王へ捧げる復讐譚   作:稲荷竜

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一章 ロランの回想
第1話 終端と発端


「国王陛下に申し上げる。その玉座を、彼女に明け渡していただきましょう」

 

 この日、俺たちのすべての報復が終わる。

 俺たちは奪われたぶんを、奪い返す。

 

 これは二十年越しの復讐譚。

 

「……なぜだ」

 

 でっぷりと肥えた男が、玉座に詰まるように座りながら、けだるげな声を挙げた。

 二十年前はもっと精悍な男だったような気もする。

 宮廷の毒が回った彼はもはや、当時の面影など見出すことも出来ないほど、醜く肥え果てていた。

 

 なぜだ?

 なぜ、報復をするのか。何の、報復をするのか?

 何を以て、俺たちは二十年という時間を、執念深く耐え忍び続けたのか──

 

 俺にとっては、姉のような人のために祈りを捧げ続けた時間だった。

 

 彼女にとっては、『母親を殺された報復』──では、ないのだろう。

 

 彼女にとっては、

 

「『それ』が私のものだからです、父上。私は、何も奪わせない。私のものも、私のものになるはずのものも、すべてだ」

 

 謁見の間入り口から玉座に至るまで伸びた、真紅の絨毯。

 その上で紛れることなく燃え上がる赤い淑女。

 

 御年十八歳の彼女は相変わらず強い目をしていた。

 そして、出会った十年前に比べて、立派に大きく、そして強くなっていた。

 

 もう、俺が彼女の手を引き、彼女を守りながら前を歩く必要もない。

 

 ただ臣下として膝をつき、見送る。

 彼女は一人で進み、父親と向かい合った。

 

 背の高い彼女でも、玉座までの段差のせいで、そこに着く父親を見上げるしかなかった。

 ……だが、なぜだろう。

 

 見下しているのは彼女で、見下されているのは、王のように思われた。

 

「王位継承権第一位、ルイズ・フェ・レヴィアタニアが、我が父カール・フェ・レヴィアタニアに譲位を要求する。痛い目を見ずにその玉座から蹴り出されたくなくば、さっさとその湿っぽい尻をどけろ。それは、私のものだ」

 

 ぼやけた王の顔に、不快さと恐怖がよぎったのが見えた。

 わかっている。あの王は責任を避け続け、美食と淫蕩にふけり続けた。

 だが、無能ではなかった。……それは、あの王と戦い続けた俺たちがよく知っている。

 

 まだ、『手』を隠しているのだろう。

 だから……

 

「……譲位を迫る我が娘ルイズに、問おう」

 

 ここから先が、最終決戦。

 俺たちの二十年が問われる、最後の問答が始まる。

 

 まあ──

 

 今さら負ける気なんか、さらさらないが。

 

 

 二十年前の話をしよう。

 俺がまだ十歳にもならないガキだったころだ。

 

 当時の辺境は左遷先というイメージが定着した場所だったが、祖父の代には国家の最前線、戦争の痛みをこの胸で受け、攻め寄せる敵国を国土に入れぬよう退ける、尊敬を注がれる領地だったらしい。

 

 しかしこの当時の景色はどうだ?

 ガキのころの俺は戦争があったなんて想像もつかない広い草地の上で寝転がって、ぼけーっと空を見ているだけの子供だった。

 

 将来辺境伯になることが約束された、現辺境伯の第一子。

 長子相続が慣例となっているこの国でその立ち位置は揺らぐことなんかありえなかった。だから俺はきっと、平和以外に取り柄のないこのクソ田舎で、一生を、親父みたいにつまらん領地経営に捧げるもんだと決めつけていた。

 

 戦争がまた起きねえかな──

 なんて、口にしない程度の分別はあった。でも、これも、祖父のお陰でついた分別だ。

 

 実際に戦争を経験した祖父は、二度と戦争が起こらない世の中を望んでいた。まして、俺のような孫がそういうことに巻き込まれるのは絶対に嫌だったようだ。

 優しい祖父がただ三度、俺に対して激怒したこと、その一つが『戦争が起こって欲しい。そんで、大活躍するんだ。そうしたら俺も親父みたいに中央貴族にへこへこ頭を下げないで済むのに』とつぶやいた時だった。

 その時の怒り様は、今思い返しても身震いするほど恐ろしい……子供であろうが、大人であろうが、一発で『言ってはいけないことを言ってしまった』と理解出来る、軍人の一喝だった。

 

 当時の俺は、親父の情けなさを嫌っていたが、祖父のことは好きだった。

 

 本当に格好いい爺様だったんだ。歳を重ねても、ただ立っているだけで漂う『歴戦の勇士』の面影。語る話はどれも面白く、領民からも尊敬をされていた。

 

 貴族と民との距離が遠いのが一般的なこの国で、俺の生まれ育った東の辺境は、そういった慣例から外れた場所だった。

 それは、祖父が当時、ここの民にだいぶ協力をしてもらい、民も貴族もなく、戦争という脅威の前でともに戦ったったからだ。祖父は民を愛して、民も祖父を愛していた。

 俺はこの関係を理想だと、今もまだ思っている。防衛戦の時には現地住民との関係性が大事だという、ちゃんとした理屈も教えてもらったし。

 

「ロラン様!」

 

 俺が草地でぼんやり青空を見ているのが好きな理由は二つあった。

 一つは、この当時ただただ広いだけで何もなかった領地の草原を流れる風が好きだったからだ。

 

 そしてもう一つは、こうして当主教育をサボッていると、『彼女』が迎えに来てくれるからだった。

 

 俺にとって運命の女性。

 ……とはいっても、婚約者でもなんでもない。強いて言えば世話係。

 この当時『ド田舎』扱いされていた辺境伯の領地には行儀見習いに来る貴族の子女もいなくて、平民からお手伝いさんを選んでいた。その一人にしか過ぎなかった彼女。

 

 俺の心の姉にして、二十年後に玉座に挑む、あの子の母親。

 そして……

 

 俺が草原で寝転がっていたガキのころから数えて三年後。

 王宮の陰謀に巻き込まれて命を落とす、彼女。

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