神父が去ってから5戦目は直ぐに終わった。
なんというか、その。
前の相手が悪かった。
死ぬほど盛り上がらなかった。テンションは死んでる。相手は弱い。精神攻撃もなし。普通過ぎた。戦闘が抽選で行われているからしょうがないんだが、あの後で普通の相手を持って来られても……という感じに盛り上がらなかった。
俺もアンナも申し訳なさそうな表情で戦う事になったし。次の試合まで響く当たり神父の存在は罪深かった。だがこれで5戦は終わった。つまり大会2日目、決勝リーグへと進む為の条件は満たされたという訳だ。
波乱万丈、様々な事があった2日目は謎を残しながら終了し―――ホテルに戻って来た。
「さて」
ホテル、自室。
モンスター達にアンナ、灯の姿が揃っている。王様はいない。アーティと別れた後どっかへと消えたらしい。自由人だからそういう事もあるだろう。拘束する権利なんてものはないし。だから王様を戦力としてカウントすることはしない。
「これで大体解った?」
「整理させて」
ソファに座るアンナは片手で頭を抱えながら唸る。
「えーと……破滅思想の宗教テロリストで? 実在する神を信仰していて? 目的は神が飽きないようにイベントで世界を満たす事? ついでに開催したイベントという名のテロで人類のレベルアップを計画している?」
ざっくばらんに情報を整理してまとめたアンナは笑みを浮かべた。
「新作ゲームの設定の話してる?」
「実在してるんだよなー」
「現実逃避しちゃ駄目だよ」
「いや、正気を疑うでしょこんなの」
そりゃあ、まあ、そう。会場ではなく、自分たちしかいない環境でソファを背にゆっくりと情報整理すると余計な考えや熱も入らず、冷静に受け止められる。それだけの能力がアンナにはある。だから今日1日あった事をゆっくりと振り返りながら説明すると、アンナはそれを飲み込んで、黙る。
「少し、待って」
「幾らでも待つ」
チビを背に、足の間には灯を置いたローカル鴉羽スタイルでアンナが全てを飲み込むのを待つ。原作を知っている身からするとあのカス共早く死んでくれないかなぁ、以外の感想と感情が出力されてこない。
来ないのだが……偶に、凄い良く突き刺してくる所がある。ああいう絶望した事のある人間は、人の心を良く知っている。そもそも絶望という感情は豊かな情緒から来る。
情緒を持たぬやつは絶望を抱かないし、より豊かなものほど墜落した時の痛みが重い。そういう意味では俺は幸運だったかもしれない。
女神の絶望の重みに、少なくとも俺は押し潰されないから。
「ふぅー……潜伏中のテロリストは一人残して排除されたってことらしいけど、信用できるの?」
「連中はゲームのルールはキチンと守るよ。そうじゃないと理不尽だからね。滅ぼしたり暴れたいんじゃなくて、設定されたルールの範囲でクリアしてほしいんだ」
「余計なお世話だし、迷惑極まりない!」
この話の最悪な所は、連中のやってる事は最悪だし、消えて欲しいが、女神そのものは適度にこれを見て暇を潰してるという事実だ。評価する程度には意識を割いてる。
ワンチャン、本当に世界崩壊の遅延に一役担ってる可能性がある。これがほんと嫌。
「……やっぱり追加で人員を」
「止めとけ。俺や灯みたいに精神耐性が天元突破してるタイプじゃない限り洗脳か憑依に抵抗出来ないだろうよ。新しく呼んできても餌になるだけだ」
今日の試合が終わって洗脳や憑依系の能力持ちモンスターを調べたらきっちり法規制されてました。マジでガチガチに縛られてて法律ってちゃんと仕事してるんだなぁ……となった。
ゲーム時代? そんなもんありませんでしたよ。
「じゃあどうしろってのよ!!!」
感情を爆発させてテーブルに拳が叩きつけられた。
「テロリストが私の大会に割り込んできて! 観客は事実上の人質! 援軍や国家権力は無力! どうしようもないじゃない……」
差し込んでくる無力感と絶望にアンナが脱力し、天井を見上げながらソファに沈み込む。無言になったアンナを眺めながらふと、前と今の教団でのスタンスの違いを感じた。
前の教団は破滅思想が強かった。絶対的な神を喜ばせる為に破滅へと向かって直進してる感じが強かった。だが今日出会った神父はむしろ試練とか成長を重視していた。
元のアイツラはそこまで希望を抱くような連中じゃなかったはずだ。
……やはり俺の存在が変えたのか?
