ユメ先輩(銃の魔人) 作:虎3
「ユメ先輩・・・ユメ、先輩ぃ・・・」
乾いた空気に、悲痛な声がこだまする。
小鳥遊ホシノは、炎天下の砂漠を彷徨い歩いていた。
太陽が容赦なく照りつける。
刺すような熱気で、呼吸の度に咽せ返りそうになった。
地表に落ちた影は今にも消えそうな程、細く長く伸びている。
それが、砂に足を取られてぐらつく身体と一緒に、ユラユラと揺れた。
ユメ先輩が行方不明になってから、今日で33日が経過した。
その間、ホシノは休むことなく、アビドス砂漠を探し回っている。
踏み出す足は、砂に引き摺り込まれるかのように重い。
立ち込める陽炎か、それとも目が霞んでいるのか、視界のあちこちが不自然に歪んだ。
身体は、とうに限界を迎えていた。
それでもホシノは、構わず歩き続ける。
きっと、どこかにいるはずだ、と希望に縋るように。
あるいは、もう会えないかもしれないという、現実から逃れるように。
『ホシノちゃん・・・ごめんね。またコンパスを忘れちゃった』
ホシノは、ユメ先輩から送られたボイスメッセージを再生する。
聞き慣れたはずの優しい声音に、鼻の奥がツンとした。
ユメ先輩はきっと、このアビドス砂漠で遭難している。
見渡す限りの砂の海は広大で、探しきれていない場所がたくさんあるはずだ。
だから、どこかに、きっと、まだ。
『私の手帳は、あそこにあるから。ホシノちゃんもよく知っている@$^$%@#$。目立つ場所に置いたから、すぐわかると思う』
砂嵐の影響だろうか。
メッセージは所々にノイズが走り、ユメ先輩の声が掻き消されている。
「まったく、肝心なところが聞こえないんですよ・・・」
手帳の在処も、コンパスも。
ユメ先輩は大事なところに限って、いつも抜けている。
──しょうがないですね、ユメ先輩。
そう言いながら、フォローに奔走するのが自分の役目だ。
ホシノは今すぐに駆けつけて、早くそんな日常に帰りたかった。
ユメ先輩は、どんな反応をするだろう。
──ひぃん・・・ごめんね、ホシノちゃん。
なんて泣きそうな声で、それでも嬉しそうに笑うのだろうか。
「・・・謝らなきゃいけないのは、私の方なのに」
ユメ先輩との、最後の会話を思い出す。
──現実を見てください!
一体、どの口が言っていたのだろう。
きっと誰よりもユメ先輩自身が、アビドス復興の厳しさを理解していたはずだ。
そんな現状に負けず、それでも明るい夢や希望を抱いていた。
現実を受け入れるなんて、賢しげに聞こえるだけで、その実態は諦めと同じだ。
安易な結論に逃げることなく、少しでも何かできるならと進み続ける姿に、私は着いていきたいと決めたのだ。
本当に、尊敬できる先輩だと思う。
そんなの照れ臭くて、面と向かって伝えたことはなかったけれど。
あの日の私は、ちょっと、イライラしていたんだと思う。
日に日に悪化する状況に、口先だけで何も解決できない無力な自分。
先の見えない袋小路に、ユメ先輩のそんな姿が眩しかった。
眩しすぎて、そんな風にはなれない自分の醜さが、照らされたようだった。
それでつい、強く反発してしまった。
ホシノは、自身の両手を見つめた。
ユメ先輩がくれたポスターを破いた時の感触が、痺れのように指先に残っている。
それを感じなくなるくらい、後悔を押し潰すように拳を強く握った。
でも、あぁ、ダメだ。
また、思い出してしまう。
「あ、あ゛ぁあ゛ぁぁ・・・はっ、ひぃっ、はっ・・・」
ホシノは両手で頭を掻き毟って、そのまま砂の上に蹲った。
呼吸の仕方を忘れたかのように、息が短く、荒くなっていく。
激昂する自分にかけられた、ユメ先輩の悲しそうな声。
紙屑になったポスターがヒラヒラと落ちていく様を見つめる、ユメ先輩の寂しそうな瞳。
そのまま生徒会室を飛び出した私の後ろ姿を、ユメ先輩はどんな表情で見つめて、何を思ったのだろうか。
謝ろうと戻った時にはもう、その姿はどこにもなかった。
こんな、こんなものが。
こんな会話が、ユメ先輩との最後・・・?
