衝撃の事実が判明した所で試練が開始し、解散する。
皆が己の役割を果たす為に動き出す所、俺だけやる事がなくて暇になってしまった。恐らくはラトゥーリアの家から出た所でさて、と呟いて頭を掻く。
「何をしようかな」
東吾と仮面は情報収集。修三さんは早速村を回って、酒クズは酒場に直行してた。やっぱりアイツ駄目じゃね? 予知できる事と知恵比べで勝てる事は別じゃない? 大丈夫? でも日本3位だしなぁ……。
ワンチャンに賭けて信じるか……。
酒カスに関しては現状信用要素が0なので信じる理由がないのだ。社会的地位以外に。だからまあ、それはそれで良いとして。空いた時間で俺が何をするか、という話だ。
村の探索……は後回しでも良い。サブクエも幾つか存在する。だが急いでやる程ではない。まだ試練が終わってない段階で自分だけ好き勝手やるのも違うしなぁ……となると、やれることは交流ぐらいか。
「なんすか?」
足元のララを見る。
「お呼びでしょうか?」
実はダンジョンの入り口からずっとストーキングしていたシェイナがしれっと建物の影から出て来る。
「マスター! 御用ですか?」
東吾たちに酸素調整の魔法をかけ直していたフラメアが手を振って来る。
「うーん……WIFI通ってないですねぇー……開通させますか」
最後に頭の上で器用に尻尾を使ってスマホを握り、前足でペチペチしてる狐。
ウェルギリウスは……今は灯に呼び出されて不在か。
これが今連れている鴉羽ファームの住人たちだ。ギミックに必要だから連れてきたララやフラメアはともかく、シェイナに関しては完全に勝手についてきた状態なんでコイツどうしてやろうかな、という気持ちがある。
そう、問題を起こしていないけどこいつ、だいぶ問題児なのだ。
それが原因でまだ白紙の物語を進められていない。コイツとはどこかでじっくりと腰を据えて話す必要があるのだが、コイツ自身は割りと他人との対話拒否タイプの性格をしている。
そのせいで中々距離を詰められない。その癖に四六時中ストーキング護衛してくるもんだから困る。放っておくと風呂場やトイレにまでついてこようとするのでほんと困る。
見た目は姫騎士なのに。
まるで迷子の子供の様な姿を見せる。
まあ、その原因は解ってる。ゲームだったら好感度を稼ぐだけでクリアできる条件だったが、案外これがリアルでは一番キツイ条件かもしれない。
「ミコト様!」
「ラトゥーリア?」
どうしたもんかと悩んでいるとラトゥーリアが少し声を弾ませながら近づいてくる。流石DLC追加攻略キャラだけあって気合の入ったビジュアルをしている。
こんな娘が笑顔で近づいてきたらそら誰だって勘違いするだろう。
「ミコト様、後で時間をよろしいでしょうか? 実は大神よりミコト様だけに伝えるよう言われた事があります」
大神……即ち創造神。未来が見えて反応出来るなら対策か、或いは何かしてそうなものだが、それでも奴は死んだ。その事実が引っかかる。
「解った。じゃあ、また後で」
「はい! 後で私の家にいらしてください。それでは」
そう告げてラトゥーリアが去って行く。その姿をしばらく視線で追ってからさて、と呟く。
「一旦解散するか。各自村の中で自由行動で」
「了解っす。ひなたぼっこでも」
ざく、と槍がララの頭に刺さった。即死するララと突き刺さったままの槍を少年が走って回収する。
「ごめんなさい! 槍投げで遊んでたんだ!」
そう言うとララが刺さったままの槍を村の反対側の少年へと向けて投げる。なんかソニックブームが出てるし凄い速度が出てるのを反対側の少年がキャッチすると、同じく音の壁を破壊するように投げ返して遊んでる。
お、殺人キャッチボールかな?
突き刺さったままのララが音速で投げられている。楽しそうだしこのままでいっか。
「ちょっとWIFI開通させてきますわね」
頭の上から飛び降りたマガツキュウビは小狐モードのまま、尻尾に頭を突っ込むとそこからルーターを取り出す。それにペタペタと呪符を器用に前足で貼り付けると尻尾で持ち上げ、運んで行く。
「龍脈ぅー龍脈ぅー……こっちの方が気配強いですねぇ……龍脈と接続して初期設定をしませんと」
「根の国のWIFIってあんな感じに設置されたんだな」
これで樹海にも文明開化が近づくだろう。SNSの野蛮な文化に……と思ったけど音速槍投げキャッチとかいう殺人ゲームを楽しむより数千倍は健全か。
マガちゃん、樹海の村のモラリティはお前にかかってる。責任重大だぞ。
お澄ましヅラの忠犬を見てから一仕事を終えたフラメアに近づく。
「フラメア、お疲れ様」
「マスター! 労っていただきありがとうございます。マスターにそう言って貰えるだけで疲れが吹き飛びますよ」
仕事を果たしたみたいで東吾たちを見ると手を振ってこれから樹海に出発する所だった。不安は残るが、ここはもう信用するしかない。
仕事を終えたフラメアはこっちに来ると腕を絡めるように身を寄せてくる。それだけでもう楽しそうだ。とはいえ、フラメアには結構頑張ってもらってるし、ちょいちょい労ってやらなければならない。
優秀なマスターはコミュる事を忘れないし、好感度も適度に稼いでおく。
「フラメア、少し村を回ろうか。色々とあるみたいだし」
その言葉に腕を組んだままフラメアの姿が固まる。それから数秒後、目を輝かせながらこちらを見る。
「そ、それってデート……という事ですか!? 行きます! 行きましょう! デートしましょう! ふふふ!」
一気にテンションを上げたフラメアがそのまま引っ張るように村の中を歩き出す。
