ユメ先輩(銃の魔人)   作:虎3

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トリガーハッピー

 

天雨アコは、舌打ちをした。

苛立ちのまま叩きつけたそれが、部屋の中に鋭く響く。

 

エデン条約調印式はミサイルを嚆矢に、その様相を大きく変えた。

 

アコは数人の風紀委員を連れて、爆心地から離れ残っていたレンガ造の建物に転がり込み、即席の司令部としていた。

 

ここは、雑貨屋だろうか。

トリニティらしい、気取った装飾の小物が所狭しと並べられている。

床に散らばるガラスの破片は、きっと爆撃の振動で棚から落ちたのだろう。

 

連れ立ったのは、後方支援を主とするメンバーだ。

情報の収集や分析に長け、今も方々に通信を繋いでいる。

 

「ア、アコ行政官……」

 

その中の一人が、アコの舌打ちにびくりと肩を震わせ、気遣わしげに声をかけた。

 

「……失礼しました」

 

アコは気を沈めるように長く息を吐き、努めて冷静に返事をした。

 

みんなの尽力で、情報は集まりつつある。

しかしそこから浮かび上がる現状は、混沌を極めていた。

 

ガスマスクで顔を隠した所属不明の生徒達が、ゲヘナやトリニティを追い立てる。

 

それだけなら、きっと数で押し切れたかもしれない。

しかし程なくして、幽霊のようなシスター服の生徒が、どこからともなく戦場に湧いて溢れた。

 

アコ達もここに退避するまでに相手をしたが、キリがない。

まるで、霞に向かって銃を撃っているようだった。

 

──これは、誰の差金でしょうか。

 

やはりトリニティが、私たちを裏切ったのか。

それとも、万魔殿が茶々を入れたのか。

はたまた、知らぬ第三者の介入か。

 

誰であろうと、絶対に許さない。

だってヒナ委員長が、血を流していた。

 

アコは叶うことなら、今すぐヒナ委員長の元に駆けつけたかった。

しかし絶対的な強さを持つ彼女は、この戦場において心配することすら烏滸がましい。

 

──少しでも、ヒナ委員長の負担を減らさなくては。

 

アコは自身の役割を、誰よりも正確に認識している。

 

今この場で、戦力としてヒナ委員長に並び立つことはできない。

ならばせめて後ろで支えられるよう、それ以外の全てに対処しよう。

 

骨身を削るような努力を重ね、行政官の地位を手にした時、アコは自身にそう誓っている。

腰元に刺した愛銃が、応えるようにガチャリと揺れた。

 

アコは自身も通信を繋ぎながら、委員達に絶え間なく指示を飛ばす。

眼前に展開されたホログラムが、フラッシュ計算のように目まぐるしく切り替わる。

 

味方の状況、敵の数、戦力、配置、それから、それから──。

 

ふいに視界の右半分が、ぬるりと生暖かい感触に覆われて見えなくなった。

最初のミサイルで、自身も頭部を負傷していたのだろう。

その数秒に苛立ちながら、アコは乱暴に血を拭った。

 

押し寄せる濁流のような情報を継ぎ接いで、アコは脳内で戦況を整理していく。

 

今ここには、大きく三つの戦場が並んでいる。

 

一つ目は、ヒナ委員長を中心にした戦場。

これは、先生を伴った撤退戦だ。

 

先生は普段、銃弾を弾く不思議なバリアで守られている。

神秘を持たない身で現地に赴いて指揮を取れるのは、それで安全性が担保されているからだ。

 

しかし現在、それは使用できないらしい。

今先生は、流れ弾一発が致命傷になりかねない薄氷の上に晒されている。

 

先生を狙うのは、敵の少数精鋭部隊。

ヒナ委員長は、先生に向けられる銃撃を捌きながら戦っている。

戦況は拮抗しながら、しかし着実に合流地点に近づいている。

 

アコは先ほど救急医学部のセナに、緊急の連絡を入れていた。

彼女の運転する車に先生を詰め込んで、そのまま猛スピードで戦場外に撤退する手筈だ。

 

