尊が試合の為に控室へと去った所で。
王とアーティは怪我人を医務室に送り届けていた。
「まさかカリスマのごり押しで怪我の理由を隠し通すなんて」
「名を口にしたら体が張り裂けたとか誰が理解するのだ? まさか内臓まで破裂していたとはな……恐ろしい事だ」
「アレはそういう存在ですにゃ」
医務室から出た2人は通路で足を止める。
「王様はどうやら真実の片鱗に触れているご様子ですから、隠さずに伝えますが。あの神は存在する次元が生物として違うのですにゃ。いえ、生物という表現も間違っているのかもしれませんにゃ」
アーティの言葉を見るだけで王は察する。
「……まさか、“神”という概念そのものなのか?」
「最も純粋で、醜悪で、そして救いようがない程に強固な神という概念ですにゃ」
汝、その名を口にしてはならぬ。汝、その姿を目にしてはならぬ。汝、その言葉を耳にしてはならぬ。最も尊き存在、最も純粋で至高なる存在。
……もし、それが大前提として元から黒かったら? どうなる? その答えがあの神だ。
王は賢い男だった。見るだけで人間を理解する能力を持つ。或いは才能と言えるだろう。その為、人生の全てがネタバレに満ちている。
子供の頃に開かれようとしたサプライズパーティー。それを企画する前、思いついた顔を見て既に結末まで見えてしまった。善意も悪意も、あらゆる秘密が人には描かれている。それを見る事が出来る男の瞳には偽りが通じない。だからこそアーティの言葉の意味と、真実が伝わってしまう。
「まあ、この神は良いのですにゃ。死が予約されてるので」
「その意味は今一解らんが、確かに今対処すべき問題ではないな」
そう言って王が通路から会場へと戻って行く人の流れを見た。その瞳には人の真贋が映る―――見れば誰が本物で、誰が嘘なのか、それが一瞬で解る。
尊と灯が人の魂や心を見るならこの男は人の情報を見る。どちらが上下という訳ではなく、脳のチャンネルが違う。尊と灯の生まれは近く、2人の脳はチャンネル4に設定されているが、王の脳は別のチャンネル……そう5とでも言う辺りに開いている。だから特異な事が出来るものの、方向性が違う。
そうやって見る流れの中で、異変のある人は見えてこない。しかし空気は違う。それは見ずとも肌で感じられる事だ。
「どうしますかにゃ、会場に人が集まっていますが、こういう手合いは人の多い所は避けそうですがにゃ」
「我らも会場へ向かおう道化。咄嗟の事で視界に収められなかったが見れば解る事もある」
「……大丈夫なのですかにゃ?」
「無論、我は王ぞ?」
王の言葉を信じる事とし、二人は医務室を離れて会場へと向かう。客席に出ると永遠に止まぬ歓声が聞こえてくる。通路を抜けて広がる客席とステージの姿に、入り口から足を止めて眺める。
『さあ、やって参りましたこのペアの第2試合! 片や伝説を血に刻んでそれに乗る最先端の才能! もう片や伝説に、血に抗ってなお伝説へと向かって進む異端の天才! 鴉羽柊ペアだ!』
沸き上がるフロアを無視して二人の視線が巡る。
「ヒントを探せ」
「術者本人か、或いは痕跡ですにゃ?」
「あぁ、理想は術者本人だが、そこまで馬鹿ではないだろう。となると人形にされた者が紛れ込んでる筈だ。我なら監視のために数人割きたい」
「当時からこの手の潜入からお手の物な連中でしたが今生は果たして……」
視線が彷徨い、探す。王の視界に映る者たちの嘘が暴かれてゆく。情報がイメージとして、文字として、王にのみ伝わる形で刻まれてゆく。だがこの手の才能との向き合い方は尊よりも遥かに長い。
見たところでそれに飲まれることはない。この男は己の才能を完璧にコントロールしていた。
『おーっほっほ! アンナさん! この大舞台で! アナタの顔に泥をつけるためにやってきましたわ!! 覚悟しなさい! ここでアナタを倒し、私が学院一である事を証明しますわ!』
『こんなややこしい時になんで来るの!? 馬鹿なの!?』
『おーっほっほ!!』
『仲いいなあんたら』
『仲良くなーい!!!』
『私の宝石獣がお相手しますわ!! 金をかけて育てたモンスターの強さを知るといいですわ!!』
『いや、それレアだけど生産用モンスター……』
ステージの上で戦闘が始まる。若干呆れた表情を浮かべる尊に対して、アンナの方は人前だからこそ取り繕っているものの、本来なら中指でも突き立てそうな勢いだった。その様子にくすり、と王は笑みを零してから視線に力を入れた。
客席……ステージ……スタッフエリア……視線を巡らせ、アーティが反応する。
「王様、アレはどうですかにゃ」
「……成程、アレか」
客席に一人、普通に観戦してるように見える青年がいる。だが王が見ればそれが欺瞞だと直ぐに解る。
「良く解ったな」
「何人か視線の質が違いますからにゃ。芸人故、この手の視線には敏感なのです」
アーティの示した先の青年は楽しんでいるように見える。少なくとも表情、動き、感情、全てにおいて偽りはない。だがその芯にあるものが違うと、向けている視線から把握した。
『わ、私の可愛いジュエル達が……! もう許しませんわよ! デュエルで勝負よ!』
『モンスター大会で人間が戦おうとするな!!』
『やってやろうじゃない!!』
『アンナ!? 沸点低くない!?』
「普段からあんな調子なんだろうな」
「良い友達ですにゃ」
