ユメ先輩(銃の魔人)   作:虎3

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異邦人たち

 

「彼女たちを、これ以上撃つのはご遠慮ください。『死』は、この世界では慎重に扱うべき概念です」

 

胡散臭いな、と銃の魔人は思った。

 

突然目の前に現れた、異形の存在。

怪しさが、そのまま服を着ているようなやつだ。

匂いからして、普通の人間とは違うのを感じる。

 

「そもそも、その銃で『死』を与えることはできません。数を撃ったとしても、徒労ですのでオススメしませんよ」

 

侮られたようで、腹が立つ。

その苛立ちを隠す気もなく、銃の魔人は言葉を投げつけた。

 

「お前も、魔人なの?」

 

悪魔が人間の死体を乗っ取ったのが魔人だ。

魔人は、その頭部の形状が特徴的なものになる。

 

例えばそれは角だったり、口だったり、天輪だったり。

 

黒い皮膚に覆われ、穴とヒビが目立つ頭は、ともすれば自分よりも魔人らしかった。

 

「クックックッ、魔人、ですか。それがあなたという存在の定義でしょうか?」

 

異形の男は、興味深そうに笑う。

 

「私はあなたのいう魔人、ではありません。しかし、このキヴォトスの外から来たという点では、我々は同胞と言えるでしょう」

 

──キヴォトス。

 

聞き慣れない単語だ、一体何のことだろう。

迎えに来た、という発言にしてもそうだ。

こいつには、聞きたいことが多すぎる。

 

銃の魔人は、変わらずハンドガンの照準を目の前の異形に定めながら、問いかける。

 

「オレがこれから聞くことに全部答えて。じゃないと撃つよ」

 

「それは、この世界では脅しになりません。先程、そちらの少女達で試したのでしょう?申し上げた通り、銃で人間は死なない。それがこの世界のルールです」

 

私には目や口もありませんし、と異形の男は戯けたように首を傾げた。

 

──こいつ、いつから見ていたんだろう。

 

銃は相手を殺し得るから恐怖の対象であり、脅しの道具となる。

だから、この世界ではその効力が弱い。

かつて人間の世界でその猛威を奮っていた存在として、銃の魔人はそのことをよく理解していた。

 

屈辱に身を震わせながらハンドガンを下ろし、異形の男を睨みつける。

 

「自己紹介が遅れてしまいましたね。私たちのことは『ゲマトリア』とお呼びください。あなたと同じような異邦人であり、この世界の神秘を探究する求道者でもあります」

 

異形の男は、恭しく一礼した。

 

「私個人のことは、『黒服』とでも。この名前が気に入っていましてね」

 

偽名だろうか。

銃の魔人はもったいないな、と考える。

 

悪魔は名乗るのに積極的だ。

その名前が恐れられるほど、自身の力が増していくから。

 

「オレは銃の魔人。ぜひ、この名前を恐れてくれると嬉しいな。それで黒服、オレをこの世界に呼び出したのはお前か?」

 

黒服はゆるゆると首を振り、答えた。

 

「あなたをこの世界に呼んだ者は別にいます。彼女は、自身の領地を離れたがらないものですから。同じゲマトリアのよしみとして、代わりに私がお迎えに上がった次第です」

 

黒服は砂漠に転がる少女たちを見回しながら、続ける。

 

「加えて、あなたをアビドスに留めることに対する危機感もありました。ここは、私が探求の場として目をつけていましたので」

 

──キヴォトス、ゲマトリア、神秘、そして彼女。

 

銃の魔人は、いつのまにか交渉のテーブルに着かされている気分だった。

こちらが気になる情報を小出しにされて、その深い意味までは明かさず、食いつくのを待っている。

 

銃の魔人は、ため息混じりに黒服を急かした。

 

「遠回りは嫌いだな。何か取引したいなら、さっさとしてよ」

 

「ククッ、ではさっそく。──このまま抵抗せず、私について来てください。その代わり、目的地に着くまでの時間であなたの質問に答えましょう」

 

「・・・それは、オレに得がありすぎないかな?」

 

銃の魔人としては、何も損がない取引だ。

自分を呼び出した者まで案内してくれる上に、情報まで提供する。

なんだか話が旨すぎて、とても怪しい。

 

「あなたをこの場から動かせるのは、私としても利があります。敵対するつもりもありません。それに、この世界のことを知ったあなたがどのような道を選ぶのか、それも探究の一環です」

 

黒服は終始落ち着いた様子でこちらに話しかける。

顔のヒビはその形を変えず、ずっと微笑んでいるようだった。

 

銃の魔人は、小さく笑いながら息を吐く。

 

──分からない事を考えても、分からないだけだな。

 

それにもし何かあれば、銃をぶっ放せばいい。

殺すことはできずとも、相手を鎮圧できるのは実証済みだ。

 

