アンヌが王都に連れて行かれたことを、俺は事後に知った。
もちろん、親父が隠したのだ。俺が大騒ぎすることが明らかだったから。
実際、その当時の自分の大騒ぎは、今思い返しても当時の怒り、悔しさ、やるせなさが蘇るほど激しいものだった。
当然、親父を恨んだし、憎んだ。
もともと情けない男だと思っていたものだから、この時はもう、今後、親父への評価が覆ることは二度となく、親父と一緒の土地にいるというだけでムカついてたまらなくて、辺境領を出て行ってやろうと本気で思った。
実際、出て行った。
ただしそれは、ある人のお陰で『一生の離別』とはならなかった。
俺はこのあと、辺境領に舞い戻り、のちに親父が病気で急逝したあと、この領地を継ぐことになる──父への尊敬の念を抱いて。
辺境領を出て行こうと思った俺が目指したのは、王都だった。
クソッタレな王の手から──この当時すでに、俺の中の王は、『アンヌを無理矢理王都に連れて行ったヤツ』という扱いになっており、その評価を地に堕としていた──アンヌを取り戻そうという試みだ。
当然ながら作戦なんかあるわけがない。
そもそも俺は、辺境領から出たことさえない箱入りだった。
……その時は怒りのせいで気にできなかったけれど、この時の俺には何もかも足りなかった。知識も、準備も、それらがなくてもどうにかなるような機転や武力も。何もかもが。
ただし当時から仲間には恵まれていた。
のちに俺の副官となる男にオリバという者があり、こいつは血筋で言えば俺の従兄にあたる。
ようするに親父の弟の息子なのだが、年齢はあちらが二つ上。俺にとって兄貴のような存在だった。
当時、一番信用している者を一人選べと言われたならば、俺は弟よりも、あるいはアンヌよりも、オリバを選んだかもしれない。
あの金髪碧眼の美丈夫はどこかちゃらちゃらしたナンパな雰囲気があるのだけれど、その実、一人の女性を思い続け、ついには結婚に至る一本気な誠実さもあった。
とはいえ人生経験の方も、叔父に連れ回されて色々なところを回っているお陰でかなりあり、当時の俺からすれば『自分より一段上の、頼れる存在』と言える、立派な兄貴だった。
俺が怒りのままに荷物をひっつかんで、無謀な王都行に挑もうとするところを見つけて留めたのが、このオリバだった。
「ロラン、こんな夜中にどこに行くつもりだ?」
暗闇の中からゆらりと現れたオリバは、どうにも俺が深夜に王都へ行っちまおうとしているのを察していたらしい。
というとまるでオリバが特別鋭いかのようだが、アンヌを連れ去られた件で、親父とは怒鳴り合い……俺が一方的に怒鳴ってケンカ状態になっていたことは、当時の辺境領の住人なら誰でも知っていたらしかった。
だから『やらかすだろうな』と思って待ち構えていたところ、本当にやらかす俺がそこにのこのこ現れた──というのが、この当時、オリバが俺を待ち構えていた仕組みのようだった。
この時の俺はオリバに何か興奮した様子でまくしたてたように覚えているのだけれど、その発言内容の方が、記憶を探っても判然としない。
『アンヌを取り戻す』『親父はクソだ』『王もクソだ』あたりのことをありったけの悪罵と汚いスラングを用いて表現したはずなのだけれど、極度の興奮状態で記憶があまり残っていない。
俺の大騒ぎをオリバは「そうかそうか、わかった」と穏やかに聞き、俺の肩を叩いて、じっと俺を見下ろし──当時、オリバの方が俺より背が高かった。この年齢の時の二歳差は、体格にはっきりした差をもたらす──
「では、一緒に行くか、弟よ」
ニカッと笑って、そんなことを言った。
この時のキザな笑顔は今でも絵に駆けるぐらいに覚えている。
……とはいえ、あとで聞いてみたところ、この当時、オリバもまだ十代なりたてのガキ。しかもそろそろ『貴族の立場』というものについて実感を伴う、社交界入り準備中の年齢だった。
俺は本家の当主候補だから、これの怒りをかうのもまずい。さりとて王都に黙って行かせるのもまずい。そういう板挟みの中でかなり苦悩し、一番被害が少なくなりそうな道を選んで立ち回ったとのことで、かなり胃痛を覚えていたようだった。申し訳なく思う。
この当時の俺はといえば、『どうせ止められるだろう』と思っていたのもあってすっかり虚を突かれ、オリバの前で間抜けな顔をして固まってしまった。
オリバの発言はこうして、勢いこんで怒りのままにとにかく王都まで突っ走ろうとしていたアホなガキを止める効果を発揮したわけだ。
だがここで『冷静になったな? じゃあ、大人しく家に帰ろう』という言い分が通じるほどには冷静ではなかった。
当時の俺の中で『王都に行って、アンヌを取り戻す』というのは確定事項で、これを曲げさせることは、たぶん、死んだ祖父が墓場から出て来て説得にかかっても不可能だっただろう。
そこでオリバは『一緒に行く』という選択を、本当にした。
かくして俺は、オリバに案内され、また、王都までの道々で世話などされながら、生まれて初めて辺境から外に出ることになり……
王都で、『あの人』と出会った。