ユメ先輩(銃の魔人)   作:虎3

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銃と自由

 

月明かりが差し込む古びた遺跡──バシリカ。

銃の魔人はその長い廊下を、奥へ奥へと進んでいた。

 

踏み入った際に感じた違和感は、今も胸中に渦巻いている。

足を進めるごとに、それは弾詰まりのように行き場を無くし、身体を重くするようだった。

 

それでも銃の魔人は、それを無視して歩を進める。

 

自分をこのキヴォトスに呼び出した存在──黒服が言うマダム。

彼女に、会わなければならない。

そうして撃つべき標的を聞き、それを果たすための手段を考えなければいけない。

 

「まあ、時間はかかるかもしれないけどね」

 

キヴォトスの人間、とりわけ生徒は『神秘』と呼ばれるものを持ち、身体がとても頑丈だ。

それが原因で、この世界の銃は命を奪う武器として恐れられていない。

 

こんな世界では、引き金を引いておしまい、とはならないだろう。

標的を確実に殺すために、やはり銃の恐怖を高めなければならない。

 

──さてどうやって、みんなに銃を恐れてもらおうかな。

 

そのことを考えると、やはり銃の魔人の胸は弾むようだった。

先ほどから銃の魔人を襲っていた違和感も、なんだか薄れるような感じがする。

 

そんなことを考えていると、ふいに開けた場所に出た。

辿り着いたバシリカの最奥は、とりわけ広く荘厳だった。

最も目を引くのは、突き当たりの大きなステンドグラスだ。

差し込む月明かりを鮮やかに変えて、そこかしこにカラフルな光を散りばめている。

 

その色彩を浴びながら、こちらに背を向けるように一人の女が立っていた。

彼女は銃の魔人に気付いたようで、こちらに振り返る。

 

それは嗜虐性と傲慢さをない混ぜにして、無理やり人型を取ったような女だった。

こちらを見下ろすような長身で、烏の濡れ羽色の長髪を後ろに垂らしている。

汚れひとつない純白のドレスは、この古びた場所で自分だけが特別だと際立てているようだ。

そこから覗く肌は、返り血がそのまま染み込んだような真紅で、全体的にいかにも女王然とした容貌だった。

 

特に異様なのは、やはり頭部だ。

目玉がついた白い羽のようなものが幾重にも重なり、繭のように覆っている。

 

無数の瞳孔でこちらをギョロリと見つめながら、その女は微笑んだ。

 

「お待ちしていました、銃の魔人。私はベアトリーチェと申します。ようこそ、このアリウス自治区にお越しくださいました」

 

自分を呼び出したマダム──ベアトリーチェ。

しかし、どうしてオレの名前を知っているんだろう。

 

「お招きいただきありがとう、ベアトリーチェ。さて、オレは何を撃ち殺せばいい?」

 

──そのためにオレを呼んだはずだろう?

 

銃の魔人は浮かんだ疑問を一旦無視して、結論を急かす。

しかしベアトリーチェは、ゆっくりと首を振って告げた。

 

「あなたを呼び出した目的、殺して欲しい標的などいないのです」

 

一瞬、思考が固まった。

 

「それは、いったいどういう・・・」

 

「強いて言えば、あなたがここにいること自体が目的であり、私の偉大な成果です」

 

ベアトリーチェは、口が裂けたような笑みを浮かべ、恍惚と語り始める。

 

「私は、キヴォトス外の存在への接触を望んでいます。それは、神秘を恐怖に反転させる不可解な光。私たちゲマトリアはそれを『色彩』と呼んでいます。その力を借りて、より高位の存在へと昇華することが、私の探究の最終目標です」

 

黒服もそうだったが、ゲマトリアの連中は自身の探究する分野になると、どうにも熱が入るようだった。

 

「『色彩』をキヴォトスに到来させるためには、呼び水が必要です。求められるのは『神秘』、あるいは『恐怖』と考えています。前者はこのアリウス自治区で目処が立っていますから、今回は後者を用いた交信を行いました」

 

ベアトリーチェは滔々と語り続ける。

それは、自らの成果を見せびらかすようだった。

 

「それにより呼び出されたのが、あなたです。神秘を恐怖に反転させるのではなく、恐怖を自身に蓄え力に変える悪魔。恐怖を結果ではなく起因に求める存在だからこそ、あなたに交信が繋がったのでしょう」

 

「・・・恐怖を用いるとは、どうやって?」

 

「用済みの子供を10人ほど使いました。ここには、私が自由にできる道具がたくさんありますので」

 