「・・・う゛ぅっ!・・・おぇえ・・・げほっ・・・」
胃の奥がせり上がり、そのまま砂の上にぶち撒けた。
ここしばらく、まともな食事などしていない。
吐き出されるのは胃液ばかりで、喉が焼けるようだった。
これを最後に、してはいけない。
絶対にユメ先輩を探し出して、そして、謝りたい。
ホシノは蹲った姿勢のまま、ゆっくりと顔を上げた。
地面を掠めるような低い視線で、地平線まで続く砂の大地を見つめる。
すると遠くに、何やら黒い物体を見つけた。
半分程砂に埋まったそれは、太陽を反射して光沢を放つ。
明らかに、人工物の質感を帯びていた。
「・・・っ!!」
ホシノは弾かれたように立ち上がり、その物体に向かって走り出す。
「ユメ先輩・・・ユメ先輩っ・・・!」
逸る気持ちに、しかし身体がついて来ない。
足がもつれて、何度か砂漠を転がってしまう。
砂まみれになりながら駆ける姿は獣のようで、とても不恰好だった。
ようやく辿り着き、休む間もなくその物体に飛びついた。
勢いのまま、一息で砂から引っ張り出す。
特徴的な三角のロゴが刻印された、折り畳み式の黒い防弾盾。
間違いない、ユメ先輩のものだ。
期待と不安が渦巻いたまま、ホシノは辺りを注意深く見回した。
その後、盾が埋まっていた周辺の砂を掻き分けて、掘り起こしていく。
熱砂に焼けて、指先が真っ赤になる。
しかし、そのヒリつく痛みを無視したまま、何かを振り払うよう一心不乱に手を動かした。
どれくらいの時間、そうしていただろうか。
辺りを隈なく捜索したが、盾の他には何も見つけることができなかった。
ホシノはガクリ、と力なく膝をつく。
目の奥から涙が込み上げてきて、ポタポタと砂を濡らした。
「どこにいるんですか・・・ユメ先輩・・・」
泣く資格なんて、ないくせに。
自分勝手に溢れ出るそれが、心底腹立たしかった。
ホシノは目の前に横たわるユメ先輩の盾を、その輪郭を確かめるように指でなぞる。
すると、以前はなかったはずの銃痕に気がついた。
その大きさから、相当な威力の攻撃を防いだのだと想像できる。
まさか、またチンピラに襲われたのだろうか。
そして・・・ここで・・・
最悪の想像が脳をよぎって、全身が総毛立つ。
体の芯から凍えたように、ホシノの歯がガチガチと鳴った。
恐怖と不安がのし掛かり、もう立つこともできなかった。
一人きりの砂漠はとても静かで、自分の浅い呼吸の音だけが、やけに大きく聞こえる。
それからしばらく膝立ちのまま、ユメ先輩の盾を呆然と見つめていた。
するとふいに、辺りの静寂を切り裂くような声が響いた。
「あ〜っ!おいみんな、見つけたぞ!!」
場違いに騒々しい声と一緒に、何人かが砂を蹴ってこちらに近づいてくる。
「やっと見つけたぞっ!」
「この前はよくもやってくれたなぁ!」
寄って来たのは、6人組のチンピラ集団だった。
何人かは、以前に自分が追い返した記憶がある。
ホシノは苛立ちを隠すこともせず、投げつけるように問いかけた。
「何の用?私への報復なら、今そんな暇は・・・」
そんな声を遮って、チンピラ達は口々に騒ぎ立てる。
「ちげぇよ、お前のとこの生徒会長だ!あいつ、うちらをボコりやがってぇ・・・。このまま引き下がれるかよ!」
「そうだそうだ!あんなに強いなんて聞いてなかったぞ!」
「次は油断しないっ!お前も一緒に袋にしてやる!」
・・・待て、こいつらは今、なんて言った?