「いいよ、黒服。お前の取引に応じてあげる」

 

「ありがとうございます。では早速こちらに・・・」

 

「あ、待ってよ。今聞きたいことまとめるから」

 

「クククッ、遠回りはお嫌いなのでは?」

 

──こいつ、もう撃ってやろうかな。

 

黒服の人を食ったような態度に苛立ちながら、銃の魔人は後に続いた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

黒服と同行する中で、本当にたくさんの情報を得た。

例えば、それはこの世界のことだ。

 

先ほど黒服が口にしたキヴォトスとは、この世界の名前らしい。

数千の学園がそれぞれに運営する自治区と、その全体の統治を担う連邦生徒会とで構成される、超巨大学園都市だ。

 

国という概念がないのは驚いたが、それがそのまま学園に置き換わったと考えれば、理解は簡単だった。

 

「学園同士で、戦争はしてるの?」

 

「昔は、そのような時期もありました。そして今も、表面化していない火種は無数にあるでしょう」

 

「それは楽しみだね」

 

まあ当然だな、と銃の魔人は考える。

 

別々のグループがひしめき合っているのなら、人間は戦わずにはいられないものだ。

そんな人間の愚かさは、銃の魔人にとって好ましいものだった。

 

さて、このキヴォトスにおいて重要な要素が三つある。

 

一つ目は、『銃』。

このキヴォトスは、ほぼ全ての人間が何らかの武装をしている、超銃器社会であるらしい。

 

銃の魔人にとって、それは夢のような話だった。

 

誰もが銃を握り、引き金を引く自由を持つ世界。

黒服が言うには細かな法はあるみたいだが、そんなの関係ないだろう。

銃を持ったなら、人間は撃たずにはいられない。

 

あとは銃の魔人が知るような殺傷力さえ取り戻せれば、キヴォトスは銃の楽園となり得る世界だった。

 

それを妨げているのは、この世界の人間の頑丈さだ。

よく知る人間と比べて、生物としての格が違うようだった。

 

それが二つ目の要素、『生徒』。

この世界の人間は、学園に所属する『生徒』と、それ以外の人間に分けられる。

 

だがあくまでこのキヴォトスの主役は『生徒』であり、それ以外はエキストラのようなものだと、黒服は言っていた。

 

実際両者を比べると、より数が多く、頑丈なのはやはり『生徒』だ。

これが目下、銃の魔人の撃ち抜くべき課題だった。

 

『生徒』は人間の少女のような見た目をしていて、中には角や尖った耳、動物の特徴を持つ個体もいるらしい。

 

銃の魔人は、砂漠で撃ち倒した少女たちの硬さを思い出しながら、不満を吐き出すように息をつく。

 

「なんだか、魔人みたいだね」

 

「おや、そうなのですか。具体的にはどのようなところが?」

 

「魔人は、頭部の形状に特徴がでる。それこそ角とか、そういうの」

 

黒服には、悪魔と魔人のことを話しておいた。

曰く、この世界にそのような存在──モノや概念の名を冠し、その対象に向けられる恐怖によって力を増す怪物──はいないらしい。

 

悪魔の概念がない世界に、自分だけが呼び出されたということだ。

これも、黒服から得た大きな情報だった。

 

黒服は、銃の悪魔の顔を観察しながら問いかける。

 

「あなたも魔人、とのことでしたね。しかし、頭部に仰るような特徴は見受けられませんが・・・」

 

「オレの場合は、頭の上のこれだよ」

 

銃の魔人は、人差し指をピンと上に向けながら答えた。

 

それは梔子ユメの死体を乗っ取り魔人となった際に出現した、天使の輪のようなもの。

形状は銃のシリンダーにも花のようにも見え、金属のような光沢を持つ銀色に光を放っている。

 

「なるほど、変化がヘイローに現れたのですね」

 

「ヘイロー?」

 

「その天輪の名前です。神秘の象徴であり、生徒達が共通して持つ特徴でもあります」

 

なるほど、そういえば砂漠の少女たちも、頭に輪っかを浮かべていた。

 

さて三つ目の要素が、この『神秘』だ。

 

この世界の中でも、特に強い力を待つ『生徒』という存在。

その力の源は、ヘイローに象徴される『神秘』だ。 

 

曰く神秘とは、見えない力の奔流。

それは体を頑丈にしたり、武器を強化したり、思いもよらない奇跡のような事象を引き起こしたりする。

 

だからこそ興味が尽きないのだと、黒服は笑っていた。

 

黒服は、特にこの『神秘』のことになると、語りに熱が入るようだった。

神秘を探求する求道者、なんて初対面で自称するだけのことはある。

 

銃の魔人は、自身のヘイローに手を伸ばす。

しかしそれは蜃気楼のようにすり抜けて、触れることはできないようだった。

 

「これ、ヘイローって名前なんだね。見た目もオレっぽくて、結構気に入ってる」

 

