「おや、筆舌に尽くしがたい表情を浮かべてますね。良いですよ、その表情。サプライズは人生を潤しますからね。予想外は刺激です。これこそがあらゆる命を退屈から救う妙薬になるのですから。もっとその表情を提供しましょう―――ほら、カメラはあそこらへんに」
無言で中指を突き立てる。心の底から死んでほしいと思う。
だけど。
「はい、言葉にせずとも結構です、お得意のシンクロOTKは使わなくて正解です。私は正規の参加者だからです。正規の手続きを経て、ちゃんと登録して、ズルをせずに勝ち残ってきましたから。ここでチャカアグロでもシンクロOTKでも権力コントロールでも使ってみてください。その瞬間不正な手段を取るのは其方になりますから」
無駄に種類多いなこのテーマデッキ……。
狂信者の肝の据わりように頭を抱えているとアンナが切り出す。
「そう言う割にはアンタのパートナーがいないみたいだけど」
「おっと、失礼しました。タッグ大会ですからね、パートナー無しでは出られません。そうですね、主催者の貴方が正しいです。それでは紹介しましょう」
神父の背後から一人のシスターが現れた。
「彼女は私が所属する教会―――えぇ、普通の教会のシスターです。熱心な信徒で、神がいてもいなくてもどちらでも良い。教えは自らを律し、他者を救うための教義だと信じている可愛い娘です。今回は彼女にお手伝いいただきました」
シスター服姿の女性は神父の後ろから現れるとにこり、とほほ笑んだ―――が、その姿を見て凄まじい嫌悪感が走る。成程、と声が零れる。漸くまともに正面から見る事が出来た。通路で見たマスターは反射的に危機感を覚えて迎撃してしまったから見る事が出来なかったが、確かにこれは気持ちが悪い。
「中身がないってもんじゃないぞ。完全に人形をリモコンで動かしてるような感じに近いな」
「おや、見て解りますか。私には理屈はさっぱり解りませんが、ゲストの方はこれが得意だそうですよ?」
お前じゃないのかよ……! 思わず出て来そうなツッコミを飲み込んで、だけど納得する。確かにこれは人間業じゃない。出来るとすれば人間じゃない存在だろう。それだけで犯人が―――モンスターが絞り込める。人間を人形に変えてコントロール出来るモンスター。
上位系統のコントロール能力持ちのモンスター……。
「良い表情です。僅かなヒントから答えを導き出すその慧眼、救世主の名にふさわしいと思います」
「なに、アレ」
「ああいうタイプの宗教家なんです。ちょっと、というかかなり破滅思想でどうしようもない、そういう連中。まともに耳をかたむけないほうがいいよ。説得とか会話とか通じる相手じゃないから」
「対話拒否ですか? 折角会話できる機能が人間には備わっているのだから会話した方がよろしくありませんか? 私、トークには少々自信がありまして、決して飽きさせない事を約束しますよ」
「そういう状況ではない……!」
「それにそこのシスターは洗脳かなんかされてるならルール違反以前の問題でしょ……!」
「おっと、痛い所を突かれましたな」
「大丈夫ですよ、洗脳されている間は記憶もありませんから。何をされても思い出せませんよ……何をされても」
そう言って他人の体でシスターが妖艶な表情を浮かべ、スカートに刻まれたスリットから生足を披露しようとして―――こほん、と咳払いした神父によって止められた。
「申し訳ありません、数合わせで参加して貰ってるので出来ればその体は丁重に扱ってください。彼女はこの活動には本当に関係がないので」
「……仕方がありませんね」
シスターは面白くない、と言わんばかりに溜息を吐くと一歩下がった。それを見てアンナが増々理解出来ないという表情を浮かべる。それを受けて神父がははは、と笑う。
「申し訳ありませんね。本当なら今日は2人で選手として潜入する予定だったのですがね、私、仕事上の付き合いはあってもプライベートの友人がいないタイプでして……教団内でも一緒にタッグを組んでくれる人がいなくて……!」
