最強以外ありえない   作:てんぞー

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僕は……マゾだったんだ……

「いやあ、悪いの、茶を奢って貰って」

 

「まあ、これぐらいは」

 

 夜間巡回を終えてクルーは就寝。慣れていない牧場仕事なのもあってベッドに入ると凄い勢いで眠ってしまった。まあ、慣れてない人間には辛い事ばかりだろうし、それは仕方がない話だった。俺は俺で、この禿げたおっちゃん―――桐谷8位の相手をしていた。

 

 桐谷8位、即ち国内ランカーランキング8位のSランクマスター。初めて会った時の東吾よりも強い評価を得ていたおっちゃん。禿げ頭に良く鍛えられた肉体が特徴的なミッドレンジ使い。最近は確定OCを絡めた戦術に移行している。

 

「悪いね、酒じゃなくて」

 

「他人の家に上がっていきなり酒要求してくる様な奴はもうやばいじゃろ」

 

「それはそう」

 

 がっはっはと笑いながら茶に口を付けて熱っ、と零すとふーふー息を吹きかけて少し冷ましてから口を付ける。俺はスマホを片手にそれを眺めている。気づいた桐谷が面白いものを見る目を向けて来る。

 

「なんだ、ジジイみたいな顔をして」

 

「ジジイみたいってなんだよ。……それよりも死神おめでとう。これでトップ環境に付いていけるねぇ」

 

「あんがとよ。今の日本のトップ環境は死神前提みたいな殺し合いをしてるからな。これで俺も上位陣と殴り合う事が出来るわ。はー、やだやだ。俺みたいなジジイは環境に付いて行くだけでもう限界じゃってのによお」

 

 日本に出現した根の国というダンジョンは死神という新しい種族を環境に紹介する事となった。

 

 その強さを今更再確認する必要はないだろう。誰よりも俺がその強みを理解している。デバフに対する幅広い技幅を持っている死神は構築に置いて“入れ得”とも呼べるポジションを確立している。メインに入らなくても裏に置いておけばそれだけで警戒の対象になる。

 

 打ち消しから即座に忘却を差し込めるという点は勿論、パフェキャンとインタラだけではなくディスペルや反応消去まで搭載できる死神はデバッファーとして最強クラスのモンスター種族だ。コイツのいるいないは構築の総合的なパワーを左右する。

 

 実際、今の日本トップ5位以内は全員死神を確保済みである。

 

 ちまっと裏口から顔を出して告死蝶の合体を要求してくる事が何度かあったので流石に覚えるわ。

 

「裏口は最近はマガちゃんが縄張りにしてたはずだけど」

 

「余裕でぶっ殺したに決まってんじゃろ」

 

「へえ」

 

「嘘です。死ぬほど苦戦しました。なんだあのストレスメーカー。血管が5回ぐらいぶち切れたぞ。ボケがボケがボケがボケが。誰だアレに入れ知恵したの? お前だな殺すぞマジで」

 

「ピースピース」

 

 プレイヤー製ボスの性能を楽しんで貰えた? カスみたいな性能を目指して作成したからストレスメーカーなのは当然なんだよなぁ。まあ、元のキュウビ自体がデバフ型のモンスターだからボス化したらストレスメーカーになるのは目に見えてたのだが。

 

「どう? 交流選抜行けそう?」

 

「無理無理。今年の交流戦は1位から3位が強すぎて無理。あそこはもうほぼ内定してる感じじゃろな。それに俺はここから死神育てなきゃいけないから交流戦までには間に合わんだろ。現状、根の国に海外のマスターはほぼ入って来られてないしな」

 

「入国制限がキツイからねぇ」

 

「そこな。まあ、日本としては折角自国でしか出て来ないモンスターをほいほい海外には渡したくないだろうしのお」

 

 ずずず、と茶を飲む。

 

「図書館の登場で環境はOCと合体魔法を使ったコンボが主軸になりつつある。だがその根幹にあるのは“バフ”じゃわな。そうなると展開を止めるのにデバフがどうしても求められる……その中でトップを張るのは死神の存在になる」