護衛という枷がなくなれば、ヒナ委員長にとって敵部隊の殲滅は造作もない。

 

アコは増援を向かわせるべきか逡巡し、しかしすぐに首を振る。

 

今からでは、ヒナ委員長の速度に追いつけない。

それに庇う対象を増やし、余計なノイズになるかもしれない。

 

──大丈夫、大丈夫です。

 

この混戦状態で、生身の先生を護るなんて離れ業は、ヒナ委員長にしかできない。

今この場で一番の安全地帯は、間違いなくヒナ委員長の側だ。

 

自分が心配するまでもない。

今やるべきは、その撤退戦に敵の増援がないように、他をコントロールすることだ。

 

アコは感情を押し潰すようにギュッと目を瞑り、他の戦場に意識を向ける。

 

二つ目はトリニティの正義実現委員会、その委員長と副委員長を中心にした戦場だ。

ここにはガスマスクを被った生徒と、揺らめくシスター服の生徒の多くが集中している。

 

特に向こうの委員長である剣崎ツルギは噂に名高い──もちろん、ヒナ委員長の方が強いに決まっている──が、無限に湧き出る敵に同じく拮抗しているようだ。

 

それに、ガスマスクの生徒が使う銃も様子がおかしい。

見た目よりも、明らかに高威力の攻撃を放つ。

何か、特殊なカスタマイズでもしているのだろうか。

 

ともかく、一つ目の戦場は、質と先生の護衛という枷で。

二つ目の戦場は、膨大な数と特殊な銃で、それぞれ均衡を保っている。

 

これらはそれぞれ戦場の両端で展開されていて、互いに干渉はできない距離にある。

状況から推測するに、互いへの敵の増援はないだろう。

 

問題は、三つ目の戦場だ。

これは、先の二つのちょうど中間あたりで展開されていた。

 

ここにはゲヘナの風紀委員会と、トリニティの正義実現委員会の多くが集まっている。

両者ほとんどが役職を持たない一般的な委員だが、味方の数は圧倒的に多い。

 

そんな彼女らが、何者かに蹂躙されている。

 

悲鳴と一緒に寄越される敵の詳細は、どれも不明瞭なものだった。

 

曰く、高速で飛び回る。

曰く、噛みつかれ血を啜られた。

曰く、素手で発砲した。

 

そしてみんな口を揃えて、そいつは『銃の魔人』と名乗っている。

 

コードネームか何かだろうか。

通信先から報告される内容はどれも煩雑で、敵の正体は未だ掴めない。

ここだけ圧倒的に、情報が足りていない。

 

「……聞こえますか!?状況を報告してください!!」

 

ふいにまた、一人の風紀委員と通信が繋がる。

 

『行政官───こちら、──!あいつ、化け物で──!!こっちの──、効いて──」

 

強い衝撃を受けて、故障したのだろうか。

ノイズ混じりの悲痛な声は、大きな砂嵐のような音を立ててブツリと断絶する。

 

アコは歯噛みをしながら、拳を強く握る。

すると数秒おいて、また同じ風紀委員から通信が飛んできた。

 

「無事ですか!?状況を──」

 

『お〜、繋がった!あははっ、叩いてみるもんだねぇ。初めまして、オマエがこいつらの指揮官かな?』

 

聞こえてきたのは、先程とは違う声。

それは、公園で遊びに熱中する子供のように弾んでいた。

場違いな明るさに薄寒さが、アコの背筋をゾクリとさせる。

 

「……あなたは、いったい──」

 

『ねぇ、もっと骨のあるやついないの?こんなんじゃ、ウォーミングアップにもならないよ』

 

こちらの声なんて聞く気がないかのように、一方的に言葉が投げ掛けられる。

 

『え〜と、この制服はゲヘナか。ねぇまさか、ヒナちゃんしかいないの?他にいるなら早く寄越さないと、雑魚はみ〜んな食べちゃうよ?』

 