神でさえ屠れるという事実が、未来がスタンスの違いを生み出したのか? だとしたら傍迷惑な変化もあったもんだ。
まだ黙するアンナを見て、溜息を零す。
「どこに敵がいるか解らないから、今夜は灯と一緒にあっちの部屋で寝ておけ。ここなら少なくとも俺達がいるからな」
「……うん」
それまでは大人顔負けの活躍を見せてたアンナが、ただの少女になっていた。財力、学力、権力。人として手に入れられるもので圧倒的なまでの勝利を人生に収めてきた少女だ。
だが、その全てが通じない。
その時、アンナは初めてただの少女になる。
立ち上がった灯がアンナの手を取ると行こう、と言って洗面所へと向かう。それを見送りつつふぅ、と息を吐き出す。
「今夜は徹夜か」
アンナと灯が同じベッドの中で寝静まった頃に、二人を邪魔するわけにもいかないのでタブレットを片手にベランダに出る。一ヶ月前まではまだ涼しく感じられた夜風も今では心地よいぐらいになってる。
牧場生活が始まってからは規則正しい生活を心掛けてるし、東京を出る前はそもそも夜更かしする人間でもなかった。だからこうやって眠らない夜を過ごすのは本当に久しぶりだった。
「あ、ムシキング構築で決勝まで残ったのか。やるなぁ……」
予選や本戦のデータが出揃っていて、誰がどう戦ったというのが映像付きで確認出来るようになっていた。なんなら動画サイトを確認すれば配信者によるショートや纏めとか同時視聴が上がっている。
「ここら辺の文化はあんまり変わらないなぁ」
注目株はムシキングと、残業戦士と、後は共産主義か……酷い構築が残っちまったな。特にムシキングとかビジュアル面が終わってるからなるべく映像に残したくないだろ。
でもムシキングってSまで行くとTier1とか2あるんだよね……。ゴキ4体並べた蟲群構築。見た目最悪だけどアホ強いんだよね。対策なしだと死ぬタイプ。メンタルにも同時に攻撃してくるし。
でもこのランク帯だと怖いのは共産主義の方か? 残業戦士は残業手当切らせば死ぬしな。それと比べると共産主義はコントロール辺りと当たったとき敵も味方も地獄を見るしな。
……俺、今バトルの話してんだよな???
なんだよ残業戦士って。なんでモンスターバトルに共産主義出てくるんだよ。おかしいだろ。でもそういうゲームだったしな……。
ベランダの欄干に背を預けながらタブレットをぽちぽちと弄る。連中の事だからどうせ夜に襲撃するなんて事はないだろうが、一応に備えて寝ずにいたほうが安心できる。
灯もこういうのに付き合いそうだが、大人しくアンナと一緒に寝ててもらった。灯が一緒ならアンナも悪夢を見ずに済むだろう。
問題は明日の試合よりも敵の特定だ。あのレベルのスキルが使えるとなるとやはり、相手は最終世代相当……或いは120、ボスモンスタークラスになる。
図書館を動かすにしても、最低限黒幕を特定して殴ることが出来るようになってからだ。
その前に呼び出せば人質が邪魔になる。
援軍を呼び出すタイミングは考えないとな……と、思っているとベランダの窓が開き、フラメアが出てきた。
「マスター、一人で寂しくしてませんか? 寂しくしてるなら……横、良いですか?」
「お前なら許可なんていらないだろう。横、空いてるよ」
「それでは失礼して」
そう言うとフラメアはぴったり横にくっついた。相変わらずスキンシップが好きなやつだなぁ……と思っていると、決勝の進出者の中にやばい構築持ち込んでる奴がいた。
「ジャックポット!? 嘘だろ!? しかも平均4〜5ターン!?!? 特殊勝利この短時間で成立してるのマジでなんだよ……」
震えた。
いるんだな、本当に天に愛された持ち主って。しかもこのランク帯って《リロール》とか《ダブルナンバー》とか使えないじゃん。え、ヤバ。場合によっては優勝するだろコイツ。
うわぁ、相方悪魔族じゃん。しかもパフェキャン確認済みとか。うわぁ、うわぁ、うわぁ……!
