ユメ先輩(銃の魔人)   作:虎3

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夢追い星

 

「ユメ先輩・・・ユメ、先輩ぃ・・・」

 

乾いた空気に、悲痛な声がこだまする。

 

小鳥遊ホシノは、炎天下の砂漠を彷徨い歩いていた。

太陽が容赦なく照りつける。

刺すような熱気で、呼吸の度に咽せ返りそうになった。

 

地表に落ちた影は今にも消えそうな程、細く長く伸びている。

それが、砂に足を取られてぐらつく身体と一緒に、ユラユラと揺れた。

 

ユメ先輩が行方不明になってから、今日で33日が経過した。

その間、ホシノは休むことなく、アビドス砂漠を探し回っている。

 

踏み出す足は、砂に引き摺り込まれるかのように重い。

立ち込める陽炎か、それとも目が霞んでいるのか、視界のあちこちが不自然に歪んだ。

 

身体は、とうに限界を迎えていた。

それでもホシノは、構わず歩き続ける。

 

きっと、どこかにいるはずだ、と希望に縋るように。

あるいは、もう会えないかもしれないという、現実から逃れるように。

 

『ホシノちゃん・・・ごめんね。またコンパスを忘れちゃった』

 

ホシノは、ユメ先輩から送られたボイスメッセージを再生する。

聞き慣れたはずの優しい声音に、鼻の奥がツンとした。

 

ユメ先輩はきっと、このアビドス砂漠で遭難している。

見渡す限りの砂の海は広大で、探しきれていない場所がたくさんあるはずだ。

 

だから、どこかに、きっと、まだ。

 

『私の手帳は、あそこにあるから。ホシノちゃんもよく知っている@$^$%@#$。目立つ場所に置いたから、すぐわかると思う』

 

砂嵐の影響だろうか。

メッセージは所々にノイズが走り、ユメ先輩の声が掻き消されている。

 

「まったく、肝心なところが聞こえないんですよ・・・」

 

手帳の在処も、コンパスも。

ユメ先輩は大事なところに限って、いつも抜けている。

 

──しょうがないですね、ユメ先輩。

 

そう言いながら、フォローに奔走するのが自分の役目だ。

ホシノは今すぐに駆けつけて、早くそんな日常に帰りたかった。

 

ユメ先輩は、どんな反応をするだろう。

 

──ひぃん・・・ごめんね、ホシノちゃん。

 

なんて泣きそうな声で、それでも嬉しそうに笑うのだろうか。

 

「・・・謝らなきゃいけないのは、私の方なのに」

 

ユメ先輩との、最後の会話を思い出す。

 

──現実を見てください!

 

一体、どの口が言っていたのだろう。

 

きっと誰よりもユメ先輩自身が、アビドス復興の厳しさを理解していたはずだ。

そんな現状に負けず、それでも明るい夢や希望を抱いていた。

 

現実を受け入れるなんて、賢しげに聞こえるだけで、その実態は諦めと同じだ。

安易な結論に逃げることなく、少しでも何かできるならと進み続ける姿に、私は着いていきたいと決めたのだ。

 

本当に、尊敬できる先輩だと思う。

そんなの照れ臭くて、面と向かって伝えたことはなかったけれど。

 

あの日の私は、ちょっと、イライラしていたんだと思う。

日に日に悪化する状況に、口先だけで何も解決できない無力な自分。

先の見えない袋小路に、ユメ先輩のそんな姿が眩しかった。

 

眩しすぎて、そんな風にはなれない自分の醜さが、照らされたようだった。

それでつい、強く反発してしまった。

 

ホシノは、自身の両手を見つめた。

ユメ先輩がくれたポスターを破いた時の感触が、痺れのように指先に残っている。

それを感じなくなるくらい、後悔を押し潰すように拳を強く握った。

 

でも、あぁ、ダメだ。

また、思い出してしまう。

 

「あ、あ゛ぁあ゛ぁぁ・・・はっ、ひぃっ、はっ・・・」

 

ホシノは両手で頭を掻き毟って、そのまま砂の上に蹲った。

呼吸の仕方を忘れたかのように、息が短く、荒くなっていく。

 

激昂する自分にかけられた、ユメ先輩の悲しそうな声。

紙屑になったポスターがヒラヒラと落ちていく様を見つめる、ユメ先輩の寂しそうな瞳。

 

そのまま生徒会室を飛び出した私の後ろ姿を、ユメ先輩はどんな表情で見つめて、何を思ったのだろうか。

謝ろうと戻った時にはもう、その姿はどこにもなかった。

 

こんな、こんなものが。

こんな会話が、ユメ先輩との最後・・・?

