇者の精神にダメージを与え、本編でもデバフをもらうのだ。
プレイヤーの中にはこの仕様に怒り、二度と見ないと息巻いていた者もいた。
だが、この謎の空間こそを心の支えとしている者もいた。
謎の空間には二名の、これまた謎の人物が居座っていた。皮肉気で物静かな紺髪の少年と、反対に身長が高く元気溌剌な白髪の女性である。
記憶を再び覗くことや、「バックスタブレイブ」の世界の仕組みを悪趣味だと言い放つ少年は、プレイヤーの心境を代弁してくれる清涼剤であった。またメタ的な視点は持たないが、白髪の女性の方も、過酷な旅路へのねぎらいや元気な性格、少年との掛け合い等でプレイヤーの心を一時的に回復させてくれたのである。
二人について俺たちプレイヤーは、考えをぶつけあってきた。上位種であるという説や特別な亡霊ではないかという説が強く、主人公の勇者が脳内で作ったイマジナリーフレンドだったり、精霊の生き残りだというありえそうな説まで多岐にわたっていたのを覚えている。
制作陣は、二人の正体を明かさなかった。俺も正体については気になっていたが、別の考えを持っている。彼らの存在こそ、制作陣が良心の呵責に苦しんだ形跡であるのだと。
俺は、胸糞悪い展開や良き人が不幸になることを除けば、この世界が大好きだ。だから「バックスタブレイブ」を作り上げた人々を恨み切れない。それに恨み言を心で叫んでも、俺の心が弱いだけの話だ。
しっかり分かっている。まさか一プレイヤーが世界に入り込んでしまうなど想定するはずもなく、ゲームを作っただけの彼らに非があるわけではないのだから。
鍵のことや、制作陣については一旦置いておこう。今はどうやってハルランを連れ出すかを考えるべきだ。
(…モユヌエ殿は、ハルランという人は王城にいると話してくれた。だが、城内にまで入れたことは一度もないとも言っていた。)
王城前に、市井の幻とは一際違う兵がいるという。それに打ち勝てねば、扉は閉ざされたままだと。
昔モユヌエだけでなくリィートイや他の戦士も挑んだが、突破することは叶わなかったと聞いた。
リハビリを終えれば俺に勝る実力のリィートイが、倒しきれない相手。恐ろしさはあるが、ハルランと言葉を交わさなくてはきっかけすら掴めない。外から安否の確認は出来ると言っていたが、それだけでは何も変わらないのだ。
一先ず試してみることにしよう。勝てれば成長を実感できる。もし古い戦士たちの二の舞を演じることになっても問題ない。シウゼヴァクには心強い味方がいるのだから。
もう王城への入口は、視界に入ってきている。妙に大きい人影に納得しつつも、直剣を抜いた。
◆
青白い全身鎧の男、エドワルドが棺の中に入ってしばらく。モユヌエは夢幻内について一通りの説明を済ませたことで疲弊し、大きく息をついていた。
そして瞼を指で揉んだ後、ケルの真後ろを見上げる。老女は見誤っておらず、ケルの背後からは数えきれないほどの気配がある。同じ時代を生きた者たちの残滓も、その中には混ざっていた。
「これだけの魂が、エドワルドの傍におったというのか。もう一度訊くぞ、ケルが集めたわけではないのじゃな?」
「うん。お兄ちゃんが一人一人話しかけたんだって。ね、モユヌエさんに教えてあげてほしいな。」
「…なるほど。あやつが何故、あれほど妙なのか分かったぞ。お主が、エドムンドか。」
モユヌエは魔力の糸を伸ばし、目を細めた後ぽつりと呟く。モユヌエの視線の先にある亡霊は、相違ないとばかりに大きく頷いた。
『かの大母と言葉を交わせること、光栄に思います。そして貴女様のご友人をお連れできたことも。…彼が眠っている間に、お耳に入れておきたいことがございます。一リシディア騎士の言葉ですが、どうかご容赦を。』
「流暢じゃな…生者と変わらぬではないか…!」
『当たり前だろう。運河に還るまで、かつてはこうだったのだからな。』
「うく…なんじゃなんじゃ! 揃いも揃って、エドワルドの背中に張り付きおって! うちらがどれだけ苦労したか…!」
亡霊エドムンドの肩越しに、多種多様な防具を着込んだ戦士たちが顔を出す。その後亡霊たちはモユヌエを取り囲むように並んだ。
モユヌエはぐるりと周囲を見回してから、床に足を打ち付ける。顔を真っ赤にした彼女は、しかし怒りとは程遠い感情を以て、地団太を踏んだ。
「…まあよい。エドムンドよ、聞かせてもらおうか。エドワルドとは何者なのかをな。」
『ええ。結論から申し上げますと、私も全ては分かっていません。しかし彼は勇ましく、自罰的な男です。上位種ではありません。』
「…そうであってほしいとは思っておったが…良かったのじゃ。なら次は――」
モユヌエは続きを促し、エドムンドの霊が気取った態度をおさえ、あくまでも端的に答える。 本筋から外れている猶予はなく、双方も望んでいない。モユヌエは不安を払拭できる事実を求めていた。
二名と時偶に古い人の亡霊が補足するのを横目に、一時遮断された感覚を戻したケルは、この場所に漂う霊魂へ意識を向ける。
少女にとってエドワルドの正体は、暴きたてようと思うほど謎に満ちていなかった。依然としてその男は、ケルの憧れで救世主である。そしてエドムンドや亡霊たちから話を聞いた後、自身の想いは正しかったのだと考えていた。
降って湧いた幸運。それを体現した者だと、ケルだけでなく亡霊たちも思っている。
◆
じりじりと距離を詰め、黒い靄に覆われたそれらの出方を窺う。
緊張がそのまま冷や汗となって額を伝うのが分かる。城門前には、俺が遠くから見た人間だけではなく、厄介な生物まで配置されていた。
俺の背丈の倍以上ある兵士と、幅広の巨体を携えた竜が、俺という外敵を排除しようと睨みをきかせているのである。
兵の装備には見覚えがあった。猛き戦士の四つの部隊の内、最も機動力のあった「竜焔」の装束。それもただの構成員ではなく、隊長格に近しい者だけが身に着けたというマントが揺れているのだ。
「これは、リィートイでも押し負けるわけだ…。だが、通させてもらう。」
剣を向ければ、兵士の兜から白き炎が漏れ出す。どこまでも猛き戦士を模した幻は竜の手綱を引いて騎乗し、槍を空に掲げた。
竜の咆哮と兵の雄叫びが、この空間ごと歪ませる。