 

 イエース、と桐谷を指差す。大正解。だから俺も根の国で死神を調達する事にしたのだ。構築においてバフを解除出来るキャラクターは必須パーツになる。

 

「環境のインフレが進めば進むほど、コアパーツとなるのはバフとバフスキルだ。どんな構築も、起点となるのはバフだ。だから押さえるべきはインフレパーツのバフとそれを打ち消す手段。そういう意味では日本は死神を押さえた時点で環境に対して常に有利に出られる」

 

「だから外国になるべく流したくない、か。まあ解るけどつまらん話だな」

 

「まあ、プレイヤー側からすると相手が強い方が楽しいしな」

 

「そうだな。だけど勝たなきゃ今の社会で主導権を握れないのはそうだ。今はアメリカが一強なのもあってどの国もアメリカのご機嫌を伺うようになってる。名実ともに世界のリーダーじゃぜ? 誰だってそのポジションが欲しかろうよ」

 

 経済も、世界の立ち位置も全てはバトルの結果次第……ホビーアニメの世界にでも迷い込んだ気分になる。裏で起きている事を知れば主権争いなんてしてる場合じゃないって気づく筈なんだけどなあ……凡人にそれを求めるのは酷か。

 

「あぁ、そういやあ叶がお前を1位に紹介したがってたな」

 

「1位に? なんかちらっとしか見た覚えがないな」

 

「お前さんをサポーターとしてアメリカに招待したいって話だろうよ。まあ、確かにシーズンを牧場で終えさせるにはちょい勿体なく感じるわな」

 

「交流戦ねぇ」

 

 日本から出ても良いのかなぁ。

 

 邪神、教団、女神……大きな事件があった直後だし、そんな状況で本当に国を空けて良いのか? という疑問がある。まあ、俺が日本に残った所で日本で連中が暴れる訳じゃないし、警戒する意味はあまりないのかもしれないが……。

 

 寧ろ成長に繋がるイベントに参加する方が喜ばれそうだ。

 

「余裕があるなら受けておけ、この手のイベントに参加したとか協会に貢献したって話は後々便宜を図って貰ったりするのに便利だからな」

 

「それ、良く東吾に言われる」

 

「余程無頓着なんだな……簡単な仕事でも良いから引き受けておくと良いぞ。ホームページで探索依頼とか出てるし」

 

 原作の金策要素だなぁ。指定されたダンジョンからアイテムを回収したり、納品するとそれに応じてスキルカードやお金がもらえるというシステムがあった。牧場経営が軌道に乗るまではこれで金策する事も出来たっけ。結構めんどいから放置金策のが主流だった。

 

「さて、茶も飲んだしそろそろ行くか」

 

 そう言うと桐谷が立ち上がった。

 

「もう行くの?」

 

「おう、何時までも子供の睡眠時間奪う訳にもいかないしな。じゃあの」

 

 そう言うとあっさりと家を出て裏口の方へと向かって行った。ここら辺、ほんとあっさりしてるよなあ……と思いながら俺も欠伸を零す。時間を見ればもう既に結構良い時間になっている。

 

「交流戦か……俺にはまだ関係ないと思ってたんだけどなぁ」

 

 スマホで軽く調べれば今年はアメリカを舞台に、複数の国家による国際戦を行う告知が出ていた。Sは3人、Aは1人で合計4人からチームを構成し、トーナメント形式で行う。舞台はアメリカ、ラスベガス……世界で最もモンスターバトルが栄えている都市だ。

 

 そういやゲーム内でもアメリカはラスベガスが舞台だったなぁ、なんて事を思い出し、もう一度欠伸を零す。流石にそろそろ寝ないと明日が辛いか。最後に鍵の戸締りだけを確認してから次の日に備えて眠る事にする。

 

 

 

 そして翌日。撮影クルーをベッドから蹴り落とす。

 