「あなたは、いったい何なんですか!?まさか本当に、血を……」

 

『あれ、聞いてない?オレは、『銃の魔人』だよ。踊り食いも楽しいけど、流石に飽きちゃってさ。そういうことだから、期待してるね!』

 

「〜〜〜っ!ふざけっ──」

 

矢継ぎ早に捲し立てられて、またブツリと通信が切れる。

 

軽薄な物言いはこちらの逆鱗をなぞるようで、アコはぶるぶると身を震わせた。

 

──分かっています。煽られているんでしょうね。

 

敵の言いなりになるのは気に入らないが、実際このまま手を拱いている訳にはいかない。

放っておけば、被害が増える一方だろう。

 

それにもし、現実離れした今までの報告が全て本当だとしたら、ヒナ委員長が危ない。

それはつまり、『高速で飛び回る』も含めて正しいということだ。

 

今からでも奴がヒナ委員長に追いつき、向こうの均衡が崩れる可能性がある。

 

そもそも自分で『魔人』なんて名乗る不気味な輩を、ヒナ委員長に近づける訳にはいかない。

一緒にいる先生の身も、更に危うくなるだろう。

 

アコはホログラムを切り替えて、戦場全体のマップと把握している風紀委員の場所を確認する。

 

奴には、数を寄越しても意味がない。

 

アコは叩きつけるようにタブレットを操作し、通信を繋いだ。

必要なのは、奴をその場に留めておけるだけの、個の戦闘力。

 

「イオリ、聞こえますか?今送った場所に、急行してください!」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「結構大きな声で、名乗ってたんだけどなぁ」

 

乱暴に通話を切った銃の魔人は、用済みの端末を放り投げた。

地面には、その持ち主だったゲヘナの風紀委員が転がっている。

 

「それで、実際いるの?ヒナちゃん以外の強いやつ」

 

そう尋ねながら、銃の魔人は片足で風紀委員の脇腹辺りをつついた。

 

「……ヴッ…………ァ……」

 

気絶したのか、返ってくるのは呻き声ばかりだった。

 

銃の魔人はため息を吐いて、目を見開いて戦場を索敵する。

 

周囲に複数の反応を感じる。

これはゲヘナの風紀委員会と、トリニティの正義実現委員会の雑兵だ。

 

そして遠くに二つ、とても強い反応。

戦場の対極に位置するこれらは、空崎ヒナと剣崎ツルギだろう。

 

差し当たり最も近い一団に向かって、銃の魔人は強く地面を蹴った。

銃声を置き去りにして、周りの景色がぐんと加速する。

 

──ヒナちゃんかツルギちゃんのどっちかは、オレが担当したかった。

 

叩きつけるような風に目を細めながら、銃の魔人は内心で悪態をつく。

 

銃の魔人はこの戦いで、キヴォトスの最強格を知りたかった。

 

どんな銃を撃って、どれほどの神秘で、いったいどれだけ強いんだろう。

二年間アリウス自治区で研ぎ澄ました自身の能力は、通用するだろうか。

 

銃の魔人の最終目標は、銃の武器としての尊厳を取り戻すことだ。

より具体的には、銃でキヴォトスの生徒をちゃんと殺せるようにしたい。

 

神秘を持つ生徒に対して、まだまだ今の銃では性能が足りない。

威力なのか機構なのか弾なのか、何にせよ最終目標までには様々な障害があるだろう。

 

もちろんどこかの誰かに、道半ばで邪魔される可能性もある。

 

このキヴォトスで我儘を通すために必要なのは、純粋な武力。

だから銃の魔人は自身の目標達成のための要素として、差し当たりキヴォトス最強を目指している。

 

この戦場は、そんな自分の現在地を測るにはうってつけだ。

 

エデン条約前夜、銃の魔人は空崎ヒナか剣崎ツルギとの戦いを申し出た。

しかし、それはベアトリーチェに却下された。

 