騒げる相手がいるのは良い事だ。そう言いながら客席、回り込むようにターゲットへと向かってゆく。近づくに連れて取得できる情報が増える。
「潜入してる仲間はあと四人、一人選手として潜入してるみたいだな。互いの顔は把握してないようだ」
「良くある手ですにゃ。連中は信頼や信用ではなく教義と信仰で結束してるのですにゃ。顔も名前も姿も知らなくていい。ただ信ずることを為すだけで良い。その結果物語が生まれる」
「クソみたいな信念だな」
第2試合が終わる。ステージを去る尊と王の視線が交わる。それだけで二人には十分だった。
「死神はこのまま妹と従妹の護衛に回るそうだ」
「捜索は此方に任せる形ですにゃ」
「動きたくても動けないというのが本音かもしれない」
自衛力のない身内は急所になる。その上で相手がどういう手段でこの混沌を引き起こしてるのか解らない以上、側にいる必要がある。その為、尊は動けなくなる。
このまま試合に集中してもらおう、と王は考える。
こういう面倒は年長者の特権だとも。
「一人……二人……三人……四人まで見えるな」
「視線の先把握しましたにゃ。選手以外は観客として紛れてるみたいですにゃ」
「一人ずつ仕留めるか……さて、アタリが早いと助かるが」
気負うこともなく把握した一人目の潜伏者に近づき、背後から首をとん、と叩く。それだけで一人目の信徒は気絶した。
「お見事ですにゃ。慣れたご様子で」
「幼馴染がこの手の技に詳しくてな。まあ、我はこの手の技術は見れば出来てしまう天才だからな」
「可哀想に……」
気絶した青年の頭を掴み、その顔を覗き込んで数秒、すべてを読み終えた王が青年信徒を解放する。
「連れて行け」
影から伸びた手が青年を掴むと一瞬で影の中に引きずり込む。周りの人間は試合を見るのに忙しく誰も注意を払ってない。
そもそも、他者に対する興味なんてものは、この現代ではそこまでない。誰もが己の世界に引きこもっている。
だから一人消えたところで、それを誰も気にしない。
「ハズレだな。術者ではない」
「正解があるとしたらマスターとして潜伏してる者ではないでしょうかにゃ。あれだけの事、人間にできるとは思えませんにゃ」
「だろうな。だがそちらの心配はする必要ないだろう……愉快犯で思想家。ただし物語性を重要視する。我だったら5戦目辺りに盛り上げ役としてキャストを用意する」
「んー、それはちょっと違いますにゃ」
「ほう?」
足を止めて王が振り返る。アーティの続きの言葉を待っている。アーティは実際の被害と、混沌の時代を生きた者だ。女神の信奉者のことはよく理解している。
「連中は物語性を重視していますが、それはアドリブから来る生の感情が優先されますのにゃ。計画された物語は好みじゃないのですにゃ。そういうことするよりは解りやすく暗殺を狙って、それを乗り越えられるかどうかを試す方が好みですにゃね」
「頭おかしいのか?」
「おかしいのですにゃ。でも信じるものを失った人は脆いのですにゃ。そうやって中身を失った人達は何かで満たそうとして……満たしてはならない光を受け入れてしまったのですにゃ」
「信仰か……酷いことをする」
人間は縋る生き物だ。理由が必要だ。死ぬのは苦しい。だから何かに縋る。その先が破滅なだけだった。主義主張思想理想。そんなものがありふれた時代、そんな時代に実在する神を与えても意味はない?
違う。
他の偽物とは違う。
これは、本物の創造主だ。その後継。語られる者ではなく実在する神。
それは脳を、精神を焼く。
「酷い時代でしたにゃ。邪光に焼かれて信徒に堕ちたものも多かったですにゃ……救いはなかったですからにゃぁ……」
懐かしむように、嘆くようにアーティは呟き、それから二人は音を殺し、二人目に接近した。淀みのない動き、一瞬で死角から接近して意識を刈り取る。そのまま王の影の中に飲み込まれて処理される。
『さあ! いよいよ第三回戦! トップバッターは勿論この二人! 鴉羽柊ペア! ここまで圧倒的な力を見せつけてきた二人はこのまま勝ち進めるのか!? 主催者が脱落するというのも中々面白いオチだと思うぜ!』
好き勝手話すMCの話を聞き流しているとチッ、と舌打ちが王の口から零れた。
「どうされましたかにゃ?」
「対象が会場の外へと向かっている。勘付かれたな」
「ではここは二手に分かれてと」
「だな」
言葉と共に二人の姿が分かれる。影すら残さぬアーティの疾走に対して、王は席に足をかけて登り、逃亡する相手の姿を両手でファインダーを作り、その中に捉えるように眺めた。
「出てから……物陰で性転換薬を飲んで、トイレで着替えてまた紛れるか。成程、確かにそういう手もあるか。これならトイレの前で待ち構えれば良いな」
読み終わってから席から降りて歩き出す。確実に捉えられると認識している為、その動きに焦りはない。ただし、言葉に出来ない不快感が残る。
「簡単すぎる」
或いは。
「この5人全員、本命ではないのか? 6人目がいて、それが件の術者―――いや、やり口からして人間じゃないな。モンスターか」
遊ばれている。ゲームの上に強制参加させられている。行動をコントロールされている。不快感だけが積み重なって行く。歩き出し、目標を捉えに動きながら呟く。
「本番は明日か」
見えない蜘蛛の糸に絡めとられるのを自覚しつつ、それは対処する以外選択肢のない事だった。