 

「・・・う゛ぅっ!・・・おぇえ・・・げほっ・・・」

 

胃の奥がせり上がり、そのまま砂の上にぶち撒けた。

ここしばらく、まともな食事などしていない。

吐き出されるのは胃液ばかりで、喉が焼けるようだった。

 

これを最後に、してはいけない。

絶対にユメ先輩を探し出して、そして、謝りたい。

 

ホシノは蹲った姿勢のまま、ゆっくりと顔を上げた。

地面を掠めるような低い視線で、地平線まで続く砂の大地を見つめる。

 

すると遠くに、何やら黒い物体を見つけた。

半分程砂に埋まったそれは、太陽を反射して光沢を放つ。

明らかに、人工物の質感を帯びていた。

 

「・・・っ!!」

 

ホシノは弾かれたように立ち上がり、その物体に向かって走り出す。

 

「ユメ先輩・・・ユメ先輩っ・・・!」

 

逸る気持ちに、しかし身体がついて来ない。

足がもつれて、何度か砂漠を転がってしまう。

砂まみれになりながら駆ける姿は獣のようで、とても不恰好だった。

 

ようやく辿り着き、休む間もなくその物体に飛びついた。

勢いのまま、一息で砂から引っ張り出す。

 

特徴的な三角のロゴが刻印された、折り畳み式の黒い防弾盾。

間違いない、ユメ先輩のものだ。

 

期待と不安が渦巻いたまま、ホシノは辺りを注意深く見回した。

その後、盾が埋まっていた周辺の砂を掻き分けて、掘り起こしていく。

 

熱砂に焼けて、指先が真っ赤になる。

しかし、そのヒリつく痛みを無視したまま、何かを振り払うよう一心不乱に手を動かした。

 

どれくらいの時間、そうしていただろうか。

辺りを隈なく捜索したが、盾の他には何も見つけることができなかった。

 

ホシノはガクリ、と力なく膝をつく。

目の奥から涙が込み上げてきて、ポタポタと砂を濡らした。

 

「どこにいるんですか・・・ユメ先輩・・・」

 

泣く資格なんて、ないくせに。

自分勝手に溢れ出るそれが、心底腹立たしかった。

 

ホシノは目の前に横たわるユメ先輩の盾を、その輪郭を確かめるように指でなぞる。

 

すると、以前はなかったはずの銃痕に気がついた。

その大きさから、相当な威力の攻撃を防いだのだと想像できる。

 

まさか、またチンピラに襲われたのだろうか。

そして・・・ここで・・・

 

最悪の想像が脳をよぎって、全身が総毛立つ。

体の芯から凍えたように、ホシノの歯がガチガチと鳴った。

 

恐怖と不安がのし掛かり、もう立つこともできなかった。

一人きりの砂漠はとても静かで、自分の浅い呼吸の音だけが、やけに大きく聞こえる。

 

それからしばらく膝立ちのまま、ユメ先輩の盾を呆然と見つめていた。

 

するとふいに、辺りの静寂を切り裂くような声が響いた。

 

「あ〜っ!おいみんな、見つけたぞ!!」

 

場違いに騒々しい声と一緒に、何人かが砂を蹴ってこちらに近づいてくる。

 

「やっと見つけたぞっ!」

 

「この前はよくもやってくれたなぁ!」

 

寄って来たのは、6人組のチンピラ集団だった。

何人かは、以前に自分が追い返した記憶がある。

 

ホシノは苛立ちを隠すこともせず、投げつけるように問いかけた。

 

「何の用?私への報復なら、今そんな暇は・・・」

 

そんな声を遮って、チンピラ達は口々に騒ぎ立てる。

 

「ちげぇよ、お前のとこの生徒会長だ!あいつ、うちらをボコりやがってぇ・・・。このまま引き下がれるかよ!」

 

「そうだそうだ!あんなに強いなんて聞いてなかったぞ!」

 

「次は油断しないっ!お前も一緒に袋にしてやる!」

 

・・・待て、こいつらは今、なんて言った?

