ユメ先輩(銃の魔人) 作:虎3
ドアを飛び出た先は、透き通るような青空だった。
眼下には、一面の砂漠が広がっている。
遮るものがない太陽が、銃の悪魔の頭や背中から飛び出た銃身をギラギラと照らしていた。
久しぶりの、人間の世界だ。
いったいどれほど、待ち侘びただろうか。
銃の悪魔は喜びで、その山のような巨体を震わせた。
そこから垂れた弾帯が、ガチャガチャと音を立てる。
さあ、オレを呼び出したのは誰だ。
撃ち殺したいものがあるのだろう?
標的を言え、早く、早く。
もちろん銃の悪魔は、その願われた標的だけを殺すつもりはなかった。
そこに前進するまでに、可能な限り多くの人間の頭部と心臓を撃ち抜くつもりだった。
標的を確実に殺すためには、強さが必要だ。
悪魔の強さとは、冠する名前のものがどれだけ恐れられているかで決まる。
だから呼び出した者の願いを果たす過程として、銃に多くの恐怖を集めなければいけない。
そしてそれは、銃の悪魔自身の目的とも合致している。
──銃が最強の武器であることを証明してやる。
地獄で復活した時に怒りと共に芽生えた、銃の悪魔自身の目的。
可能な限り多くの死体を積み上げ、銃への恐怖を高める。
そうして最後に願われた標的を撃ち殺した時、名実ともに銃は最強の武器となるだろう。
しかし未だ、その標的が告げられることはなかった。
それは銃の悪魔にとって、不思議なことだった。
銃の悪魔が呼び出されるときは、いつも必ず標的がいる。
『何かを捧げる代わりに、何かを殺して欲しい。』
銃の悪魔はその声を聞き、標的に向けて前進する。
その標的なく銃が抜かれることなど、ありえないことだった。
定められているべき照準がなく、銃の悪魔は困惑した。
それならまずは、恐怖を集めよう。
いつ、何が標的として願われても、その役割が果たせるように準備をしよう。
そしてオレ自身の目的を進めよう。
その時を、ずうっと心待ちにしていたんだ。
銃の悪魔は弾むようなトキメキと共に、能力を発動した。
周囲およそ1500メートル内の全ての生物の──
瞬間ビキリ、と強い痛みと不快感が銃の悪魔を襲う。
──これは、なんだ?
能力の発動は中断され、宙に浮いていた体が地面に引っ張られていく。
山のような体はその様相を保つことができず、ボロボロと崩れた肉塊が砂漠にばら撒かれていった。
──なんだ、こんな、こんなことが・・・
銃の悪魔は落下の中で、ようやく不快感の正体を認識する。
──この世界では、銃が、恐れられていない?
銃が存在しないわけではない。
むしろ不思議なほど多くの気配を、銃の悪魔は感じていた。
しかし、人を殺す武器としての恐怖は、まるで向けられていない。
──まさか、オレが負けたから・・・?
地獄で復活した銃の悪魔は、つまり人間の世界で一度死んだということだ。
それは、何かに負けたということを証明している。
その結果が、こうして銃の地位を貶めたとでもいうのだろうか。
青空がどんどん遠ざかる。
銃の悪魔は、宙でのたうち回りながら必死に考える。
──このままだと、オレは消える。
もともと2割程しかなかった肉体から、さらに力が削がれたのが致命的だった。
肉体の崩壊が止まらない。
何か、何か手はないか。
せっかく地獄から出て来れたのに、このまま終わるのは嫌だ。
銃が最強の武器であることを証明する、まだそのスタートラインにすら立てていないのだ。
混乱の中で、ふと嗅ぎ慣れた臭いがした。
銃の悪魔にとっては馴染み深い、命が潰えた人間の臭い。
迫り来る砂漠に、人間の死体が転がっている。
死後間もないのだろう、年若い女の体はキレイなままだった。
悩んでいる時間はない。
銃の悪魔は残った肉体を強く繋ぎ止め、離れないように一点にまとまっていく。
そうして小さく固まった姿は、まるで一発の銃弾のようだった。
そしてその銃弾は一筋の軌跡を描き、そして──
※※※※※※※※※※
銃弾は狙い通りに女の死体、その心臓に着弾した。
銃の悪魔は、そこから放射状に広がっていく。
損傷が激しい臓器は、自身の肉で補い、修復する。
血液量も随分少ないようで、同じく自身の血を混ぜ体中に回す。
相手が物言わぬ人間の死体なら、乗っ取るのは簡単だ。
──もちろん、弱りきった今のオレでも。
肉体を完全に掌握すると、頭部に変化が現れる。
もともと銃の悪魔として体内に入れた量が少ないのと、その大部分をこれから使う肉体の修復に使ったことで、その変化は軽微だった。
頭上に、輪っかが灯る。
その大きな円の中に、小さな円が6つ、花びらのように等間隔で並ぶ。
