脳を強制シャットダウンさせる死のイメージは大前提としてシンクロ技術の応用だ。相手に対するシンクロを利用した脳へのハッキングは当然、違法行為だ。こんなもの、洗脳と何も違わない。それでも有用なのは基本的に人間とは脆弱な種族だからだ。
ダンジョンが出現した事によって人間はモンスターを従える能力を得た。これは明確な進化であり、適応でもあり、館長が設定した権限でもある。ダンジョンでどれだけ戦おうが人間はレベルアップもしなければ進化する事もない……筈だった。
だが特殊な才能に目覚め、マスタースキルという技術が生み出された。
或いは人類も何らかの技術を生み出すとは考えていた。だが人類が強くなるのではなく、補佐し、使役する方向性で強くなるとは思いもしなかった、とはネタバレティータイムで館長が零した言葉だった。本当は人類自身が強くなるんじゃないかなぁ、とか思ってたらしい。
人類、全然強くならなかった。
それどころか社会がモンスターやダンジョンに依存するようになってしまった。
つまり、人類はこの手の直接攻撃に対しては肉体的に非常に脆弱だ。モンスターマスターは凄いが、超人ではない。つまりこの手の才能を開花した人間による異種、異能攻撃に対しては非常に脆弱で、対抗手段を持たないのが普通だ。
死のイメージを凝縮した弾丸。相手を本当に殺さないように手加減して放つ告死蝶の一発。
対人ならほぼ無敵な脳のバグを利用したこの一撃を。
「いや、申し訳ない。対策してるので」
「……まあ、そうだろうな」
対策されるだけであっさりと不発に終わる。
悪人とは話さない、利用されない、考える前に対処する。これが基本だ。相手に時間を与えれば与えるだけ不利になるのは目に見えてるのだからまともに会話するだけ時間のロスだ。だからとりあえず初手必殺で伝家の宝刀を抜いたが、当然のように対策されていた。
まあ、ここまで何度も見せて来てるので当然と言えば当然だ。俺だって見えてるもんは対策する。相手がそうしない理由がない。溜息を吐いて蝶を解放する。こっちの世界に適応して徐々に使いこなしてきたが、そもそも《BOSS》持ちは即死耐性ありきだったな。
そう簡単にはいかないか。
「よ、アンナ。遅れて悪いな」
「んん!! んー! ん―――!!!」
「おー、なんか言ってる」
「感想、それでいいんすか?」
邪神に支配されているイーサンを見ると、イーサンはアンナの口元に手を伸ばして猿轡を解いた。その瞬間、言葉が爆発するように溢れ出す。
「このクソボケ!!」
わあ。
「アンタ私よりも3回戦の方を優先したわね!? 合理的な判断から来るものだったら何も文句はなかったわよ? でも明らかにアンタ楽しそうな表情でステージに上がってたじゃない!? アレ絶対に対戦の方が楽しいって理由で優先したでしょ!? 何そのあ、やっべって顔!! 図星なんでしょ!? どうせ久遠さんなら急ぐけどこっちはそこまで……って感じだったんでしょ!? というかアンナリージョンフォルムって何よ! ばっかじゃないの!! 私だって別に好きでこんな体形してる訳じゃないのよ! そこ、この話する時だけ正気に戻って価値はあるみたいな顔をするな! クビよクビ! アイツら全員クビにしてやるから! 笑ってんじゃないわよ!! 自販機でコーヒー買ってんじゃないわよ!! もっといいもん後で飲ませるからそんな安物で済ませるな!! アンタ間違いなくお爺様の血縁よ!! 何その嫌そうな顔? シチュエーション的に嫌なのは私の方よ! 同族嫌悪よ同族嫌悪!! アンタとお爺様の関係はそれ!! 死ね!!! んん!! んん―――!!!」
「話が進まないので猿轡噛ませますね」
「うす」
振り返ってライダーくんを見る。ライダー君はモンスターマシンの方を向いて車体に傷がないかなぁ、とか露骨に話題を逸らし始める。良い根性してるじゃんお前。この状況でその態度取れるの中々の大物だよ。
それはさておき、初手必殺が防がれたのなら焦る意味もない。ゆっくりとアンナとイーサンのいるテーブルに近づき、対面するように椅子に座る。
「話が早くて助かります。前々から女神を殺せる救世主の存在には我々も興味を持っていたので」
