牧場の敷地には何時の間にか図書館の支部が出来ていて、その中に図書館への入り口が存在している。ダンジョンを使ってテラフォーミングを行っているのだから今更図書館がウチの牧場の敷地を改造する事に関して文句はないのだが、段々と牧場のカオス濃度が上昇しているのを感じる。
まあ、元からカオス感はカンストしてる気もする。流石だよ駆間……。
館長に呼び出されてゲートを抜ければイギリス、大英図書館側入り口とは別の入口から図書館の中へと入る事が出来る。ちなみにイギリス側とは別のロビーに出るのは館長の配慮で俺が現地のマスターと遭遇しない為だ。
偶に館長が優しすぎて怖くなってくる。いや、気持ちは解るんだけど。凄い良く解かるんだけど。世界を物理的に滅ぼした神を唯一殺せるメタユニットとか絶対に囲っておきたいよね。
そういう訳で図書館の裏ロビーに到着すると、マリアゲルダの姿がそこにあった。どうやら待っていたらしい。
「ちわっす」
「鴉羽様、ようこそ幻想図書館へ。館長様がお待ちです」
「よろしく」
マリアゲルダに案内され図書館内のワープを通る。普通に攻略していた時は全く気付かなかったが、マリアゲルダや従僕たちの為にスタッフ用ショートカットがこの図書館にはあっちこっちに仕込まれている。禁書庫もあれだけ苦労して最下層まで降りたのに、スタッフ用通路を使えば一瞬で最下層まで行ける。
そういう通路を抜ければあっさりと館長が利用している隠し部屋の1つに到着する。
「やあ、尊くん。こうして直接顔を合わせるのは久しぶりだね」
「お久しぶりです館長。なんか無茶な事を頼んでないかなぁ、と思ってたんですけど……」
「いやいや、これぐらいなら全然問題ないさ。寧ろもっと頼って貰いたいぐらいだよ。さ、そこに座って。お茶は飲むかい?」
「いただきます」
館長の前だと自然と態度を改めてしまう。大体の人間に対しては舐めた態度を取る俺でさえ、この人の前では言葉遣いや姿勢を正してしまう。それだけ、この人は凄いのだ。そんな人を正直自分の要望に付き合わせてしまっているのは結構……こう……申し訳ないなぁ、と思う部分がある。
小さなテーブルを挟んで座り、マリアゲルダが紅茶を淹れてくれる。紅茶にはそこまで詳しくないが、良い匂いが漂ってくる。嗅いでいるだけで心が落ち着いてくるような、そんな匂いだ。
「さて、まず最初に求めたものを」
そう言って館長が出してくるのは銀色の指輪だった。ねじれたデザインをしており、宝石の様な装飾はない、シンプルな細工だった。
「これを着けている間は誘因体質によるあらゆる能力を遮断し、一般人と同じスケールで生活が出来るようになる筈だよ。ただし、長くても1か月が限度かな。それ以上は魂が弱ってしまうからね。だから1か月使ったら最低で半年は休みが欲しいかな」
「魂が弱る?」
「うん、そうだね。その辺りの説明もしようか」
指輪を置いて、紅茶を手に取って、唇を濡らしながら話を続ける。
「まず誘因体質がなんであるか、という話になるんだけど……尊くんは正体を知っている?」
頭を横に振って知らないを伝えるとそうだね、と続いた。
「誘因体質は言ってしまえば転生者だ」
「転生者?」
「恥ずかしい話だけど……私達の世界を概念体にする時、100%、全ての命を完全に概念化させられたわけじゃないし、世界を融合させる時に漏れがあったりしたんだ」
いや、普通に世界を丸ごと1つ概念化させた上であのラスボス相手にワンチャンという可能性を未来に残したのは大偉業だと思います。大事業だったし、大偉業だったし、大健闘だった。そのおかげで今という可能性の未来が存在しているのだから。
「そうやって幾つかの命が漏れてしまったわけだけど……彼らはこの世界のシステムと混ざり合い、同化し、そして命を巡るシステムに流れた……つまりこの世界の人たちの命の営みに混じったんだ。そしてそれは当然のように新たな命へと繋がって行く」
「其方の世界の住人が、此方で転生したのが……誘因体質の持ち主」
「そう。私達と君達では魂の規格が……あぁ、うん、君はちょっと例外かもしれないけど。私達と、この星の住人達では魂の規格が違うんだ。あるだろう? 間違った電池を入れた玩具が変な挙動を取るの。誘因体質はそういう魂と肉体の規格のズレから生じるバグみたいなものなんだ」
それで理解に至った。
「誘因体質は故郷を求める魂の働きですね……?」
その言葉に館長が頷いた。
凄い簡単なロジックだった。誘因体質は旧世界の転生者だ。だが当然、俺のような失敗作でも無ければ過去のことを記憶することはないし、モンスターシステムで転生してなければ思い出すこともない。