生徒会長──つまり、ユメ先輩にボコられた?
「・・・いつ」
「はぁ?」
「ユメ先輩に会ったのは、いつ!?どっ、どこでっ!?」
考えるより先に口が動いて、舌がから回る。
「き、急に怒鳴るなよ!・・・一ヶ月くらい前にこの砂漠でだよっ!」
ホシノの勢いに押されて、チンピラの一人が、後退りながら答えた。
しかし思い直したように、こちらを睨んで、自身の額を指差した。
「見ろよ、このたんこぶ!結構時間経ったのに、まだ痛ぇ・・・。慰謝料寄越せよ、慰〜謝〜料っ!」
「「「「「そうだそうだっ!」」」」」
1ヶ月ほど前に、目の前のチンピラ達とユメ先輩が戦った?
まさかこいつらがユメ先輩を・・・?
いや、でも、ボコられたと言っていた。
あのユメ先輩が?
いったい、これは・・・
グルグルと巡る思考に、眩暈がする。
身体がふらついて、咄嗟に前についた手に、ユメ先輩の盾が触れた。
「・・・これ、この盾を・・・その時、ユメ先輩は持ってた・・・?」
ホシノは目の前の盾を指差して、チンピラ達に問いかける。
「あぁっ?盾?あいつ、そんなの持ってたか?」
「いや、あの日は盾なんて使ってなかったぞ!」
「チッ・・・なんだぁ?そんなの使うまでもないってか!?舐めやがってぇ・・・!」
なす術なく制圧された記憶を思い出して、チンピラ達の怒りが沸騰する。
しかしホシノの耳には、そんな彼女らの声は入ってこなかった。
ユメ先輩は何らかの理由によって、ここで盾を手放した。
襲われて、どこかに連れ去られたわけではない。
その後、こいつらチンピラ達と戦って、信じられないことに圧倒した。
ということは、つまり・・・?
「ユメ先輩は・・・生きてる・・・」
1対6で圧勝するくらいだ。
身体は、相当に元気だったはずだ。
何らかの方法で、水とか食料とか、色々と持ち込んでいたのだろうか。
じゃあ、なんで、ユメ先輩は戻って来ないのだろう。
例えば何か事件に巻き込まれて、帰れない事情があるのかもしれない。
あるいは・・・もう、私に愛想を尽かして・・・
想像するだけで、胸が張り裂けそうだった。
でも、そうなっても仕方ないことをしたのだと、ホシノは唇を噛む。
それでも、ユメ先輩が生きているだけで、何でもいい。
嫌われたとしても、もうあの温かい声で自分の名前を呼んでくれなくても、生きてさえいてくれれば、もう何だって・・・
ホシノは自分自身が、都合のいい希望に縋ろうとしていることを、自覚していた。
現実的に考えて、一ヶ月前に砂漠で行方不明になった人間が生きている可能性は、やっぱり限りなく低い。
でも、そんなの知ったことか。
だってユメ先輩は、まだ見つかっていないのだから!!
