ユメ先輩(銃の魔人) 作:虎3
「ほら、あれ・・・。最近よく聞く・・・」
「あの、血を吸われるってやつ?でもそんな、本当なのかな・・・」
銃の魔人は、アリウス自治区の市街地、その石畳の道を進んでいた。
道沿いの廃墟には何人かの生徒がいるようで、ヒソヒソと話し声が聞こえる。
このアリウス自治区に来てから、1ヶ月が経過していた。
与えられた10人の血を吸いながら、たまに演習の相手をして銃の力を確かめる。
銃の魔人はここで、ある程度自由気ままに生活していた。
そこかしこから、恐怖混じりの声や視線を感じる。
銃の魔人は最近、生徒達の間で噂になっていた。
このアリウス自治区では、古くから伝わる経典があるらしい。
学園としてまともな機能を果たしていないここでも、その内容だけは徹底して教え込まれるとのことだ。
その中に、血を飲むことを禁忌とすることや、夜に紛れて血を啜る怪物の記載がある。
銃撃が効かない特異性も相まって、銃の魔人は生徒達から、経典に記載がある怪物ではないかと噂されている。
銃の魔人は足を止めて、ヒソヒソ声が聞こえた方に人差し指を向けた。
「ばーんっ!」
「「わあぁぁぁぁぁあっ!?」」
そうおどけて大きな声を掛けただけで、生徒達は悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「ふ・・・ふふっ・・・あっはははっ!」
銃の魔人はその情けない様子を見て、腹を抱えて笑う。
求めていたものとは違うが、なんであれ人間から向けられる恐怖は心地いい。
ひとしきり笑い終わった後、涙を拭いながらまた歩き始める。
破壊痕が目立つ街路を瓦礫の山や亀裂を避けながら、その足取りはスキップするように軽やかだった。
元々今日は、待ち侘びた念願の日でもある。
久々に味わう恐怖が、その上機嫌に拍車をかけた。
銃の魔人の目下の課題は、『神秘』を手に入れることである。
アリウススクワッドと演習した時から、ずっとそのことを考えていた。
『神秘』は銃が恐れられていない根幹の理由であり、またその解決策ともなり得るものだ。
『神秘』を有する生徒は、肉体がとても頑丈である。
それは銃弾を弾くほどで、撃たれても痣ができるぐらいで済む。
よってこのキヴォトスでは、銃は人を殺す武器たり得ない。
だからもちろん、銃に対して恐怖を抱く人間は少ない。
一方、『神秘』は攻撃面でも大きな役割を担っている。
引き金を引く者の『神秘』が強いほど、同じ銃でも威力が高くなる。
また同じ銃弾でも『爆発』や『貫通』など、様々な属性を載せることができるのも魅力的だ。
この世界での銃撃戦は、距離を無視した殴り合いのようだった。
その者の練度や拳の握り方で威力が変わるように、銃も生徒の『神秘』によって威力や効果がそれぞれ違う。
銃の魔人はそのことに少し顔を顰めて、腹いせにその辺の石ころを蹴飛ばした。
相当の速さをもって飛んでいったそれは、しかし廃墟の壁に激突して粉々になった。
銃の魔人は銃の魅力を、誰であっても人を殺せる点にあると考えている。
銃を握るのがどんな人間でも、年齢や性別、経験に関係なく死に至らしめるのが、とても素敵なところだ。
この世界でも、ぜひそうしたい。
銃の魔人の目的は、地獄で目覚めた時から一つである。
──銃が最強の武器であることを証明してやる。
もっと具体的に言えば、銃をこの世界で最も恐れられている武器にしたい。
そのために、このキヴォトスに来てから色々な方法を考えてきた。
例えば、とても殺傷力の強い銃や弾を作ってばら撒くのはどうだろう。
あるいは自分自身の手で、銃が恐怖の象徴になるくらい多くの人間を殺してまわるのはどうか。
最適な方法は、まだ分からない。
ただどんな手段を取るにしても、やはり『神秘』の存在は不可欠だった。
火薬や鉄と同じく、この世界では『神秘』が銃の基本的な機構にある。
そのベースなしでは、土俵に立つことすらできないだろう。
だから、『神秘』が欲しい。どうしても欲しい。
逸る気持ちを抑えながら、しばらく道なりに進み、銃の魔人は自身の根城にたどり着いた。
アリウス自治区の中でも、比較的綺麗に残っていた一軒家である。
ドアを開けて中に入ると、清潔に整えられたリビングが広がる。
