ユメ先輩(銃の魔人)   作:虎3

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照星に煌めく

 

「それじゃあ、かんぱ〜い!」

 

「まったく、あまり浮かれないでください」

 

ワイングラスがぶつかり合い、鈴が鳴るような音が響く。

 

月明かりが照らすアリウス自治区の深奥、バシリカ。

銃の魔人はベアトリーチェと、空き家から持ち込んだ丸テーブルを囲っていた。

 

向かいに座るベアトリーチェが、ゆったりとグラスを傾ける。

純白のドレスから覗く肌は、彼女の唇を濡らすワインよりも真っ赤だった。

 

銃の魔人がここに来てから、二年の月日が流れている。

アリウス生徒との演習と、その他いろいろな準備に明け暮れて、まさに弾丸のような毎日だった。

 

ゴルコンダが抽出した『テクスト』によって把握した自身の能力は、その練度を飛躍的に高めている。

 

また狙い通り、梔子ユメとの契約によって得た『神秘』も、ある程度使いこなせるようになっていた。

 

こと戦闘において、銃の魔人は充実した時間を過ごすことができている。

 

「貴重なものですから、大事に飲んでくださいね?」

 

ベアトリーチェは、小さくため息をついた。

 

銃の魔人は、くるくると上機嫌にグラスを回す。

その中に、真紅の液体が踊っている。

 

『神秘』を得て、戦闘面以外にも一ついいことがあった。

それは、生徒の血がより美味しくなったことだ。

 

ただの人間の血にはない、その奥から湧き上がる複雑な風味。

おそらく『神秘』を宿したことで、その味を知ったのだろう。

 

さらに飲めば飲むほど、自身の中に巡る『神秘』が強くなるのを感じる。

 

嗜好品としても実用品としても、銃の魔人は生徒の血を愛飲していた。

一度だけ、つい飲み過ぎて10番を貧血で倒れさせたのも、いい思い出だ。

 

銃の魔人は、グラスに鼻を近づける。

あまりにも濃厚な血の香りと、その奥から立ち昇る『神秘』の気配。

飲む前から、思わず口角が上がった。

 

グラスの中で波打つのは、アリウスが誇るロイヤルブラッド──秤アツコの血液だ。

 

以前、演習中にアツコが負傷し、その高貴な血が地面に染みを作ったことがある。

その時の芳しい香りは、脳をガツンと揺らすようだった。

 

その後、彼女の出自に関する噂を耳にして、ぜひ飲んでみたいと思っていたのだ。

 

一体、どれほど美味しいんだろう。

一体、どれほどの『神秘』を含んでいるんだろう。

 

「本当に、その一杯だけですからね。ロイヤルブラッドは、私にとっても大事な贄なのですから」

 

ベアトリーチェは、こちらを憮然とした表情で見つめる。

具体的な計画は知らないが、彼女にとってもこれは重要なものらしい。

 

「ケチくさいなぁ。こんなに頑張ってるんだから、もっとサービスしてくれてもいいのに」

 

銃の魔人はグラスを持っていない方の左手を、見せつけるようにヒラヒラと振った。

その手には、本来あるべき5本の指が、全て根本から欠けている。

掌のみが残るそれは、薄っぺらい握り拳みたいで不恰好だった。

 

銃の魔人とベアトリーチェは、いくつかの取引を交わしている。

 

一つ目は、10人の生徒を自由に使う代わりに、研究資料として人体の一部を提供すること。

 

二つ目は、戦闘の機会を得る代わりに、生徒達の演習相手をすること。

 

そして三つ目は、言い値の交渉だ。

何を対価に何を得るかは、その都度協議することになっている。

 

今回はロイヤルブラッドの血を得る代わりに、アリウス生徒が使う様々な銃を強化した。

欠けた指は、その能力に用いた結果だ。

 

それは『テクスト』によって見出された一つで、『肉片を取り込んだものを強化する』という能力。

 

ゴルコンダから手渡された用紙と睨めっこしながら、ネズミや野鳥、人間など、色々なものにその能力を試した。

しかし結局、銃の魔人の肉片を受け入れられたのは、その眷属である銃だけだった。

 

肉片と融合した銃は、その性能を格段に向上させる。

効果時間は、10日間。

その時間で肉片は、銃に完全に溶け込んでなくなるらしい。

 

銃の魔人は今日、自身の指を千切っては埋め込み、血を飲んでは生やすを繰り返していた。

 

──悪魔だった頃なら、対象も時間も制限なんてなかっただろうな。

 

魔人は悪魔の能力を引き続き使うことができるが、その効果は数段劣るものになる。

最強を目指す銃の魔人にとっては、なんとも頭の痛い話だった。

 

外的要素で強くなるには今のところ、血と『神秘』、将来的には恐怖が肝要になるだろう。

 

──とりあえず今は、血をいっぱい飲んで強くならなきゃね!

