帰ってきた翌日は流石に色々とあった疲れもあって1日ぐったりしてしまったが、学校もあるし休みの日はもう終わりだ。日常へと戻らないとならない。帰宅以降溜まっているタスクを消化しないとならない。
まずはウェルギリウスのスキル再習得の件についてだ。
まず《輪廻》と《削れる運命》と《去り行く過去》が種族専用枠。つまりスキルカードでは習得できず、死神という種族だけが習得可能なスキルになる。スキルカードで習得できない為、叡智の書を通して習得する事も出来ない。
《インタラプト》や《パーフェクトキャンセラー》、《ミスチーフ》に後は《サクリファイス》なんかは汎用枠のスキルなので叡智の書からコピーされたスキルカードを生成すれば直ぐに習得できるので何も問題はない。
問題は種族固有枠の方だ。《輪廻》、《削れる運命》、《去り行く過去》はもはや説明不要の馬鹿スキル。やってくれましたねぇ、運営。DLCだから目玉スキル追加したね馬鹿野郎。インフレしやがってこの野郎と罵倒間違いなしの超性能スキル。
死神がどうしてデバッファーとして最強種族の枠を勝ち取っているのかはここら辺の固有が強いのと覚えられる害悪スキルの範囲が広い事にある。逆に言えばここら辺のスキルはDLCで習得する事前提の難易度になっているのだ。
つまり。
ウェルギリウスの固有枠は根の国に送り込む事でしか再習得が出来ないのだ。かなり狂った性能をしているスキルだし、根の国でなきゃ習得できないと言われたらまあ、それはそうですよね……という話になって来る。
まあ、ウチにはズルする方法があるのでズルするのだが。
「マガちゃん、ウェルの事よろしくなー」
「えー、先日私滅茶苦茶頑張りましたよねぇ? また頼まれましてもー」
「そう言うと思って高級お揚げ用意してきたよ」
「むむむむ、お揚げで釣られる安い女と想われている……ですがまあ、まあ、ままま、まあ……お揚げに罪はありません。後輩がしっかりと習得できるように面倒を見ましょう。あぁ、それとお母さまがお供え物ありがとう、と。滅茶苦茶上機嫌でしたわ」
「でしょうね」
牧場の彼岸ゾーン、鳥居のちょっと手前で黒い狐が太陽を浴びながらぐでーっとしている。脱法ボスモンスターであるマガツキュウビだ。国に知られたら確実にムショのお世話になるタイプのモンスターである。
元々は野生のモンスターを育てられないかどうかという疑問から始めた違法育成だったが、やってるうちに段々とこれ制御不能になってきてないか? という確信が生まれ、最終的にこれ話が通じる相手でよかったな……という結論になった。
普段から交流のあるキュウビ相手じゃなかったら100%殺されてた。
法律でやっちゃ駄目だよ、って言われてる事には理由があるんだ。いい勉強になったよ。今度からはもうちょっと法律くんのいう事を聞こうかと思ってます。とりあえず野生のアリス育成したらパーミ系の害悪ボスになると思うんだけどどう思う?
鳥居の向こう側へとウェルギリウスと省エネマガツキュウビが消えてゆくのを見送ってとりあえず最優先で処理しなければいけないタスクを完了させる。これが一番時間かかってしまうタスクだった。鳥居の前で根の国へと旅立つ姿を見送ってから腕を組む。
「これで良し、と。えーと後は宿題やってなかったな。試合の振り返りと環境のチェックは昨日しただろ。合体用のモンスターの育成進捗をしなくちゃいけないし……でも今1番やらなきゃいけない事は―――」
さて、と呟いて振り返る。家の屋根の上を見上げればアーティと空から落ちて来るララの死体が見られる。ノイズになりそうな兎はフィルタリングして視界から外すとして、屋根の上から牧場を眺めるアーティが中々アンニュイに見える。
良し、登るか。
そう思って家に近づくと、屋根からアーティが降りて来た。
「にゃあ、危ないから駄目ですよマスター」
「えー、俺も屋根の上に登りたい」
「駄目ですにゃ」
屋根から降りて来たアーティは頬を膨らませてぷんぷん、と怒った顔を見せる。本気で怒っている訳じゃないが、軽く叱る感じに見せている。そういう表情の作り方は流石だと思えた。だからアーティのそういう表情を見て、正直に申し訳ないと思った。
「アーティ」
「はいですにゃ」
「少し、話さないか?」
俺の言葉にアーティはにっこりと微笑んだ。
「勿論ですにゃ。良い天気ですし、歩きながら話しましょうにゃ」
にこやかな表情のアーティと並んで歩き出す。前もこうやってアーティに牧場を案内する為に一緒に歩き回った事があった。その時も今も、牧場は凄い賑やかだった。経営が黒字になったからバイトを雇えるようになったし、飼えるモンスターも増えた。
「このままもっと施設を増やすなら厩舎増やす方が良いのかなぁ」
「大型モンスター用の厩舎を建てるのも良いのかもしれませんにゃ」
「あぁ、大型モンスターかあ……それは考えてなかったな」
湖へと視線を向ければ水棲モンスターが元気に陸生モンスターを溺死させようと引きずり込んでいる姿が見れる。相変わらず命がけの遊びに興じる預かりモンスター達だなあ。視線をズラせばレイド村の住人たちがまた新しい戦略を考えている。
新しい環境、新しい戦術が組み立てられるようになって新しいハメやコンボを構築しようとしているらしい。連中はこっちのシングル環境と違った、マルチ環境で戦っている。そのせいか、コンボや動きがだいぶ変わってきている。