現実を受け入れたように、どうせ無理なんて拗ねるのは、もう終わりにしよう。
ホシノは今、ユメ先輩のようになりたかった。
あの眩しさのほんの一欠片でも、同じ輝きを胸に宿したかった。
それはどんな現実にも負けず、可能性を信じて、夢や希望を持ち続ける強さだ。
ホシノの、ひび割れて空っぽになった心に、わずかな明かりが灯る。
「なんだ、急に黙りやがって・・・」
「おい、もうやっちまおうぜ!こいつボコれば、あの生徒会長も出てくるだろ!」
痺れを切らしたチンピラの一人が、こちらに向けて発砲した。
ホシノは咄嗟に、左手でユメ先輩の盾を展開する。
金属同士がぶつかり合う、甲高い炸裂音が響き渡った。
盾は傷一つなく銃撃を防ぎきり、とても頼もしい。
まるで、ユメ先輩が隣で寄り添ってくれているみたいだった。
この盾は、頼りない自分に託された物なのかもしれない。
「ユメ先輩・・・必ず、迎えに行きますから」
どんな事情があるかは、分からない。
もしかしたら理由なんてなく、自分を嫌って出て行っただけかもしれない。
現実的な理由はたくさんあって、希望になる根拠は僅かばかりだ。
でも、もしユメ先輩だったらどうだろう。
こんな状況でも、夢と希望を謳って、優しく微笑むのだろう。
それなら、私もそうしよう。
どこにいようと、どんな事情があろうと、必ず見つけ出す。
そうしてユメ先輩が戻ってくるまで、私がアビドスを守り抜く。
もう二度と手放すことがないよう決意を込めながら、ホシノは力一杯に、ユメ先輩の盾を握りしめた。
※※※※※※
開け放たれた窓からは、気持ちのいい夏風が教室に吹き込んで来る。
それが机に頬杖を付くホシノの長髪を、サラサラと流した。
窓の外の入道雲はどこまでも大きくて、何だか自分がちっぽけな存在に思える。
砂漠でユメ先輩に誓ったあの日から、もう二年が経過していた。
最初は一人きりでアビドスを守るつもりだったが、気づけばホシノには、可愛い後輩ができていた。
ノノミちゃん、シロコちゃん、アヤネちゃん、セリカちゃん。
みんな、自分には勿体ないくらい素敵な子たちだ。
──早く紹介させてくださいよ、ユメ先輩。
ホシノは内心で、語りかける。
ユメ先輩は、未だ発見できていない。
大きな手掛かりになるであろう手帳も、その在処は不明のままだ。
盾を拾った後も、昼夜を問わず捜索に励んでいた。
しかしノノミちゃんに叱られて、倒れるくらい時間を費やすのは控えるようになった。
それでも、パトロールと称してあちこち探し回るのは、今でも日課になっている。
遭難者が二年越しに見つかる可能性は、どれくらいなんだろう。
ふと頭をよぎった現実的な数字を追いやるように、ホシノはかぶりを振った。
少なくとも、ゼロじゃない。
それなら、希望が持てる。
だってまだ、ユメ先輩は見つかっていないのだから。
ユメ先輩に対するホシノの誓いは固く、今日に至るまで色褪せていない。
必ず、ユメ先輩を見つけ出す。
それまで、アビドスは私が守る。
その気持ちが先走って、みんなには随分迷惑をかけてしまった。
黒服の口車に乗せられて、もう取り返しが付かなくなるところだった。
あのひび割れた黒い卵のような顔面を、次に会ったら撃ち抜いてやりたい。
「先生にも、改めてお礼を言わなくちゃね〜」
ホシノは座ったままの姿勢で、大きく伸びをしながら呟いた。
このキヴォトスの外から来て、シャーレの顧問として生徒のために尽力してくれる、不思議な大人。
信頼できる大人、なんて存在に馴染みがなくて、何だか胸の奥がソワソワとした。
ユメ先輩のことを殊更に思い出すのは、これからそれを、先生に打ち明けようとしているからだ。
『先生、相談したいことがあってさ。もし時間あったら次の休日、部室の隣にある空き教室で話せない?』
『もちろん!今週末に会いにいくね』
モモトークを送ったら、先生は二つ返事で了承してくれた。
特に最近はエデン条約の調印式前で、ゲヘナやトリニティと、忙しくしているはずなのに。
「うへへ、おじさん、困っちゃうなぁ」
もちろん、私だけじゃない。
生徒全員を、本当に大切に想っているのだろう。