生徒会長──つまり、ユメ先輩にボコられた?

 

「・・・いつ」

 

「はぁ?」

 

「ユメ先輩に会ったのは、いつ!?どっ、どこでっ!?」

 

考えるより先に口が動いて、舌がから回る。

 

「き、急に怒鳴るなよ!・・・一ヶ月くらい前にこの砂漠でだよっ!」

 

ホシノの勢いに押されて、チンピラの一人が、後退りながら答えた。

しかし思い直したように、こちらを睨んで、自身の額を指差した。

 

「見ろよ、このたんこぶ!結構時間経ったのに、まだ痛ぇ・・・。慰謝料寄越せよ、慰〜謝〜料っ!」

 

「「「「「そうだそうだっ!」」」」」

 

1ヶ月ほど前に、目の前のチンピラ達とユメ先輩が戦った?

まさかこいつらがユメ先輩を・・・?

いや、でも、ボコられたと言っていた。

あのユメ先輩が?

いったい、これは・・・

 

グルグルと巡る思考に、眩暈がする。

身体がふらついて、咄嗟に前についた手に、ユメ先輩の盾が触れた。

 

「・・・これ、この盾を・・・その時、ユメ先輩は持ってた・・・?」

 

ホシノは目の前の盾を指差して、チンピラ達に問いかける。

 

「あぁっ?盾?あいつ、そんなの持ってたか?」

 

「いや、あの日は盾なんて使ってなかったぞ!」

 

「チッ・・・なんだぁ?そんなの使うまでもないってか!?舐めやがってぇ・・・!」

 

なす術なく制圧された記憶を思い出して、チンピラ達の怒りが沸騰する。

しかしホシノの耳には、そんな彼女らの声は入ってこなかった。

 

ユメ先輩は何らかの理由によって、ここで盾を手放した。

襲われて、どこかに連れ去られたわけではない。

 

その後、こいつらチンピラ達と戦って、信じられないことに圧倒した。

 

ということは、つまり・・・?

 

「ユメ先輩は・・・生きてる・・・」

 

1対6で圧勝するくらいだ。

身体は、相当に元気だったはずだ。

何らかの方法で、水とか食料とか、色々と持ち込んでいたのだろうか。

 

じゃあ、なんで、ユメ先輩は戻って来ないのだろう。

例えば何か事件に巻き込まれて、帰れない事情があるのかもしれない。

あるいは・・・もう、私に愛想を尽かして・・・

 

想像するだけで、胸が張り裂けそうだった。

でも、そうなっても仕方ないことをしたのだと、ホシノは唇を噛む。

 

それでも、ユメ先輩が生きているだけで、何でもいい。

嫌われたとしても、もうあの温かい声で自分の名前を呼んでくれなくても、生きてさえいてくれれば、もう何だって・・・

 

ホシノは自分自身が、都合のいい希望に縋ろうとしていることを、自覚していた。

現実的に考えて、一ヶ月前に砂漠で行方不明になった人間が生きている可能性は、やっぱり限りなく低い。

 

でも、そんなの知ったことか。

だってユメ先輩は、まだ見つかっていないのだから!!

 

現実を受け入れたように、どうせ無理なんて拗ねるのは、もう終わりにしよう。

 

ホシノは今、ユメ先輩のようになりたかった。

あの眩しさのほんの一欠片でも、同じ輝きを胸に宿したかった。

 

それはどんな現実にも負けず、可能性を信じて、夢や希望を持ち続ける強さだ。

ホシノの、ひび割れて空っぽになった心に、わずかな明かりが灯る。

 

「なんだ、急に黙りやがって・・・」

 

「おい、もうやっちまおうぜ!こいつボコれば、あの生徒会長も出てくるだろ!」

 

痺れを切らしたチンピラの一人が、こちらに向けて発砲した。

ホシノは咄嗟に、左手でユメ先輩の盾を展開する。

 

金属同士がぶつかり合う、甲高い炸裂音が響き渡った。

盾は傷一つなく銃撃を防ぎきり、とても頼もしい。

 

まるで、ユメ先輩が隣で寄り添ってくれているみたいだった。

この盾は、頼りない自分に託された物なのかもしれない。

 