空崎ヒナと剣崎ツルギ、そしてシャーレの先生に銃口を向けるのは、アリウス生でなくてはいけない、とのことだ。

 

『罪悪感と帰属意識は、何より欠かせないものですから』

 

ベアトリーチェは、口の裂けるような笑みを浮かべて語っていた。

 

思惑は理解できる。

要はアリウスの生徒を、表立って生きていけないようにしたいのだろう。

 

キヴォトスでも指折りのマンモス校、その治安維持組織の長に喧嘩を売って、まともに往来を歩けるはずもない。

 

またシャーレの先生とやらは、あらゆる学園に顔が利いて、随分と慕われているらしい。

そんな存在に害を為したとあれば、キヴォトスでの肩身はさらに狭くなる。

 

そうなれば、彼女たちの居場所はアリウス自治区、もっと言えばベアトリーチェの庇護下だけになるだろう。

 

罪や後ろめたさで枷をつけて、アリウス生への支配と洗脳を、より強固にしようとしているのだ。

 

「まったく、いやらしいなぁ」

 

呆れ混じりの言葉が、前から後ろへ激しく流れる風に掻き消えた。

 

銃の魔人とベアトリーチェは、表面上は仲良しだ。

しかし、もちろん相容れない部分もある。

 

銃の魔人は、自由を愛している。

 

「なん……ぎゃっっ!」

 

銃の魔人は自身を銃弾のように飛ばした射線上で、正義実現委員会の部隊とかち合った。

 

勢いそのまま、そのうちの一人の鳩尾に向かって、左肘を叩きつける。

肉と骨が軋む音が、めり込んだ肘越しに聞こえた。

 

吹き飛んだ生徒を尻目に、残った右手の人差し指で発砲。

銃撃は正確に部隊員の頭に命中し、ひっくり返るように倒れた彼女は動かなくなった。

 

初撃で自身の骨も折れ、左肘から先が動かない。

銃の魔人はそんな左腕をプラプラと振りながら、残りの生徒達に笑い掛ける。

 

「こんにちは、オレのことは聞いてるかな?」

 

部隊の中の一人が、こちらを睨め付けながら答える。

 

「よくも、みんなを……!」

 

「あはっ、友達でもいた?」

 

「〜〜っ!『銃の魔人』、覚悟しなさい!!」

 

瞬間、周囲の物陰から他の正義実現委員が現れ、囲うようにこちらへ銃口を向ける。

どこかの部隊が襲撃されたら、すぐに集まるよう連絡を取り合っていたのだろう。

 

銃の魔人は、その気配を余すことなく把握している。

承知の上で、その中に飛び込んだ。

 

黒いセーラー服はかなりの数を狩ったのに、取り囲む生徒はまだまだ多い。

さすが、伊達にマンモス校とは呼ばれていない。

 

「いいよ、おいで」

 

銃の魔人は、その敵意を迎え入れるように両手を広げて微笑んだ。

 

「撃てっ!!!」

 

ぐるりと取り囲む銃口が一斉に発射炎を焚き、銃の魔人は眩しさに目を細める。

 

全身を銃弾に叩かれる感覚に浸りながら、銃の魔人はにたりと笑う。

鳴り響く高らかな銃声は、自身を称える喝采のようだった。

 

戦況は概ね、銃の魔人の思惑通りに進んでいる。

 

ベアトリーチェから与えられた役割は、ロイヤルブラッドの護衛だ。

古聖堂に辿り着くまでと、そこで儀式が終わって撤退するまでの間、彼女を守らなければならない。

 

キヴォトス最強格と戦いたい銃の魔人にとっては、何ともつまらない任務だ。

ベアトリーチェには腹が立つが、それはまぁ、美味しいロイヤルブラッドで飲み下した。

 

だから銃の魔人は、どうせなら自分が楽しめて、かつ利がある方法で任務を果たそうと考えた。

具体的には10番の部隊と一緒に古聖堂まで護衛した後は派手に暴れ回り、戦場で注目の的になることにした。

 