本当の意味での純粋な転生者だ。ただし、規格が違う。
あちらとこちらでフォーマットが違う。だからあちらの魂がこちらのシステムで転生した場合、構造そのものに不具合が出る。まるで元の位置へと戻ろうとするように……魂が旧世界の痕跡を引き寄せる。
それが誘因体質の正体だ。
こんなもん、館長以外に止めようがない。
魂の解析に技術レベルが至っていないと触れることさえできない問題だ。世界を概念に変え、融合なんて事が出来るこの人じゃなきゃ原因も解決手段も出せないだろう。
「根本的な解決方法はない。この指輪も魂の動きを一時的に抑えるだけだしね。それだけは覚えていて欲しいかな」
「ありがとうございます」
館長に頭を下げる。これで漸く、久遠を駆間の外へと連れてゆく事が出来る。どこに行こうか、と考えてしまう。一緒に東京に行くのもいいし、少し遠出して関西も悪くないかもしれない。
ミストに乗れば国内ならどこへでも行ける。どこだろうと良い思い出になるに違いない。指輪を受け取り、それを掲げる。キラキラ鈍い輝きを放つ指輪が、今の俺には金塊以上の価値を持っていた。
「うんうん……」
「良かったですね館長様」
「本当にありがとうございます……これが、ずっと欲しかったんです。俺ばかりアイツに助けられてて……何も、助けになれなかった……いや、結局の所これも館長頼りなんですけど」
「良いんだよそれで!」
館長が身を乗り出す勢いで言う。
「良いんだよ、それで。君は忘れがちだけど、君はまだ子供なんだ。助けが必要なら遠慮なく助けを求めて良いんだよ。その為に大人はいるんだから」
「……はい」
「うん、それじゃあ行っておいで」
正直、館長の力を借りるのはあんまりよろしくないと思っている。だってこの人は本当に尊敬出来る凄い人で、メチャクチャ苦労している大変な立場にいる人だからだ。
だからなるべく、頼りたくないと思っている。
最後に頭を下げて、指輪を忘れずに握りしめてから退室する。
マリアゲルダに案内されて、裏口から図書館の外へと出る。元のウチの牧場ではなく、直接久遠家へと飛ばしてくれたらしい。図書館を出ると広がっているのはウチよりも辺鄙な場所にある家だった。
「ここに来るのも久しぶりだな」
久遠家……夜月家はウチ同様かなりの土地を使ったファーム構造をしている。というよりも、上位のマスターは大体こういうファーム構造の家と土地を持っている。
そうじゃないとモンスター達を維持するのが難しいからだ。その上で夜月パパはAランクのマスターだ、稼いでる金額はちょっとウチとは比べ物にならないレベルの金額だ。
その為、娘の為に広大な土地を購入し、維持するぐらいは何てことはない。
この山に囲まれて周りからは隠れた土地は、久遠の体質を隠すためのものだ。
ここで暮らすモンスターたちは手持ち以外には、久遠を寂しがらせない為の仲間たちでもある。
夜月修三という男は娘のことを想ってこの土地を用意したのだ。愛のでかすぎるパパだった。
「あらぁ、王子様じゃない。お姫様に逢いに来たの?」
「ティターニア。久遠いる? プレゼント持ってきたんだ」
「女の子の喜ばせ方がその歳で解ってるのは偉いわね。そうよ、プレゼントは記念日とかじゃなくてマメに渡すのが一番よ」
そう言うのはティターニア、修三さんのスタメンの一体だ。ほとんどここにいて外に出ないから、あんまり見かけないから会うのは久しぶりになる。
「と、王子様を引き止めちゃ悪いわね。お姫様なら自分の部屋に居るわよ」
「さんきゅー」
ティターニアに手を振って別れてから夜月家の扉をノックする。程なくして扉が開き、久遠が顔を出した。今日はずっと家にいたのかラフな家着姿だった。
「ミコト! 今日はこっちに来たのか」
「あぁ、渡したいものがあって」
「なら入ってこい」
家の中に招かれて、そのままリビングまで通される。久遠パパとママの姿があって、一家団欒中だったぽい。
「お邪魔します……もしかして、本当に邪魔しました?」
「いや、大丈夫だよ」
「貴方もうちの子みたいなものだしね。遠慮しなくていいのよ」
「それじゃあ、お邪魔します……と言っても久遠に渡すものがあって来ただけなんで、直ぐに帰ります」
「ほう、貢物か? 良い心掛けだ」
リビングで胸を張る久遠に、手の中に握りしめた指輪を渡そうとして、心のなかでしまったと呟く。もう少しラッピングとかしておけばよかったかもしれない。
おや、後の祭りだ。ここに来て引くことは出来ない。握りしめた指輪を久遠に見せて、渡す。
「これ」
「ほう」
「あら」