ベアトリーチェは口元に手を当て、その時のことを思い出して嘲笑した。

 

「『死』はこの世界では、稀有なものです。それ故に直面した時、大きな恐怖を生み出します」

 

なるほど、恐怖を高める方法としては、参考になった。

 

銃の魔人は大きく息を吐き出して、戸惑ったように手で頬を掻いた。

 

ベアトリーチェの話を簡単にまとめてしまうと、自分がキヴォトスに呼び出されたのは、単なる手違いだったのだろう。

本来は『色彩』と呼ばれる存在に伸ばされた交信の手が、なんの因果か悪魔が眠る部屋のドアノブに掛けられたのだ。

 

自分は本来の銃の悪魔の、2割ほどの肉塊である。

そんな自分が、人間の世界に現存する8割を差し置いて出現するためには、それこそ奇跡のような何かが必要だと考えていた。

だから、自分がこうしてキヴォトスにいるのが偶然の産物だというのは、別にいい。

 

戸惑ったのは、それを聞いた時の感情の方だった。

 

──オレが殺さなければいけない標的は、いない。

 

ベアトリーチェの口からそれを聞いた時、何となく自分は落ち込むのではないかと考えていた。

それは本来、自分の存在意義だったはずだから。

 

しかし胸を満たしたのは、喜びだった。

それはまるで、ようやく自身の安全装置が外されたような、そんな解放感だ。

 

──これは、どういうことだろう。

銃の魔人は今までを振り返り、考える。

 

地獄で目覚め、砂漠で消滅しかけて、魔人となって、生徒と戦って──

そうして、ようやく思い至った。

 

──そうか、オレはずっと、自由になりたかったんだ。

 

自身が誰かに使われる存在であるという、支配からの自由。

 

地獄で生まれ変わる前の自分の記憶はない。

しかし、何となく誰かに使われて、死んだんだろうなというのは分かる。

 

銃が撃ち抜く先は、いつも誰かが定めた照準だ。

銃が撃たれる時は、いつも誰かが引き金を引いた時だ。

そこに銃自身の意思が介在することはなく、そのことを不満に感じる自我すらなかった。

 

しかし地獄で蘇り、激しい怒りと共に目覚めてからは違う。

今の自分には、思考も感情も存在する。

 

銃の魔人の目標は一つだ。

銃を最強の武器であると証明する。

そのために、銃への恐怖を高める。

 

今まで、それは銃を握る誰かの願いを叶える過程で、ついでのように果たせればいいと考えていた。

ずっと胸に渦巻いていた違和感は、そのことに対して芽生えた嫌悪感だった。

 

だけど今回は、その誰かも、強制される標的もいない。

 

──オレがやりたいことは、オレ自身が決めていいんだ。

 

照準の先も、引き金を引くタイミングも、自分が全部決めていい。

やること自体は変わらない。

銃への恐怖を高め、銃の価値を証明する。

しかし全ては、自分がやりたいからやるんだ。

 

銃の魔人は、そのことが飛び上がる程嬉しかった。

 

思えば地獄で初めて自身の目標を持った時も、砂漠で一歩を踏み出した時も、ずっとそうだ。

自身の目標のことだけを考えて、そこに進もうとした時は、いつも心が弾んでいた。

 

初めて芽生えた自我と感情に無自覚で、そのことに気づかなかったのだ。

 

自分がよちよち歩きの赤子のようで、銃の魔人は笑いが抑えられなかった。

ベアトリーチェが怪訝そうに、こちらを見つめる。

 

「あー、ふふふっ、ごめんねベアトリーチェ。改めてありがとう。お前の実験の失敗が、オレにこんな素晴らしい機会を与えてくれた」

 

ベアトリーチェは心外だ、とでも言いたげに口を歪ませる。

 

「・・・失敗ではありません。確かに『色彩』への接触は成りませんでしたが、代わりにあなたが現れた。キヴォトス外の存在を呼び寄せる、という前例を作ることができたのは、大きな成果でしょう」

 

なるほど、こいつは随分とプライドが高い。

 

「うん、確かにオレを呼び寄せることができたのは大成功だね。それで願う標的もないなら、なぜ黒服にここまで案内させたのかな?」

 

「あなたは私の成果物です。その目で価値を確かめたいと思うのは、当然でしょう」

 

「それで、お眼鏡にはかなった?」

 

「もちろんです。黒服からあなたがどのような存在かも、聞いています」

 

黒服には、悪魔と魔人について話してある。

どおりで、こちらの名前を知っているはずだ。

 