「お前らの場合玩具として、だろ? まあ、アンナは見た目無事そうだし助かるよ。傷ものにされてたら流石に心が痛むし」
まあ、アンナが傷つく様な事は絶対にないだろうとは思ってたけど。アンナ、根本的にツッコミ属性でリアクションが面白いんだよね。こういう運の巡りが悪い常識的な奴が振り回されるのを見るのって楽しいから、良い玩具としてノータッチでいられる場合が多い。
まあ、最終的には皆殺されるのだが。
タイミング的には俺が合流した後だろうな。つまり今から何かあれば殺す事をするだろう……とか思ってたら急にイーサンが血涙を流し始めた。
「ウェスティン家は代々気の強い女性を好みとしてきました」
「鴉羽先輩! コイツ急に性癖詠唱開始しましたよ!」
「なんで解除不可デバフに抗えてんだコイツ」
血涙を流したままにこり、と微笑まれた。
「富裕層のコミュニティで会える女性は大体気の強いもの……私は当時、小さいころから同じ年頃の気の強い少女たちと出会い、性癖を歪められました。その結果、気の強いけど背丈が小さいロリ体形でしか興奮出来ない体質になってしまいました」
へぇ。
コーヒーを飲む。
「ですがメスガキなんて実在しません。アンナは絶望していた私の人生に差し込んで来た一筋の光……救いなんです。やるなら結婚してから合法的にします! そんな、今からだなんてとても……! あ、体の制御戻ってきましたね」
「人間怖ぁ」
性癖を語るだけ語って再び制御を奪われたイーサンくん本体は意識がまた封印されてしまった。性癖語る為だけに復活したの? どうやって抗ったの? 凄いよ、それ快挙だよ! とか色々とコメントはあったのだが、なんか追及するとアンナの血管がブチギレそうなので止めておく。
じゃ、気を取り直して。
「もう逃げ隠れしないのか?」
「する必要ありませんから。お気づきかもしれませんが、私の目的は貴方をあの会場から引き剥がす事ですから」
「あ、なかったことにして話進めるんだ」
ライダーの呟きを俺達は無視する。
「そこが解らない」
色々と考えたが、会場から俺を引き剥がす理由が解らなかった。正直な話、何をするにしてもあの会場でイベントを起こしている方が遥かに面白く盛り上げられたに違いないだろう。人質だって大量にある。都市部に出たら選択肢が増えて逆に状況をコントロールし辛くなる筈だ。
それでもコイツは俺を外に呼び出した。
俺がいない所で何かをさせるために。絶望を突きつけるなら目の前でやった方が破壊力も上がる筈だが、アンナを餌にしてまで俺を外に引っ張り出したその意味が解らない。
「それは勿論、貴方が会場に居ては困るからですよ。反則でしょう? 図書館とのコネクションは。些細な問題をそれで攻略出来てしまうのはあまりにも面白くないし……安易な攻略手段があると状況が再現できないじゃないですか」
「再現できない?」
その言葉にとんとん、とテーブルを指で叩いた。
ヴゥン、と音を立てて店内のテレビがついた。テレビに映し出されるのは会場の様子で、ステージの中央に立つアーティがスポットライトを浴びている。特別な準備はなかった筈だ。それでも身振り、手振り、そして声。
全身で表現する事で観客に解りやすく伝え、声のトーンを調整する事でムードを変える。流れる音楽がそれを補佐に、適切なエフェクトが際立たせる。時間がないにしては良い仕事をしている。その内容も、旧世界の終末期に至る話だ。
確かに、これなら内容も面白く、引き込まれる。そして同時に記憶に残らない。
印象には残っても記憶には残らず、その情報の重みで観客の意識を、視線を自分に集中させる。
あぁ、確かにプロフェッショナルだ……アーティは本当に良くやっている。そしてそれがかつての再現の様に思えた事で、イーサンの言葉が理解できるようになる。
「お前」
「何でも女神を倒せるようになるには色々とイベントをこなさないといけないらしいではありませんか。いやぁ、早く言ってくれれば助けられたのに。こうやって、状況を再現してあげられたんです―――どうしたんですか、怖い顔をして」
自分の額に青筋が浮かぶのを自覚する。