「なんで敵の情けない話を聞かされなきゃいけないんだよ俺達」
「尊! これ本当に悪人なのよね!? そういうプレイみたいな話じゃないのよね!? イーサンも仕掛け人とかそういう話じゃないわよね!?」
神父とシスターが揃ってはははは、と笑う。
「失礼な、私は普段人の良さで胡散臭いですがその裏では邪教を信仰しているタイプの神父ですよ」
「尊っっ!!」
「俺にキレないで」
気持ちは良く解るけど。溜息を吐いて片手で頭を押さえて、それから深く深呼吸をする。茶番の合間に軽く可能性のあるモンスターはピックアップしておいた。なるべく、対処できるタイプのモンスターであって欲しいと願っているが、難しいかもしれない。
「アンナ、もう1度言うけどまともに相手するな。こいつらはふざけてるようで本気でふざけてるんだ。見る奴が面白く感じるならそれで良い。一瞬でも退屈がまぎれるならそれで良い。その為に死ぬ事さえできる狂信者共なんだ。理解なんて出来ないんだから対話を求めるな。話すだけ時間の無駄だ」
「マスターの言う通りです。あの狂った神を信仰する者に理解など必要ありません。最終的には敗北が決まっている邪神なのですから」
「おや、厳しい事を言いますね。ですが厳しい事は大抵正しい事でもあります」
欠片も応えた様子を見せない神父はやれやれと肩を揺らし、改めて礼を取る。
「それでは救世主、貴方を見守る女神を一瞬でも退屈から救う為に、この戦いを少しでも盛り上げる努力をご覧に入れましょう。宜しいですね、シスター」
「えぇ、勿論です神父。今日の私は添えものですから」
にこり、と他人の体でシスターは微笑む。それに合わせて彼らの背後からマネキンの様なモンスターが出現し、思わずおえっ、という表情を浮かべる。対してアンナは見た事のないモンスターらしく首を傾げている。
「救世主にはそれに相応しい仲間が集う。そしてそれはモンスターも然り。見た所、新種か……或いは旧世界からの英雄か偉人の何かでしょう。他の人には再現、真似のできないモンスター……恐らくミラーマッチの類は一度も経験した事がないのでは?」
マネキン人形はフラメアとロックトータスをそれぞれ視界にとらえると光に包まれ、そして全く同じ姿、しかしどことなく無機質で無表情なコピーへと変身した。
「ミラードール、ミラーマッチ専用のコピーモンスター……」
「やはり知っていましたか。ですが知るのと、経験するのとではまるで話が違います―――さて、貴方に不足している経験を、私が満たしてあげましょう……!」
中指を突き立てて返答する。
「遠慮します」
「まあ、まあ、そう言わずに。私からの善意のプレゼントだと思ってください。勿論、貴方なら超えられると確信していますのでさあ、遠慮なさらずに」
ミラーマッチ。
前世のランクマでは死ぬほどやったものでもある。だがこの世界において限定モンスターはオンリーワンの存在、フラメアやアーティをはじめとした英雄タイプのモンスターに二人目は存在しない。これがそれを覆す手だ。
とはいえ、コピー系モンスターを使ったミラーマッチの制御は難しい。前提として対戦相手のモンスターに対する知識が必要だからだ。WIKIを見れば全てが揃っているゲーム環境ならともかく、この世界においてコピーによるミラーマッチは相当難しい部類に入る。
「それでは行きますよ。我が信仰を是非打ち砕いてください。希望を見せてください」
何故なら。
「神は世界を救えないのですから。人が世界を救わねば、救われないのです」
「煩い、黙れ。それは免罪符にならない」
「おっしゃる通りです。ですがすみません、メンタル的には無敵なので……!」
茶番、終了。
浅く息を吐き出して一瞬で戦闘モードへと切り替わる。対戦モードではない。重要な戦闘を行う為の集中戦状態。これまでこの大会で相対してきた誰よりも深く、重く、意識を押し込んで集中させる。正面にはフラメア、相対側にもフラメア。