空崎ヒナとシャーレの先生は、アリウススクワッドが対処する。

 

剣崎ツルギは、銃の魔人の肉片で強化された銃を携えたアリウス生が数の力で押しかける。

 

途中、幽霊のような生徒が戦場に湧いたのには驚いたが、挙動から察するにこちら側なのだろう。

ロイヤルブラッドの儀式とは、これだったのかもしれない。

 

ともあれ戦場に残っているのは、ゲヘナの風紀委員会とトリニティの正義実現委員会それぞれの、その他大勢だ。

 

銃の魔人はそんな彼女らの目を、全て自分に向けさせることにした。

そうすれば、ロイヤルブラッドを襲う敵はいなくなる。

 

攻めの護衛、と言ったところだ。

 

加えて、銃の魔人の視野は広い。

スコープを切り替えて高台から戦場を見下ろすように、常にロイヤルブラッドの気配を辿っている。

 

あの特異な神秘を、見逃すことはありえない。

何か危険があれば、すぐに飛んで駆けつけるつもりだ。

 

──まあ、その心配はなさそうだけどね。

 

ロイヤルブラッドは10番の部隊と共に古聖堂から離れ、既に撤退を開始していた。

進路に敵影はなく、雑多な生徒はあらかた銃の魔人に集まっているようだ。

 

遠くの索敵と思案から、ふっと意識を戻す。

気づけば銃声は止んでいた。

 

「ん〜?あぁ、終わった?」

 

先ほど号令を出した正義実現委員が、唖然としてこちらを見ている。

銃の魔人はその空隙に優しく地面を蹴って、自傷を伴わない範囲で加速した。

 

呆けた顔が、ぐんと近くなる。

銃の魔人は速度を乗せた右膝を、その腹に思い切り突き刺した。

 

相手の身体がくの字に曲がり、喉の奥からゴポリと、粘着質な水音が漏れる。

そうして差し出すように身を折った彼女の首すじに、銃の魔人は思い切り齧り付いた。

 

口の中に、甘い鉄の味が流れ込む。

 

──不味い、わけじゃないんだけどなぁ。

 

銃の魔人は、先日振る舞われたロイヤルブラッドで、強い神秘の味を知ってしまった。

さらに雑兵の血は、既に飽きるほど口にしている。

 

ジャンクフードのような味に眉を顰めながら、銃の魔人は左腕を再生させる。

味気なくても、神秘混じりの血には変わりない。

 

銃の魔人は一足飛びに包囲網を飛び越えて、敵集団に向き直る。

彼女達は完全に動きを停止させて、怯えた様子でこちらを見ている。

 

その目は一様に、理解不能な怪物を見る怖気を孕んでいる。

久方ぶりに向けられる濃厚な恐怖に、身体がゾクゾクと震えた。

 

「あぁ……これこれ。オレに向けられる目は、こうでなくっちゃ」

 

銃の魔人の口から、喜悦が漏れる。

同時に悪魔の本質として、恐怖を糧に身体の奥底から力が湧いてくる。

 

銃の魔人は両手の人差し指と中指を立てて、相手の集団に向ける。

イメージするのは、4つの銃口。

 

「ダダダダダダダダッ!」

 

向けられたピースサインから、マシンガンのような銃撃を放つ。

質より量の、飽和攻撃。

しかし恐怖を一身に受けた今は、一発の威力もかなりのものだ。

 

それらは確実に、彼女たちの身体を削る。

ある者は地面を転がり、ある者はその仲間の上に折り重なるように、倒れ伏していく。

 

「〜〜♪〜〜〜〜♪」

 

バタバタとドミノのように倒れていく様を眺めながら、銃の魔人は上機嫌に鼻歌を口ずさむ。

 

──あれ、これなんの曲だっけ。

 

はたと考えて、10番が話していたのを思い出した。

 

アリウス自治区では、時たまハーモニカの音色が聞こえる。

たしか、10番と仲がいい先輩とやらが吹いているらしい。

たまたま聞いたそれが、自身の耳にも残っていたのかもしれない。

 

