どさ、と音を立てて3つの姿が倒れた。
「我にかかればこんなものだ……」
「おー、凄い」
柊茜、翔、そしてMCが放送席で倒れた。ばばん、と扉を開けた王がそのまま3人を一瞬で気絶させたのだ。その活躍に灯がおー、と声を零しながら手を叩き、それから首を傾げる。
「別に王様じゃなくても良かったよね、やるの。モンスターの方が楽に……」
「王たるもの、先陣を切らねば人はついてこないのだ、覚えておくが良い」
若干声を震わせながら王が放送席を占領する。もしかして我、この娘と相性悪いな……? そんな予感に胸をドキドキさせながらシートをジャックする。ついでに気絶させた3人を縛って転がし、片付けておく。これで邪魔にはならないだろう。
スマホを通して他のグループと連絡を取る。
「音響演出班」
『はいはい、此方フラメア、イーリュとエデです。音響担当のエデ、小道具担当イーリュ、演出担当フラメア共にスタンバイオッケーです』
「メイン」
『にゃ、此方アーティですにゃ。会場は良い感じにざわついてて今なら間違いなく注目を攫えますにゃ』
「良し、此方はとりあえず目に付く範囲の人形を排除してきた。影響力のある層は片っ端から黙らせてきたが、これで全部という訳ではない。恐らく人形化してる者達はまだいるだろう」
「そうだね。いるね。気配だけは解るよ」
気配で解るんだ……みたいな空気が漂う。それをこほん、と王様が咳払いで流しつつ話を続ける。
「魔女と楽師はひたすら演出等に注力しろ。此方の事は気にするな。障害の排除と状況の継続は此方で行う。芸人、貴様はひたすら果たすべき責務を果たせ。貴様の主もそれを望んでいるだろう」
『了解』
『お任せくださいにゃ』
「わんっ」
扉の外にいるチビが吠えた。即ち誰かが、或いは何かが迫っている。それを感知した灯はうーん、と呟く。
「悪い事してるみたいでちょっとドキドキしてきたかも。お兄ちゃん何時もこんな気持ちだったのかな」
「貴様の兄は今これの比じゃない程ヤバイ事をしてるから気にするな、比べるな、考えるな。アレは良い反面教師だ。背中を見たらとりあえず違う方向へと歩き出せば正しい道を歩めるから実に優秀だぞ」
「うーん、否定できない」
王とオマケで灯が状況を掌握する為に放送席を襲撃し、人形となった者達を排除している裏で、アーティーはステージへと上がる通路を気負う事無く歩いていた。彼女にとってステージに立つ事は珍しい事ではない。だがこのステージには特別な意味がある。
「―――あの時、最後まで演じるべきだったんですにゃ」
心臓に矢が突き刺さっても。
頭を撃ち抜かれても。
足が折れても。
腕がちぎれても。
最後の最後まで、演じるべきだった。
それが出来てこそのプロフェッショナル。出来なかった事、それが永遠に後悔として残留している。灯との配信も慰めでしかなく、逃避だ。
乗り越える瞬間は今、ここ。
ステージに上がろうとすればライトが落ちる。中央に進むとスポットライトが当てられ、アーティの姿が照らされる。今、ステージの中央をアーティは独占していた。
「こんにちにゃ、皆様。長かった3日も漸く終わりですにゃ。皆さん、楽しんでいただけましたか? 推しは勝っていますか? 誰が勝つのか予想はつけましたか?」
ゆっくり、語り掛ける様に問う。急がない。観客の認知、考えるタイミングは自分とは違うとアーティは理解している。考える間を与える事がトークにおける重要な点だと理解していた。
その上で。
「もうそろそろ決勝戦ですにゃ。泣いても笑ってもこの数日間を通して最強のマスターが決まりますにゃ。無論、にゃーはマスターが勝ってくれることを信じてますがにゃ――」
間を作る。
「その前に、よろしいでしょうかにゃ?」
問い掛け、観客に反応を作る。コールとレスポンスを作ることは観客を退屈させない為のテクニックだ。