「ユメ先輩・・・必ず、迎えに行きますから」

 

どんな事情があるかは、分からない。

もしかしたら理由なんてなく、自分を嫌って出て行っただけかもしれない。

 

現実的な理由はたくさんあって、希望になる根拠は僅かばかりだ。

 

でも、もしユメ先輩だったらどうだろう。

こんな状況でも、夢と希望を謳って、優しく微笑むのだろう。

 

それなら、私もそうしよう。

 

どこにいようと、どんな事情があろうと、必ず見つけ出す。

そうしてユメ先輩が戻ってくるまで、私がアビドスを守り抜く。

 

もう二度と手放すことがないよう決意を込めながら、ホシノは力一杯に、ユメ先輩の盾を握りしめた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

開け放たれた窓からは、気持ちのいい夏風が教室に吹き込んで来る。

それが机に頬杖を付くホシノの長髪を、サラサラと流した。

 

窓の外の入道雲はどこまでも大きくて、何だか自分がちっぽけな存在に思える。

 

砂漠でユメ先輩に誓ったあの日から、もう二年が経過していた。

 

最初は一人きりでアビドスを守るつもりだったが、気づけばホシノには、可愛い後輩ができていた。

 

ノノミちゃん、シロコちゃん、アヤネちゃん、セリカちゃん。

 

みんな、自分には勿体ないくらい素敵な子たちだ。

 

──早く紹介させてくださいよ、ユメ先輩。

 

ホシノは内心で、語りかける。

 

ユメ先輩は、未だ発見できていない。

大きな手掛かりになるであろう手帳も、その在処は不明のままだ。

 

盾を拾った後も、昼夜を問わず捜索に励んでいた。

しかしノノミちゃんに叱られて、倒れるくらい時間を費やすのは控えるようになった。

それでも、パトロールと称してあちこち探し回るのは、今でも日課になっている。

 

遭難者が二年越しに見つかる可能性は、どれくらいなんだろう。

ふと頭をよぎった現実的な数字を追いやるように、ホシノはかぶりを振った。

 

少なくとも、ゼロじゃない。

それなら、希望が持てる。

だってまだ、ユメ先輩は見つかっていないのだから。

 

ユメ先輩に対するホシノの誓いは固く、今日に至るまで色褪せていない。

 

必ず、ユメ先輩を見つけ出す。

それまで、アビドスは私が守る。

 

その気持ちが先走って、みんなには随分迷惑をかけてしまった。

黒服の口車に乗せられて、もう取り返しが付かなくなるところだった。

あのひび割れた黒い卵のような顔面を、次に会ったら撃ち抜いてやりたい。

 

「先生にも、改めてお礼を言わなくちゃね〜」

 

ホシノは座ったままの姿勢で、大きく伸びをしながら呟いた。

 

このキヴォトスの外から来て、シャーレの顧問として生徒のために尽力してくれる、不思議な大人。

 

信頼できる大人、なんて存在に馴染みがなくて、何だか胸の奥がソワソワとした。

 

ユメ先輩のことを殊更に思い出すのは、これからそれを、先生に打ち明けようとしているからだ。

 

『先生、相談したいことがあってさ。もし時間あったら次の休日、部室の隣にある空き教室で話せない?』

 

『もちろん!今週末に会いにいくね』

 

モモトークを送ったら、先生は二つ返事で了承してくれた。

特に最近はエデン条約の調印式前で、ゲヘナやトリニティと、忙しくしているはずなのに。

 

「うへへ、おじさん、困っちゃうなぁ」

 

もちろん、私だけじゃない。

生徒全員を、本当に大切に想っているのだろう。

 

それでも、やっぱり嬉しくて、ホシノの顔がぼうっと熱くなる。

誰に見られてるわけでもないのに、誤魔化すように指で頬を掻いた。

 

そうしていると、コンコンと優しいノックが教室に響く。

ホシノは軽く襟やスカートの裾を直しながら、入室を促した。

 

「お待たせ、ホシノ。時間かかちゃって、ごめんね」

 

「うへ〜、早すぎるくらいだよ。先生も忙しいのに、ありがとう〜」

 

ワイシャツを腕まくりにした先生が、笑顔でこちらに手を振った。

本当に急いで来てくれたのだろう、少し息が荒く、額には汗が滲んでいる。

 