「オラ! 朝だぞ! 顔を洗ってシャワー浴びて来い! モンスター達は早起きだから飯の準備をするのも早いぞ!」

 

「はい……」

 

 もぞもぞとベッドから這い出て来るアイドルくん達を蹴り転がして風呂場へと叩き込んだらキッチンの母さんに挨拶をして、朝の諸々を終えながらモンスター達の朝飯の準備を進める。日が昇るともう既に活動しているモンスターも多いため、既に腹を空かせている連中が多い。

 

 そういうモンスターを待たせない為にも業務用冷蔵庫から肉を用意し、それをバケツの中に詰める。

 

 簡単な準備を終えるとクルーの連中も準備を終えて出て来る。なのでバケツ肉を渡す。

 

「これを持ってちっちゃい子たちに朝ごはんを食わせてきて。俺はその間に湖の方の餌やりをしてくるから」

 

「うす! 了解しました! なんかもう、一周回って精神的に最強な気分ですよ!」

 

「長続きすると良いね」

 

「昨日の夜に比べたら明るいってだけで怖くないぞおお―――! うお―――!」

 

 バケツいっぱいの肉を掴むとそのままダッシュで放牧地へと向かう。朝になって厩舎を飛びだした腹ペコモンスター達がそれに気づき、素早くアイドルくんへと向かって行く。だが昨晩の恐怖体験を乗り越えたアイドルくん。

 

 追いかけられてもへこたれない。

 

「うわあああ―――!」

 

 叫びながらバケツを掲げると、凄い勢いで群がられる。チビドラ達が飛びついて来て肉を奪って行く中、衝撃に打ち据えられたアイドルくんが交通事故の様にバケツと一緒に吹っ飛んで行く。そのままバケツの中身が消えるまで人間ピンボールとなる。

 

「あっちは私が救出しておくね」

 

「頼んだ。湖の方に行ってくる」

 

 こっちは魚を荷車に乗せて、チビに繋いで引っ張って行ってもらう。湖の傍まで寄ると水棲のモンスター達が顔を出して行儀良く朝ごはんを待っている―――やっぱり新顔の事はちょっと舐めた態度で接してるなこいつら。

 

 俺の前では行儀よくしているモンスター達に餌やりを終えたら家の前まで戻る。その頃にはアイドルくんの餌やり体験も終わって、半死人の状態で転がっている。

 

「僕、思ってたんですよ」

 

「うん」

 

「ファーム生活って素敵なんだろうな。空気が綺麗で、広い土地、都会では生活できない多種多様なモンスター達と賑やかに楽しく生活するのって絶対に楽しいだろうなあ……って」

 

 転がって空を見上げたままアイドルくんが言う。

 

「恐ろしい所でした……」

 

「もう嫌だ?」

 

「……」

 

 転がったままアイドルくんは目を閉じて数秒考えてから答えを出す。

 

「いえ……でも、なんか、楽しいです。都会では味わえないこの刺激というか、触れ合いというか……なんか、凄い新鮮です。今までのロケの中で一番辛くて苦しい筈なのに」

 

 一緒に倒れてるアイドルくんを覗き込んでると灯とうん、と頷きながら手を出す。

 

「ただのマゾだよ」

 

「ようこそ、新世界」

 

「僕は……マゾだったんだ……」

 

 アイドルくんに手を貸して起き上がらせる。新世界を開いたアイドルくんはすがすがしい表情を見せている。もしかしてファンの人に俺達殺されるかもしれねぇな……と思いながら、撮影クルーを交えた1日ファーム体験は犠牲者0で何とか終わりを迎えた。

 

 ……後日、テレビでファーム体験が放送された。

 

 一部NGがモンスター協会の方から出た影響もあってカットされた場面もあったが、概ねアイドルくんが虐待されているシーンは放送され、大変好評だったらしい。

 

 ズームインしたドラマはシリアスになるが、ズームアウトしたドラマはコメディになる。

 

 本人がどれだけ必死になっているのかはスクリーンの向こう側には中々伝わらない、というのはちょっと考えさせられる話だった。

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