「決勝が始まる前に聞いて欲しい事があるのにゃ」
アーティには選択肢がある。
この状況、この時代、芸として選べるものは色々とある。だが昔のような大道芸は選べない。SNSと配信が大々的に行われるこの時代において娯楽に向ける目は肥えている。下手な芸を見せても飽きられるだけだ。
だから刺激を求めるのは良くない。
今まで見せてたバトル以上のものを見せることは難しいからだ。人間は娯楽に慣れる。刺激はより強い刺激で上書きされてしまう。
だったら、方向性の違うものを与えればいい。
アーティの選択肢は最初から決まっていた。
「こう見えて私、けっこうな旅をしてきた猫に御座いますにゃ。古今東西、多くのものを見て、知って、そして体験してきましたにゃ」
語り。
言葉。
話術。
人々が知らない真実、体験したことのない世界。人は非日常に憧れる。人間は体験したことのない未知を消費する生物だ。その中でも極上とされるのは物語。
題材は、ある。
「エデさん!」
「!」
エデがアーティの動きに合わせて演奏を始める。それを見てイーリュが今回の遠征の出番これだけ……とぼやきながら小道具を用意する。
「これは、とある世界の終末期の物語ですにゃ」
衝撃と真実のダブルパンチで、観客の脳を揺らす。
「はやーい!」
「だろ? 法定速度ぶっ千切ってるぜ!」
爆音と共にバイクが走る。爆走するモンスターマシンがアスファルトにタイヤ痕を刻みながら走るも、白バイは駆け付けてこない。これはやってるな、という感想が頭の中で走る。
その違和感はライダーも感じている。
「おかしい……ここらのサツは優秀な筈なんだけど欠片も来ねぇ!」
「今朝大人しかったのはこれが原因かな」
「原因?」
「第1ステージ来たぞ」
振り返ると話題の白バイがやってきた。やば、というライダーの声が出てくる前に白バイの警官が声を張った。
「道路交通法違反ですね! 了解! 射殺します!」
「は?」
射撃を開始した。片手でハンドルを握りつつ警官が発砲してくる。弾丸がヘルメットを掠めてかーん、と飛んでゆく。おほほほ、と声を零してから笑いながら俺も銃を抜き、射撃。
一発でタイヤを撃ち抜く。
「やっぱチャカアグロは頼りになるぜ」
「あの!? なんか銃撃戦始まってません!?」
「前見て、前。そのまま直進。ちょい空間歪んでるな。やっぱ遊んでるか」
「うっす……す!?」
分岐路から他の白バイやバイカー、車が現れる。その数、ざっと見ただけで20を超えてる。見るだけでこれだけあるなら隠してるのは100超えてるなと認知する。
流石国殺しの邪神様だ。人の命を使うことにも、遊ぶことにも躊躇がない。
「《全能者の采配》」
「お、おお!? このパワーは……!」
「……!」
バイクにマスタースキルを注ぎ込んで全能力を倍にまで引き上げる。その瞬間、パワーアップしたマシンが一気に加速し、接近しつつあった集団を引きはがす。置いてゆく姿が武器を抜いても遅い、もはや追いつけない距離になりつつある。
と、思えば前方から新たな集団が見えてくる。
「あの!! 周りの建築物が歪んで見えるんすけど!!!」
「直視しないで。気が狂うから」
「あ、そういう」
前方から速度を落としつつ此方と並走しようとするバイクのタイヤを打ち抜き、そのまま後ろへと向かってクラッシュさせる。後ろのバイクをそれでクラッシュさせられるのは良いが、流石に迫って来る数が多い。後数秒もすれば囲まれるだろう。
だからチャカアグロを放棄する。
指鉄砲を構え、増えに増えた蝶の群れの1羽が指の上に乗る。込められた死のイメージを、動きを媒介に射出する。
「ばぁん」
拡散する死のイメージが脳に焼き付けられる。理解すべきではない情報を脳が拒否し、本能的に脳を守る為に強制的にシャットダウンし、ブラックアウトする。走っていたバイクが一瞬で崩れ落ちる様に停止し、あちらこちらでクラッシュする。ライダーが左右にハンドルを切って滑ってくる車体を回避し、襲撃を突破する。