偶にあっちを見るのも面白いのだ。
牧場は概ね何時も通りだ。数か月前、アーティと見て回った時とそれほどの違いはない。
「そっか、たったの数か月なんだな」
「そうですにゃあ。一瞬の出来事でしたにゃ」
湖の畔にまで来たら足を止めて、水面の方を眺める。結構一緒に過ごしたかのように思えて、実はたったの数か月なんだよなぁ、と。
「アーティ」
「はい」
「その、最後は立ち会えず、他人にお前の事を任せて申し訳なかった。本当なら俺が最後までお前の活躍を見ておくべきだった。やる事があったのは事実だけど、それに優先順位を付けてお前を下にしたのは確かだ。すまん」
「あら」
謝らなきゃな、と思っていた事だった。本当だったら俺が自分の力で解決すべき事だったし、パペッターとの相手は同時に出来なかったし、アレの相手は俺にしかできなかった。だけど舞台を用意されて、それに乗ったのも俺だ。仕方がない、で済ませる様な話でもない。
だから。
「ごめんなさい」
「はい、許しました」
頭下げた瞬間に許された。流石に凄い顔でアーティを見てしまった。
「なんて顔をしてるんですか。大丈夫ですよ、マスター。別に恨んでいませんし、ちゃんと感謝していますからにゃ」
アーティは数歩離れると此方に振り返った。
「思い出してくださいにゃ。そもそもマスターがいなければ私達は目覚めることも、後悔と向き合うチャンスさえもなかったんですにゃ。それを考えれば自分の罪と後悔と向き合うチャンスが与えられただけで感謝でいっぱいですにゃ」
アーティの物語は簡単だ。
彼女は最後までステージの上で演じきった。その果てにアーティは死ぬ。それは決して変える事の出来ない運命だった。だが……アーティが矢を受けても演じる事を止めず、希望を描こうとしたことは多くの人々に光を与えた。
それは、あの都市を僅かに延命させる事に成功した。
本来死ぬはずだった人々が生き残り、途絶える筈だった物流が続いた。
わずか数日後、その都市は唐突に出現した怪物たちによって滅びた。
僅か数日。それがアーティの覚悟が生み出した、小さな救いだった。その結末を俺は全てが終わってから白紙の物語を確認して知った。それを後悔している。
「それは自分の責任として気負い過ぎですにゃ」
アーティは続ける。
「確かにマスターは大きすぎる使命を背負った身かもしれないですにゃ。ですが、それは決して全てを自分で背負う必要があるという訳ではありませんにゃ」
アーティは腕を組みながらそうですにゃ、と言う。
「世の中、どうしようもない事はどうしようもない、と諦めるしかないですにゃ。自分より大きな力が殴って来た時、それに抗うのは人の持つ自由ですにゃ。ですがその自由が全てに打ち勝つというのは幻想でしかないのですにゃ。今回の勝利も、結論から言えば運が良かった。それだけですにゃ」
だから。
「そんな、気負わないでほしいですにゃ。何度も言いますが、私はこうやって向き合う機会を得られた事だけで十分に嬉しいですからにゃ」
「……まあ、アーティがそう言うなら、そう思っておく」
「そうしてくださいにゃ」
少しだけ気が楽になった。今回、一番引っ掛かってたのは正直ここだった。アンナに関してはそもそもアイツがこっちを試そうとしたのが悪いから別に悪い事をしたとは思ってないんだよね。まあ……教団の事やらイーサンのメスガキ調教趣味やら邪神コンタクトは正直同情するけど。
「私は寧ろマスターのこれからが心配ですにゃ。私は後少ししたら次へと交代する事になるでしょうにゃ……そうなったらマスターを置いて行ってしまいますにゃ」
アーティは、そこを申し訳なさそうにしている。それに笑って答える。
「それはまあ……マスターになってから覚悟してる事だから大丈夫だよ。マスターである以上、別れは絶対なんだ」
湖に視線を向ける。
家族として一緒に育ったモンスターも。綺麗だなって思った子も。好きだと思えた相手も。マスターである以上、合体という形で別れが来るのだ。それが何らかの形で継承されるという話をしても、完全に同じ存在にはならない。
だから別れは絶対に来る。
今のメンバーも、Bランクになったら皆、入れ替わる。それはもう仕方のない事だ。今と同じ顔は1人として残らなくなる。そうしなければ前に進めないから。
「仕方のない、事なんだ」
だからこの話はこれでおしまい。
諦めるという道がない以上……アーティの別れは決まっていて、俺は彼女を合体させないとならない。そうしなければこの物語は次のページへと進ませてくれないからだ。そして諦める事をあの女神は決して許さないだろう。
選択肢なんてものはない。
別れは強制だ。
出会いも強制だ。
「まあ、でも」
「はい」
「別れが辛いのは確かだけど……決して辛いだけじゃないってのは救いかな」
「それは良かったですにゃ……次の私達とも仲良くしてくださいにゃ?」
「頑張る」
その日はちょっとだけ、アーティと取る時間を多めに取った。不思議とこういう時、他のモンスター達は邪魔してこない。そのおかげで俺達は久しぶりに和やかに話す事が出来た。
そしてこういう時間を取る度に毎度思うのだ。
もうちょっと早く、こういう時間を取れればよかったのに、と。