「クククッ、それは何よりです。私も、一目見てみたいものですね」

 

「別にいいよ?貴重な情報源を、それくらいで撃ったりしないし」

 

「ああ、失礼。ヘイローは、他者からは詳細な形状が分からないものですから」

 

そういえば、砂漠の6人のヘイローは皆同じに見えた。

 

──なるほど、これは良いことを知ったな。

銃の魔人は内心、ほくそ笑んだ。

 

魔人となった影響で、梔子ユメのヘイローのみが変化した。

そして、ヘイローの形状は他者からは判別できない。

つまり外から見た自分の見た目は、生前の彼女と変わりないということだ。

 

さて、銃の魔人はここまで聞いた情報を整理する。

このキヴォトスで、重要な三つの要素。

 

──『銃』、『生徒』、『神秘』。

 

これらが中心となり、この世界は運営されている。

 

銃の魔人の目標は、銃を最強の武器と証明することだ。

そのために、このキヴォトスで銃への恐怖を取り戻す必要がある。

つまりそれは、神秘を有する頑丈な生徒でさえも、殺せるような武器であることを示すということだ。

 

──やっぱり気になるのは、『神秘』かな。

 

銃の魔人が知る人間の世界にはなかったもの。

この世界で銃の殺傷力を妨げるものであり、また銃の性能を上げ得るものだ。

 

となれば、次に気になるのは──

 

「黒服、聞きたいことが二つある」

 

「もちろん、何なりとどうぞ」

 

「このキヴォトスで、一番強い生徒は誰?」

 

黒服は前を歩く速度を少し緩め、数秒の間、思考を巡らせたようだった。

 

「・・・とても難しい質問です。強さの定義にもよりますし、今のキヴォトスで、完全に突出した生徒というのはいないように思います」

 

まあ、それもそうか。

自分だって、一番強い銃の種類を聞かれても困ってしまう。

例えばスナイパーライフルとマシンガンは比べられるものではなく、それぞれ別の分野で素晴らしい銃だ。

 

だからこそ、銃の魔人はその分野を絞って問いかける。

本命は、この二つ目の質問だった。

 

「じゃあこのキヴォトスで、一番強い神秘を持つ生徒は誰?」

 

前を進む黒服は、今度はぴたりと立ち止まった。

それからゆっくりとこちらを振り返り、残念そうに肩をすくめる。

それは、そんな様子をどこか演じているように見えた。

 

「私自身とても興味深い質問です。しかし残念ですが、ここでお時間のようです」

 

とても有意義なひと時でした、と黒服は笑った。

 

──これは、はぐらかされたかな?

 

銃の魔人は、目の前の建物を見上げる。

 

それは長方形の、大きな石材建築物だった。

散りばめられた装飾や柱の構造から、どこか荘厳な宗教的意味合いを感じる。

 

黒服はこちらに一礼をした。

 

「私が案内できるのは、このバシリカまでとなります。ご同行いただき、ありがとうございました」

 

「もう少し、サービスしてくれてもいいのに」

 

「クククッ、私は取引に忠実ですので」

 

銃の魔人は唇を尖らせながら抗議するが、取り付く島もない。

 

まあいい、この時間はボーナスタイムのようなものだ。

それに、欲しい情報は最後以外はだいたい聞けた。

 

「それでは、またお会いできるのを楽しみにしております。マダムにも、どうかよろしくお伝えください」

 

「今度会う時は、お前を撃ち殺せるくらい強くなっておくよ」

 

銃の魔人は黒服に別れを告げて、バシリカの中へと踏み出した。

 

黒服が言っていた、オレを呼び出した『彼女』──マダム。

 

結局はオレの銃身を握る彼女次第だ。

 

──オレはなぜ呼び出され、何を撃ち殺せばいいのか。

 

もしその標的が『生徒』だった場合、やはり銃の恐怖を高め、性能を上げなければならない。

 

もちろん呼び出した誰かの、殺戮の願いを叶えるために。

 

魔人となる前から、ずっとそうだった。

標的を指定され、願われることで引き金が引かれる。

そこに自身の意思は関係なく、ただ無機質に撃ち抜くのが銃の役目だった。

 

そこに初めて芽生えた自分自身の目標は、願いを叶える傍らで共に達成できれば満足だ。

 

一瞬、鈍い痛みのような違和感が、胸の内に湧き上がる。

 

──なんだろう、これは?

 

銃の魔人は立ち止まり、首を傾げる。

それから自身の胸をトントン、と人差し指でノックするように叩いた。

 

入り口から奥に向かって長い廊下が伸び、月明かりに照らされた柱が影を落としている。

 

──考えるのは、後にしよう。

 

妙な違和感を頭の隅に追いやりながら、銃の魔人はその光と影を踏み越えて奥へと進んだ。

 

 

 

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