普段は使っていない部屋だが、10番には掃除をお願いしていた。
その中央、ダイニングテーブルに備えられた椅子に、何者かが腰掛けていた。
それは立てかけていた杖を握り直しながら、ゆっくりと立ち上がり、会釈をした。
「はじめまして、銃の魔人。このように背を向けた状態での挨拶となるご無礼、どうかお許しくださいませ。わたくしにはこれ以外の方法がありませんもので・・・」
「まあそういうこった!」
ベアトリーチェには取引で、自身の左手の人差し指を渡してある。
それはゲマトリアの中でも分析や研究に長けた者の手に渡され、この身体の『神秘』については待つように言われていた。
今日はようやく、その結果発表の日だ。
──オレはどうすれば『神秘』を使えるようになるのかな。
銃の魔人はプレゼント箱を前にした子供のような気分で、目の前の異形に向かってにっこりと微笑んだ。
※※※※※※
「わたくしの名前は、ゴルコンダと申します。こちらはわたくしの身体を代行してくれているデカルコマニーです」
「そういうこった!」
銃の魔人は、テーブル越しに対面に座る異形を見つめる。
コートを几帳面に着込み、ステッキに手をかける姿は紳士然としている。
他のゲマトリアの例に漏れず頭部は特徴的、というよりも、首から上が存在していない。
本来ある部位が欠けていることで、どこか生理的な不安を感じてしまう。
その首の付け根から黒いモヤのようなものが立ち昇り、そのまま宙に消えていた。
名乗ったのは、それが左手で抱える写真からだ。
写真には、シルクハットを被った男性の後ろ姿が映っている。
一人が、頭部とそれ以外で分けられたような組み合わせだった。
自己紹介から察するに、写真の方がゴルコンダ、身体の方がデカルコマニーなのだろう。
銃の魔人は、にこやかに微笑みながら話しかける。
「知ってると思うけど、オレは銃の魔人。いやぁ、今日をずっと楽しみにしてたんだよ」
「貴下にそう仰っていただけて、光栄です。わたくし達にとっても此度の研究は、とても実り多いものでした」
その言葉に、銃の魔人の胸がますます弾んだ。
なんとなしに姿勢を正し、椅子に座り直して問いかける。
「それで早速、オレの身体に『神秘』はあるのかな」
ゴルコンダは写真の中でやはり後ろ向きのまま、自身の研究成果を語りはじめた。
「わたくしとデカルコマニーは、この世界を記号として捉えております。ご覧の通り、わたくし達は自らによってのみ存在することは叶いません。遍く記号も同じく、その中に含まれる『テクスト』が解釈によって導き出されてはじめて、実存することができるのです」
何だか難しい話になってきたな、と銃の魔人は指で頬をかいた。
ベアトリーチェと話していても思うけど、ゲマトリアの連中は話が長すぎていけない。
そんな様子など知らぬように、ゴルコンダは変わらぬ様子で語り続ける。
「今回の研究も、それらと同じことです。ベアトリーチェから拝借した貴下の人差し指、その記号にどのような『テクスト』が含まれているかを解釈いたしました」
後ろ向きでゴルコンダの表情は分からないが、その声色は笑っているようだった。
「貴下の人差し指から、実に興味深い多数の『テクスト』を拝見いたしました。元々いらっしゃった世界で、強大な力を振るっていたのですね」
「銃の悪魔だし、当然だよね。まあオレ自身、あまり覚えていないのが残念だけど・・・」
「記憶になくとも、それは身体に刻まれているものです。特に恐怖を力に変える悪魔としての『テクスト』や、銃に関連して行使できる様々な能力の『テクスト』は、このキヴォトスにはない興味深いものでした」
「能力、かぁ。人差し指で発砲できるとか、脳とか心臓を撃ち抜けるみたいな感じ?」
「他にも、色々と。貴下の肉体から解釈できた『テクスト』は一覧にしてレポートにまとめております。こちらをどうぞ」
「そういうこったぁ!」
デカルコマニーはコートのポケットに手を突っ込み、四つ折りのA4用紙を取り出した。
銃の魔人はそれを奪うように受け取り、食い入るように読み進める。
『指から発砲』、『急所を指定して撃ち抜く』。
これらはすでに知っている能力だ。
『恐怖で力を増す』、『血を糧に回復』、『肉片を取り込んだものを強化』・・・?