戦闘開始と同時に《幻想図書館》が多重に展開される。
アンナは戦闘の思考スピードに追い付けない事を自覚し、自分で考える事を放棄して此方に指揮を任せている。コピー・フラメアが《無詠唱》に入る。戦闘前に《クイックスペル》は削除したから開幕バーストは出来なくなっている。それは此方も同じだ。
《暴走詠唱》による10スタックの詠唱が相手に重なる。覚えさせている魔法は雑強代表の《ブリザード》。《暴走詠唱》で10スタックあるなら《ダブルマジック》からの《ブリザード》が打てる。これならワンパンでフラメアは死ぬ。耐えられる程の耐久力はない。
そうなるとこのゲームはシンプルに先に殴った方が勝ちになる。
「《ワープスター》」
「《ワープスター》」
「ッ!?」
全く同じマスタースキルが飛ぶ。先制を付与するマスタースキル。フラメアも、コピーフラメアも同じタイミングで動く事になる。この時、ゲーム処理だと乱数勝負に入り、勝った方が先に動く事が出来るようになる。
言っちゃあアレだが、コピーされたのがフラメアで良かった。
これがチビだったら延々と回避し続けるクソ試合になってた。
ウェルギリウスだったら見てる人間もプレイヤーも発狂する頭脳戦になってた。
フラメアも、コピメアも同時に魔法の発動に入る。魔法の早打ち勝負。ステータスもスキルもコピーされた以上、勝率は完全な五分。運良く乱数勝負に勝った方が先手を取る―――。
「―――な、訳ないじゃないですか」
魔法を、速度と関係なく一瞬でフラメアが構築した。《クイックスペル》による即時発動ではなく、単純にコピーされたフラメアよりも、魔法構築が早かった。だから鍛えられた速度とは関係なく魔法を発動させた。
吹雪が走り、一瞬でステージを飲み込んだ。コピーされたフラメアも、コピーロックトータスも飲み込んで。《ダブルマジック》からの容赦のない2連吹雪、合体魔法からの氷結は駆間でも何度も見せて来たコンボだ。
だがそれを放つフラメアは見せた事のない怒りの表情を見せていた。
「コピーした程度で、もしかして勝てるとでも思ったのですか? 私を……いえ、受け継がれてきた魔女の血統とその知恵を舐め過ぎていませんか?」
「いやぁ、言われちゃいましたねぇ」
フラメアの怒りの籠った声に神父がお手上げと言わんばかりに両手を上げる。
「そうですね、戦いは決して能力だけではありません。それまで培ってきた技能、技量、モンスターが積み上げてきた技術……スキルとして表示されないものまで戦いの力になります。実際の所、コピーモンスターを使ったミラーマッチは常にコピー側不利です……脳の中身までコピー出来る様なものでなければ」
倒されたコピメア達の変身が解かれてステージに倒れる。それに近づき、愛しむかのように撫でて、回収する。
「無論、そんなモンスターは高ランク帯のモンスターです。そうそう手に入れる事も出会う事もありません。ですからこのランク帯で出会うコピーモンスターはただの劣化互換になります」
ですが、と神父が続ける。
「貴方はそう思わなかったのでしょう?」
「……」
痛い所を突かれた。自然と、ゲーム時代の処理を引っ張って乱数勝負に入ると思い、五分の勝敗だと認識してしまった。それは―――フラメアへの裏切りに近い行いだ。彼女が勝ち切れると、信じられなかったという事でもある。
「おっと、返答は結構です。ルールに則り私はここで敗退です。私の存在は少しでもあなたの心にしこりを残せたでしょうか? 少しでも貴方の素晴らしい経験の一部になれたでしょうか? 貴方の気づきの一因になれたでしょうか? 本番前のウォーミングアップにはなりましたか?」
神父の横にいるシスターが、役割は終わったと言わんばかりに解放され、崩れ落ちるように意識を失った。それを神父は片手で受け止め、そしてお辞儀をした。
「それでは、私は彼女を医務室へと運ばなくてはならないので。明日の活躍、期待していますよ」
ふ、と笑い声を零す。
「観客席から……!」
逃げないんだ……。