最強以外ありえない   作:てんぞー

10 / 207
人間未満

『よう、お前が俺の孫か。お前、バトル好きか? そうかそうか……ならいいぜ、お前にプロの戦い方ってもんを教えてやる』

 

 ―――実際の所、柊剛三は鴉羽尊を嫌っていた。

 

 否、憎んでいるという言葉の方が正しい。

 

 剛三は娘を溺愛していた。その娘が家を出て、愛した男との間に出来た子供。自分の娘を汚した男の種から生まれてきた子供だ。どうして憎くないと言えるのだろうか? 動向を把握し、監視し、そして何かあればいつでも家に連れ帰る事が出来るようにして。

 

 結局、一切手を出さなかった。

 

 それが慈悲なのか、諦めなのか、それとも最後の良心なのか。それを把握する事が男にはできなかった。それでも命は流れる。男は己の死期が少しずつ迫っている事を知っていた。知っていたからこそその後の事を考えて動き出した。

 

 彼は自分の子供たちに会いに行った。

 

 心の底から愛した女、遊びで作った女、押し付けられた女、尽くす女……様々な出会いから多くの子供を作った。大半は腐った果実を実らせてしまった。だが稀に、その子にまで腐食が及ばなかった事もあった。

 

 その輝きの一つ一つを確かめる事が理由になった。

 

 剛三は自前のモンスターを護衛として連れてその日、少年の前に立った。

 

『好きだろ、戦わせるの。口に出さなくてもいいぜ。見れば解る。目が爛々と輝いてやがる。解るぜ、面白いよな、命を削り合いながら頂点を目指そうとするのは。俺も男だ、生まれたからには頂点を目指す本能がある。お前にもそれがある。似てるなぁ、畜生』

 

 余計に嫌いになった。

 

 だからそれは悪戯心だった。

 

 苦しめば良い。

 

 迷えば良い。

 

 壁を知れば良い。

 

 上がどれだけ高く、そしてどれだけ苦しいのか。どれだけプロが使う技術が難しくて理解出来ないのか。それを欠片でも良いから理解させる。そしてへし折る。

 

 鴉羽一家の前に現れた柊剛三は、どうしようもないカスだった。

 

 

 

 

 

「―――解ってはいると思いますが」

 

 そう、試験官は始めた。

 

「Eランク認定戦に勝った以上、まだライセンスの更新が終わってなくても今、この瞬間からEランクです。Eランクで受けられるDランク認定戦には特に制限がありません。今、この場で認定戦を受ける事が出来るのは事実です」

 

 試験官はそこで言葉を区切る。

 

「私は、魔法攻撃メインのモンスターを使います」

 

「……」

 

「回避特化ビルドを作る程モンスターに詳しいなら理解していると思いますが、魔法は必中属性です。《アヴォイド・マジック》と呼ばれる特殊なパッシブスキルを所持していない限り、どれだけ素早さを高めても魔法攻撃を回避する事が出来ません」

 

 攻撃可能なスキルには2種類のカテゴリーが存在する。

 

 物理と魔法だ。物理は素早さで回避し、丈夫さから算出される防御力によって軽減できる。またそれとは別にモンスターには個別に属性に対する耐性もあったりするのだが……ここでは関係のない話だ。

 

 それに比べ魔法は基本必中属性を持っている。魔力ステータスから算出されるのが魔法攻撃力と魔法防御力であり、魔法は必中属性を持つ代わりに同じ魔力の高い相手だとあまり威力を望めないという仕様になっている。

 

 大事な事だけを抜き出して話すなら、チビの素早さに特化させたこのビルドは通じないと言われているのだ。

 

「それにEランクのモンスターは……第2世代のモンスターはレベル上限が第1世代よりも10も高くなっています。それぞれのステータスが10から30程度まで変わり、Eランクの試合で求める耐久力に君のウルフパップはついてこれないでしょう」

 

「そうですね、ざっと計算したら2回攻撃食らうだけで沈みますね」

 

 チビの耐久力は高くない。魔力ステータスは低い。恐らくEランク帯で戦闘すれば魔法攻撃なんて食らえばそのまま体力が7割は持っていかれるだろう。それだけの強みがレベル差には存在している。だからランクが変わると世界が変わると言われているのだ。

 

「これは脅しでもなんでもなく、試験の一環としての忠告をしています。第1世代で第2世代に勝つのは難しい。《アクセルクロー》の威力の高さは驚きましたが、あれは《クイック》による自己強化が2回必要になります」

 

 つまり、間に合わない。

 

「此方が先手を取れないにしろ、詰めに入る前に戦闘が終わります」

 

 頷き、答える。

 

「3手、それで戦闘が終わります。予告します。2回《クイック》入れて《アクセルクロー》で終わります」

 

「……解りました、君が何を考えているのかは解りませんが。それでも先ほどのビルドと理解力からわざと負ける為に戦う訳ではないというのは察せます。Dランク認定戦用のモンスターを連れて来るので少々お待ちください」