それでも、やっぱり嬉しくて、ホシノの顔がぼうっと熱くなる。
誰に見られてるわけでもないのに、誤魔化すように指で頬を掻いた。
そうしていると、コンコンと優しいノックが教室に響く。
ホシノは軽く襟やスカートの裾を直しながら、入室を促した。
「お待たせ、ホシノ。時間かかちゃって、ごめんね」
「うへ〜、早すぎるくらいだよ。先生も忙しいのに、ありがとう〜」
ワイシャツを腕まくりにした先生が、笑顔でこちらに手を振った。
本当に急いで来てくれたのだろう、少し息が荒く、額には汗が滲んでいる。
「お茶とジュース、ホシノはどっちがいい?さっき買ったばかりだから、よく冷えてるよ〜!」
「そんなぁ、呼んだのはこっちなのに・・・」
「私も飲みたかったからね!付き合ってくれると、シャーレの経費で落とせるんだ。だから、受け取ってもらえると嬉しいな」
先生は、悪戯っぽく笑った。
その気遣いがむず痒くて、ホシノは少し顔を伏せながら、上目遣いでジュースを指差した。
教室の机は、等間隔に並べられている。
その窓際の一部を前後にくっつけて、先生との面談用に整えていた。
先生は、そのホシノの正面に腰を下ろす。
それからお茶のペットボトルを傾けて、ごくごくと小気味いい音を鳴らした。
「うへ〜、外は暑かったでしょ?おじさんのために、わざわざごめんね〜」
「ホシノの頼みなら、いつでも駆けつけるよ!」
先生は胸を張って、自身の心臓のあたりを拳で叩いた。
「それに、こうしてホシノが自分から相談してくれることが、本当に嬉しい」
先生は声を弾ませながら、その大きな手をホシノに伸ばす。
そのまま何度かぽんぽんと、頭を撫でられた。
ホシノは面映ゆさを誤魔化すように、少し意地悪な質問をしてしまう。
「・・・この前の、おじさんみたいにならなくて?」
「うん、別に私じゃなくてもいいんだ。困った時、誰かに話せるようになったのは、いいことだと思うよ」
先生は真っ直ぐにホシノの顔を見つめながら、にっこりと微笑んだ。
「あの後、みんなとはどう?」
「うへ〜、もうたくさん怒られちゃったよ。おじさんには堪えたねぇ〜」
思わぬカウンターに、ホシノはギュッと顔を顰めた。
もう完全に自分が悪いのだが、あの後は大変だった。
特に怖かったのは、アヤネちゃんだ。
眼鏡の奥から向けられる視線は激しい怒りが込められていて、背筋が震えた。
黒服は自分を『キヴォトス最高の神秘』なんて称したが、このアビドスで本当に怖いのはアヤネちゃんなのかもしれない。
普段優しい人ほど、とはよく言ったものだ。
「ふふっ、大変だったね。でもそれも、みんながホシノを大切に想っているからなんだよ?」
「・・・うん、分かってるよ」
だからこそ、心配をかけてしまったことが申し訳なかった。
いなくなった先輩を想う後輩の気持ちなんて、私が一番知っているはずなのに。
ホシノは足元に畳んで置かれた防弾盾を、片手でそっと撫でた。
「それは、普段ホシノが使っている盾だよね。この後、パトロールにでも行くの?」
「ううん、これは、そうだね〜。何となく今は、側に置いておきたくてさ」
特に、大きな理由があるわけではない。
ただ何となく、ユメ先輩の話をする時は、この盾の隣で話すのが適切な気がしたのだ。
先生は一度椅子に座り直して、改めて正面からホシノに向き合う。
「その盾が、ホシノの相談事に関わっているのかな?」
「・・・うへへ、先生は変なところで鋭いんだから〜」
ホシノは盾に手を置いたまま、どこか繊細な笑みを浮かべた。
しかし、何から話し始めたらいいか分からなくて、不自然な会話の空白が生まれる。
先生は穏やかな表情で、急かすことなくホシノの言葉を待っている。
目線は、相手を慮る優しい色で溢れていた。
ホシノは唇をそっと湿らせるように、ジュースを一口飲み込んだ。
それから、ゆっくりと話し始める。
「先生がこのアビドスに来たばかりの頃、セリカちゃんがヘルメット団に攫われたことがあったでしょ?」
「うん、あの時は大変だったよね。無事に見つかって、本当によかった」
「そうだねぇ。無事に見つかって、本当に・・・」
先生に相談したいのは、そのことだった。