咄嗟に瓦礫の陰に飛び込んだ生徒は、この弾幕が途切れるのを待つように機を伺っている。

巣穴に逃げ込んだ鼠みたいで、滑稽だ。

 

「あははっ、ざ〜んねん!オレに弾切れはないよ!」

 

指先に一層力を込めて、その障害物ごと削り取っていく。

瓦礫がガリガリと削られる音と振動を背中で感じながら、向こうの生徒はどんな顔をしているのだろうか。

 

目の前の彼女達から、倒れ伏した集団から、既に撤退した生徒から。

この戦場のあらゆる場所から、自身に恐怖が募るのを感じる。

 

今日一日で『銃の魔人』の名は、随分と広まった。

やりたかったのは、これだ。

 

ベアトリーチェには護衛の任務が終わった後は、自由にしていいと言われている。

銃の魔人にとっては、最強格に挑むこの後が本命だ。

 

だからこの前哨戦は、名前を広めて恐怖を集めることに専念した。

 

高速で飛び回り、徒手で銃撃し、血を啜る怪物。

顔はマスクで覆われていて、『銃の魔人』を自称する正体不明の闖入者。

 

人間は、理解できないものを恐れるらしい。

そして悪魔は、向けられる恐怖が大きいほど力を増す。

 

実際アリウス自治区では、吸血鬼の噂と共によく恐れられたものだ。

今回は、それを参考にして暴れることにした。

 

わざわざ襲撃先で名乗るのも、顔の上部をガスマスクで覆ったのも、これ見よがしに血を啜ったのも、全てこのため。

 

戦いの最中、その異様は通信や口伝により、各々の仲間たちに連携されていった。

この戦いが終わった後も、こんな怪物がいたと学園内で広めてくれたら御の字だ。

 

なにせ、ゲヘナとトリニティはマンモス校。

恐怖を感じる人間が増えれば増えるほど、銃の魔人の力になる。

 

この後の本命と、これからの長期的な活動のために、この前哨戦で自身の性能を高めたかった。

 

前方に向けていた両のピースサインを下ろす。

銃の魔人の目の前に広がる蹂躙の跡は、直線上に瓦礫や建物が打ち壊され、とても見渡しがいい。

 

地面には気絶した正義実現委員会が、捨てられた空き缶のように転がっている。

所々、青紫の打撲痕や赤黒い裂傷が覗き、それが彼女たちの制服の黒によく映えていた。

 

その様をうっとりと眺めていると、一人の生徒がピクリと動いたのが見えた。

 

「まったく、頑丈だね」

 

銃の魔人はため息をつきながら、彼女に歩み寄る。

そのまま、芋虫のように這うそれの首根っこを掴み、持ち上げた。

 

「あぁ、それとも、助けられちゃった?」

 

あの攻撃に晒された割には、怪我が少ない。

それに他の委員に比べて、少し幼さが残るように見える。

 

そういえば、10番も先輩という存在を随分慕っていた。

人間には、年齢が下の者を慮る文化があるらしい。

 

重たく垂れた前髪の奥の瞳は、悔しさと恐怖が入り混じって、少し潤んでいた。

 

その白く細い首に、徐々に力を込めていく。

 

──1人くらい殺しておいたほうが、箔がつくかな?

 

銃を使わない死は、もちろん本意ではない。

だけどこの戦いの後に自身の名が広まったとして、実際に生徒を殺した実績が付いた方が、より大きな恐怖を集められそうだ。

 

キヴォトスの生徒は頑丈で、銃弾を通さない。

爆撃だとか、他の物理的手段で死を与えるのは難しい。

 

だけど、例えば窒息はどうだろう。

呼吸をせずにいられる時間も、銃の魔人が知る人間よりも長いのだろうか。

 

限界が来るまで、このまま締め上げるのも悪くない。

 

「ぎっっ…………ぉぇ……、は、はなし、て……」

 