「この、肉片っていうのは?オレ、こんなことしたことないけど」
「おそらく元々の世界で貴下の肉片が、そのような使われ方をしていたと推測されます。わたくしは貴下という記号が含む『テクスト』を、解釈させていただいたに過ぎません」
これは、想像以上だ。
銃の魔人は口元に手を当て、にやけ笑いを抑えた。
元々銃の魔人は今回の研究結果で、自身の『神秘』の有無を知ることが目的だった。
それ以外の、今自分にできる能力の研究は、これから演習等でじっくりと行なっていくつもりだった。
一度の発砲で二羽の鳥を撃ち落とした気分だ。
銃の魔人は上機嫌でレポートを読み進める。
そして最後まで目を通したところで、眉をひそめた。
自覚している能力、知らなかった能力、これからの可能性を感じる良いレポートだった。
しかし、肝心なものが書いていない。
「ゴルコンダ、オレの『神秘』についてはどうだったのかな?」
「貴下はキヴォトス外の存在ですので、その記号に『神秘』に関する『テクスト』は含まれていませんでした。あるのは、梔子ユメの方です」
デカルコマニーはまた別のポケットを弄って、同じ様式の紙片を手渡してきた。
書かれている『テクスト』は2つだけ。
『神秘』と、『ホシノちゃんと一緒にアビドスを復興したい』。
「・・・随分と、梔子ユメについては少ないんだね」
「既に亡くなって久しく、その肉体はほとんど貴下のものとなっています。それ故に残っている『テクスト』は、肉体の根幹を成す『神秘』と、上書きされない程に強い願望なのでしょう」
ゴルコンダは一呼吸おいて続ける。
「ともあれ、貴下の最初の問いにお答えいたします。貴下の身体には、『神秘』が『テクスト』として存在します。このキヴォトスで梔子ユメの死体は未だ生徒として判別され、当然『神秘』が宿っています」
「そういうこったぁ!」
それはとても、嬉しい研究結果だ。
ここで躓いてしまったら、どうしようもなかった。
銃の魔人は椅子の背もたれに体を預け、ゆるりと天井を見上げながら安堵の息を吐いた。
そうなると、次に気になるのは・・・
「ゴルコンダ、オレはどうすればその『神秘』を使えるようになるのかな?」
「貴下はこのキヴォトスでも前例がない、極めて特異な記号です。そのため、ここからのわたくしの言葉は、あくまで推測の域を出ないことをご了承ください」
ゴルコンダは丁寧に前置きを述べた上で、自身の解釈を続ける。
「おそらく、貴下が梔子ユメの亡骸を乗っ取った際に、『神秘』の存在を認識していなかったことが原因かと存じます。『神秘』が肉体のどこに宿るかは明らかになっておりませんが、認識していないものを掌握することはできないでしょう」
銃の仕組みをよく理解しないまま、握ってしまったようなものだろうか。
例えば『神秘』を使えるようにするセーフティのようなものが肉体にあったとして、その存在を知らなければ手を掛けることはできない。
梔子ユメの全てを乗っ取ったつもりが、知らなかった故に、その全てから『神秘』が抜けていたのだ。
「一度その肉体から離れて、『神秘』を認識した上で再度魔人になることは可能でしょうか?」
「そんなぽんぽん出入りできるものじゃないんだよね。余程のことがない限り、オレとこの身体は一心同体だよ」
「それは、失礼いたしました。そうしますと、梔子ユメの全てを掌握する方法を考える必要があると、思料いたします」
この肉体を乗っ取る際の、取りこぼし。
それを含めて全てを使える状態にする方法は、一つだけ心当たりがあった。