 

 そう言って立ち去ろうとした試験官は一旦足を止めると、呟いた。

 

「この状況でモンスターを変えずに勝てるとなると……いや、しかし、まだ若すぎる……ですが、剛三氏の孫だとすれば或いは……」

 

 それだけ呟きながらモンスターを連れに去った。

 

 ざわざわ、がやがやと周囲が騒がしくなってくる。モニターにどうやら自分が映っているらしい。第1世代でそのままDランク認定を突破しようとしている変わり者。そんな言葉が周囲から聞こえてくる。辺りを見渡せば何時の間にか観客が増えてる。

 

 その中に七海と久遠の姿を見つけた。七海は……どうやら止めた方がいいとジェスチャーしているが、久遠の方は楽しそうに俺を見ている。

 

 本当に、楽しそうに見てる。

 

「……」

 

 軽く深呼吸をして、肺の中の空気を入れ替える。ジジイとあった時のことを思い出し、拳を作る。今でも思い出せる、学んだことを。そして後でその内容をネットで調べた時の怒りを。

 

「やれるな、チビ?」

 

「わふ」

 

 イケるぜ! と言わんばかりのイケメンスマイルを浮かべた子狼の姿にくすり、と笑い声を零して反対側へと視線を向ける。何時の間にかゼリィが回収され、それと入れ替わるように小悪魔の魔法使いが立っていた。

 

 低耐久、低速、並の魔力。模範的な第2世代のモンスターだ。とはいえ小鬼の魔法使い―――インプは複数の攻撃魔法を使える上にデバフスキルも使用できる中々の強敵だ。格下相手には魔法を2発打ち込むだけで勝てるだろうし、同格相手であればデバフを絡めた動きで相手を機能停止に追い込める。

 

 Eランクの試験モンスターとしては丁度良いレベルの相手だろう。

 

 少なくとも普通はFランクのモンスターで勝てる様な相手ではない。

 

 普通であれば。

 

「チビ、久しぶりにアレやるぞ」

 

「がるるるるぅ……」

 

 毛を逆立たせながら気合を込めるチビの姿に頼もしさを覚えながら右目を手で覆う。視界が遮られ、右目が見えなくなる。

 

 

 

 

 

『プロで戦う上で重要な技術がある。だがその大前提として覚えなきゃいけねぇのがシンクロって技術だ。解るか? モンスターと同調し、その視界や思考とシンクロする事でリアルタイムで指示や情報のやり取りを可能とするんだ。やり方は教えてやる。やってみろ』

 

 剛三が言った事は正しいが、全てではなかった。シンクロはプロフェッショナルとして活躍し始めるBランクで見て、Aランクであれば確実に押さえたい技術の1つになる。だがその裏にあるのは精神汚染、思考散逸、廃人化というリスクだった。

 

 違う精神構造の生物と心を通わせた所で、その中身までもが理解できるとは限らない。人は虫の気持ちを理解できるのか? 不可能だ、生物としての規格が違う。それを合わせるのがシンクロという技術であり、信頼し合う主従が種族の垣根を越えて成立させる信頼関係の形だった。

 

 それはつまり、初見のモンスターでやる事ではなく、ましてやまだ情緒の育ってない子供でやる事でもない。剛三はそもそもこれがまともに成功するとは思っていないし、失敗するとしてもそもそも同調する段階まで届くとすら思っていなかった。

 

『あぁ、なんだ、カメラ切り替えみたいなもんか。出来た』

 

『は?』

 

 

 

 

 

 右手を退けて視界が戻る。だが俺の視界ではなくもっと低い、地面に近い視界。世界がもっと大きく広く見えて来る。それは地を這う獣の視界。正面奥に見えるインプがもっと強大な敵に見えて来る視点。

 

 チビの視界。

 

 心の中に流れ込んでくるチビの思考。勝ちたい。負けたくない。カッコいい所を見せたい。強いんだ。強くなりたい。もっともっともっともっと戦いたい。もっと暴れたい。強さを証明したい。自分の力を見せつけてやりたい。勝利を与えたい。一緒に勝ちたい。

 

「落ち着け。勝ち筋は見えてる。勝てる戦いだ。何時も通り」

 

 任せて。勝つから。言う通りに動くよ。

 

「良い子だ」

 

 強敵を前に昂っていたチビから感じ取れるものが落ち着いた。静かに開戦の号砲を待つように身を低くしたチビに相対するようにインプが杖を掲げて威嚇する。その奥にいる試験官が指揮所から真っすぐ此方へと視線を向けて来る。

 

「鴉羽くん……いえ、鴉羽さん、貴方が本当に私の思う通りの手段で勝とうというのなら……その場合は恐らく、プロ入りするまで貴方とまともに戦う事の出来るマスターは出て来ないでしょう。その事を考えると……どうか、そうであってほしくないと思っています」

 

「答えは出ますよ、直ぐに」

 

「そうですね―――では!」

 