 

銃の魔人は期待に胸を膨らませて、グラスの縁に口をつける。

そのまま少し傾けて、まずは小さく含んだ。

 

まだ生暖かい新鮮な血が舌に触れ、咽せ返るほど濃厚な命の味が、ほどけるように広がっていく。

勢いのまま飲み込んでしまいそうになるのをグッと我慢して、しばらく口の中で転がすように味わった。

 

すると、今までに感じたことのないような『神秘』が舌の上で弾け、そこを震源地に全身へ活力が満ちる。

 

これが、強い『神秘』を宿した生徒の血。

 

脳髄を撃ち抜かれたような感覚に、頭がクラクラとする。

そんなある種の酩酊感に浸りながら、銃の魔人は感嘆するように息を吐いた。

 

「はぁ〜、これがロイヤルブラッドかぁ。いいなぁ、ほしいなぁ」

 

「あげませんよ」

 

ベアトリーチェはピシャリと言い放ちながら、白い繭のような頭部から覗く、無数の瞳でこちらを見据えた。

この二年間、なかなか良い関係を築けているが、この件に関しては取りつく島もないようだった。

 

「・・・ん?」

 

そんなベアトリーチェに唇を尖らせていると、欠けた左指の付け根あたりが、むず痒く疼いた。

それから赤黒い切断面が膨らんで、紙粘土のようにメキメキと形を変えていく。

最初は肉の塊のようだったそれは、徐々に細長く整えられていき、あっという間に元の綺麗な五本指が生え揃った。

 

「おぉ〜!」

 

銃の魔人は復活した左指をグッと握りしめて、ほくそ笑む。

10番や他の生徒の血を飲んだ時より、格段に再生が早い。

 

やはりこの世界の血には、味や効果の優劣がある。

それは、宿している『神秘』の含有量によって決まるらしい。

『神秘』が強い血ほど美味しく、また銃の魔人に強い力を授けてくれる。

 

このキヴォトスには、これ以上の血も存在するのだろうか。

キヴォトス征服を成し遂げた後は、それらも飲み放題になるはずだ。

 

楽しみがまた一つ増えて、銃の魔人は夢見心地で笑った。

 

ベアトリーチェはそんな再生の過程を興味深そうに眺めている。

 

「その調子なら、銃の強化はまだまだ可能ですね。明日以降、追加分もお願いします」

 

「え〜、じゃあ、おかわり!」

 

「その一杯で今日からエデン条約調印式まで、という取引です。それに雑多な生徒の血でも、再生するには問題ないでしょう」

 

銃の魔人は不満を訴えるように左右に揺れて、椅子をガタガタと鳴らす。

 

しかしベアトリーチェの言葉から、これから待ち受ける一大イベントを思い出して、すぐに機嫌を揺り戻した。

 

「まぁ、頑張るよ。オレも、とっても楽しみだし!」

 

銃の魔人は詳細に興味はないが、ずっと仲が悪いトリニティとゲヘナという学園が、これから仲良くしましょうねと約束するらしい。

 

アリウスはこれに介入して、大嫌いな両校を占領してしまおうと計画している。

 

──そう、つまり、戦争だ。

 

とても、とても楽しみだ。

このために銃の魔人はアリウスに滞在し、二年間自身をチューニングしてきたのだ。

 

銃の魔人はまた一口、血を啜りながら嘲るように笑う。

 

人間が仲良くするなんて、まったく無理をしない方がいい。

互いに向き合って、その手が銃を握るなら、あとはもう撃ち合うしかないのだから。

簡単に引き金を引く理由を作る人間の愚かさは、銃の魔人にとっては好ましいものだ。

 

「当日、オレは好きにさせてもらうよ?」

 

「基本的には、構いません。元よりトリニティやゲヘナを占領するかどうかなんて些末なことですから。どうぞ、自由に遊んでください」

 

「え〜、それなのにオレに銃を強化させてるの?」

 

そこそこ、痛い思いだってしているのに。

オレの銃を握るなら、それなりに気合を入れて欲しいものだ。

 

「私には別の目的があり、戦力が必要です。そしてその件で、あなたに一つお願いしたいことがあります」

 

ベアトリーチェは手元のグラスを弄びながら、こちらに向き直った。

 

「私にとって重要なのは、ロイヤルブラッドが古聖堂にたどり着き、儀式を行うことのみです。あなたには、その手助けをして欲しいのです」

 

「手助け、ねぇ。具体的には?」

 

「古聖堂に到達するまでと、その戦場から撤退するまで。この間、万が一の場合の護衛をお願いします」

 

その言葉が意外で、銃の魔人は小首を傾げた。

 

「おまえにしては、珍しいね。子供を護るだなんて」

 

「私は利用価値のある子供には優しいですよ。ロイヤルブラッドは大事な贄だと言ったでしょう」

 

ベアトリーチェは、心外だと言わんばかりに肩をすくめた。

 

「常に付きっきりで、とは言いません。あなたの感知能力なら、遠くにいながら彼女に気を配ることも可能でしょう」

 