「ははあ! やるじゃねぇっすか鴉羽さん!」
「まだまだ来るよー」
「え?」
爆発する様な音と共に近くのビルの壁が吹き飛び、その奥から巨大なトレーラーが飛び出して来た。道路にあるもの全てを薙ぎ倒しながら進んで来るトレーラーはまさしく迫って来る壁という表現に相応しい。しかも改造されているのかその速度は此方に匹敵する。
まるで食らいついてくるように暴走トレーラーが迫って来る。
「う、お、お、おおおお!? 何!? なになになに!? なに!?!?」
「派手にやるなあ」
ぐるり、と後ろを向くように座り直し、再び告死蝶を指に乗せて死のイメージを放つ。濃密な死の気配がトレーラーを抜け、しかし影響を何も与えない。うん? と首を傾げてから理解する。
「成程ね、AI操作だから対人用のシンクロOTKは通じないのか。その手があったかぁ……」
「その手があったかぁ……。じゃないんすよ!! いや、これ振り切れないんですけど! ねえ、大先生! 無敵のマスタースキルで何とかしてくれよおおお―――!」
そう言いながら全力でハンドルを切るライダーが横から飛び出して来たバイクを回避し、飛びついてくる人影を殴り飛ばした。結構適応してるしこれなら大丈夫だな、そう判断しながら前に行け、とサインだけ出しておく。
狂ったように迫って来るトレーラーは段々と炎上し始め、此方を飲み込まんと迫ってきている。映画だったら間違いなく映えるシーンだが、現実で見たいとは思わなかったな。タイヤに向かって銃弾を数発、止まる様子は当然ない。これでは火力が足りないか。
「次を左に曲がって、そっちに出口の気配がある」
「掴まってろ……!」
コーナーで限界ギリギリまで車体が倒れる。火花を散らすようなドリフトをしながら速度なるべく殺さずにコーナーを曲がり、そのすぐ後をトレーラーがその後ろ部分で薙ぎ払い、粉砕しながら追いかけて来る。
凄い迫力。写真撮っておこう。あ、WIFI通ってる。
「そのまま直進。奥に亀裂が見える? あれが出口……っと、お前を出口付近まで連れて来るわけにはいかないな」
腰のホルダーからスキルカードを取り出し、指で挟んでから横に投げる。風の中に飲まれて舞うスキルカードは上へと向かって舞い上げられ、その先に出現したウェルギリウスに適用された。
「《粘着糸》」
素早さを0にするスキルが一瞬でトレーラーを縛り上げる。動きが停止―――しかしそれで慣性を消す事が出来る訳じゃない。
急停止したトレーラーの姿が後ろから持ち上がり、此方へと向かって回転しながら飛んでくる。頭上に差し込んでくる影に思わずおー、という声が零れる。半泣きのライダーが叫ぶ。
「《ワープスター》あああああああああ―――! 出来たあああ―――!!」
先制付与。速度の上限を超えた動きをモンスターマシンが見せる。
落ちて来るトレーラーよりも早く。加速の限界を超えて障害物を回避し、正面にある車をジャンプ台代わりに軽いジャンプで一度踏み、それから飛ぶ。
凄まじい速度を乗せたまま弾丸のように空間の亀裂へと飛び込む。一瞬の空間の乱れ。追従するように舞う蝶の群れ。亀裂の向こう側から響く爆音、炎。熱が迫るのを感じながら亀裂の向こう側へと飛び出し、ブレーキを掛けながら横に数メートル滑り、止まる。
静かな繁華街、目の前にはお洒落なカフェ。
テラス席に、2人の姿はあった。
「待たせたか?」
「いいや、そろそろだと思っていたとも」
猿轡を噛ませたアンナを横に、イーサンの体を借りたものがそこに優雅なティータイムを楽しんでいた。互いに視線を交わし、にこりと笑い、そして言葉を続けた。
「死ね」
先手必殺。
蝶の弾丸を放った。