その軸にあたる部分には、さらに小さな円が1つ。
その形は、梔子の花のようにも、銃のシリンダーのようにも見えた。
※※※※※※※※※※
「ひぃん、危なかった・・・」
悪魔は、人間の死体を乗っ取ることができる。
そしてそれは、魔人と呼ばれる存在になる。
悪魔の能力は引き続き使うことができるが、身体能力や生命力は大幅に弱体化する。
それがオレ ──銃の魔人の現状だった。
右腕を頭上に伸ばし、空に向かって人差し指を向ける。
『ぱん』
上空ではこの死体を狙っていたのだろう、大きな鳥が旋回していた。
それが、羽を撒き散らしながら落下する。
地面に落ちた鳥の死骸に、銃の魔人はかぶり付いた。
血が口の中を潤し、肉が体に活力を与えていく。
この死体は、遭難者だったようだ。
取り憑いた瞬間、感じたのは命に関わるような強い渇きだった。
──どうやら、うまくいったらしい。
鳥の死骸を貪り終わり、口の周りの血を拭う。
銃の魔人は、ようやくほっと息をついた。
あのままでは、自分の肉体は解けてバラバラになっていただろう。
それをこの死体を器にして収めることで、阻止することができた。
先ほどの不快感は、今もまだ全身を渦巻いている。
鳥を撃ち殺せたことから、猟銃程度の力はあるらしい。
だけど人間を殺せる武器として、恐怖の対象になっていない。
──この世界で、銃はどんな扱いを受けているのだろうか。
何か手掛かりはないかと、この死体の持ち物を漁った。
まず出てきたのはカードホルダー。
中に、学生証と書かれたものが入っている。
「アビドス高等学校 3年生、梔子ユメ・・・」
それがこの死体の名前だろうか。
口にしてみても、引っかかるものは何もない。
魔人となった時に、この体の記憶は無くしたようだった。
そして、ハンドガンと折り畳み式の防弾盾。
この死体は、兵士だったのだろうか。
戦争の中で部隊から逸れて、遭難した?
最後に出てきたのは、現金。
分厚さから、かなりの大金であることが分かる。
お金はしばしば、銃を撃ち合う理由になるから嫌いじゃない。
だけど、こんな砂漠に持ってきて、何に使うつもりだったのだろう。
全てがちぐはぐで、よく分からなかった。
仮にこの死体が兵士だったとして、こんな服装で戦うものだろうか。
自身のヒラヒラとしたスカートを指で摘み上げながら、銃の魔人はため息をついた。
なんだこれは、一体どうしてこうなった?
本当だったら今頃、何十万と人間を殺し、呼び出した者の願いと、自分の目的のために前進していたはずだった。
それが、どうしてこんな・・・
なんだかムシャクシャして、地面に転がった防弾盾に、衝動のまま人差し指を向ける。
『ぱん』
ガンッ、と重たい金属音が響く。
衝撃で僅かに浮いた防弾盾は、しかし砂にその勢いを吸われたのだろう。
ずずっと、砂を巻き込みながら少し横に移動し、止まった。
防弾盾には僅かな痕を残すばかりで、その表面には凹みすらない。
「くそっ・・・!」
これが、今のオレの力だ。
最強の武器どころか、こんな鉄の板にすら銃撃を防がれてしまう。
獣は殺せても、人は殺せない、そんな武器に貶められてしまった。
腹立たしくて、地団駄を踏む。
足を振り下ろし、僅かに砂が巻き上がる。
しかしその跡も、流動する砂に埋められて、すぐに消えていく。
それを5回ほど繰り返したところで、ようやく気が済んだ銃の魔人は、長く息を吐いた。
──まずは、この世界を知る必要がある。
ここがどういう場所で、銃はどういう扱いなのか。
そして、オレをこの世界に呼び出したのは誰なのか。
そいつは、オレに何を撃ち殺して欲しかったのか。
だからもっと、人間が多い場所に移動しよう。
情報は、人間が群がるところに集まるものだから。
銃の魔人は自身の感覚に集中する。
魔人となって性能は落ちたが、遠くの敵を感知するのは銃には欠かせない能力だ。
スコープの倍率を切り替えていくように、徐々にその索敵範囲を広げていく。
すると、ずいぶん遠くに人間の気配を感じた。
しかも1人じゃない、複数人だ。
そして、それと同じくらいの数の銃も。
戦争でもしているのだろうか?
それは素敵だ。
銃の魔人は自分自身の目的を諦めてはいなかった。
何はともあれ、ここがスタートラインだ。
想定よりも随分後ろに線が引かれてしまった。
銃への恐怖について、未だおさまらない怒りもある。
それでも不思議と、銃の魔人の心は弾んでいた。
「戦争だったら、何人か撃ち殺せるといいなぁ」
そんなことを呟きながら、銃の魔人は最初の一歩を踏み出した。