「お茶とジュース、ホシノはどっちがいい?さっき買ったばかりだから、よく冷えてるよ〜!」

 

「そんなぁ、呼んだのはこっちなのに・・・」

 

「私も飲みたかったからね!付き合ってくれると、シャーレの経費で落とせるんだ。だから、受け取ってもらえると嬉しいな」

 

先生は、悪戯っぽく笑った。

 

その気遣いがむず痒くて、ホシノは少し顔を伏せながら、上目遣いでジュースを指差した。

 

教室の机は、等間隔に並べられている。

その窓際の一部を前後にくっつけて、先生との面談用に整えていた。

 

先生は、そのホシノの正面に腰を下ろす。

それからお茶のペットボトルを傾けて、ごくごくと小気味いい音を鳴らした。

 

「うへ〜、外は暑かったでしょ?おじさんのために、わざわざごめんね〜」

 

「ホシノの頼みなら、いつでも駆けつけるよ!」

 

先生は胸を張って、自身の心臓のあたりを拳で叩いた。

 

「それに、こうしてホシノが自分から相談してくれることが、本当に嬉しい」

 

先生は声を弾ませながら、その大きな手をホシノに伸ばす。

そのまま何度かぽんぽんと、頭を撫でられた。

 

ホシノは面映ゆさを誤魔化すように、少し意地悪な質問をしてしまう。

 

「・・・この前の、おじさんみたいにならなくて?」

 

「うん、別に私じゃなくてもいいんだ。困った時、誰かに話せるようになったのは、いいことだと思うよ」

 

先生は真っ直ぐにホシノの顔を見つめながら、にっこりと微笑んだ。

 

「あの後、みんなとはどう?」

 

「うへ〜、もうたくさん怒られちゃったよ。おじさんには堪えたねぇ〜」

 

思わぬカウンターに、ホシノはギュッと顔を顰めた。

もう完全に自分が悪いのだが、あの後は大変だった。

 

特に怖かったのは、アヤネちゃんだ。

眼鏡の奥から向けられる視線は激しい怒りが込められていて、背筋が震えた。

 

黒服は自分を『キヴォトス最高の神秘』なんて称したが、このアビドスで本当に怖いのはアヤネちゃんなのかもしれない。

普段優しい人ほど、とはよく言ったものだ。

 

「ふふっ、大変だったね。でもそれも、みんながホシノを大切に想っているからなんだよ?」

 

「・・・うん、分かってるよ」

 

だからこそ、心配をかけてしまったことが申し訳なかった。

いなくなった先輩を想う後輩の気持ちなんて、私が一番知っているはずなのに。

 

ホシノは足元に畳んで置かれた防弾盾を、片手でそっと撫でた。

 

「それは、普段ホシノが使っている盾だよね。この後、パトロールにでも行くの?」

 

「ううん、これは、そうだね〜。何となく今は、側に置いておきたくてさ」

 

特に、大きな理由があるわけではない。

ただ何となく、ユメ先輩の話をする時は、この盾の隣で話すのが適切な気がしたのだ。

 

先生は一度椅子に座り直して、改めて正面からホシノに向き合う。

 

「その盾が、ホシノの相談事に関わっているのかな?」

 

「・・・うへへ、先生は変なところで鋭いんだから〜」

 

ホシノは盾に手を置いたまま、どこか繊細な笑みを浮かべた。

しかし、何から話し始めたらいいか分からなくて、不自然な会話の空白が生まれる。

 

先生は穏やかな表情で、急かすことなくホシノの言葉を待っている。

目線は、相手を慮る優しい色で溢れていた。

 

ホシノは唇をそっと湿らせるように、ジュースを一口飲み込んだ。

それから、ゆっくりと話し始める。

 

「先生がこのアビドスに来たばかりの頃、セリカちゃんがヘルメット団に攫われたことがあったでしょ?」

 

「うん、あの時は大変だったよね。無事に見つかって、本当によかった」

 

「そうだねぇ。無事に見つかって、本当に・・・」

 

先生に相談したいのは、そのことだった。

 

「あの時、先生はどうやってセリカちゃんを探し出したんだっけ?」

 

「連邦生徒会が管理するセントラルネットワークにアクセスして、セリカの端末の位置を調べたんだ。あぁ、シャーレの業務として上手いこと誤魔化しておいたから、心配しなくても大丈夫だよ」