カードを一枚ずつ切るように、交渉は続く。

 

「それに、その血は美味しかったでしょう?取引に応じるなら、もう一杯くらいはご馳走します」

 

──こいつ、最初からそのつもりだったな。

 

銃強化の取引は調印式までなのに、初日に報酬を飲ませるなんて太っ腹だと思っていた。

味を覚えさせて価値を高めてから、それを餌に別の取引をするつもりだったのだ。

 

銃の魔人は小さくため息を吐いて、頭を捻る。

 

──まあ、いいか。オレのやりたいことには関係ないし。

 

上手くのせられたみたいで腹が立つが、取引の内容自体は悪くない。

それに、ちょうど知りたかった情報もある。

 

「おかわりの他に、知りたいことが2つある。その情報をくれるなら、手を貸してあげてもいいよ?」

 

「.・・・まあ、この辺りが落とし所ですね。ただもちろん、その内容によります」

 

「たぶん、大丈夫だと思うよ。このキヴォトスで一番強い生徒と、一番強い神秘を持つ生徒が知りたい」

 

この二つは以前、キヴォトスに来たばかりの頃に黒服に尋ねたものだ。

はぐらかされてしまったが、力をつけた今、改めて知っておきたかった。

 

「それなら、問題ありません。取引成立ということでお願いします」

 

「うん、ロイヤルブラッドの護衛は任せてよ。おかわりは開戦の前日に、情報は今ここで貰いたいな」

 

銃の魔人は椅子に座り直して、ベアトリーチェに前のめりになった。

 

最強を目指す上で、目標になる相手。

そして『神秘』が支配するキヴォトスにおいて、その最高峰たる存在。

 

どちらも、今後の動きに関わる重要な情報だ。

 

ベアトリーチェは少しもったいぶった様子で、ゆっくりと語り始めた。

 

「一つめは、判断が難しいです。ですが、今回のエデン条約調印式に関わる生徒に限れば、その候補は絞られます。ゲヘナの空崎ヒナか、トリニティの剣先ツルギが有力でしょう」

 

空崎ヒナ、剣先ツルギ。

彼女たちと戦う機会はあるだろうか。

 

銃の魔人は二年間磨いた能力を試し、キヴォトス最強までの距離を測りたかった。

 

「二つめは、黒服がある程度明確に答えを出しています」

 

──黒服、やっぱり知ってて誤魔化しやがった。

 

次会ったら、あのひび割れた黒い卵のような顔面を撃ち抜いてやろう。

 

「ふーん、誰だろう?やっぱり、このロイヤルブラッド?」

 

銃の魔人はグラスを指でなぞりながら、回答を急かした。

 

「いえ、ロイヤルブラッドは『神秘』の強さではなく、その特異性に価値があります」

 

ベアトリーチェは一口、ワインで喉を潤して続ける。

 

「このキヴォトスで最も強い『神秘』を持つのは、アビドスの小鳥遊ホシノという生徒です。黒服は彼女を、『キヴォトス最高の神秘』と称しています」

 

小鳥遊ホシノ・・・ホシノ・・・あぁ、ホシノちゃん・・・

 

「ふふっ・・あははっ、本当に?あぁ、まったくなんて、素敵なんだろうねぇ・・・」

 

銃の魔人は腹を抱えて、それから熱に浮かされた声色で呟いた。

 

── 『ホシノちゃんと一緒にアビドスを復興したい』

 

そんな願いを叶える契約により、将来共に歩むであろう、梔子ユメの可愛い後輩。

 

キヴォトスで一番強い『神秘』を持つのは、そんな彼女だった。

 

ドクンッと、心臓が耳元で鳴ったかのように大きく脈打つ。

それは梔子ユメのこの身体が、全身で震えているかのようだった。

 

ベアトリーチェはそんな様子を、怪訝そうに眺めている。

 

「・・・お知り合いでしたか?」

 

「いやぁ・・・ふふふっ、ちょっとね」

 

銃の魔人は目尻に浮かんだ涙を拭い、片手で顔をパタパタと扇ぎながら考える。

 

最高の『神秘』を持つホシノちゃんと一緒なら、最終目標が一気に現実味を増す。

最強になった後、その証明としてキヴォトス中の学園を踏み潰し、その上にアビドスの旗を立てる、そんな素晴らしい光景。

 

照準の先にある青写真が、はっきりとした輪郭を帯びて色付いた。

 

銃の魔人はホシノちゃんへの乾杯のつもりで、グラスを宙に掲げる。

それから一度くゆらして、残りを一息で飲み干した。

 

──ホシノちゃん、必ず、迎えに行くからね。

 

そうして一緒に、梔子ユメの悲願を果たそう。

 

飲み込んだ血が全身を巡り、身体の内側で『神秘』が白熱する。

心臓が早鐘を打ち、銃声のような鼓動が脳を震わした。

 

その心音は、停滞していた歯車が動き出した、そんな号砲のようだった。

 

 

 

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