「本当に楽しそうですね、マスター」
「まあ、バトルの事に関してだけはね。楽しみだよ」
予選も本戦も、駆間レベルのマスターがいたか、という話をすると微妙だ。だけど決勝リーグを見てるとちらほら期待できるレベルの強者が紛れ込んでる。
これで、女神もテロリストもいなければ最高だったのに。
……。
「フラメア」
「謝る必要はないです」
二人きりだから、言っておこうかと思った。だけどそれをフラメアが拒否した。
「マスターがあの時、何を考えて判断してたのかはシンクロしてるから知っています。マスターがそういう考え方をしてて苦しんでるのも、自覚していて直そうとしているのに直せない所とかも、良く理解してます。だから大丈夫です。私は、マスターがこのことでずっと苦しんでるのを知っていますから」
「……参ったな、言う事がなくなっちまった」
「でしたら、飽きるまで側に置いてください。私はマスターの側にいて飽きませんから」
「酔狂な奴だ」
苦笑して再びタブレットを眺めるとしかし、とフラメアが続ける。
「惜しいことをしましたね」
「惜しいって?」
「いえ、あそこで慰めていればCG回収でしたよね。R18的な」
「なんてことをいうのこのむすめ」
思わずタブレットが手から滑ってベランダの向こう側へと飛んで行く所だった。なんとか身を乗り出してタブレットを掴んだ所をくすくすとフラメアが笑っている。それを俺がジト目で睨む。
「フラメアー?」
「冗談ですよ、冗談。マスターがそんな器用じゃないって解ってますから」
横を見るとどこか楽しげな表情。年相応な、女の子の表情。バトルでは見せない表情だ。普段、戦いの場でこの子が傷ついたりぼろぼろになったり、或いは死んだりもする。殺す事に対する抵抗感はもうない。すっかり、慣れてしまった。
そうだ、この子を俺は何度も殺している。
「フラメアはさ」
「はい」
「……いや、何でもない」
「そこで区切らないでくださいよ。気になりますから」
そう言うと正面に回り込んできて、顔を近づけてウィンクする。
「ね? ってあぁぁ―――」
後ろから現れたウェルギリウスがフラメアの肩を掴むとそのまま後ろへと引っ張り距離を取らせてくる。そのまま一歩フラメアから離れると電子看板を取り出す。
『距離が近い』
「おのれみこくお過激派……! 今のは間違いなく私のターンでしたよね!?」
『もう勝負ついてるから。半身にはお似合いの相手がいるので。敗北者は諦めるべき』
「その看板へし折ってあげますね」
ベランダで取っ組み合いを始める魔女と死神の関係は恐らく世代交代しても続くんだろうなあ、なんて事をなんとなく思う。ほほえましい光景がいつまでも続けば良いとは思う―――が、それが続くかどうかは結局、自分の努力次第だ。
タブレットを眺めて相手のモンスター情報を脳内に叩き込みつつ、考える。
「洗脳……憑依……操作? 人形化……最悪の場合《掌握》か?」
頭の中で可能性を巡らせ、対策とメタを構築する。結局のところ、決め手は切り札に頼る事になるだろう。最悪、図書館対策で連絡を封じられる場合もある。
その時は。
「まあ、なんとかなるか」
呼び出した告死蝶を指先の上に止め、それから掻き消えるように黄泉へ返す。
相手がルールを守らないのなら、此方もルールを守らないというだけだ。
明日が、楽しみになって来た。