「お忘れですか? 私達の敵は女神です。共通の敵を持っているんですよ、私達は。だから私の方からこういう風に、信徒たちの計画を台無しにして、状況が整うように調整してあげたんですよ。感謝はすれど、睨まれる覚えはない筈なんですが」
どこで、白紙の物語の話が漏れたのか。どこで、アーティの過去がバレたのか。これは実は重要ではない。本当に重要な事は別にある。
「お前、アーティの物語に泥を塗ったな」
「はて、何の事やら解りませんね」
芸を通して人を救おうとした猫の物語を。
多数の犠牲者を生み出して状況を整えて、再現する。その行いこそが彼女の物語に泥を塗る行為であり、冒涜である。つまる所、この男は―――いや、この男の裏にいる奴はそれを解っていてやったのだ。アーティの物語を進める事で女神討伐に近づいて、ついでに此方を馬鹿にして遊んで。
そういうリアクションを引き出すだけで満足。
「確信した」
こいつらは生かしておけない。確実に殺さなくてはならない。存在しているだけで何もかも滅茶苦茶にされる。美しい物語とは何十にも美しく糸が編まれたマスターピースの様なものだ。その中の糸を引っ張ってぐちゃぐちゃにして、それを眺めて笑う。
他人の作品だからこそ見て笑える。
そうして失敗し、がっかりし、残念な姿を見て嘲笑し、冷笑する。
イーサンから視線を外し、空を見上げる。
「穢れ、堕落する姿に愉悦を覚える様なクズめ。未だに人形を前に出して姿を見せない臆病者め。いい加減人形越しの会話は飽きた。顔を見せろパペッター」
「おや」
「私の」
「名をご存じでしたか」
「不思議ですね。貴方がどうやって私を知ったのか」
「実に気になります」
カフェの扉が開く。近くの車の扉が開く。歩いていた人が足を止める。ビルの窓が開く。マンホールが持ち上がり、ズレる。交差点を渡ろうとしていた人たちの動きが止まる。人、人、人―――辺りにいる全ての人が足を止め、視線を真っすぐ此方へと向けて来る。
意思が統一されたかのように引き継がれる言葉。完全に支配されて漂白された精神。意思をはがされ人形のように操られる姿。
自由なんてものはない。
あらゆる意志が汚され、冒涜され、そして空から垂れる糸に全員が繋がられる。
「人の努力を嘲笑し、夢や希望に冷笑する。堕落を見ては悦に浸り、そして終末を前に世界を遊び場として数々の国を滅ぼして回った。頭に毒の回った劇団の長。世界がステージで自分の演じる遊び場だと勘違いしている糸繰師。世界で最も嫌われ、その種に恥じぬ活躍を終末期に見せた愚図」
空を見上げれば、それまで隠れていた姿が名を暴かれるのと同時に出現する。
それは雲に隠れていた両手だった。
十字の木の吊り手を握りしめた白い手袋。そこからは数えきれないほどの糸が垂れている。その全ては操られ、《掌握》された人々に繋がっている。かつて、世界を統一しかけた帝国を内乱で滅ぼした存在、対策も強さもない地球の都市1つ陥落させる事なんて欠伸を零す前に終わる。
「邪神パペッター。次元城から這い出て来たか」
「ふ」「ふ」「ふ」「実に実に」「興味深いですね」「どうやって私の名にたどり着いたのか」「どこで知ったのか」「どこで理解したのか」「《掌握》まで把握されているとは」
「興味深いですね、鴉羽尊さん」
正面、イーサンが代表して言葉を終わらせ、それに中指を突き立てて応える。
「あの女に怯えて次元城に引きこもってた雑魚が偉そうにするな」
次元城を閉ざさなくてはならない理由。開けてはならない理由。それが目の前のコイツ……いや、こいつらだ。地球人類は余りにも脆弱だ。こいつらが本気で地球を遊び場として暴れ出したら、それがこの世界の終焉の日だ。
そうならないのはあの女が今はメインプレイヤーとなって地球を遊び場にしているからだ。本来であれば本編クリア後にしか戦う事の出来ないボスだったが……こうして巣から這い出て来たのなら丁度良い。
「お前、ここで始末する」
「楽しみです。貴方が一体どうやって私を倒すのか」
笑うように空に浮かぶ、ビルよりも巨大な手が震える。
邪神パペッターLv150 が あらわれた!