「え〜、どうしようかなぁ」

 

それなりに、悩む。

銃の性能を高めた先の、お楽しみに取っておくか。

それとも今後のために、しっかり扼殺しておくべきか。

 

目の前に持ち上げられた顔は苦しそうに歪められている。

首に伸ばした自身の腕が、僅かばかりの抵抗か力無く叩かれた。

 

その様が、銃の魔人の嗜虐心をムクムクと刺激する。

 

「じゃあほら、『助けてください〜』って言わないと。ちゃんとお願いできたら、考えてあげる」

 

そう言いながら、より強く指を首に食い込ませていく。

 

「ぁ……ヒュッ……ヒッ……」

 

彼女の足が、自転車を漕ぐみたいにジタバタと動く。

必死で口をパクパクとさせるが、喉奥から漏れ出るのは、か細い呼吸音だけだった。

 

「うん?なぁに、全然聞こえないよ?」

 

顔は鬱血し、熟れ過ぎたブドウみたいな赤紫に染まっていく。

目は充血した眼球が零れ落ちそうな程に見開かれ、口の端から唾液が糸を引いた。

 

銃の魔人の天秤は、目の前の悦楽に傾いた。

首に絡ませた手に、思いっきり力を込める。

そして、そのまま──

 

瞬間、衝撃が銃の魔人を貫いた。

 

「手を離せ!このっ、規則違反者め!!」

 

肩、腰、太ももの計3発。

 

銀のツインテールをたなびかせた生徒が、強襲する。

今まで相手にしたどの生徒の銃撃よりも強烈なそれに、銃の魔人の体勢がぐらりと崩れた。

 

「目標捕捉」

 

さらに後方、伸ばした腕が狙撃され、勢いよく手が弾かれる。

持ち上げられていた正義実現委員が、ドサリと地面に投げ出された。

 

どうでもいい。

銃の魔人の興味は既に、突然の乱入者に移っていた。

 

銀髪の生徒はステップを踏むような素早い動きで、解放された彼女を回収していった。

 

「よかった、息はあるみたいだな」

 

「……ありがとうございます」

 

銃を見るに、腕への狙撃は彼女だろう。

濡れ羽色の長髪を垂らし、身の丈程もある翼を携えた大柄な生徒が、受け取った生徒の脈を確認する。

 

──まぁおそらく、殺し切れてはないはずだ。

 

保護した彼女をそっと横たえた黒髪の生徒は、赤く手の跡が付いたその首筋を優しく撫でた。

それから、地面に転がるズタボロの同胞たちを見て、一瞬沈痛な面持ちを浮かべた。

 

「よくも、やってくれましたね」

 

しかしすぐに銃口をこちらに向け、力強い眼差しで睨みつけてくる。

 

「あははっ、待ってたよ〜!やぁ、オレは『銃の魔人』」

 

銃の魔人はそんな視線を受け流し、ご馳走を前にした子供のように声を弾ませた。

 

だって、はしゃぐのも仕方ないだろう。

待ちに待った、『属性持ち』なのだから。

 

銃の魔人は、彼女たちに向き直った。

 

「ね、オマエたちの名前は?」

 

「敵に、名乗る名など──」

 

「風紀委員会所属、銀鏡イオリだっ!──あっ、ごめん!」

 

「……正義実現委員会、羽川ハスミ」

 

二人とも、かなりの強者なのだろう。

 

今日戦った雑魚とも、アリウススクワッドとの演習とも違う。

このキヴォトスに来て初めての、強者との戦い。

 

──最強格の試金石に、ちょうどいいね。

 

「うん、イオリちゃんに、ハスミちゃん。さぁ、楽しもっか!」

 

銃の魔人は口角を吊り上げながら、彼女たちに指先を向けた。

 

 

 




お久しぶりです。
気付けば前回から3ヶ月ほど経ってしまいました・・・。

物語の最後までの流れ自体は既に固まっていますので、完結に向けて少しずつ書き進めていきたいと思います。

引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。
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