大体駆間市に行くときは久遠と一緒に向かっている。移動用に使っているミストがそもそも夜月家の所有ドラゴンだから当然と言えば当然だ。とはいえ、プライベートな用事で一々ミストを借りるのも悪いから……という理由でミストを使わずに移動する事がある。
「脱法ゲートありがとう」
「いえいえ、これぐらいならいつでも。帰りはお呼びください、迎えを寄こしますので」
そう言ってモンスター協会の前に開いたダンジョンゲートは消えた。勿論、図書館経由のゲートだ。使わせて貰いながら言うけど、これ絶対に法に触れてるよな。
ま! いっか! 便利だし!
慣れすぎるとそれはそれで問題になりそうなのを留意しつつ今日は1人でモンスター協会に来た。建物内に入れば受付の前でサングラスに帽子を被った姿が待っていた。
「よ」
「もしかして待たせた?」
「いや、10分前に到着したばかりで周りを見てた。相変わらずバトル人口が多いなここは」
そう言って東吾は片手を上げて挨拶してくる。今日は東吾と会う約束をした日になる。会うのは久しぶりだが、しょっちゅうチャットでやり取りしてるから久しぶりな感じはしない。
「こっちだ、部屋を借りてる」
「ういうい」
受付嬢が案内したそうにしているが、それを無視して東吾が先導する。スタッフ用の扉を抜けるとそのまま奥へと進み、扉を開けて中に入る。
「お、来たか」
そう言って部屋の中では一人の男が待っていた。顔の上半分を隠す仮面をつけた不審者……なのだが、恐らく今、日本で最も有名な不審者だ。
マスター仮面。仮面を被った謎のマスター。
与えられたランキングは日本1位。
また、同時に世界ランキング5位。
日本最強のモンスターマスターだ。
「お待たせー。レイド廃人への餌やりしてたら時間かかっちゃって」
「まあ、レイド廃人も生き物だししょうが無いよ」
「人間性を捨てすぎて狩猟生活に戻られても困るしな。いい加減文明社会に戻ってランクマとかして欲しいけど……」
「無理だよ。あの人たちランクマ回すより人数で囲ってボコる方が楽しいみたいだし」
「まあ、自由なのはそうなんだけどね」
部屋に入って扉を閉める。ここはモンスター協会で密談や会議を行うための部屋で、盗聴対策等が取られており、絶対に外に音が漏れないようになっている。
一種のダンジョン技術を利用した空間の隔離措置とも言える。ここでなら何を話しても外には漏れない。つまり重要な話し合いが出来るということだ。
「さ、座って座って。死神獲得の時以来だね」
「うす」
マスター仮面の対面側、ソファに座ると東吾はマスター仮面の横に座った。ポジション的に東吾はそちら側か……見て解りやすいようにしてくれた。
俺がソファに座って落ち着くのを見るとさて、とマスター仮面が切り出してきた。
「恐らくもう要件は理解してるだろうと思うからストレートに行かせて貰おうかな。君を今年の国際交流戦のサポーターとしてアメリカに連れて行きたい」
「そんな事だろうと思った」
大方の予想通りの話だった。今年の交流戦は気合が入ってるのは色んなところから聞いてる話だったし、こうやって声をかけられることはまあまあ見えてる事だった。
「学校には話を通して、アメリカにいる間はちゃんと単位が出るように調整できる」
「旅費は此方で持つし、連れて行きたい人も勿論連れて行くことが出来る。家族全員というのも全然アリだ。その場合此方から人を派遣して牧場の管理を一時的に任せる事になる」
「アメリカに行く事で不安や要望があるなら何でも言ってくれ。全て対応可能だ」
「ガチガチすぎひんか?」
「今年は……勝ちたい……!」
「何時までもアメリカに負けっぱなしではいられないんだ!!」
大人のガチ目の叫びにちょっと引いた。いや、まあ、負け続きの相手に勝ちたいという気持ちは凄く良く解るけど。今はアメリカ相手に負け越してるし、そろそろチームとしての勝利が欲しい所だろうな。
「で、どうだ? お前が来てくれると凄い助かるんだが」
「んー、まあ、俺は構わないよ」
「っしゃあ!!」
「人権サポーターゲットッッッ!!!」
2人が一斉にガッツポーズ取って吠え始めた。リアクションの激しすぎる2人の姿に流石にちょっとだけ引くも、それだけ交流戦の意味が重いのだろう。
「お前さえ……お前さえ居ればもうワケワカラン殺しを警戒しなくて済む!! 初見のモンスターを無駄警戒せずに済むし、データも割れる!」
「助かるよ、いやあ、本当に助かるよ。はっはっはっ」
メチャクチャテンションの高い2人に気圧されながらもあ、と声を零す。そこに不穏な響きを感じたのか、2人の動きが一瞬で停止する。
「え、なんだ。何だその不穏なあ、は。止めてくれよ。ホント余計なことを言うなよ。止めてくれ、聞きたくない」
「鴉羽くん、我々は君の要望を限界まで通す覚悟がある。君は日本チームに必要な人材だ。それは……根の国の発見や図書館事件のことを知っていれば誰もが理解していることだ。だから言いたいことがあるなら好きに言ってほしい」
好意的なのは嬉しいのだが。
「俺はいいよ。力になれるなら。楽しそうだし」
でもね。
「説得しなきゃいけないのは多分俺じゃないよ。この件に関してのラスボスは別」
その言葉に誰を説得しなきゃいけないのかを理解し、東吾が頭を抱える。そうだよ。メチャクチャ強敵だよ。頑張って。俺は助け舟を出さないから。
