その当時、初めて王都というものを見た。
道々通り過ぎた『都』に対してその時点でだいぶ打ちのめされていた俺は、『本物の都会』を見て、自分が住んでいる領地がいかに何もないド田舎かを思い知らされたのだ。
うちにだって、大砲はあった。
砦はあった。
武器庫もあって、兵舎もある。
だが、それらはすべて、到底、『都にあるべきもの』ではないのだ。
うちはその辿って来た歴史から軍事的な設備こそあるものの──のちにその設備も、祖父の代の、型遅れのものばかりだと発覚することになるのだけれど──それらは到底、『都会』に求められる条件ではなかった。
毎日毎日、何人もが通行することですっかり草の生えなくなった黄土色の地面は、いつの間にか灰色の石畳に変わっていた。
流れる川の上にかけられた跳ね橋は、夕方になれば上がるらしい。
王都というのは、国家が始まった時からある『軍事拠点』だ。この国家はそれを忘れず、王都をはじめ、各貴族の領都などはこうして壁か、あるいは川にかけた跳ね橋などを挟んで、籠城が可能な造りになっていた。
この石壁も跳ね橋も、今から数百年前に造られて、そのまま使い続けられているというのだから驚きだ。
あるいは、魔法による代物だから、こうまで高い技術力と、普段から使っているのに致命的には壊れない丈夫さを持ったまま、数百年を耐えているのだ、なんていうようにも言われている。
伝説によれば、当時の国王とそれに仕えた『最初の貴族たち』は、魔法を使えたらしい。
また、建国当時には、人の相手は人ではなく、魔物であったとか──
──今となってはすべて、誇張された伝説にしか過ぎない。
世界のどこを見渡しても、魔法使いも、魔物もいない。
この当時の俺は、この世に魔法はなく、この世に魔物たらいうものが跋扈していた時代などないと、固く信じ込んでいた。
多くの人が、そうだろう。……『王は魔法を使える。その技術を伝承しているのだ』なんていう言い伝えもあるにはあるが、ひねくれたガキだった俺は、この当時から、『王の権威を広く示すために作った嘘だな』と鼻で嗤っていた。
……後に、本物の『魔法使い』と出会うまで、俺にとっても、世界にとっても、『魔法を用いて魔物と戦う存在』というのは、子供向けの御伽噺にしか過ぎなかったのだ。
石の跳ね橋(石の跳ね橋だ! 当然重いというのに、その巻き上げのなめらかさ、いくら使っても端っこがちょっと欠けるぐらいで全然壊れない丈夫さに、俺は後から興奮を覚えた)の先に広がる、整備された通り。
建物が止めどなく立ち並び、その最奥にそびえたつ『王の城』。
そんな光景を前にすっかり打ちのめされていた俺の肩を、ここまで導いてくれたオリバが優しく叩いた。
「『ここ』からアンヌさんを連れ戻す──本当に、可能に思えるか?」
この当時のオリバの思惑は、『実際に王都を見せれば、その文明レベルの違いと堅牢さに打ちのめされて、現実を見て、あきらめるだろう』というものだったようだ。
実際、王都にガキ一人が乗り込んで、恐らく王宮にいる(この当時はこの程度の認識だったが、実際のところ、宮殿の中でも最奥の廓の中にある後宮にいたと思われる)アンヌを取り戻す……
誰がどう見てもわかりやすい、『不可能』だった。
ガキ一人が忍び込めるようになっていないし、そうして忍び込んだあと、アンヌをさらって連れ戻すなんていうのは、それこそ魔法でもなければ不可能だった。
しかも、取り戻したあと、どうするというのか? ……現在の視点だと、何もケア出来ていない。する気もない。クソガキだった時にしか出来ない、向こう見ずで、勢いのある行動だった。
当時の俺には無限の怒りと、自分をここまで育んでくれたものに対する無知、それから若さから来る謎の自信があった。
「忍び込む」
こう答えた時、オリバの顔が『え』という感じに歪んだのは、今思い出すとかなり面白い。
だが当時のオリバは、頭が真っ白になっていたらしい。
それはそうだろう。俺はオリバから『まだガキだが、馬鹿ではない』という評価を受けていた。その馬鹿ではないはずのガキが、王都を実際に見て『忍び込む』と断行したのだ。
ここでオリバは『自分だけ逃げるかどうか』を悩んだらしい。薄情とは思わない。逆の立場だったら俺は見捨てて逃げる。そのぐらい、当時の俺の行動は愚かで向こう見ずだった。
だが、オリバは情にあつい男であり、一度『身内』と認めた相手を見捨てられない甘さがあった。
「……わかった。付き合う」
オリバの覚悟は『難攻不落の王宮に忍び込む』というものではなく、『いざとなればすべての罪を全部受けて、辺境を無事に済ませてもらおう』というものだったようだ。
失敗は前提として、事後のことまで当時のオリバは考えていた。今、思い返すと、この時の自分の視野狭窄っぷりは自分でも頭を抱えたくなるほどだ。
そうして夜を待って王宮に忍び込もうとし、俺たちはあっけなく捕まった。
捕まって……
『あの人』に出会った。