 息を吸い込んで止める。数秒もしないうちに開戦を告げるファンファーレが鳴り響く。チビとインプが同時に動き出す。だが当然先手を取るのはチビ。《クイック》の効果によりチビの素早さが大幅に向上する。まずは1積み。

 

「インプ! ファイアボール!」

 

「キキっ!」

 

 コミカルに杖を掲げると頭上に火の玉が出現し、杖の動きと共に射出される。一瞬で加速した火球を回避しようとチビが足掻くが、回避するチビをホーミングする様に火球が衝突し、小さな姿を吹き飛ばす。

 

 右目一杯に炎が広がり、視界が遮られる。だがチビの感覚が既に大地を捉えて着地の姿勢に入っている。

 

「もう1回」

 

 2度目の《クイック》が入る。そして同じように一切距離を詰めないインプの頭上に火球が出現する。

 

「耐えられないのなら……これで終わりですよ! 見せてください、貴方があの鬼人とまで評された絶対強者の孫である事を!」

 

「個人的にはその評価は腹に据えかねるんだけどな―――」

 

 杖が振り下ろされ、逃げられない攻撃がチビに迫る。既に1度食らって体力は8割近く消し飛んでいる。当然2発目を受けきる事なんて不可能だ。それだけのHPが残されていない。つまりこれで詰みだ。

 

 勝ち筋は存在しない。

 

 普通のFランク……いや、Eランクマスターであれば。

 

 だからチビの姿を見据え、深く繋がった意識を介し、その脳へ、心へ、魂へと直接呼びかけるように指示を出す。

 

 

 

 

 

『マジか』

 

『あ、やっぱこっちにもあったんだ。流石現役マスターからの指南は勉強になるなあ』

 

 ゲームシステムにあったんだから現実でもあるんだ。その程度の考えだった尊に対して、剛三は内心戦慄していた。シンクロも、もう1つの技術も簡単に出来るようになるものではない。それはプロを目指す上では必要な技術だが、それでもトッププロが持つような技能だ。

 

 だが何よりも剛三を戦慄させたのは目の前の少年が自分の連れてきたモンスターとさえ同調した事だった。連れてきた生贄の子狼だけではない。自分が護衛として連れ、バトルでも使う事の出来る良く知るモンスター達とさえも接続するその精神性。

 

『お前……なんだ? 何が人の形をしてるんだ? いや、逆か。人の形をしてないんだなお前。だからそんな事になってもなんとも……は、ははは……ははははははは! なんだそりゃあ! 娘が胎から捻り出したのは人間未満かよ! 笑えるなこりゃ!』

 

 世界で最も早く尊の中身にたどり着いたのは父でも母でも妹でもなく、柊剛三だった。柊剛三だけが全てを理解した。理解したが故に憎悪する事を止めた。憎悪するには目の前の少年はあまりにも面白すぎた。

 

 それだけ。

 

 それが剛三の授けた最初で最後の授業。連れてきた子狼を捨てるように少年に渡した。新しい家族を受け取って、暴くだけ中身を暴いて好き勝手やって老人は目の前から去っていった。たった1度の接触だが、尊が剛三の正しい評価を理解するには十分すぎるものだった。

 

 

 

 

 

耐えろ

 

「やはり、マスタースキルっ! その歳でもう覚えていますか……!」

 

 放たれた火球は吸い込まれるようにチビへと衝突し―――その体力を喰らいつくさなかった。それがゲームの画面であれば、1ドットだけHPが残されているのが見えただろう。それはそういうコマンド選択だったから。それはそういう風に耐えさせるスキルだから。

 

 戦闘中、1度だけ使える特別な能力を味方のモンスターに付与するコマンド。

 

 パーティー選出時点で相性が決定的だった場合、後の試合は消化試合で面白くなくなる。それを覆す為の手が双方に存在して漸くゲームは盛り上がる。そういう観点から導入されたのがマスタースキルというシステム。

 

 事前に設定しておいたスキルを戦闘中に任意のタイミングで発動させる事でモンスターを支援する事が出来るシステム。

 

 それは次の1回の攻撃を会心させたり、1回限りかかっているデバフを解除させたり―――或いは、1回だけ食いしばりを付与する事だったり。

 

「これで3手だ」

 

 耐えろと指示を出されたチビは文字通り耐えた。耐えて、地に足が着く。インプは仕留めきれなかった事実を確認し、主の指示を貰うまでもなく再び攻撃を放とうとして―――既にチビの姿がフィールドの反対側から、己の目の前にいる事に気づいた。

 

「がう」

 

 音が一瞬遅れるように《アクセルクロー》が叩き込まれ、反応すらできずに1撃でインプが倒れ伏す。その横で勝利の咆哮を上げるチビとの同調を切り、どっと押し寄せて来る体と脳の疲れに耐える。深呼吸をして、戦闘用の脳のスイッチを切り、観客にも解りやすいようにサムズアップを作る。

 

「GG、対戦ありがとうございました」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。