という訳で。
約15分後。
「―――申し訳ありませんが、息子をアメリカに行かせるつもりはありません」
場所を実家に変えたところ、ラスボスを相手に東吾もマスター仮面も一瞬で撃沈された。
我が両親の開幕即死呪文になんとか耐えた東吾達が復活した。
「その、尊くんをアメリカに連れて行けない理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
「勿論です。決して意地悪でノーと言っているわけではないので」
大人たちの話し合い、ちょっと怖いので俺は離れた場所から灯と一緒に眺めることにした。
そうしている間にも話が続く。
「まず第一に前回、イギリス遠征を許可したときは2人もSランクマスターが付いていて身の安全が確保できているから……という許可でした。ですが最終的に息子は入院する形で帰ってきました」
「正直、重症で入院したと聞いたときは肝が冷えました。事件の影響で渡航制限が掛かってて直ぐに会いに行けないのも正直苦しい思いでした」
東吾が呻き声さえ上げずに死んだ。東吾には特攻の効きすぎる即死攻撃だった。
「アレは東吾達は別に悪くないと思うんだけどなぁ……」
「パパとママはそういう自己犠牲精神を働かせない事も期待してたんだよ。そういうのを全部含めて監督する、ということなんだから。相手が悪いとは思うけど理由にはならないよね」
灯がそう言うならお兄ちゃんは何も言えませんよ。東吾は無言で謝罪して頭を下げてた。父さんも母さんも例の件に関しては結構怒ってたよね……。
「第2に顔を見せるべき場所で名を明かさず仮面で隠すような人物に息子は任せられません。社会的な信用はともかく、人の子を預かる態度だとは思えません」
マスター仮面も死んだ。理由があるのかそういうキャラなのかは解らないが、今も仮面を着けてるということは外せない理由があるのだろう。それでも正論パンチなので何も言い返せない。
マスター仮面も東吾も沈黙の中に撃沈されていた。
「それに息子はまだ中学2年です。国家の威信や大舞台に、上がるにはまだ若く、そして未経験です。能力があるかどうかではなく、まだこれだけの若さの子供に勝敗の責任を任せようとするのが認められません」
「親としては栄冠や名誉よりも、健やかに育って欲しいと思っています。尊が将来のため、どうしてもというのなら考えます。ですが見た感じ、主導権は尊ではなく貴方がたにあるように見えます」
「はい」
「そういう状況で尊を送り出したいとは思えません」
「見ろよ、日本のトップの情けない姿をよ」
「記念に写真撮っておこ」
スマホで情けない大人の姿を記録しまくる。今後一生の脅迫材料になるぜ、コイツはよ。情けない大人の姿は何時見ても心が温かくなるぜ―――!
「ではお引き取りを。……少なくとも今は尊を預けるつもりはありません」
「解りました。いきなりの訪問、失礼しました」
明確な拒絶の言葉が母の口から出た。普通の家庭なら絶対に出来ない様な事も、柊家の栄光と権威の全てに背を向けて家を飛び出した母にとって恐ろしいものは身内の不幸以外にない。ここでノーと言えるからこそ父と出会えたとも言えるのだが。
東吾とマスター仮面も分の悪さを悟って、駄々をこねる事もなく頭を下げて家を出る。ちらっと両親の方を見たら追ってもいいよと視線を送られたので2人を追いかけるように家を出る。
少し歩いた所で2人は足を止め、そのまま草地に倒れ込んだ。
「せ、正論は人を救わない……」
「仮面は……外せないんだ……」
「うお、雑っ魚」
死体の様に転がる東吾とマスター仮面を見て笑ってから謝る。
「まあ、そういう訳で、この件に関しては父さんと母さんがラスボスだから。説得するならあっちだよ。理論武装完了しててちょっと崩せるかどうか怪しいけど」
ごろり、と転がった2人が視線を向けて来る。
「ラスボスすぎないか?」
「ちょっと勝てる気がしない」
「それだけ愛されてるって事なので」
むふん、と胸を張ると同じ人の親、東吾はまあ、そうだよな……と呟いて納得してた。イギリスに関してはほんと、東吾たちは悪くないと思うけどね。あの女神の登場を予想できる人間なんていなかったし、アイツさえ出て来なければ綺麗に終わるイベントだった。
あの女の登場で全部狂ったのだ。
「尊、期間中だけ図書館経由でアメリカに顔出せないか???」
「無茶言うな。国際法を遵守しろ」
「はあ……君の穴埋めはどうしたものかなぁ、コレ」
オンリーワンな人材である自覚はあるので東吾とマスター仮面に関しては交流戦頑張って……以外に言える事が何もない。この件、俺は何も悪くないしな! 今年も日本はアメリカに敗北ルートかなぁ、これ。
そんな事を考えているとスマホにメッセージが届く。開いて確認してみれば差出人は館長だった。珍しい。そう思いながら内容を確認すればお、と声が出る。
「出来たのか……本当に」
館長のメッセージをもう1度確認してからポケットに突っ込む。
「悪い、図書館行ってくる」
情けない日本の1位2位に別れを告げてから図書館のゲートへと向かって走り出す。
ついに……ついに出来たのだ。
久遠の体質を、一時的にとはいえどうにかする事の出来るアイテムが。もしかして久遠と一緒に駆間の外に出られるかもしれない。
その期待を胸に、刹那で敗北者たちの事を脳から追い出して図書館へと飛び込んだ。