銃の魔人は2つの紙をスカートのポケットに入れて、対面に向かい直る。
「今日はありがとう。想像以上の研究結果で、正直ドキドキしてる。『神秘』を使う方法は、まあ色々考えて試してみるよ」
「貴下のお力になれて何よりです。わたくし達としても、非常に有意義な研究ができました」
互いに礼を交わして、銃の魔人は席を立つ。
この後はいつも通り、アリウス生徒との演習が控えていた。
『テクスト』として確認した、自身のまだ見ぬ能力も試してみたい。
「あぁ、申し訳ございません。最後に一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、今はとっても気分がいいんだ。」
席に座ったままのデカルコマニーに抱えられながら、ゴルコンダは少し慎重な声音で問いかけた。
「このキヴォトスで、他にはない様々な『テクスト』、そして『神秘』を持ち寄って、貴下は一体何を成そうとしておられるのですか?」
「もちろん、銃を最強の武器として証明する。そうして、みんなにちゃんと怖がって欲しいんだ」
それは、人を殺す武器として。
引き金を引く側も、銃口を向けられる側も、互いに殺意を感じながら銃を扱って欲しい。
そのあたりの望みも、『テクスト』を解釈した際に分かっているのだろう。
さして驚いた様子もなく、ゴルコンダは続けた。
「しかし、それはこのキヴォトスでは相当に難しいことです」
「本当に、腹立たしいことにねぇ。具体的な方法はまだ分からないんだ。だけど、どんな手段を取るにしても、我儘を通すにはやっぱり強さがいる」
銃の魔人は少し挑戦的な目で、ゴルコンダが映る写真を見下ろした。
そのまま、獰猛な声色で告げる。
「だからまずは、このキヴォトスの枠内で最強になろうと思うんだ。死人が出ないようなぬるい銃撃戦の中で、誰にも負けないくらい強くなりたい。そうすれば、将来どんな素敵な方法を思いついたとしても、実現できるでしょ?」
そのために、手持ちの弾を知りたかった。
それは、今回『テクスト』という形で把握することができた。
また、このキヴォトスの戦闘の基礎になる『神秘』が、どうしても欲しかった。
既にこの身体に在るらしいそれを使う手段は、考えているものがある。
数秒の沈黙の後、銃の魔人は緊張を解くようにゆっくりと口角を上げて微笑んだ。
「だからこれからも、おまえ達とはいい関係を築きたいな。今回の研究結果は、本当にオレの想像以上だったよ」
デカルコマニーはステッキを支えに立ち上がり、こちらに向き直った。
自然と、ゴルコンダの写真が顔に近くなる。
「ぜひ、わたくし達からもお願いいたします。貴下がこれからどのように事を成していくのか、とても興味がありますので」
「そういうこったぁ!!」
「ふふっ、ありがとう。また声をかけさせてよ」
「はい、いつでもお待ちしております」
銃の魔人は軽く手を振って、今度こそ2人に背を向けて演習場に向かう。
まずは何から試そう、自分の力をどう使おう。
銃の魔人はとてもワクワクしていた。
思えば銃とはいつだって、そんな風に進歩してきたはずだ。
火縄による発火から、打金を叩いて火花を飛ばすようになったのも、天候や時間の不利を克服するためだった。
だったらオレも、そうしよう。
ただ撃つだけで足りないなら、それは武器にとっての進化のタイミングだ。
これから先の自分の可能性を想像して、跳ねる心臓の勢いそのままに、銃の魔人は駆け出した。