モンスターマスターには出会いと別れがつきものだ。
そしてこのエレベーターに乗る度に、別れと共に新たな出会いがあるのだと解る。
初めの頃、俺は別れというものを良く理解していなかったのだと思う。
チビとの別れが全ての始まりで、俺が持ちえなかった人間性を獲得する為の道筋だったんだ。チビを失うという恐怖と悲しみは……いつしか慣れてしまったと思っていた。だけどそれは違っている。こうやってモンスター協会へと来るたびにそれは少しずつ、積もって行く。
悲しみ。怒り。絶望。喜び。
喜怒哀楽。
処理できない感情や想いはひたすらシステムのバグの様に蓄積して行く―――きっと、それが俺を壊しているのだと、最近思うようになってきた。だって、俺の相貌失認は、マスターになってから悪化し始めたから。
模倣した感情、獲得した感情。それを一番俺に与えているのは他ならない―――。
「ミコト? 大丈夫か?」
「ん? 大丈夫だよ。アーティの次の事を考えてただけだから」
モンスター協会の地下へと向かうエレベーターに乗るのも何度目か。乗っている間は少し、アンニュイな気持ちになる。だがその気持ちも長続きしないというのは到着した直後から誰もが解っている。合体所とはそういう場所なのだから。
チン、と到着の音が鳴ってエレベーターが到着する。
扉が開いて、何時もの施設が目の前に広がる。転がっているエナドリ、乱雑に置かれた貴重な資料、そして白衣姿のQちゃん。代り映えのしない景色が飛び込んでくる。アーティと久遠を連れてエレベーターから降りるとやあやあとQちゃんが手を振って来る。
「来たね尊クゥン! 先日の土産の東京に出た謎の巨大モンスターのデータは実に助かったよ。初めて確認するデータばかりで研究が捗るよ。お蔭で設備をもう少し強化する余地が見えて来た所だよ。いやあ、ここに来てまだこの設備をグレードアップ出来る余地が見つけられるとか驚いたねぇ」
ぺしぺしぺしとモンスター博士が奥の方で設備を叩く。
「これも十分オーパーツなんじゃがなぁぁああぁぁあぁぁあぁぁ」
「あの、博士が残像残しながら分解されてるんですけど」
「何か変な叩き方しちゃったんだろうねぇ。ちょっと集めて来るよ」
「奇怪だな……」
掃除機を使って分解された博士の残像を集めてるQちゃん。あのジジイ何らかの悪霊か? いや、やってる事は悪霊並に自由だけど。まあ、復活するなら別にいっか……今更だもんな……。
モンスター博士が復活している間に合体の準備を進める。片方の巨大シリンダーに合体相手である調整された幽霊モンスターを。そしてもう片方までアーティをエスコートする。シリンダーに踏み込む前の所でアーティが足を止めて、振り返る。
「マスター……最後に、宜しいでしょうか」
「あぁ、何でも言ってくれ」
「それでは」
アーティが肉球の付いた手で俺の両手を取り、握る。
「私は……こう見えて人の感情をコントロールするプロフェッショナルです。芸人として人の感情の動きを、流れを、それを見て、理解し、そしてコントロールする事を生業として来ましたにゃ。だからマスターを見ていて、解る事がありますにゃ」
すぅ、と深呼吸する。
「マスターの相貌失認の原因は心と感情です。マスターの中で積み重なった感情と何かが悪さをしてエラーを起こしています。貴方の中の
アーティの指摘にそっか、と応える。
「なんとなく……そんな気はしてたが、血筋じゃなくて俺が悪いのか」
こくり、と頷かれた。
「ですが病とは選べないもの。それでどうか己を責めないでくださいにゃ。マスターは良くやっています。それはほかでもない、我々が良く知っている事ですにゃ」
「一緒に居られた時間は短かったけど、アーティの明るさと演技には助けられたよ。ありがとう」
俺の言葉にアーティは後ろに下がり、大きくお辞儀した。
「それではマスター! 私の旅路もここまで! 後は次にバトンを渡しますにゃ!」
シリンダーの中へと入って行き、アーティと別れる。名残惜しい気持ちを抑え込み、コンソールの前に移動したら合体のデータ調整と隠し味の投入を行う。モンスター博士も復活が終わったのか掃除機から新鮮な博士が引きずり出されてきた。
モンスター博士の感動的な誕生シーンだった。
掃除機の出産シーンとかこの世で最も需要のないシーンを記憶のログから消し去りつつ合体の調整を終えると、やる事が無くなるので後ろに下がり、久遠に合流する。今日はアーティの合体の為に来てるので、他にモンスターはもういない。
残りの合体作業は博士たちがやってくれる。
だから復活した2人が働く姿を眺める。
「ミコト」
「ん?」
「遠征以来、考える様な顔を見せる様になったな。どうしたんだ?」
「どうした、って言われてもな」
考える事が増えたから、かもしれない。大会遠征は意外と考える事を俺にくれた。邪神の登場、教団の暗躍、そして親族たちの行動。これまではひたすら戦って勝てば良いだけだったのに、登場する連中が増えた事が原因で考えさせられる事が増えてしまった。