 

先生はこちらが気負わないように、柔らかい声で答えてくれた。

 

──やっぱり先生は、優しいな。

 

でもこれ以上、寄りかかってもいいのだろうか。

大人に甘えるなんて、ホシノは今まで経験がなかった。

 

喉元で言葉が引っかかり、先を続けることができない。

 

先生はそんな様子を察したのだろう。

ホシノが話しやすいよう、きっかけを作ってくれた。

 

「私は仕事柄、使える権限が多いから。戦闘はからっきしだけど、探し物は得意かもしれない。この前一緒にアクアリウムで見た、ヤドカリと同じだね」

 

ヤドカリの体は柔らかく、特に腹部はとても脆い。

その代わり触覚はとても発達していて、それで自分に合う貝殻だったりを探しているらしい。

 

先生は空気を軽くするように、両手でチョキを作って戯けてみせた。

 

「ホシノには、いつも頼らせてもらっているからね。私が力になれることがあったら、お返しさせて貰えると嬉しいな」

 

──ずるい。

 

そんなこと言われたら、どうしたって言葉が溢れてしまう。

 

「えへへ・・・先生、ありがとう。この前も、今も、本当に・・・」

 

ホシノは呼吸を整えて、熱くなった目頭を指で拭う。

それから、先生の優しい瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「ずっと、探している人がいるんだ。このアビドスにとっても、私にとっても、大切な人・・・」

 

ホシノは懐から一枚の写真を取り出して、先生に差し出した。

校舎が別館に移り、自分が生徒会に加入した時の記念写真だ。

 

そこには嬉しそうにピースを向けるユメ先輩と、仏頂面のまま頭を撫でられる自分が写し出されている。

 

「アヤネちゃんから、私が生徒会長を断ったって話は聞いたでしょ?それは、この人が正式な生徒会長だから」

 

今でも、ユメ先輩のことは鮮明に覚えている。

優しい声も、撫でられた手の感触も、抱き寄せられた時の香りも、すべて。

 

「名前は、梔子ユメ。二年前に行方不明になって、それからまだ、見つかっていないんだ」

 

盾だけを見つけた時の喪失感を思い出して、喉が干上がったように渇く。

少しざらついた小さな声で、ホシノは続けた。

 

「だから先生・・・ユメ先輩を探すのを、手伝って欲しい」

 

言った。

言って、しまった。

 

一番恐ろしいのは・・・先生に、そんなの無駄だと告げられてしまうことだ。

 

分かっている。

無事でいる可能性が低いことは、理解している。

 

しかし、ゼロではない。

だってまだ、見つかっていないのだから。

 

ホシノはユメ先輩に倣って、今も夢と希望を捨てずにいる。

 

どんな現実にも負けずに、それを抱き続けるユメ先輩の強さに、少しでも近づけるように。

 

ホシノは強く目を瞑って、先生の言葉を待った。

ユメ先輩の盾に添えられた手が、小刻みに震えている。

 

「ホシノ、大丈夫だよ。話してくれて、ありがとう」

 

先生は立ち上がって、ホシノの横に移動したようだった。

それから片膝をついて、怯える両手が優しく握られた。

 

ホシノがゆっくりと目を開けると、同じ目線になった先生と視線が交わる。

 

「先生として、全力を尽くすよ。一緒に、ユメを探し出そう」

 

あぁ、やっぱり他の大人とは違う。

信頼できて、頼りになって、とても温かい。

ホシノにとって先生は、まさに奇跡のような存在だった。

 

「・・・うんっ、うん!ありがとう、先生・・・」

 

ホシノの頬を、大粒の雫が伝っていく。

きっと先生となら、ユメ先輩を見つけられるはずだ。

 

ホシノは涙で滲む視界の中で、夢のような景色を思い浮かべる。

部室で楽しそうに話しているユメ先輩と、後輩たち、そして先生。

 

もし許されるなら、私もそこに居られるだろうか。

ホシノは、そんな希望溢れる青写真を、胸の中にそっと仕舞い込む。

 

──ユメ先輩、必ず、迎えに行きます。

 

二年前と同じ誓いを、もう一度強く刻み込んだ。

 

停滞していた歯車が、音を立てて動き出す予感がした。

 

 

 

 

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