ここ、樹海の村には正式な名称がない。始まりの村、或いは樹海の村。唯一無二、世界で最初にできた文明であり、集落である。そしてその形は数千、数万という時を超えても維持されている。
地上を徘徊するモンスターから逃れるために樹上に構築された村はツリーハウスの集落だ。巨大な大樹を橋で繋げ、木製の広場を間に立つかけ、それらを神威で強化、固定、維持している。
原初の村だけに創造神の力が使用されている、非常に珍しい場所でもある。
故にどれだけの衝撃を与えたところでこの一見不安定にも見える村の土台は揺るがない。
その構造から村の端まで行けば、どこも絶景を望める展望台へと変わる。フラメアにそこまで引っ張られながらシェイナを置いてきてしまった、と思ったがしっかりと近くの建物の影からこっちを伺うように隠れてた。
ララはまだ音速で飛ぶ死体になってた。
「マスター、絶景ですね。見てください、あっち、奥の方は暗いですよ」
「暗黒樹海だね。外から見るとあんな風なんだな」
フラメアが指差す方を見れば、一切が闇に包まれた大樹の密集地がある。終わりが見えない黒の領域。入ったら最後、絶対出てくることはないと謂われた暗黒領域。
「こほん……私はその地に漸く立った。しかし一歩目から既に心が折れそうになった。数多くの秘境を踏破した私でさえこの暗黒としか表現できない闇には恐怖を感じた」
「冒険者マークスの秘境探訪録?」
「!!!!」
引用された本の名前を口にすると、嬉しそうにフラメアが振り返り、両手を取った。
「解るんですね!」
その笑みに頷いた。元々マークスの冒険はゲーム内で読める資料として断片的に存在していた。所謂ヒント資料だ。これを読めば攻略のヒントを掴めるというタイプの読み物だ。
度々図書館を訪れる時、折角だからと軽く館長のオススメコーナーを回ったりするのだが、これがそこに紛れてたのだ。知ってるタイトルなので思わず手を取ってしまった。
が、これが本当に面白くて困る。
「5巻の空の糸に挑んだ冒険、良かったよね」
「地上と空を繋ぐ柱を登り天の国へと向かった話ですね! 登ることそのものが試練であり、乗り越えたものは天の国で暮らす権利を得られたという」
「マークスは登りきった。しかしそこに広がる楽園に留まらなかった」
「彼にとって真の楽園とは未知溢れる秘境だからです!」
楽しそうに笑うと本の趣味が合うことに喜び、嬉しそうに暗黒樹海へと視線を向ける。
「私も……何時かは彼みたいに何処か遠くへと旅をしたいと思っていました。結局、その機会は世界の崩壊と共に失われてしまいましたが」
視線は暗黒樹海を越えて更に遠く、自由な世界へと向けられる。フラメアの様なモンスターになった人々は、本来得られる筈だった自由の全てを失った……この死と生の螺旋を抜ければ、再び世界が再生するという希望だけを胸に抱いて戦い続けている。
或いは、元凶に対する怒り。
「私は、最終巻が好きなんです」
「冒険者マークス、暗黒樹海に消えゆ」
「はい。当時のマークスは70歳を超えていました。若かったころの勇敢さも、無謀さもなく、体力でさえない。それでも彼はロマンを忘れられず、それまで積み上げてきた全てを投げ捨てて最後の冒険に旅立ったんです。暗黒樹海の果てに住まうという聖なる幻獣、フェニックスを見る為に。彼はそれを人生最後の冒険として選んだんです」
俺達が、というか俺が選んだ道はたぶん、このマークスという男が開拓したルートなのだ。
「樹海の闇を前に彼は心が折れかけました。それでも立ち上がったのは勇気があったからではなく、彼の経験と知恵がこれは攻略できると囁いたからなんです。彼は暗黒樹海に踏み込み、多くを記し、そして最後の挑戦を決意しました」
「そして全てを書き記した手帳を預け、1人暗黒樹海へと消えていった」
フラメアは頷いた。
「彼がフェニックスに逢えたのかどうかを私達読者は知る事はありません。ですが私も何時かは暗黒樹海の向こう側へ……マスターがおっしゃる火山島へと行ってみたいです」
その言葉に、俺は答える事が出来ない。
それが不可能だと理解しているから。そしてフラメアもまた、それが不可能だと理解している。だから闇に包まれた樹海を見たまま、申し訳ありませんと謝る。
「困らせちゃいましたね。マスターは何時か、そこに辿り着くでしょう。きっと、強くなって。今みたいに誰かに守られてじゃなくて……マスターと、マスターが集めた力だけで乗り越えて行くんでしょう。その時、マークスが火山島にたどり着いたのかどうかの答え合わせが出来るんだと思います」
でも。
「そこに、私は居ません」
振り返り、フラメアは微笑む。
「ですがきっと、私から続く次の私が……私の一族の者か、或いは別の同胞か、それとも知り合いか……私の意思と記憶と経験と力を、その全てを継いだ次の娘が必ず、貴方の力になってそこまで連れて行きます」
だから。
「さようならを言っても、私の事忘れないでくださいね」
「忘れないよ、絶対に」
誰1人として。合体させたモンスターは。出会って力になってくれた全てを。一緒に過ごした1分1秒を。絶対に、忘れない。
それはマスター業を始める上で、絶対に守らなきゃならないルールだった。
去って行く命を覚えておく事。
フラメアに並ぶように立って、暗黒樹海を眺める。あの向こう側にある景色を画面で見た。答えは……実は知っている。だけど此処で答え合わせをするような無粋はしない。だから少しだけしんみりした空気の中、寂しそうにしているフラメアの手を握ってあげる。
去って行く仲間に出来るのは、これぐらいだ。
マスターというものは、やっぱり業が深い。