何よりもアンナにアイツの顔が見えないという事がバレてしまった。
その事で考える事が増えてしまった。この病は少しずつ、少しずつその病巣を広げている。今はまだどうでも良い範囲でしかない。だがこれが広がり続ければ、いずれは届くのかもしれない。身近な、大事な人達にまで。
両親に、灯に……久遠に。この失認が届いてしまった時、果たして俺は本当に正気のままでいられるのだろうか? そんな事を考える様になってしまった。
自分の中に恐怖が芽生えつつある。
久遠の顔が見えなくなった時、たぶんそれが俺の終わりになるんじゃないかという予感がある。そんな予感と恐怖が最近、自分の中にある。とはいえ、それは相談できる事でも、共有できるような事でもない。
だというのに。
久遠は自然と手を握って来る。
「話したくないのなら別に話さなくても良い。ただ、私は常に傍にいるからな。それだけは忘れるな」
「……うん」
喋らず、知らせず、でもそこにいるだけで救いになるという事が世の中にはある。その意味と重みを今では自分も良く理解している。心の中でありがとう、と呟いていると完全復活したモンスター博士が合体の準備を終えた。
「さて、そろそろ合体を始めるが細かいデータの調整は大丈夫かな? うん? それでは始めるぞ!」
「レッツ合体! カモン新種ッ!」
合体が始まる。シリンダーの中のモンスター達が分解され、博士達がチンパンジーのごとくタンバリンを叩き始める、今まで色んなゲームを遊んできたが、ここまで合体シーンを台無しに出来る存在も中々レアだよなぁ、と思いながら消火器で2人を殴り殺す。
死体になった2人を蹴り転がしている間にも合体が進み、分解された2つのデータが合流、合体、融合、調整を施されて1つの存在へと変化して行く。
欠損した情報が補われて行き、次の領域へとステップアップする。
発光、そして白煙。シリンダーの内側が見えなくなり、静けさが辺りを包む、死んでいた博士たちが秒で自己蘇生し、立ち上がる。
「うおおおお、データデータデータ!」
「新種新種新種! 君は何時も新鮮な新種を提供してくれる! 今日も新種! カモン新種!」
「自重を知らないなアイツら……」
「相手がだれであろうと何時もアレだ。諦めろ」
修三さんも大変そうだよなぁ、こことの付き合いは。そう思いながら白煙が消えるのを待っていると、人型のシルエットがゆっくりとシリンダーの中から出てくるのが見えて来た。
「―――成程」
そう言って聞こえてくるのは若い女の声だった。しかしその声には威厳が宿り、カリスマ性を感じさせるものがあった。聞いているだけで自然と背筋を伸ばし、姿勢を正してしまう様な、そういう威厳を感じさせる声だった。
知っている。
王様……柊清十郎と同じタイプのカリスマだ。これは君臨する者が持つ覇気。人を従えさせる者が持ち得る統率者としての才能だ。
「死を越え、己ではない己として再び常世を歩む運命とは……こういう感覚ですのね」
白煙を纏い優雅に進み出てくるのは煌めきを持つ銀髪の乙女だった。凛々しい表情を持ち、広がりのある髪を束ね、ドレスと一体化した軽鎧に身を包んだ―――そう、解りやすい概念を使えば姫騎士と呼ばれるタイプの姿をしたキャラクターだった。
美しく、清らかで、しかし芯の強さを感じさせる……人気投票で凄い人気が出そうなタイプのビジュアル。
後夏と冬でも人気が出そうなタイプ。まあロストヒーローズって事実上のモンスター側の主人公シリーズだからビジュアル面つよつよなんだよなあ。
「もはや国もなければ民もなく。我が身には果たすべき使命だけが残りました」
降りて来た姫騎士が俺達の前で足を止めた。そのまま片膝を床に突き、忠誠を誓うように頭を下げた。
「我が名をシェイナ。ここに主に忠誠を捧げお仕えする事を誓います」
「よろしく、シェイナ。君からは……バトルでも出番があると思うから」
「お任せください。貴方に確実な勝利を約束します」
頭を一度も上げる事なく言い切るシェイナを前に、久遠に視線を向けると久遠がじぃ、っと新参を見ながらぼそっと呟く。
「女か……」
すいません、ゲーム業界、どう足掻いても女性キャラの方が売り上げは良いんですよ……! それにほら、ウチのパーティーで女の子やってるのって結局はフラメアとイーリュだけだからさ、残りは獣とか異形だし。女性比率はそこまで気にしなくて良いんじゃないかなっ!
「これまた見た事のないモンスターが出て来たねぇ」
「しかし人型比率の高いシリーズだねぇ……ここまで人型の継続率が高いのも珍しい。大抵人型のモンスターは高位の筈で、後はアンデッド系列で理性がないというのが通説だったが」
そう言っている博士たちは新しいデータに食らいついている。早速というか興味はそっちに移ったようだ。これでアーティからの世代交代は終わって、大会の後始末が本当の意味で終わった。
新しい仲間を加えて、Cランク帯を頑張らないと。