ユメ先輩(銃の魔人) 作:虎3
暗闇の中で、目を覚ます。
ゆっくりと辺りを見まわして、ここが地獄だと認識した。
──そうか、オレは、死んだのか。
銃の悪魔は、自分の状況を考える。
きっといつも通り、何かを殺せと呼び出され、そして・・・
──つまり、オレは、負けたのか?
悪魔は人間の世界で死ぬと、地獄でまた別の個体として生まれ変わる。
だから自分がいったい何と戦い、どういう経緯で死んだのかは覚えていない。
ただ最期に、ブウンという重たいエンジン音を聞いた気がした。
──最強の武器である、オレが?
銃の悪魔は、激しい怒りを感じていた。
戦争の中で生まれたあらゆる武器の中で、銃こそが最強だ。
高い射程と高い威力、それも最高だけど、それだけじゃない。
昨日まで戦いと無縁だった人間が、翌日には引き金一つで鍛えられた兵士を殺す。
年齢、性別、経験、そういった使い手の都合に関係なく、指先だけで簡単に相手を殺す力を授ける点が、銃の最強で素敵なところだと自覚している。
だからこそ、銃の悪魔は自身の敗北が許せなかった。
早く、またオレを呼び出してほしい。
今こうして地獄に還ったのは、自身の2割ほどだ。
残り8割の肉塊は、今も人間の世界にある。
それならば、これから人間の世界で使われるのはその8割だろう。
今こうして自我を持ち、地獄で怒りに震えている2割の自分ではない。
それでも、次にオレが人間の世界に行けたとしたら。
何か奇跡のような、特別な何かが起きたとしたら・・・
──銃が最強の武器であることを証明してやる。
だから早く、早く。
オレを呼び出し、標的を示してくれ。
次はもっと残酷に正確に、銃を構えるものが願うままに撃ち抜いてみせよう。
そうして、銃の恐怖をばら撒こう。
銃の悪魔はその時を待ち侘びて、地獄で長い眠りにつく。
誰かの手で呼び出され、再び引き金に指が掛けられるのを夢に見ながら、ずっと、ずっと・・・
そして、ついにその日は訪れた。
銃の悪魔の目の前に、一枚のドアがある。
そのドアがガチャリ、と音を立てて開いた。
その音で、銃の悪魔は目を覚ます。
夢を見るだけの時間は、ここで終わりだ。
もちろん銃の悪魔は、迷うことなくドアの先へ飛び込んだ。
※※※※※※
梔子ユメは、空を見ていた。
太陽がギラギラとこちらを照らす。
その暑さで陽炎が立ったアビドス砂漠で、ユメは仰向けに倒れていた。
熱風が砂を運び、ユメの身体をサラサラと撫でる。
「ひぃん、あっつい・・・暑くて干からびそう・・・」
この砂漠で遭難して、どれくらいの時間が経ったのだろう。
わずかにあった水も、とっくに尽きていた。
そもそも長い時間を砂漠で過ごすだけの準備などしていない。
簡単な用事を済ませて、すぐアビドスの校舎に帰るつもりだったのだ。
それが、こんな・・・
砂漠で水をなくした遭難者の末路は、一つだけだ。
このアビドス砂漠の近くで暮らしている人なら、みんな知っている。
本当はこんな砂漠のど真ん中で寝転がっている場合じゃない。
だけどもう、疲労と脱水症状で立っていることすらできない。
ユメは空を見上げて、刻一刻と死の足跡が迫るのを感じていた。
「ホシノちゃん・・・ごめんね、ホシノちゃん・・・」
ユメはカラカラになった喉で、大切な後輩の名前を呟いた。
アビドス高等学校の、2人きりの生徒会。
アビドス復興という私の夢に、ついてきてくれたホシノちゃん。
ホシノちゃんと出会ってから、今までのことを思い返す。
不良集団から助けてくれた時の、頼もしい背中。
宝探しに誘った時のキラキラとした瞳。
ちょっぴり意地悪だけど、本当は誰よりも優しい、私の大切な後輩。
これが走馬灯なのかな、とユメは考える。
それなら私の人生は、大部分がホシノちゃんと出会ってから始まったのかもしれない。
頭の中を駆け巡るのは、そんなホシノちゃんとの思い出ばかりだったから。
本当に、楽しかった。
もちろん大変なことも沢山あったけど、ホシノちゃんと過ごす毎日はとても輝いていて、何だか夢の中にいるようだった。
そうして一緒に頑張っていれば、いつか必ずアビドスは復興する。
そんな奇跡を、ユメはずっと信じていた。
──だけど、その能天気さがダメだったんだろうな。
思い出の最後のシーンは、ホシノちゃんの怒り顔だった。
ユメは、ホシノちゃんと最後に会った日のことを思い出す。
きっとホシノちゃんは、私よりもずっと現実的にアビドスの行く末を案じていた。
現状の袋小路と未来への不安で、真剣に悩んでいたところを、私の能天気さが刺激してしまった。
びりびりに破かれた砂祭りのポスターは、そうして破裂したホシノちゃんの心そのものだった。
あんなに怒ったホシノちゃんを見たのは、初めてだった。
ちゃんと謝って、仲直りしたい。
その上で、アビドス復興の具体的な希望を示してあげたい。
そうしてホシノちゃんと、ずっと一緒にいたかった。
まだまだ、一緒に頑張っていたかった。
そうだ、そのために私は契約をして、砂漠にきて・・・
だけど全部、もう叶わない。
ホシノちゃんとは二度と会えず、喧嘩別れをしたまま私は死ぬ。
せっかく結んだ契約も、ホシノちゃんに知らせることすらできずに、私は死ぬ。
改めて最期を自覚して、ユメは泣きそうになった。
しかし乾いた体には、涙を流す水分すらもう残っていないようだった。
だからこの霞んでいく空は、涙のせいではないのだろう。
視界はボヤけて、端からモノクロになって消えていく。
口の中はひどく乾いているのに、なんだか少し甘い感じがした。
キーンと耳鳴りが響き、次第に、辺りが静かになっていく。
心残りは、2つ。
一つは、ホシノちゃん。
ちゃんと仲直りして、もっとずっと、一緒にいたかった。
もう一つは、アビドスの復興。
ホシノちゃんと一緒に、砂祭りが行われていた頃のような活気を、もう一度取り戻したかった。
私の人生は、その2つが全部だった。
だから、お願い。
私にできることなら、何でもするから、どうか・・・
「ホシノちゃんと、一緒に・・・これからも、アビドスを・・・」
今までと変わらず、それでも少しずつ確かに前進していくような毎日を。
薄れゆく意識の中で、ユメはそんなことを願った。
静かな世界の中で、意識だけが微かに漂っているようだった。
ユメは既に機能していないはずの耳で、ふいにガチャリ、と音を聞いた。
それはドアが開いたような音だった。
こんな砂漠の真ん中で、それはおかしなことだった。
だけど、だれか、もしそこに居るなら、どうか──