「あの時、先生はどうやってセリカちゃんを探し出したんだっけ?」
「連邦生徒会が管理するセントラルネットワークにアクセスして、セリカの端末の位置を調べたんだ。あぁ、シャーレの業務として上手いこと誤魔化しておいたから、心配しなくても大丈夫だよ」
先生はこちらが気負わないように、柔らかい声で答えてくれた。
──やっぱり先生は、優しいな。
でもこれ以上、寄りかかってもいいのだろうか。
大人に甘えるなんて、ホシノは今まで経験がなかった。
喉元で言葉が引っかかり、先を続けることができない。
先生はそんな様子を察したのだろう。
ホシノが話しやすいよう、きっかけを作ってくれた。
「私は仕事柄、使える権限が多いから。戦闘はからっきしだけど、探し物は得意かもしれない。この前一緒にアクアリウムで見た、ヤドカリと同じだね」
ヤドカリの体は柔らかく、特に腹部はとても脆い。
その代わり触覚はとても発達していて、それで自分に合う貝殻だったりを探しているらしい。
先生は空気を軽くするように、両手でチョキを作って戯けてみせた。
「ホシノには、いつも頼らせてもらっているからね。私が力になれることがあったら、お返しさせて貰えると嬉しいな」
──ずるい。
そんなこと言われたら、どうしたって言葉が溢れてしまう。
「えへへ・・・先生、ありがとう。この前も、今も、本当に・・・」
ホシノは呼吸を整えて、熱くなった目頭を指で拭う。
それから、先生の優しい瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「ずっと、探している人がいるんだ。このアビドスにとっても、私にとっても、大切な人・・・」
ホシノは懐から一枚の写真を取り出して、先生に差し出した。
校舎が別館に移り、自分が生徒会に加入した時の記念写真だ。
そこには嬉しそうにピースを向けるユメ先輩と、仏頂面のまま頭を撫でられる自分が写し出されている。
「アヤネちゃんから、私が生徒会長を断ったって話は聞いたでしょ?それは、この人が正式な生徒会長だから」
今でも、ユメ先輩のことは鮮明に覚えている。
優しい声も、撫でられた手の感触も、抱き寄せられた時の香りも、すべて。
「名前は、梔子ユメ。二年前に行方不明になって、それからまだ、見つかっていないんだ」
盾だけを見つけた時の喪失感を思い出して、喉が干上がったように渇く。
少しざらついた小さな声で、ホシノは続けた。
「だから先生・・・ユメ先輩を探すのを、手伝って欲しい」
言った。
言って、しまった。
一番恐ろしいのは・・・先生に、そんなの無駄だと告げられてしまうことだ。
分かっている。
無事でいる可能性が低いことは、理解している。
しかし、ゼロではない。
だってまだ、見つかっていないのだから。
ホシノはユメ先輩に倣って、今も夢と希望を捨てずにいる。
どんな現実にも負けずに、それを抱き続けるユメ先輩の強さに、少しでも近づけるように。
ホシノは強く目を瞑って、先生の言葉を待った。
ユメ先輩の盾に添えられた手が、小刻みに震えている。
「ホシノ、大丈夫だよ。話してくれて、ありがとう」
先生は立ち上がって、ホシノの横に移動したようだった。
それから片膝をついて、怯える両手が優しく握られた。
ホシノがゆっくりと目を開けると、同じ目線になった先生と視線が交わる。
「先生として、全力を尽くすよ。一緒に、ユメを探し出そう」
あぁ、やっぱり他の大人とは違う。
信頼できて、頼りになって、とても温かい。
ホシノにとって先生は、まさに奇跡のような存在だった。
「・・・うんっ、うん!ありがとう、先生・・・」
ホシノの頬を、大粒の雫が伝っていく。
きっと先生となら、ユメ先輩を見つけられるはずだ。
ホシノは涙で滲む視界の中で、夢のような景色を思い浮かべる。
部室で楽しそうに話しているユメ先輩と、後輩たち、そして先生。
もし許されるなら、私もそこに居られるだろうか。
ホシノは、そんな希望溢れる青写真を、胸の中にそっと仕舞い込む。
──ユメ先輩、必ず、迎えに行きます。
二年前と同じ誓いを、もう一度強く刻み込んだ。
停滞していた歯車が、音を立てて動き出す予感がした。