「おや」
生暖かい視線が大人の方から注がれるのを感じる。いや、そういうじゃないんすよ。違うんすよ。ある意味違わないけど、違うんですよ。
「その指輪!」
「急に声を出してどうした」
「いや、その、その指輪」
落ち着け。プレゼント渡すぐらい別に普通のことだろう。深呼吸して、焦りを洗い流してから言葉を続ける。
「イギリス、楽しかった?」
「……? あぁ、僅かな時間だけだったが、駆間の外に出ることが出来て、広い世界を見れて楽しかったぞ」
うん、君の世界はとても狭い。
「あの時、後悔があるとしたら一緒にロンドンを歩くことが出来なかったことだ。でも……今ならできる」
久遠の手にある指輪を握らせる。
「あのあと、館長に頼んで作ってもらったんだ。ついさっき出来たばかりで……それを着ければ久遠の体質を無効化できる。1ヶ月だけ、だけど」
その言葉に勢いよく反応したのは修三だった。座っていたソファから勢いよく立ち上がる。
「まさか、そんなものが……!?」
「特注で作ってもらったんだ。なにか力になれないか、って聞かれたから久遠の体質をなんとか出来ないか、って。1ヶ月使ったあとは半年使えないらしいけど……少なくともこれを使えば駆間の外に出ることが出来る」
「ミコト……」
久遠が驚いた表情で指輪を胸に抱いた。その表情はなんと言えばいいのか解らないけど、感情が込み上げてきてそれを処理しきれないように見えた。あぁ、でも、嬉しそうだ。
それが見られただけでも価値はあった。
「久遠。普段から一緒に居てくれてありがとう。これは俺が出来る最低限のお礼というか……いや、お礼と言う割には完全に館長頼りだったな。なんか恥ずかしくなってうおっ」
「ミコト!!」
久遠が飛びつくように抱き着いてきた。思わず抱き返すように受け止めてしまった。腕はこのままでいいのだろうか? そう思いながら手を放そうかどうかと思っていると、奥の方で久遠の両親が2人揃って泣きそうになっているのが見えた。
……あぁ、そうか。
久遠の体質の問題解決は決して久遠の悲願だけではなく、両親の悲願でもあったのだ。
そりゃあ、泣くか。もしかして本当にやらかしたかもしれん……事前に相談とかしておいた方が良かったかもしれないこれ。せめて修三さんにぐらいは先に伝えておくべきだったかもしれんわこれ……!
「ありがとう、ミコト」
「いや、良いんだ。君が喜んでくれるなら。俺は、伝わらないぐらい君に救われてるから。人間らしくあれるのは君が俺を見放さないでいてくれるから」
改めて言うと凄い恥ずかしい。こほん、と咳払いしてから久遠を引き剥がし、明後日の方を向いて視線を逸らす。
「で、だ。ほら、近々夏休みだし。それがあれば遠出だって出来るだろ? 国内ならミストに乗って行けるし、そうじゃなくてもそれがあれば国外にだって行ける。なんか、行きたい場所とかないか? あ、いや、先に家族で旅行とかしたいよな。忘れてくれ」
「旅行」
呟くと久遠が腕を組んで天井を見上げた。修三さんに美代さんの視線が久遠に集まる。長年、外に出る事が出来なかった久遠がどうしたいのか、その意見がこの場では優先される。それに俺達は静かに耳を傾ける。
「あ、そうだ」
久遠が切り出した。
「近々アメリカでは交流戦があるらしいな? 折角だしアメリカへ現地観戦しに行くのも楽しそうだな―――どうした、ミコト。戦場帰りの兵士みたいな顔をして。アレ、父も顔が急に真顔になっているぞ。どうしたんだ2人して」
無言でスマホを取り出して、雑魚2人へと通話を入れる。
「あ、もしもし、東吾? 俺だよ俺。どうせアンタの事だから街のバーで作戦会議してるだろ? どうやってウチの両親口説き落とすか。事情が変わった。全力でウチの両親説得するからチケットとかの手配よろしく……あ、電話代わるね」
「もしもし叶さんですか? 夜月です。えぇ……まだ交流戦のA枠って決まってませんか? まだ決まってない? 良かった、ちょっとそこにねじ込んでほしいというか……あ、トライアルはまだなんですか? じゃあ候補者全員集めてくれませんか? 今から全員蹂躙するので」
「じゃ、また後で」
「ミコト? 父? どうしたんだ? 2人とも? 急に外へと向かってどうしたんだ? ミコト? ミコトー?」
サムズアップを浮かべながら玄関の外へと向かって俺と修三さんは歩き出す。もはや心に迷いはない。交流戦へ参戦する事は俺達の中で確定事項となった。手段は択ばない。素敵な夏の思い出を作る為に、久遠の初めてのちゃんとした海外旅行の為に。
俺達は本気を出す。
鴉羽尊及び夜月修三、参戦決定―――!