ベアトリーチェは、ゆっくりとこちらに歩み寄る。

 

「このキヴォトスは素晴らしい実験場ですが、私の崇高へと至る道を解さない輩も多い。矮小な子供たちは私の思考に及びもせず、ゲマトリアの面々も世界への干渉に消極的な者ばかり。成功者は唯一、私だけです」

 

複数の目玉で視線をこちらに注ぎながら、ベアトリーチェはうっそりと微笑んだ。

 

「あなただけが、このキヴォトスで私と対等になり得ます。力を持つものが、それを行使して相手を搾取し、より高みを目指すのは当然の義務です。だからこそ、あなたは砂漠で生徒を殺そうとしたのでしょう?」

 

「そこまで難しいことは考えていないけど、必要なことだったからね」

 

その後に現れた黒服からの情報が魅力的だったから断念しただけで、それがなければ当然、殺していただろう。

 

「くくくっ、それでこそです!その過程での小さな犠牲は、仕方のないこと。私にとっても、子ども達は使い潰すべき消耗品です。しかし、この世界で容赦なくそうできるのは、私とあなただけなのです!」

 

ベアトリーチェは、何だか浮かれているようだった。

きっと彼女は、『色彩』や『悪魔』のような、キヴォトス外の超異存在に心酔している。

 

このキヴォトスにいる全ての存在は、同胞であるはずのゲマトリア含めて、彼女にとって見下すべき存在なのだ。

だからこそ、それらと同じ規格であることが許せない。

より高位への昇華、とはそういうことだろう。

 

「銃の魔人、私と取引をしましょう」

 

白い花のレースに包まれた真っ赤な手が、こちらに差し出される。

 

「私の崇高へと至る道に、協力してください。その代わり、あなたが望む情報や技術をお教えしましょう」

 

「それは、例えば『神秘』についても?」

 

ベアトリーチェは、鷹揚に頷いた。

 

「いいね、その取引を飲むよ。仲良くやろう、ベアトリーチェ」

 

悪魔にとって契約とは、必ず守らなければならないもので、破れば死が伴う。

 

しかしこれは、契約ではなく取引だ。

だから、お互いが裏切る可能性を孕んでいて、同じくお互いがそのことを承知している。

ただ道が重なっている間は、各々の目標のために手を取れるだろう。

 

ベアトリーチェは、高位存在への昇華を目指して。

銃の魔人は、銃を最強の武器と証明することを目指して。

 

だからこの取引は、ある意味でとても公平だ。

 

銃の魔人は、ベアトリーチェと握手を交わす。

 

彼女は、満足そうに微笑んだ。

 

「あなたが有益な存在である限り、共に目標に向かって歩みましょう」

 

──有益な存在である限り。当然、オレもそのつもりだよ。

 

握る手に少し力を込めながら、銃の魔人は笑い返した。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

銃の魔人に与えられたのは、住宅街に立ち並ぶ、西洋式の古びた一軒家だった。

長いこと使われていないようで少し埃っぽいが、暮らしていくには充分な広さと家具を備えている。

 

その中のシングルベッドに横になり、天井を見つめながらベアトリーチェとの会話を思い返す。

 

銃の魔人には、気になっていることがあった。

 

──どうして、扉が開いた先がアビドス砂漠だったんだろう?

 

アリウス自治区の生徒を拷問し、集めた恐怖で扉を開いたならば、出現すべき場所はその死体の上のはずだ。

 

それは、会話の中でも触れられなかった。

恐らく、彼女にとっても想定外だったのだろう。

だからわざわざ、黒服に借りを作ってまで案内を頼んだのだ。

 

プライドの高いベアトリーチェは、自ら失敗を語りはしない。

 

銃の魔人は考えを巡らせるが、思い当たるものはなかった。

 

「まあ、どうでもいっか」

 

銃の魔人は横に寝返りを打つ。

今日はこのキヴォトスに現界してから、色々なことが起こった。

地獄であんなに眠ったはずなのに、もう睡魔が襲ってくる。

 

──何はともあれ、ここからだ。

 

銃が最強の武器と証明する。

そのために、この世界で銃への恐怖を高める。

 

「まずは、『神秘』について・・・知らないと・・・」

 

微睡の中で、差し当たりの目標を定める。

自身でそれを考えるのは、やはり楽しいものだった。

 

自分で照準を定め、自分の意思で引き金を引く。

 

──きっとこれを、自由と呼ぶんだろうな。

 

銃の魔人はそれを噛み締めながら、意識をベッドに沈めていった。

 

 

 

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